第12話 決着

 甲高い金属音が立て続けに響き渡る。

 キングエイプが繰りだす左右の爪による攻撃をカリーナが長剣一本でいなしている響きだ。


 パリィというやつか。


「カリーナ、加勢する!」


 カリーナと交戦中のキングエイプに向かって走りだした。

 距離が瞬く間に縮まる。


 これが無属性魔法による身体強化か!

 俺は体当たりするように背中にコンバットナイフを突き立てた。


 したる手応えもなく刃が根元まで刺さる。

 よし、仕留めた!


 そう思った瞬間、キングエイプが叫び声を上げて暴れだす。


「ゴアー!」


 背中に取り付いた俺を振りほどこうと巨体を揺らし両腕を振り回した。


「浅いのか」


 コンバットナイフの刃渡りでは心臓まで届かなかったようだ。

 こいつ、どれだけ分厚筋肉と皮下脂肪を持っているんだ……。


 突然の浮遊感が襲う。

 根元まで突き立てたコンバットナイフが抜け、俺はナイフを握りしめたまま空中に放りだされた。


 振り向いたキングエイプと空中で身動き取れない俺の目が合う。

 キングエイプが残虐な笑みを浮かべたような気がした。


 それはまるで、同胞を殺し自分を傷つけた人間に対して復讐の機会を得たような笑み。

 気付くと俺も口元に笑みを浮かべていた。


 わずかなすき

 それでもカリーナにとっては十分だ。


 背後から飛びかかった彼女の長剣がキングエイプの首筋を貫く。首の骨を断った刃はそのままのどまで突き抜けた。


「カハッ」


 せきをするように血を吐くとゆっくりと地面に倒れ込んだ。


「ダイチさん!」


 駆け寄ったカリーナが地面に転がっている俺を泣きそうな顔で覗き込む。


「ミャー」


「怪我はないか?」


 俺の胸元から顔を覗かせたニケがのんきな鳴き声を上げるのと、俺がカリーナに余裕の笑みを装うのが重なった。


「それはあたしのセリフでしょ」


 顔の半分を返り血で染めた彼女が泣きながらほほ笑んだ。


 悠長ゆうちょう感慨かんがいひたっている場合じゃない。

 伏兵の排除に意識が向いて防衛ラインがどうなっているのか頭から抜け落ちてた。


「防衛ラインの方はどうなっている?」


 ネックスプリングで飛び起きざまに、防衛ラインの方へと視線を向ける。


「敵の数が少しずつ減っているわ。このまま戦いが続けば程なく撃退できるでしょう」


「それでも加勢した方が良いんじゃないのか?」


 図らずも戦える力を示したにも関わらずカリーナの反応は変わらなかった。


「あたしの仕事はあなたの護衛なの」


 彼女は少しバツが悪そうな顔で続ける。


「横合いからの奇襲でこちらの戦列をくずす作戦が失敗したのだから、キングエイプ側の士気も続かないはずよ」


 魔物がそこまで賢いのかと少し疑わしい思いが湧き上がるが、すぐさまカリーナの言う通りとなった。

 キングエイプが一匹、また一匹と戦線を離脱しだす。


「ね?」


 いつの間にか顔にかかった返り血を拭き取ったカリーナが、「言った通りでしょう?」とでも言いたげに微笑んだ。

 やっぱり返り血を浴びてない笑顔の方が可愛い。

 そう言えば、俺も返り血を浴びてたんだった。


 異空間収納ストレージからタオルを取りだすとそれを見ていたカリーナが手を伸ばす。


「貸して」


 タオルを水魔法で濡らしてくれた。

 濡れタオルで返り血を拭いながら聞く。


「カリーナは火だけじゃなく水の精霊魔法も使えるんだな」


「え?」


 驚いたように俺を見た。


 あれ?

 もしかしてまた何か迂闊なことを口にしたか……?


 恐る恐るたずねる。


「何か申し訳ないことを言ったかな?」


「あたしが使えるのは属性魔法よ」


 しまった!

 どうも異世界に着てから軽率な行動が目立つな。


「この国、いえ、この大陸で精霊魔法が使える人は百人もいないの――――」


 内心で俺が後悔しているとカリーナが精霊魔法と属性魔法について語りだした。

 属性魔法も精霊魔法も土、水、火、風の四つの属性がある。


 属性魔法が術者の魔力を使って術を行使するのに対して、精霊魔法では術者の魔力はあくまでも発動時のキーでしかなく、自然界の魔力を借りて術を行使する。


 つまり、術者の魔力量に完全に依存する属性魔法と違い、自然界の魔力を借りることのできる精霊魔法の方が、より高い威力の術、より多くの回数の術を使える。


「へー、その辺りは一緒なんだな」


「でも、どうしてあたしの魔法を精霊魔法だなんて思ったの?」


 鋭い質問だ。


「ああ、その、礼儀だよ」


「礼儀?」


「俺の国では属性魔法よりも精霊魔法の方が上位に位置付けられるんだ。だから、初対面の相手や付き合いの浅い人に対して、下位に位置する属性魔法と決めつけるのは失礼にあたるから、精霊魔法を使う術者として接するのが礼儀なんだよ」


 人間、嘘を吐くときは饒舌じょうぜつになるって言うけど本当だな。

 カリーナが俺のことを見つめた。


 鼓動が早まる。

 嘘がバレたか?


 彼女は溜息を吐くと呆れたように言う。


「この国で精霊魔法を使える人は二十人しかいないの。大陸全土でも百人もいなかったはずよ」


「少ないのは同じだろうと思ったけど、そこまで少ないのか!」


「ダイチさんは商売を始める前にこの国の常識を学んだ方が良いわね」


 やれやれとかぶりを振る。


「同行している間にその常識を教えてもらえると嬉しいな」


「いいわ」


「ありがとう」


「ミャー」


 お礼の言葉とニケの鳴き声が重なった。


「お前も一緒にカリーナ先生の授業を受けたいか?」


「ミャミャ」


「よしよし、一緒に教えてもらおうな」


「終わったみたい」


「一緒に防衛ラインに行ってもいいかな?」


「負傷者の手当てもあるし、そうしてもらえると助かるわ」


「それにしても、何でキングエイプに追われてたんだろうな」


 カリーナの隣を歩きながら何の気なしに口にした。


「大体のところは想像つくけど、その辺りの事情も彼らから聞きださないとね」


 初めて見る厳しい眼差しが、飛びだしてきた男たちの転がっている方へと向けられた。

 相当怒っているな。


「あいつらの事情聴取に立ち会ってもいいかな?」


「いい趣味とは言えないわね」


「常識を学ぶ一環だよ」


 キングエイプと男たちの間に何があったのか想像もつかないのだと説明すると、カリーナは商会長に聞いてみると約束してくれた。


 しかし……、精霊魔法がそこまで希少だとは驚いた。

 胸のなかで大人しくしているニケを服の上からそっとなでる。


 ニケが四種類の精霊魔法を使えることは秘密だな。

 万が一を考えて、俺自身が四つの属性魔法を使えることにしておいた方が良いだろう。


 透明のスキルボードに書かれていたもう一つのスキルを思い出す。

 どう考えてもあれが最も厄介だよな。


 俺はここまで意識して使わずにいた鑑定スキルについてあれこれと考えながらカリーナとともに防衛ラインへと向かって歩を進めた。

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