第28話 アジト発見
最初の八人を感知した場所、ねえ。
実際にはカリーナが風魔法の周辺探知を使って正体不明の八人を感知した場所からは数百メートル以上離れていた。
本当に感知した場所からだとデザートイーグルや対物ライフルで射撃練習をした
「嬢ちゃん、何か感知したのか?」
デニスのおっさんの問いに無言で首を振る。
「でもそろそろ警戒を怠らないようにしてください」
「心配性だな、嬢ちゃんは。俺はいつだって臨戦態勢だぜ」
デニスのおっさんが軽い調子で答えると、隊列の前後からため息が漏れた。気になって振り向くとフリーダさんが、ヤレヤレといった様子で首を横に振っている。
なんとなくこのおっさんの立ち位置というか、周囲からの扱いが分かってきた。
「すまない、ちょっと気を緩めすぎていたようだ」
「いいえ、アサクラ様はこういうことは不慣れでしょう。もう少し早くあたしが指示をだすべきでした」
とカリーナ。
口では謝っているが、「今後は指示をだすからそれに従いなさいよ」と目が訴えている。
「先ずはおしゃべりをやめるよ」
「ここからは速度を落とします」
カリーナはそう言うとこれまでの半分ほどの速度で慎重に進みだした。
再び動きだしてから十数分、胸元に隠れていたニケが反応した。
突然、胸元から顔をだすと右斜めの方向を凝視しだす。
その方向に何かあるのか?
カリーナに視線を向けるが特に何かを感知した様子はうかがえなかった。
ニケが風の精霊魔法で何かを感知したなら、右斜め前方を警戒した方がいいよな。
さて、どう伝えるか。
俺は
「ダイチ殿、それは何だ?」
興味津々といった様子でデニスのおっさんが聞いてきた。
フリーダさんもこちらをガン見している。
「双眼鏡という道具で遠くがよく見えるんですよ」
俺は「試してみますか?」と聞いて双眼鏡をデニスのおっさんにて渡した。
早速、あたりを見回すおっさんを後にカリーナへと近付く。
「カリーナ、気のせいかもしれないけど、いま右斜め前方で何かが光ったように見えた」
「え?」
驚くカリーナに双眼鏡に夢中になっているデニスのおっさんを指さして言う。
「デニスさんが試しているのは双眼鏡といって遠くをはっきりと見るための道具なんだ。あれであたりを見回して偶然に見つけた」
「どの方向?」
一際緊張しているのが分かる。
俺はニケの見つめていた方向を指さした。
カリーナはすぐにそちらに視線を向けると、意識を集中するように深くゆっくりとした呼吸を始める。
そんな彼女の横顔を見ていると肩を軽く叩かれた。
振り返るとデニスさんが、ジェスチャーで静かにカリーナから離れるよう示している。
無言で首肯してそれに従う。
俺たち四人の動きがピタリと止まった。
沈黙と緊張感で空気が張り詰める。
突然、カリーナが振り向いた。
「ここから三キロメートル先に何か動く集団があるわ」
索敵範囲を広げたため詳細な情報までは掴めないのだ、と悔しそうな表情を浮かべるカリーナをデニスのおっさんが真っ先に褒める。
「さすが嬢ちゃんだ。三キロメートル先の情報を掴めるだけでもスゲーのに、そこまで分かるんだ。大したもんだぜ」
「それじゃ、その集団の正体を突き止めにいきましょう」
フリーダさんが続いた。
「ここからは臨戦態勢でお願いします」
カリーナの言葉にデニスのおっさんとフリーダさんが応える。
「了解だ」
「任せなさい」
二人とも背中に背負っていた革の盾を左腕に構えた。
「アサクラ様も盾を……」
カリーナが途中で言葉を止めて、何とも名状しがたい表情でこちらを見る。
村で俺が買った盾を思いだしたようだ。
俺が買った盾は武器と防具の店の看板代わりに飾られていたもので、高さ百八十センチメートル、幅九十センチメートル、厚さ三センチメートルという鋼の大盾である。
「森のなかで持ち歩くのには向かないし、何よりも隠密行動の
言外に盾は不要だと告げる。
「まあ、そうね。アサクラ様なら盾はなくても大丈夫かもしれないわね」
