第13話 戦いの後
「おかしな人……」
カリーナの脳裏に微笑む大地の顔が浮かび、彼女を心配する言葉が蘇る。
『怪我はないか?』
(優しい笑顔だった……、でも)
「護衛の心配をするなんてどうかしてるわ」
頬を染めたカリーナが頭まで寝袋に
「武器も持たずにキングエイプに蹴りを入れた人なんて初めて見た……」
大地が飛び蹴りをする直前のことを寝袋のなかで思いだしていた。
恐怖で動けずにいた大地に襲い掛かろうとしたキングエイプ。
それを仕留めたと思った瞬間、横合いから別のキングエイプがカリーナに攻撃を仕掛けてきた。
対応の出来ないタイミングと尋常でない速度。
横合いから飛び込んできたキングエイプが身体強化を図っているのは間違いなかった。
その連携に
タイミング的にかわすのは不可能だと直感し、全身にまとった
魔装―――、無属性魔法を武器や防具にまとわせることで、武器や防具がもつ本来の強度を大幅に引き上げる
身体強化に回した魔力も含めて、すべての魔力を魔装に割り振る。
それでもキングエイプの一撃を受けて無事でいられるとは思えなかった。
心臓を鷲掴みにされたような恐怖のなか、致命傷にならないことだけを祈る。
しかし、横合いからの一撃が彼女に届くことはなかった。
カリーナがキングエイプを視界の端にとらえるのと、鈍い衝撃音が響くのとが同時だった。
彼女の目に想像もしなかった光景が映る。
それは大地の飛び蹴りがキングエイプの脇腹をとらえた瞬間だった。
(なぜ? どうしてダイチさんがそこにいるの?)
風魔法で大地の位置を補足していたはずなのに、彼が動きだす瞬間を知覚できなかったことに驚く。
カリーナの脳裏に『身体強化』の単語と、大地の申し訳なさそうな顔が浮かぶ。
『ごめん。もしかしたら無意識に使ったかもしれない』
あのときは自分が気を抜いていたのだと思った。
だが、眼の前で起きている光景を見ればそれが勘違いだったのだと思い知る。
蹴りを受けたキングエイプが吹き飛ぶ。
脇腹が陥没している。
ありえない程の速度と破壊力。
キングエイプの部厚い筋肉の装甲をものともせずに脇腹を陥没させた蹴りの威力に目を見張った。
「グア―!」
蹴り飛ばされたキングエイプが怒りを
あれだけの身体強化を使う男だ。
キングエイプの攻撃をかわすものだと思い込んでいた。
だが、大地は一歩も動くことなくキングエイプの攻撃をその身に受けた。
全身から血の気が引くような衝撃がカリーナを襲う。
(嫌ー!)
声にならない叫びを上げた。
剣をもかみ砕く凶悪な牙が大地の心臓を左肩ごと食いちぎり、鋭い爪が頭と脇腹を
カリーナは護衛対象が迎える
だが、彼女の目に映ったのは余裕の笑みを浮かべて、キラーエイプの首筋にナイフを突き立てる大地の姿だった。
(生きている……?)
全身が震えた。
鼓動が耳を打つ。
身をていして自分を死地から助けてくれた男が、幼い頃に憧れた騎士のように雄々しく魔物を
衝撃のあまり幻を見ているのかと錯覚する。
(なんで? なんでほほ笑んでいるの?)
