第33話 情報収集

「気を付けてね。近付いていきている二人と後ろの方にいる一人は多分魔術師よ」


 カリーナがそれぞれを視線で示した。


 近付いてくる二人の魔術師は接近戦に自信のある魔術師で、離れたところにいるヤツは遠距離攻撃主体の魔術師ということだな。

 身体強化程度なら問題ないだろうが、魔装が使えるとなると九ミリ弾じゃ通用しない可能性もあるのか……。


「近付いてくる二人には、昨日と同程度の攻撃を撃ち込む」


「片方をお願いできる?」


 初めてカリーナに頼られた気がする。

 これから殺伐とした荒事が展開されるというのに妙に心が弾んだ。やはり美女に頼られるとモチベーションが上がる。


「何なら半数を受け持とうか?」


「片方だけで十分よ。それと、先に仕掛けるのだけは止めてね」


「何をごちゃごちゃ言ってんだよ!」


 男の恫喝どうかつする声が響き、カリーナが警戒した二人の男が無言で迫る。

 仲間に大声を上げさせて注意を引き、その間に主力が目標を攻撃する。


 どこまでも姑息こそくな連中だ。

 高速でカリーナへと迫る一人の眼前に大盾を出現させた。


 そう、武器と防具の店で無理を言って買った、高さ百八十センチメートル、幅九十センチメートル、厚さ三センチメートルの鋼の大盾。

 三百キログラムを超える鉄の塊に身体強化で加速した男が激突した。


 除夜の鐘にも似た鈍い音が辺りに響き渡る。

 一瞬、怯みはしたが男の突進は止まらない。


 タフだなー。

 間違いなく魔装を使ってやがる。


 俺とターゲットとの距離は三メートル。

 この距離なら外さない。


 俺はデザートイーグルをセットし直した右腕を男に向けて突きだし、異空間収納ストレージ内で引き金を絞る。

 銃声と同時に男の左足が血飛沫ちしぶきを上げた。


「グワー!」


 叫び声を上げて男が転がる。

 脚が吹き飛ばない?


 魔装か!


