第31話 ゴブリン討伐の冒険者たち
「兄さん、面白いもの売ってるんだって?」
そろそろ店を閉めようかと考えていたとき、冒険者の四人組が少なくなった見物人たちを押し分けて現れた。
二十代後半の男性二人と俺と
「防水マッチと着火剤です。どちらも魔力を必要としない火を起こす道具ですよ」
彼らの目の前で防水マッチに火を
「それはさっきから何度も見させてもらったよ」
興味なさそうに言う。
「マジックバッグかアイテムボックスか知らないが在庫も随分とあるようじゃないか」
「今日の稼ぎだけでも相当なものなんでしょ?」
興味はそっちか。
どうやら客ではなさそうだな。
気付くと彼らの背後にいつの間にかカリーナが移動していた。
何とも頼もしい限りだ。
俺は念のため全身にまとっている魔装をさらに強化して彼らの対応をする。
「村の人たちにはご
実際にわずか二時間弱で防水マッチと着火剤、どちらも百個以上売れている。
売り上げにして金貨三枚――、日本円にして三百万円を超えていた。
金貨三枚というとこの国の一般的な独身男性の収入を少し下回るくらいである。
その年収で人頭税が金貨一枚。
さらに所得に応じて課税される。
そう考えると一日で稼ぐ金額としては十分に大金といえる額だ。
「俺たちは『暁の牙』、カラムの町の冒険者だ」
中央の革鎧をまとった男が冒険者ギルドの認識票を俺に見えるように掲げた。
冒険者ギルドの認識票はネックレスのように首に掛けるのが一般的なのだが、彼ら四人もその例に漏れずに首に掛けていた。
三人の認識票にはDランクと表示されていた。
中位――、いわゆる中堅の冒険者のようだ。
誇らしげな表情を浮かべて胸元を強調するのは最も年若い少女。
彼女の胸元を見るとFランクの認識表の他にもう一つ、魔術師ギルドのDランクの認識表があった。
「こちらの商品でしたら冒険者の方にも重宝頂けると思います」
一応、商品の売り込みをするが俺の言葉は無視された。
「なあ、兄さん。俺たちを護衛に雇わないか?」
その一言で集まっていた村人たちが逃げるように去って行く。
「お兄さん、あたしもそろそろ店仕舞いにするよ」
「今日はありがとうございました」
両隣のおばちゃんと女性もアタフタと店を畳み始めた。
「なんだか商売の邪魔をしたようだな」
鈍感な彼らも自分たちのせいで村人たちが帰ったのだと気付き、「すまなかったな、兄さん」と謝罪の言葉を口にした。
「別に構いませんよ。私もそろそろ店仕舞いするつもりでしたから」
ここで文句を言うほど俺もガキじゃない。
それに昼間絡んできた連中とは別口のようでもあったので穏便に済ますことにした。
「それで、護衛の件なんだけど考えてもらえないかな?」
バツの悪そうな顔で言う彼らに問いかける。
「大量発生したゴブリンを退治に来たんですよね? 護衛の仕事をしている時間なんてあるんですか?」
この村に冒険者が多い理由がゴブリンの大量発生だった。
村の近隣でゴブリンを頻繁に見かけた村人が危険を感じ、村長の名前でゴブリンの討伐と調査を冒険者ギルドへ依頼した。
それを受注した冒険者と、正規の受注でなくともゴブリンを討伐することで報酬を得ようとした冒険者たちが集まってきた結果である。
「あたしたちが到着したころにはゴブリンなんて影も形もなくなってたの」
「他のパーティーが何匹か退治したけど、その数を全部合わせても大量発生にはほど遠いんだよなー」
「冒険者が大勢集まりすぎて別の地域に逃げたんじゃないですか?」
適当に相槌を打ちながら言う。
「俺もそうじゃないかと思ってたところだよ」
「だったらギルドに戻ってそう報告したらどうですか?」
すると、最初に話しかけた男が身を乗りだした。
「そこであんただ! ベルトラム商会の客人で護衛の一人も雇ってないって言うじゃないか。しかも行き先はカラムの町だ。是非とも護衛に雇ってもらいたいと思ってな」
聞けば彼らはカラムの町から来たそうだ。
この村に到着して既に三日、未だ一匹のゴブリンも狩れていない。
「気の毒ですが、ベルトラムさんのご厚意で優秀な護衛を一人付けてもらっているんですよ。それに俺はベルトラム商会の客人という扱いなので、勝手に護衛を雇うわけにも行かないのは分かってもらえますよね」
期待を持たせてもいけないのできっぱりと断る。
「だから、あんたの口からベルトラムさんにお願いしてもらえないかな?」
「護衛といっても一人だけでしょ? それもベルトラム商会の護衛を借りているわけだから、現在進行形で迷惑をかけているようなものじゃない?」
男の方も売り込む立場の割に口の利き方がなっていないが、この女も大概失礼なヤツだな。
たとえ事実だとしてももう少しオブラートに包めないものかねー。
ベルトラム商会で雇われている護衛とは大違いだ。
「私に付けてもらっている護衛は一人かも知れませんがとても優秀な護衛です。腕も立ちますし礼儀も
「礼儀って、そりゃ俺たちだって雇い主には丁寧に接するさ」
仲間たちに「なあ」と同意を求める。
男女が即座に話を合わせる
「そうですよ、ちゃんとした応対だって出来ます」
「その、年下みたいだったし、丁寧な口調ってどうなのかな、って思ったのよ」
気まずい空気のなか、受付嬢のような愛嬌のある笑顔でカリーナの声が聞く。
「失礼ですが、当商会のお客様に何かご用でしょうか?」
胸元にはネックレスのような冒険者ギルドの認識票だけでなく、普段は隠している、やはりネックレスのような形状の魔術師ギルドの認識票がこれ見よがしに揺れる。
冒険者たちの視線がカリーナの胸元に釘付けとなった。
「Bランク魔術師……」
最年少の少女がつぶやく。
他の三人は声もだせずに顔面蒼白である。
たった一人の護衛、それも若年の客人に付けられた護衛なのでたいしたことないと高を括っていただけに驚きも大きいのだろう。
「そろそろお店を閉めさせて頂くお時間ですので、お買い求めの商品がございましたらお早くお願いいたします」
カリーナの可愛らしい声に心地よくなった瞬間、粗野な男たちの声が響いた。
「随分と景気がいいみたいじゃねえか」
「あやかりたいねー」
「ただで食わしてくれるって鶏肉を少し分けてもらえないか?」
人数は六人。
どこからどう見てもゴロツキ、じゃなかった。チンピラ風の冒険者である。
さて、ようやく本命がかかったようだな。
「待ちくたびれたぜ」
思わず漏れた俺の独り言が聞こえたのか、カリーナが責めるような視線を俺に向けた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます