第32話 一触即発

 護衛の売り込みをしてきた四人の冒険者たちはチンピラ風の冒険者に気圧けおされるように店の前から後退あとじさる。

 残ったのはカリーナ一人。

 Bランクの魔術師であるカリーナの邪魔になると思ったのか、チンピラ風の冒険者四人にビビったのかは知らないが、何れにしても護衛の売り込みは失敗だな。


「お陰様で予定していた以上に売れました。それとご要望の焼き鳥も品切れとなっています」


 ちょうどよい具合に焼き上がった焼き鳥数本を、マジックバッグに入れるふりをして異空間収納ストレージのなかへと収納した。


「テメエ! 舐めてんのか!」


「いまの今までそこに鶏肉があっただろうが!」


「マジックバッグから出しやがれ!」


 たかりかよ。

 たかるにしても焼き鳥数本に目くじらを立てるとは情けない冒険者たちだ。


「今日のところはこれで店仕舞いです。また明日も出店する予定なので、お時間があるようでしたらいらしてください」


 今度はマジックバッグに入れる振りもしない。

 屋台代わりのテーブルまで含めて、手早く異空間収納ストレージへと収納した。


 それを見ていたチンピラ風の冒険者の一人がき捨てるように言った。


「アイテムボックスまで持ってやがるのかよ」


 この世界ではアイテムボックスのスキルを持っているだけで王侯貴族や商人から高額の報酬で誘われる。


 ある意味、勝ち組が約束されたスキルの一つだ。

 端的に言って嫉妬の対象でもある。


「俺たちはお客だぜ。お客に対してその態度はねえだろ。なあ、兄ちゃん」


「少し商売ってのを、教えてやらないとならねえようだな」


 凄味を利かせて二人の冒険者が近付こうとするが、それを阻むようにカリーナが俺とチンピラ風の冒険者たちとの間に移動した。


「関係のないヤツは引っ込んでな」


「姉ちゃん、怪我するぜ」


 今度はカリーナを恫喝する。

 一人がカリーナに手を伸ばそうとした瞬間、後ろにいた冒険者の一人が慌てて止めた。


「ちょっと待て!」


「何だよ」


「やべえよ。Bランク魔術師だ」


 不機嫌そうな男の耳元でささやいた。

 手を伸ばしかけた男がカリーナの胸元に視線を向けると、先ほどまでの威勢の良さは瞬く間に失せる。


「嬢ちゃんは何なんだ? 関係ないならどいててくれないか?」


「彼の護衛よ」


 受付嬢のような愛嬌あいきょうは消え失せ、警戒心けいかいしんあらわにした護衛の顔を見せていた。

 男たちの顔色が変わる。


「護衛ねえ、まさか俺たち四人を相手に出来ると思ってるのか?」


 脂汗を流しながら言うセリフじゃないな。

 精一杯の虚勢きょせいを張る男にカリーナが余裕の笑みで返す。


「引き際を見誤ると後悔することになるわよ」


 この世界では単純な喧嘩けんかでも体格や筋肉よりも魔力やスキルがものを言うのは分かっている。

 それでも大柄なチンピラ風の男が華奢な二十歳手前の女性に気圧されて脂汗を流す姿は、現代日本人の俺の目から何とも不思議な光景だ。


「売り切れじゃしょうがねえな」


「お、おう、そうだな」


 他の二人が早々に立ち去ろうとしたときだった。

 突然、上から声が響く。


「どうした? もめ事か?」


 明らかに彼らと同類と分かる粗野な感じのする男が、向かいの二階にある窓から身を乗りだしていた。

 看板には『コートニーの宿屋』と書かれている。


 そう言えば、このチンピラたちもあの建物からでてきたな。

 もしかして暇だったのか、こいつら?


「アレン! お前たちまだそこにいたのかよ」


 男の口調が変わった。

 一緒にいた三人の男たちの顔もいつの間にか血色が戻っている。


 何とも単純で分かり易い連中だ。


「手を貸そうか?」


 アレンと呼ばれた男がカリーナと護衛の売り込みをしていた冒険者の女性二人を交互に見ながら薄ら笑いを浮かべた。

 巻き添えを食う形となった護衛志願の冒険者たちは泣き出しそうな顔で怯えている。


「ああ、助かるぜ」


「ってことだ。嬢ちゃんには落とし前を付けてもらおうか」


「何の?」


 言われたカリーナは落ち着いたものだ。


「何の、だあ? 面白いことを言うじゃねえか」


「品切れということでご納得頂けたようなので俺たちはこれで失礼させて頂きます」


「テメエだけは許せねえ! さっきから舐めくさった態度を取りやがって!」


 なんだ、分かっていたのか。

 俺はさらに挑発する。


「舐めるだなんて誤解です。ちょっと小バカにしていただけですよ」


「このガキ!」


「テメエ、死んだぜ」


 悪役そのもののセリフだ。

 恥ずかしげもなくよく口に出来るものだ、と感心していると向かいの建物からチンピラの仲間たちがぞろぞろと出てきた。


 全部で八人。

 店の周りにいる知能の低くそうなチンピラと合わせると総勢で十二人となる。


 念のためカリーナの様子をうかがうと、宿屋からでてきたチンピラたちを注視していた。

 だが、表情には余裕がある。


 警戒していると言うよりも、観察しているといった様子だ。

 護衛を売り込んできた冒険者は……、まあ、逃げださずにこの場に留まっているだけ立派だと思うことにするか。


「で、どうしたってんだ?」


 店から出てきた男の一人が誰にとはなにし大きな声で問いかけた。

 答えたのはカリーナを睨み付けていた男。


「こいつらがあまりに舐めたことを言ってたんでちょいと世の中のルールってヤツを教えてやろうとしてたとこです」


「俺たちを待たずに教えてやればよかったじゃねえか」


「違いねえ」


「まさかお前、嬢ちゃんとガキ相手にビビったのか?」


 男たちの間から笑い声が上がるが、


「その女、Bランクの魔術師なんで、ちょっと慎重になっていまして」


 その一言でその笑い声も消えた。


「ほう、そいつは油断ならねえな」


「だが、魔術師はお前さんだけじゃないんだぜ」


「だな」


「そいつを教えてやろうじゃねえか」


 向かいの建屋から出てきた男たちのうち何人かはその眼に好戦的な色を浮かべると、カリーナを遠巻きに包囲するようにゆっくりと距離を取った。


「カリーナ、どう対処する?」


「昼間のあたしと同じようにお願い」


 Bランクの魔術師相手と分かった上で絡んでくる以上、相応の手練れという前提で対処するということか。


「了解だ」


 二つ返事で承諾したが、カリーナと同じということはデザートイーグルで手足を撃ち抜くわけにはいかないよな。


 このあたりか。

 デザートイーグルよりも格段に威力が劣る九ミリ弾を発射する自動拳銃オートマチックを選んでセットした。

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