第34話 カリーナの報告

 ベルトラム商会の野営地に戻ると、


「それじゃ、あたしはベルトラム商会長に報告に行ってくるけど?」


 カリーナが大地はどうするのか、と聞いた。


「そうだな、これを配って歩くよ」


 防水マッチ着火剤を手にした。


「商品をただで配るって、本当に商人なの?」


「まあ、当座の資金は手に入ったし、必要なら違う商品を売ればいいだけだろ? 細かいことは気にするなよ」


「金銭感覚の緩い商人で成功した人をあたしは知りません」


 もう少し、お金を大事にするようにと忠告する。


「ごもっともです」


 経理がルーズな会社なんて早々に倒産しそうだよな、と大地がカリーナに頭を下げた。

 慌てたのはカリーナだ。


「ちょ、ちょっと、やめてよ。こんなことくらいで頭なんて下げないでよ」


「そうか? 謝るときは頭を下げるのが俺の国では当たり前だったから、つい」


 と微笑む大地。

 彼の笑顔を好ましく思いながらもカリーナは敢えて厳しい口調で言う。


「分かっているとは思いますけど、あたしの目が届かないすきに野営地の外に出ちゃだめですからね」


「今日のところは皆と一緒におとなしくしているよ」


「ミャー」


 ニケが胸元から顔をだした。


「ニケちゃん、ちゃんと手綱を握ってるのよー」


「言う相手が逆だろ」


「それじゃあ、報告が終わったらね」


 大地の反応にクスクス笑いながらカリーナが手を振った。



――――カリーナが大地と別れてベルトラム商会長のテントに入ったのが三十分ほどまえのこと。


「トレノ村が盗賊に襲撃される直前まで村に居たパーティーが四つとも今回のゴブリン討伐に参加しているのか……」


 テントのなかでカリーナの報告を聞いたベルトラム会長が考え込むように押し黙った。

 二人きりの空間にしばしの沈黙が流れる。


「カリーナ、君はどう感じた?」


「魔術師四人組のパーティーは真っ黒です。護衛を申し出てきたパーティーも含めてあの場にいた連中は全員疑うべきだと思います」


 護衛を申し出てきたパーティーに魔術師パーティーの追跡をさせなかったことを不思議に思っていたが、理由はそれかとベルトラム会長も納得した。


「口裏を合わせている可能性があるということか?」


「慎重になるべきだと判断しました」


 カリーナの答えにベルトラム商会長が小さく首肯する。

 納得はしたが、真っ黒な魔術師四人組の動向が現在進行形で掴めていないのは面白くなかった。


「今夜にも酒場へ人をやろうと思っている。同行してくれるか?」


 冒険者の溜まり場になる酒場での情報収集は予定していたことだった。

 運良く酒場でくだんの冒険者の一人でも見付けられれば追跡も出来る。


 意図を理解したカリーナが承諾するのを待って、ベルトラム商会長が話を戻す。


「で、そのことを聞き出したのはアサクラ殿なのだな?」


「いまから思えば、ゴブリン討伐にきている冒険者たちからトレノ村に関する情報を仕入れるのが狙いで露天商をだしたのでしょう」


 トレノ村の襲撃状況を考えればゴブリン討伐にきた冒険者のなかに手引きをした者がいても不思議はなかった。

 まして盗賊たちと思しき連中のアジトを発見し、ベルトラム商会側の警戒レベルは最大の状態である。


「今夜にも酒場に人を行かせて情報を集めるつもりだったが……、アサクラ殿に先手を打たれたということか」


「申し訳ございません」


 大地の行動は理にかなっていた。

 そのことに見抜けなかったこと、自分が思い至らなかったことにカリーナは情けなさを覚えて唇を噛んだ。


「まさか露店をだして冒険者たちと接触を試みるなど、私を含めて誰も想像をしなかったんだ」


 カリーナが気にすることではないと軽く笑って流した。


「それで、接触した冒険者たちの反応はどうだった?」


 トレノ村同様、この村が盗賊の襲撃対象だと疑っていること、ゴブリン討伐にきた冒険者たちのなかに盗賊の内通者がいると疑っていることに気付かれた可能性について聞く。


「この村を盗賊が襲うことを我々が警戒しているというよりも、カラムの町へ向かう道中での襲撃を警戒していると受け取るような情報の聞きだし方をしていました。よほど深読みされない限りは大丈夫でしょう」


