第27話 探索開始

「前衛をあたしとアサクラ様が、後衛をフリーダさんとデニスさん、お願いします」


 その指示で隊列が決まった。

 先頭にカリーナ、少し離れて俺とデニスのおっさん、最後尾がフリーダさんとなる。


 森に入ってすぐにデニスのおっさんが小声で話しかけてきた。


「アサクラ様は商人だと伺っていましたが戦闘も相当な腕だったんですな」


 カリーナと話していたときの砕けた口調もなければ、どこかだらしなさを感じた態度も消えている。


「戦闘の腕と言われると少々気恥ずかしいですね。実戦は昨夜のキングエイプとの戦いが二度目ですから」


「二度目でキングエイプを討ち取れるのは才能がある証ですよ」


 そもそも姿勢が違う。

 目の前に現れたときは猫背で疲れた顔をしていたのに、いまは背筋が伸び目つきも鋭い。


 疲れたサラリーマンのおっさんから切れ者のビジネスマンだな。

 とはいえ、どうもむずがゆい。


「堅苦しいのは苦手なので、アサクラ様、やめてもらえますか? アサクラかダイチでお願いします」


「話が分かるねー。んじゃ、ダイチ殿でいいかな」


 途端、だらしのない笑顔を浮かべて砕けた口調になった。

 自分から言っておいて何だが、このおっさん変わり身が速すぎだろ。


「ええ、それでお願いします」


 聞きたくてうずうずしていたのだろう、デニスのおっさんが途端に饒舌じょうぜつになる。


「アサクラ殿はカラムの街を目指していると聞いたけど、カラムの街で店を構えるつもりなのか?」


「カラムの街は当面の目的地です。腰を落ち着けるかはまだ決めていません。でも、居心地が良ければ店を構えるかもしれませんね」


「カラムの街は手始めに商売を始めるにはいいところだと思うぜ」


 王都や大都市には及ばないまでも人口が多い。

 王都と港を繋ぐ交易路の途中にある街なので、行商人や荷物を搬送中の商人も顧客として見込めるという話だ。


「有益な情報をありがとうございます。カラムの街に到着するのが楽しみになりました」


「ってことは、カラムの街までお預けか」


「何がですか?」


 これ見よがしに落胆した顔を見せるデニスのおっさんに聞く。


「タクラ村に着いたら、異国の珍しい商品を売るんじゃないかと期待してたんだぜ」


 ああ、そう言うことか。


「探索が終わったらちょっとした露店を出すつもりです」


 カリーナの報告の前にクラウス商会長にはタクラ村で着火剤と防水マッチを販売する話を通してある。


 それに他人の顔色をうかがいながら商売をするのはどうも性に合わない。

 そろそろ自由にさせてもらおう。



 ――――クラウス商会長との会話が脳裏をよぎる。


「この村で露店をだすだと!」


 仮設テントのなかにクラウス商会長の一際大きな声が響いた。

 テントのなかにはクラウス商会長とカリーナ、俺の三人だけだ。


 ジェフリー隊長が来るまでのわずかな時間での交渉。


「声が外に漏れますよ」


「すまん」


「露店で売るのはこの二つの商品だけです」


 着火剤と防水マッチをクラウス商会長の前に並べる。


「これは?」


 着火剤と防水マッチをクラウス商会長の眼の前で実際に使って見せると、森のなかで初めて着火剤と防水マッチを見たときのカリーナ同様に驚く。


「魔力は一切必要ありません」


 実演途中で説明した言葉を、俺はもう一度繰り返した。


「使ってみてもいいかな?」


「どうぞ」


 防水マッチに火をけたクラウス商会長が火を見つめたまま聞く。


「このマッチ一本で一回だけ、それもわずかな時間だけ火がともるのだな?」


「その通りです。完全に使い捨ての商品です。これを魔力のない人たち向けに安価で販売するつもりです」


 買い占めて他の街で転売をしようと考える者も出てくるだろうが、それも容認するつもりであると付け加えた。


「安価というと、幾らぐらいを考えているのかね?」


「銀貨二枚」


 日本円にして二千円ほど。

 俺が取り寄せた防水マッチが日本円で千数百円。ボッタクリと言うほどの価格ではないが相応に利益がでる価格設定だ。


 それにマッチ一本あたり八十円が果たして貧困層に受け入れられるかも、やってみないと分からない。


「まあ、そんなものだろうな」


 もっと安価を想像していたのか、クラウス商会長は安堵したように背もたれに体重をあずけた。


「着火剤の価格は幾らにするんだ?」


 とクラウス商会長。


「六十個入りで銀貨一枚です」


「防水マッチよりも安くするのか!」


 身を乗りだした。


「着火剤は単に燃えやすいだけのものですから、防水マッチのおまけみたいなものですよ」


「カリーナ、これで着火剤に火が点くか試してくれ」


 火打石と鋼を受け取ったカリーナが着火剤に火を点けてた。

 なるほど、防水マッチなしでも容易く火が点くのか。


 これは防水マッチよりも着火剤の方が売れるかもしれないな。


「着火剤の価格はもう少し引き上げてもいいと思うが、どうだろう?」


「いえ、銀貨一枚にしましょう」


 軽い口調で最初に口にした価格から変える意思がないことを告げると、クラウス商会長が思案するような顔で押し黙った。

 やはり俺に対して強くはでてこない。


 使い捨てライターとガラス細工だけでも、クラウス商会長にとって俺という存在は十分に高い価値があった。

 だが、この国の常識にうとく、戦闘のド素人と思っている間は自分が面倒を見、庇護ひごすることである程度囲い込めると考えていたはずだ。


 それが崩れた上に新しい商品だ。

 クラウス商会長の態度から、彼にとって俺がとてつもなく価値があり、対応に慎重にならないといけない相手であることが知れる。


 足元を見るようで申し訳ない気持ちもあるが、ここはを通させてもらおう。


「そうか、アサクラ殿がそう言うなら、これ以上なにも言うまい」


「王侯貴族や富裕層向けの商品は、まだお見せしていない商品も含めてクラウス商会長にお願いしたいと考えています」


 とは言え、一応はご機嫌を取っておこう。

 調子に乗って痛い目を見ても嫌だしな。


「それは嬉しいな」


 ガラス細工以上の商品がまだあるのかと探るような視線だ。

 そのとき、テントの外からジェフリー隊長の声が聞こえた。


「ジェフリーです」


「他の商品については何れ落ち着いてお話をしましょう」


 クラウス商会長は小さくうなずいてジェフリー隊長をテントへと招き入れた。



――――二十分ほど前のことだ。


 俺はデニスのおっさんに笑顔で言う。


「露店ではこの国にはない商品を売ってみようと思っています」


「お! どんな商品なんだ?」


「火を点ける道具ですよ」


 森のなかを歩きながら防水マッチと着火剤の説明をした。


「これが防水マッチです」


 デニスのおっさんの眼の前に防水マッチを出して実際に火を点けてみせた。


「これ、本当に魔力を使ってないのか?」


 繰り返される驚きの反応。

 最後尾を歩いていたフリーダさんまで食い入るように見つめている。


「そろそろ、さっき最初の八人を感知した場所よ」


 カリーナが静かに注意をうながした。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る