 感心している暇はない。

 もう一人の男がカリーナに斬りかかった。


 漫画やアニメでしか見たこともないような大きな剣――、刃渡り百五十センチメートル、刃の幅が二十センチメートルはあろうかという大剣がカリーナに向けて振り下ろされる。


 それを目の端で捉えながら、俺は一人離れた場所にいる魔術師に向けて九ミリ弾の三連射を行う。

 九ミリ弾に脚を撃ち抜かれた魔術師が叫び声を上げて地面に転がり、カリーナに振り下ろされた大剣が地面に跳ねて明後日の方角へ飛んで行く。


 大剣を失った男の両腕から血が流れていた。

 あの一瞬で大剣をかわしながら両腕のけんを切断したのかよ。何というか、チンピラたちとの格の違いを見る思いだな。


 デザートイーグルで脚を撃ち抜かれた男の悲鳴だけが辺りに響き渡る。

 頼りとした魔術師三人を一瞬で失った。


 そのことを理解したチンピラたちの顔面がみるみる蒼白そうはくなる。


「それで?」


 カリーナが先ほどまで威勢のよかったチンピラに問いかけた。


「え?」


「さっき何か言っていたようだけど?」


 再びといかける。


「忘れました」


 即答し、周囲の仲間たちに話を振る。


「な、あな? お前ら何か憶えているか?」


 仲間たち阿吽あうんの呼吸で首を横に振って、何も憶えていないことに同意を示した。

 呆れた連中だな。


「なあ、聞きたいことがあるんだけど教えてくれるかな?」


 こんな連中に時間を費やすのも勿体もったいなかったのでさっさと目的の情報を集めることにした。


「何でもお答えいたします」


「お前たちもゴブリン討伐の依頼を受けてきたのか?」


「もちろんです」


 チンピラたちは全員カラムの町に登録している冒険者で、二つのパーティーは正式に依頼を受注していた。

 正式に依頼を受けていなかったのは魔術師三人をようするパーティーだった。


「で、ゴブリンはどれくらい狩ったんだ?」


「それがさっぱりで」


「具体的な数は?」


「うちのパーティーはゼロです」


 そう言って隣に視線を移すと、隣の男が後を引き継ぐ形で話し始める。


「俺たち、いえ、私たちのパーティーもゼロです。で、あちらのパーティーが十一匹だったかと……」


 カリーナに両腕の腱を斬られた男を見た。

 俺は両腕から血を流している男に聞く。


「十一匹で間違いないのか?」


「はい、その通りです」


 言葉は従順だったが、他の連中と違って目に反抗的な光を宿している。


 俺に撃たれた二人も同様だ。

 隙を見せた途端、反撃しそうだな。


「お前たちのパーティーメンバーを教えてくれ」


 両腕から血を流している男の顔色が変わった。

 俺は押し黙る男に右手を突き出し、こんどは全員に向けて聞く。


「こいつのパーティーメンバーは名乗りでろ」


「そこのあなた、彼のパーティーメンバーを教えなさい」


 カリーナがペラペラと答えていた男に聞いた

 確かにそっちの方が効果的だ。


「はい!」


 カリーナに視線を向けられた男がサクリとパーティーメンバーを教えてくれた。


 魔術師たちのパーティーは全部で四人。

 一人は水魔法の使い手で回復系の魔法を得意としていた。


 魔装を使える前衛が二人に回復魔法と攻撃魔法を使う後衛がそれぞれ一人ずつとバランスがとれているパーティーだった。


 これなら他の冒険者パーティーがゴブリンを一匹も狩れないなかで十一匹を狩っても不思議ではない。

 不思議ではないが疑惑は残る。


 このなかでトレノ村のゴブリン討伐の依頼を受けた者はいるか?

 ペラペラとよく喋った男が恐る恐る手を上げた。


「私のパーティーとそちらの旦那のパーティー。あとあいつらです」


 魔術師たちのパーティーと護衛を申し出たパーティーがそうなのだと指さす。


「よく無事だったな? 村が襲われたんだろ?」


 男が言うには、村に到着して十日以上ゴブリンを見かけなかったのでギルドへの報告のため引き上げたのだという。

 戻ったのはこの男のパーティーと護衛を申し出たパーティー。彼らと入れ違いに魔術師たちのパーティーが村に到着する。


 それがゴブリンの襲撃が行われる三日前のことだった。


「運がよかったな、一歩間違っていたらゴブリンの集団に襲われていたところだぞ」


「まったくです」


 愛想笑いを浮かべる男から水魔法を使う男に視線を移す。


「それで、お前たちはゴブリンと戦ったのか? 戦ったのならどのくらいの規模だったか教えて欲しいんだが?」


「私たちは村に到着してすぐ、ゴブリンの巣を探すために森へ入りました。討伐を請け負った他のパーティーから十日以上ゴブリンの姿を見ていないことを聞いていたので、ゴブリンの群れが移動した可能性も考えて、森のかなり深い部分まで探索をしていたんです」


 筋は通っている。

 魔術師四人のパーティーならゴブリンの群れを求め得て森の奥深くへ入っていくのも不思議ではないのかも知れない。


 カリーナに視線で訪ねるが、肯定とも否定ともとれない表情で静かに首を横に振るだけだった。

 だが俺のなかで「こいつの言うことは信じられない」、と警鐘けいしょうが鳴る。


 饒舌じょうぜつなのも気に食わない。


「探索中にゴブリンにであったか?」


「いいえ」


 激しく首を振った。

 ここまでか。


「こいつらどうする?」


「自警団に引き渡すのも手間だし、反省しているならこのまま解放してもいいでしょう」


 とカリーナ。


 たちまちチンピラたちの間から反省の言葉が次々と発せられた。

 ひとまず、この情報をクラウス商会長とジェフリー隊長に知らせることが最優先と判断し、チンピラたちを置いて早々にその場を立ち去ることにした。

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