 彼女の言葉に安堵したベルトラム商会長が話題を大地へと移す。


「君から見てアサクラ殿はどうだ?」


「正直、底が知れません」


 そう前置いて話を続ける。


「魔術師としての能力は勿論もちろんですが、知恵と知識、教養もです。私では推し量れないほどの高い教養を持っているのは間違いありません」


 カリーナは続けて村で買い物をしていたときのことに触れた。


「紙もペンも用いず、頭のなかだけで計算をしていました。その計算はもの凄く速く正確でした」


 本人は特別なことではなく当たり前のことのように暗算をしていた。

 当然、店の者は筆算で正確な数字を導き出すのだが、どの店でも大地が口にした数字が間違っていることはなかった。


「頭の中で計算か。それは私も感じていたよ。商人でも頭をひねるような複雑な計算や面倒な契約も即座に理解をしていた」


 ベルトラム商会長は、大地と契約書を交わしたときのことを思いだしていた。

 さらにカリーナが言う。


「森のなかで攻撃魔術の練習をしていたときですが、最初はよく分からない計算式らしきものを書いて距離を算出していました」


「計算式で距離を?」


「計算式もやっていることも私では理解出来ませんでした」


 少なくともカリーナの知識よりも遙かに高度なことが行われていたことは確かだと告げる。


「その計算式はどんなものか憶えていないのか?」


 記憶を頼りに書き起こせないか迫るが、カリーナは申し訳なさそうに首を振る。


「私には理解出来ませんでしたし、とても記憶に留めておけるようなものでもありませんでした」


 大地が用いた計算は三角測量で、それも元となる距離が適当なので導きだした答えもかなりいい加減な数字だ。それでも何も知らないカリーナの目からは大学で教鞭きょうべんる数学者のように映っていた。


 そして、その後はよく分からない道具を持ちだし、それを覗き込むことで距離を言い当てていたと告げる。


「つまり、途中から計算が面倒になったか、計算しなくても距離を測定できる道具を持っていることを思いだしたということか」


「そうではないかと」


「やはり別大陸の王族か高位貴族の血筋と考えるべきか……」


 少なくとも高度な教育を受けられる立場にあったのは間違いないだろうとの結論に達した。


「何となくですが、とても裕福で平和な領地を治める高位貴族の跡取りか次男ではないでしょうか?」


「根拠を聞いてもいいかな?」


「すべての事柄を軽く捉えるところがあります」


 自分で解決出来るかどうかを深く考えずに物事を軽く捉えるところが見受けられた。

 自分の力で解決してきたというよりも、面倒なことはすべて周りの人間が解決し、大地自身はお膳立てされた舞台で存分に自分の才覚を発揮してきたようにカリーナには思えた。


 声音が変わった。


「その上で申し上げます。彼は問題を武力で解決する圧倒的な魔力と、周囲の状況や他者を利用して解決する知恵と知識も備えていると判断します」


 キングエイプを討ち取ったときの大地の姿が、冒険者を相手にしたときの余裕のある姿が、森のなかで目の当たりにした攻撃魔法がカリーナの脳裏に蘇る。


 魔術師としての圧倒的な力。

 それはカリーナの知るどの魔術師よりも優れていた。いや、足元にも及ばない魔術師しか思い浮かばない。


 カリーナの背筋に冷たいものが走った。


 大地が持つ様々なアイテム。

 目にしたのはほんの一部だが、それだけでもこの国の経済や貴族間の勢力図を揺るがしかねないものだった。


 カリーナは首を横に振るとそれ以上想像するのをやめた。


「何とも厄介な客人だな」


 口とは裏腹にベルトラム商会長は大地のことを好ましい客人だと考えていた。

 それはカリーナも感じている。


「アサクラ殿に対する対応は更に引き上げるべきだと思います」


「具体的には?」


「お忍びの王侯貴族かそのお世継ぎと同等の対応がよろしいかと」


 この国において、おそらく最上位クラスの対応をすべきだと告げた。


「理由は?」


 ベルトラム商会長もカリーナの意見に内心では賛成だった。

 理由も彼のなかでは明確だ。


 それでも敢えてカリーナの意見を聞く。


「貴族のご令嬢、伯爵家の三女としての意見をお聞かせ頂きたい」


「商会長!」


「すまない。身分は秘匿ひとくとの約束だったな」


 カリーナはため息を吐いて言う。


「魔術は無属性魔法もアイテムボックスも我が国でもトップレベルです。知識と教養も彼の祖国でも最高レベルの教育を受けていると思われます。加えてアイテムボックスにある商品。ほんの一部ですがどれも驚愕すべき品物ばかりです」


 別の大陸に渡ってきた理由は分からないが、後々問題にならないだけの対応をすべきだと語った。


「賛成だ」


 ベルトラム商会長がカリーナの意見を受け入れる形で大地への対応を引き上げることを決定した。

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