第21話 デザートイーグル

 俺とカリーナを取り囲んだ冒険者は五人。

 何れもガラの悪い連中だ。


 村の住民たちは遠巻きにしてこちらをうかがっている。

 厄介事は勘弁してくれ、という気持ちがヒシヒシと伝わってくるな。


 ひるがえって、住民たちに混じって静観している冒険者たちは興味深げな視線をこちらに向けていた。

 俺とカリーナがどう対応するか見定めようとでもいうようだな。


「どうした? ビビっちまって声もでねぇのか?」


「ケッ! 美人の護衛付きかよ! いい身分だよなー」


「なあ、金も女も余ってるだろ? こっちにも分けてくれよ」


 何とも安っぽい挑発を仕掛けてきた。だが、包囲の輪が縮まることはなく、一定の距離を保ったままだ。


 向こうも警戒しているのか……?

 或いは、様子見か?


「警告よ! それ以上近付くようなら、護衛として見過ごすことが出来なくなるけど、いいのかしら?」


 カリーナが正面の二人をにらみ付けた。

 厳しい口調だが、どこか余裕が感じられる。


 五人を相手にしても切り抜ける自信があると言うことだろうか?

 俺はカリーナだけに聞こえるようにささやく。


「こいつら五人とキングエイプ一匹、どっちが強いと思う?」


「本気で聞いているの?」


 軽いため息とともに答えが返ってきた。

 なるほど、こいつらは雑魚ってことか。


「強気な護衛だねー」


「怖い、怖い」


 チンピラたちの間から苦笑がれる。


「面白いことを言うじゃねぇか。まさか、俺たち五人を相手にするつもりか?」


「どうせ相手してくれるなら、どこかそこら辺にしけこもうぜ」


「たっぷり可愛がってやるからよ」


 うわー!

 こんな下衆げすなセリフを素で口にする連中、初めて見たよ。


 それにしても、一緒にいる女性に対して言われると、これほどまでにムカつくものなんだな。

 ボルテージがさらに上がる。


「なあ、こいつらを無礼討ちにしたら、何か不都合でもあるのか?」


 取り囲んだチンピラ連中にも聞こえるように声量を増した。


「殺しちゃったら不味いけど、怪我なら大怪我でも問題にはならないわ。何しろ、仕掛けてきたのは彼らなんだから」


 状況が状況なので、訴えられてもこちらが勝つと言い切った。


「おいおい、おい! 俺たちに喧嘩けんかを売ってるのか!」


 強面こわもてがもの凄い形相でカリーナとの距離を二歩詰めた。

 だが、カリーナは意に介することなく俺との会話を続ける。


「それに、万が一殺しちゃっても、あなたなら領主に十分な慰謝料が払えるでしょ?」


 殺人も金でもみ消せるのかよ!

 怖い世界だなー。


 殺すのは抵抗もあるが、怪我くらいは負ってもらおう。

 他の連中への警告の意味もあるからな。


 俺は二丁のデザートイーグルを撃ちまくる自分の姿を想像して感情が高揚こうようするのを覚えた。

 これから人を撃とうというのに不思議と忌避きひ感が薄い。


「警告したはずよ!」


「カリーナ、もう一度確認する! 大怪我を負わせても大丈夫なんだな?」


「問題ないわ」


 よし、腹は決まった。

 取り囲んでいたチンピラたちがジリジリと距離を詰める。


 いや、待てよ。


 俺は異空間収納ストレージにあるデザートイーグルを取りだす直前で思いとどまる。

 異空間収納ストレージを利用した戦闘方法を思い付いたのだ。


 チンピラたちが剣を抜いた。


「警告を無視した上に先に剣を抜きましたね!」


 遠巻きにこちらを見ている住民たちや冒険者たちにも聞こえるほどの声をカリーナが上げた。

 周囲の住民や静観している冒険者たちの視線がこちらへと注がれる。


 俺の準備も整った。

 使うデザートイーグルは一丁。


「命まで取るつもりはないけど、怪我は覚悟してくれよ」


 俺の挑発にチンピラたちが容易く乗ってくる。


「はあ? めたこと言ってんじゃねぇぞ!」


「俺たちに喧嘩を売るってのがどういうことか思い知らせてやらあ!」


 チンピラたちが一斉に動いた。


 俺に切りかかってきたのは二人。

 残り三人はカリーナへと襲い掛かる。


「カリーナ! こちらの二人は俺が対処する!」


 言葉と同時に何も持っていない右腕を正面から迫るチンピラに突きだす。

 辺りにデザートイーグルの凶悪な銃声がとどろき渡り、俺の右の手のひらから硝煙しょうえんが立ち上る。


 正面から迫ってきたチンピラの左脚が吹き飛んだ。

 地面をとらえるはずの脚を失ったチンピラが、右側から飛び込んで来たもう一人のチンピラを巻き込んで地面に転がる。


「ウワー!」


 そこで初めて地面に転がったチンピラが激痛を訴えるように叫び声を上げた。

 俺は巻き込まれて転倒したもう一人のチンピラの右脚に右の手のひらを向ける。


 再び銃声が轟く。


「ウギャー!」


 少し遅れてチンピラが叫び声を上げてのたうち回った。

 残りの三人に視線を向けると、剣を落とした彼らがカリーナから逃げるように後退あとずさっているところだった。


 三人とも腕から血を流している。

 出血の様子からかなりの深手なのが分かった。


「利き腕のけんを斬ったのか?」


「ええ」


 カリーナは俺の質問に短く答えると恐怖の視線を向けているチンピラ三人を鋭い視線睨み付けた。


「これにりたらあたしの依頼主に不用意に近づかないことね」


「わ、分かった!」


「あんたらにはもう二度と近付かねえから、勘弁してくれ」


 利き腕の腱を斬られた男たちがカリーナに懇願した。


「お仲間にもちゃんと伝えるのよ」


 とカリーナ。


「伝える! 必ず伝える!」


「約束するから見逃してくれ!」


 まだ追撃があると思っているようだ。

 俺は周囲の住民と静観していた冒険者たちを見回す。


 一言で言えば、誰もがこの結果を予想できなかったようで一様に驚きの表情を浮かべていた。

 冒険者たちには驚きだけでなく、困惑の色も見え隠れする。


「ミャー?」


 胸のなかからニケが眠そうに顔を出した。


「もしかして、寝てたのか?」


「ミー」


「もう終わったから大丈夫だぞ」


「あら、ニケちゃんを起こしちゃったみたいね。ごめんなさいね」


 俺の胸元からチンピラへと視線を移したカリーナが言う。


「ちょっと、あんたたち! ニケちゃんを起こしちゃったじゃないの。謝りなさいよ」


「へ?」


 チンピラがきょとんとした顔をした。


 気持ちは分かる。

 俺もカリーナが何を言っているのか分からなかったからな。


「この猫ちゃんに謝りなさい!」


 そこは護衛対象である俺に謝罪させるところじゃないのか?


「申し訳ございません、猫様!」


「もう二度といたしませんからお許しください!」


「この通りでございます」


 平謝りするチンピラたちの姿に納得したのか、カリーナは小さくうなずく。


「さあ、行きましょうか」


 そして、村の外へ向かおうとうながした。

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