キラーエイプの一撃でも傷一つ負うことのない魔装。それ程強力な魔装を使える魔術師など聞いたこともなかった。
「いえ……」
オリハルコンよりも硬いドラゴンの牙にも耐え、アダマンタイトよりも堅牢なドラゴンのうろこを切り裂く尋常ならざる魔装にたった一つ覚えがあった。
「勇者様……」
幼い頃に何度も母にせがんだおとぎ話のなかにでてくる勇者がそれである。
「違う違う違う!」
カリーナは寝袋のなかで激しく
それはベルトラム商会長のテントでの会話。
彼女が報告するなり、ベルトラム商会長が、信じられないといった様子で聞き返した。
「キングエイプに飛び蹴り……?」
不思議そうにカリーナに聞き返した。
「信じられないかもしれませんが本当のことです」
「いや、君を疑っているわけじゃない」
「私も誇張をしているつもりはありません」
キッパリと言い切るカリーナの言葉を聞いてもベルトラム商会長は釈然としないようすだ。
「奇襲してきたキングエイプ三匹を相手にしていたのだ、一瞬でもアサクラ殿から注意が逸れたという可能性もあるだろ」
「戦闘中に護衛対象から意識を逸らすようなことはありません」
無属性魔法に加えて、水・火・風の属性魔法を操るカリーナである。視線を外していたとしても風魔法で視界の外の動きも知覚できるのは知っている。
「そうだな、失言だった。続けてくれ」
その後の大地の戦闘についてうながした。
◇
「――――以上がキラーエイプ迎撃でのアサクラ殿の一部始終です」
ベルトラム商会長の頬に冷汗が流れる。
「君でも知覚できない程の身体強化とキラーエイプの牙でも傷付かないほどの魔装か」
「武器がナイフでしたので仕留めきれませんでしたが、あれが長剣であったら二匹ともアサクラ殿の一撃で決着していたはずです」
魔装がナイフまで及んでいたことを付け加えた。
「少なくとも、この大陸で彼の右に出る無属性魔法の使い手を私は知らんよ」
「私もです」
それこそ、おとぎ話にでてくる勇者しか思い当たらなかった。
「どう見る?」
「あれほどの無属性魔法の使い手でありながら、実戦経験を感じませんでした。少なくとも、剣術と体術は素人です」
「魔法は違うということか?」
「判断しかねる、というのが正直なところです」
大地の使う無属性魔法はおとぎ話の域と言ってもいいものだが、その無属性魔法を使った戦闘もカリーナから見た限り素人に映った。
それを聞いたベルトラム商会長がつぶやく。
「商人としてもド素人だ。とは言え、近くで優秀な商人を見てきたのだろう、実践に近い知識を持っているのも確かだ」
「別大陸の貴族ではないでしょうか?」
この大陸の貴族なら武術を嗜むのが当然だが、別の大陸――、遥か彼方の異国であれば武術と無縁の貴族がいてもおかしくないのではと語る。
「そうかもしれないな……、少なくとも貴族の箱入り息子とでも仮定しなければあの無警戒さは説明がつかんか」
ため息を吐くベルトラム商会長にカリーナが聞く。
「アサクラ殿への対応は如何しましょう?」
これまで通り、別大陸からの来訪者であることを伏せて、要人――、つまり、ベルトラム商会の重要な取引先として護衛するのかを確認した。
「別大陸からの来訪者であることを秘密にするのはアサクラ殿の希望でもある。引き続き秘密厳守で頼む。当商会にとっての要人であることも変わりない」
そう言うと一際厳しい視線をカリーナに向けて言う。
「アサクラ殿は君の命の恩人であるだけでなく、当商会の恩人でもある」
三匹とはいえ、身体強化を使う個体が含まれていたのだ。
防衛ラインの内側に奇襲を受けていたら、
「承知しています」
カリーナの脳裏を大地の笑顔がよぎる。
頬が
「君は引き続きアサクラ殿の専属護衛をしてくれ。加えて、カラムの街に到着するまでに他者から
それは大地の希望とも合致した。
「分かりました」
カリーナが引き続き大地の護衛を任されたのが小一時間まえのこと。
(少し安請け合いし過ぎたかしら)
どこまで出自を勘ぐられれないようにできるか、脳裏に浮かんだ大地の笑顔とともに不安が襲う。
(彼に悪意を持って近付いた者はダイチさん本人から報復を受けるでしょうから、真っ先に身に付けて欲しいのはこの国の常識ね)
「うふうふ。明日もお仕事頑張らないと」
カリーナは明日からの大地と過ごす時間に心躍らせながら、寝袋のなかでネコのように丸くなったのだった。
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