第30話 道行く人々の反応

 両隣に露天商をだしている女性二人の驚くさまは道行く人々に興味を抱かせるのに十分だった。

 特に二人に防水マッチと着火剤を実際に使ってもらったのは大正解である。


 人なつっこいおばちゃんはもちろん、人見知り気味だった女性までキャッキャッとはしゃぎながら火をけていた。

 彼女たちの楽しげな様子と眼前で行われている不思議な光景に、集まったギャラリーからも声が上がる。


「俺にも試させてもらってもいいか?」


「試せるのか? なら俺も試させてくれ」


「ちょっと、あたしにも試させておくれよ」


 火を点ける道具なら女の方が使うことが多いのだから、と割り込んできた女性が俺の手に乗った防水マッチを獲得した。


「お試し用の防水マッチはまだあります。順番に試していただくので押さないでください」


 ギャラリーが騒ぎだすと道行く人々の関心はきやすい。

 瞬く間に俺の店の前は黒山の人集ひとだかりとなった。


「本当だ! 魔力を流さなくても火が点くよ、これ!」


 防水マッチにともった炎を驚きの表情で見ている女性に、に着火剤と小さなまきを数本乗せた大きめの鍋を差しだす。


「こっちは着火剤といって簡単に薪へ火が燃え移るようにする使い捨ての道具です」


「へー、これが……」


 理解していないようだな。


「ちょっと失礼」


 俺は女性の手から火の点いた防水マッチを受け取ると、着火剤へと近づける。

 大勢の人たち見ている前で防水マッチにともったわずかな炎は着火剤を燃え上がらせ、薪へと燃え移る。


「おお! スゲー!」


「こんな簡単に薪に火が点くのか」


 見物人のボルテージが跳ね上がった。


「ご覧頂いたようにこの防水マッチは魔力がないひとでも簡単に火を起こすことが出来ます。そして、こちらの着火剤は小さな火を簡単に大きくして薪などの燃料を容易に燃焼させることが出来ます」


 後ろの人たちにもよく見えるよう、頭上に防水マッチと着火剤を掲げて続ける。


「ただし、欠点もあります。欠点はどちらも使い捨ての道具ということです」


 先ずは防水マッチの箱を示す。


「こちらの防水マッチは一箱に二十五本入っていて銀貨二枚」


 人々の間にどよめきが沸き起こる。

 次は着火剤だ。


「こちらの着火剤は六十個入って銀貨一枚です」


 再び響めきが起きる。

 だが、今度は防水マッチのときよりも響めきが大きかった。


 クラウス商会長の反応そのままだな。


 防水マッチと着火剤の実演を初めてクラウス商会長の目の前でやったときのことを思いだす。

 彼は着火剤の方が売れると即座に判断していた。


「防水マッチと着火剤、どっちも買った!」


 真っ先に購買の意思を示したの意外なことに狩人風の若い女性だった。

 俺は銀貨三枚を受け取り防水マッチと着火剤を彼女に渡しながらいう。


「ありがとうございます! もしお時間があるようでしたらもう少し見ていってもらえませんか?」


「まだ何か別の商品があるの?」


「商品じゃありませんが、ちょっとしたオマケがあります。せっかく買ってくださったのでそのオマケも受け取ってもらえたら、と思いまして」


「いいわよ。もう少し見物させてもらうね」


 そう言うと彼女は人混ひとごみから少し離れたところへと移動した。

 さて、それじゃあ、予定よりも少し早いがオマケを用意するか。


 薪が燃える鍋に網を乗せて、その上にタレがたっぷりと付いた焼き鳥を並べていく。

 ほどよい炎に焼かれる匂いと焼かれる音が食欲をそそる。


「兄ちゃん、これは食べ物か?」


 午後四時を少し過ぎたくらいの時間。

 この世界、昼食を摂る人たちと摂らない人たちに分かれている。


 富める人々や厳しい肉体労働をする人たちは昼食を摂るが、貧しい人々やあまり肉体に負荷のかからない職種の人たちは朝と夕の二食が一般的だと聞いていた。

 思惑通り、昼食を食べていない人たちの食欲を刺激する。


「お兄さん、これって食べ物なの?」


 最前列の女性が焼き鳥を見ながら聞いた。


「焼き鳥です。小さく切った鶏肉を串に刺してタレを付けて焼いたものです」


「へー、鳥の焼いたヤツは普段から食べているけど、これは初めて見るな。それにこの匂いも初めてだ」


 数人の見物客がゴクリッとのどを鳴らす。

 そろそろ焼けたようだ。


「さっき、防水マッチと着火剤を買ってくれたお姉さん! これがオマケです。良かった一本どうですか?」


「え? いいの?」


「もちろんです」


 離れていても匂いは伝わっていたようで、先ほどからこちらを伺っているのは分かっていた。

 満面の笑みで駆け寄った彼女に焼き鳥を一本渡す。


「ありがとう!」


 人々の視線が彼女に集中しているが、気にすることなく焼き鳥にかぶり付いた。

 彼女の反応を待ってギャラリーが静まりかえる。


「美味しい!」


「お口に合ったようで安心しました」


「こんなの初めて食べたわ! ねえ! このタレ、どうやって作ったの? これは売らないの? これも買いたいわ、幾ら!」


 矢継ぎ早に質問が飛びだす。

 だが、ギャラリーも彼女に負けていなかった。


「品物を買ったらそれをもらえるのか?」


「買うのは一つでも構わないのか?」


「その鶏肉だけ売ってくれ!」


「焼き鳥はまだありますし、商品はセットでお買い求め頂く必要はありません。どちらか一つを買っていただければ焼き鳥は差し上げます」


 その一言でギャラリーが顧客の集団へと変わった。


「二セット買う! だからその鶏肉も二本くれ!」


「あたしも買うよ」


「着火剤だけでいいかい?」


 予想以上の反応だ。

 俺は内心でしてやった、と思いながらさらにらす。


「先ずは両隣のお姉さんたちにお詫びとお礼をしたいので少しお待ちください」


 俺はおばちゃんと女性に十本ずつ焼き鳥を包み、さらに防水マッチと着火剤を一つずつ渡す。


「快く隣に店を出させて頂きありがとうございます。あと、商売の邪魔をしてしまって申し訳ありません」


 深々と頭を下げると、二人は恐縮しきったようすで言う。


「邪魔だなんて、こっちももう店仕舞いするところだったんだ」


 とおばちゃん。


「こんなことまでしてもらわなくても……」


 と隣の女性が困ったような表情を浮かべる。


「店をだすまでの間も楽しくお話が出来ましたし、これは本当に俺の気持ちなので受け取ってもらえないと悲しくなります」


「そういうことなら」


「ありがとうね、お兄さん」


 女性とおばちゃんが素直に受け取ったところで、俺は顧客対応を再開した。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る