こうして前衛の二人――、俺とカリーナが盾なし、後衛の二人――、デニスのおっさんとフリーダさんが盾を装備という編成で進むこととなった。
◇
少しの間、慎重に進むとカリーナが歩を止めて静かにするようジェスチャーで示す。
三人がカリーナの周りに集まると、
「感知にかかったわ」
そう前おいて話を始めた。
「正体不明の一団は人間かそれに近い亜人と獣人で数は三十人以上。もしかしたら四十人を超えるかもしれない」
カリーナの風魔法による感知はおおよその形状まで把握できた。
人と亜人――、エルフやドワーフなどを判別するのは難しいが、尻尾などがある獣人はある程度把握できるらしい。
なおも感知を続けるカリーナが悔しそうに唇を噛んだ。
「これ以上の情報を入手するのは難しそうね」
感知の範囲から出たり入ったりしているから正確な人数が分からないのだという。
「一定の範囲を動き回っているということはそこがアジトだという可能性は高いんじゃないのか?」
「そうね、恐らくアジトでしょう」
俺の考えをカリーナが肯定した。
「なら、もう少し近付いて詳細な情報を入手しよう」
「これ以上は危険よ」
静かに首を横に振った。
随分と慎重だな。
「獣人がいるのはいけねえなー」
「鼻が利くのがいるとここでも気付かれるかもしれないものね」
デニスのおっさんとフリーダさんが妙に説明口調の会話をする。
「俺たちが最大に貢献できるのはできるだけ詳細な情報を持ち帰ることだ。で、一番やっちゃいけねえのが何も持ち帰れずに消息を絶つことだ」
「アジトを突き止めたのと敵のおおよその数を掴めたのは
特別に報奨金がもらえるかもしれない、とデニスのおっさんとフリーダさんが冗談めかして笑い合った。
何というか、説明ありがとうございます。
「理解しました」
俺が申し訳ない気持ちでそう口にすると、デニスのおっさんが肩を叩いて言う。
「好かれる護衛対象ってのが、どんなのか知ってるかい?」
「後学のために教えてもらえますか」
「素直が一番ってことだ」
不敵な笑みで言った。
「ありがとうございます。勉強になりました」
俺は三人には内緒で小型の無線機を適当な間隔をおいて仕掛けながら撤退をした。
◇
村の入り口に戻るとベルトラム商会が仮設テントを張っていた形跡は跡形もなく消えていた。
馬車も見当たらない。
「村のなかに移動しているのよ」
緊張が解けたのかカリーナの口調が俺と二人きりのときのものに戻っていた。
「村のなか?」
カリーナが視線で示す方向を俺も見る。
すると、入り口からほど近い広場にベルトラム商会の馬車がまるでバリケードのように並べられていた。
修理中の馬車もあるというのにまたバリケードにするのか。
これは思ったよりもこの村に滞在することになりそうだな。
「村の人たちが何事かと見ているけどいいのか?」
村のなかに盗賊の仲間がいればこちらが警戒していることは筒抜けになる。
対策を立てられたら面白くないことになりはしないかと聞いた。
「目的は盗賊の撃退じゃないからいいのよ」
「こっちが盗賊からの襲撃を警戒していて、相応の戦力があると思わせれば俺たちの勝ちってことさ」
デニスのおっさんがカリーナの言葉を引き継いで説明をした。
「騎士団に知らせるために早馬をだしたから、あたしたちがすることは騎士団の到着までこの村に留まって
言いたいことは分かるが、六十人から盗賊を相手にこれだけの人数で牽制できるのか?
それに村に集まっている冒険者が敵の可能性だって否定できない。
「問題は敵の数が想定していたよりも多いってことだな」
デニスのおっさんが初めて深刻そうな顔をした。
やっぱり六十人という数は脅威なんだな。
「村の人たちに協力を要請するにしてもこちらの情報をどこまで信じてくれるかしら」
フリーダさんがため息を吐く。
「何れにしても報告ね」
俺たちはカリーナに続いて村の入り口へと向かった。
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