第11話 無属性魔法

 森から逃げだしてきた男たちが発した「キングエイプ」という言葉に反応して、ベルトラム商会の夜営地が騒然とし人々の動きが急に活発になる。


 武装した護衛隊が森から飛び出してきた男たちと隊商の人たちとの間に瞬く間に立ちふさがった。

 隊商の人たちも男女の別なく次々と武装を整えだす。


 森から飛びだしてきた男たちが防衛ラインを構築する護衛のところまでたどり着いた。


「た、助けてくれ!」


「すぐそこまで来ているんだ!」


 飛び出してきた男たちが戦意を喪失しているのは誰の目にも明らかだ。

 彼らが戦力として当てにならないと断じたからなのか警戒したからなのかは分からないが、ジェフリー隊長は彼らを武装解除させると早々に自分たちの背後へと誘導した。


 護衛の背後にいた隊商のメンバーたちも、武装を整えると当たり前のように防衛ラインに加わる。

 たちまち数十人からなる防衛ラインが出来上がった。


 手際の良さに感心しながらも、状況をカリーナに確認する。


「キングエイプというのはどんな魔物なんだ?」


「大型の猿の魔物よ。動きが早くて力も強くて、知能も高いわ」


 厄介そうなヤツだな。


「カリーナは防衛ラインに加わらなくてもいいのか?」


「あたしのいまの役割はダイチさんの護衛です」


 どちらかというと監視のよう気もするがそのことは触れずに言う。


「俺のことは気にしなくてもいい。自分の身くらいは守れるつもりだ」


 いざとなればコンテナを出して、戦闘が終わるまでそのなかに引きこもっていれば済むことだ。


「要人を放り出すわけないでしょ」


 ガラス細工の置物が俺を監視対象から要人に引き上げたようだ。

 とはいえ、戦力不足で被害がでては俺も寝覚めが悪い。


「君ほどの手練れを俺一人のために戦力から外すのは申し訳ないんだけど」


「大人しく守られて――」


 カリーナの抗議は森の木々の揺れで中断された。


「ギャッ」


「ギャギャッ」


 続いて幾つもの猿の鳴き声のようなものが急速に近付いて来る。


「来るわ!」


 カリーナが緊張した声を上げ、視線を森のへと向けた。

 彼女にならって俺も森へと視線を向ける。樹木の上から空中におどりでる複数の影が月明りに浮かんだ。


「放て!」


 影が姿を現すと同時に防衛ラインから矢が射かけられる。

 飛びだしてきた影はどれも二メートルを超える巨体。


 だが所詮しょせんは猿ということか。

 空中に飛びだしたら攻撃を避けられないことも分からないようだ。


 着地する前に決着だな。


 しかし、俺の予想は裏切られる。

 宙を舞う影に当たった矢のほとんどが弾かれた。


 矢が通じない?


「次、魔法攻撃! 撃てー!」


 ジェフリー隊長の号令一下、矢をものともせずに降下してくるキングエイプたちに向けて、火や水、岩といった何種類もの攻撃魔法が放たれた。

 攻撃魔法を受けた猿たちが空中で苦悶の叫びを上げ態勢を大きく崩す。


 その瞬間、前面の森が大きく揺れたと思うと、十数匹のキングエイプが森のなかから飛びだした。

 凶悪な咆哮ほうこうを上げながら、森と防衛ラインとの最短距離を高速で駆ける。


 防衛ラインの前面を構築する大盾とキングエイプの一団が激突した。


 キングエイプの突進を受け止めた大盾が重低音を轟かせる。

 大盾を構える護衛を飛び越えて侵入してきたキングエイプの鋭い爪牙そうがと迎え撃つ剣とが甲高かんだかい音を響かせた。


「大丈夫なのか?」


「大丈夫、あの程度なら撃退できる」


 カリーナの力強い言葉が返ってきた。

 直後、防衛ラインから悲鳴にも似た叫び声が上がる。


「キングエイプの増援です! 森からさらに十数匹が現れました!」


「ギャギャッ!」


「ギャー!」


「ガー!」


 味方を鼓舞するかのように一際大きな咆哮を上げながら防衛ラインへと駆ける。


 だが士気の高さでは護衛の人たちも負けていなかった。

 不安を打ち消すようにジェフリー隊長の鼓舞する声が響き渡り、護衛の人たちが呼応して喊声を上げる。


「まだまだ戦力はこちらが上だ! 撃退するぞ!」


 たった一言で士気が盛り返しているのが分かる。

 何とも頼もしい限りだ。


「キングエイプたちの興奮のしかたが尋常じんじょうじゃないわ……」


 カリーナが考え込むような表情でつぶやいた。

 反射的にカリーナに視線を向ける。


 カリーナを捉えた視界の奥、街道から百メートルほど先で何かが動いた気がした。

 数歩、草原へと近付いて風に揺れる夜の草原を見つめる。


 凝視する俺の両目と月明りに輝く凶悪な双眸そうぼうとが互いを認識した。


「カリーナ! 側面からキングエイプだ!」


 伏兵?

 草原に潜んで近付いていたのか!


「ギャッギャ!」


 草原に潜んでいたキングエイプが姿を現して駆けだす。


 数は三匹!

 急速に距離が縮まる。


「グギャー!」


 先頭の一匹が一際大きな威嚇いかくの声を上げて飛び掛かってきた。


 その瞬間、音が消えた。

 何もかもがゆっくりと動く。


 飛び掛かるキングエイプから逃げようとするが、硬直して身体が動かない。


 視界の端にカリーナが現れた。

 両手で振りかぶった長剣が振り下ろされる。


 刃がキングエイプの首筋をとらえた。

 血飛沫ちしぶきを上げながら刃がキングエイプの首に深々とめり込んでいく。


 横合いから別の影が飛びこんだ。

 牙をむき出しにしたキングエイプが長剣を振り下ろしているカリーナに迫る。


「やめろー!」


 どこか遠くで俺の声が聞こえた。

 スローモーションのように流れる動きのなかで、カリーナに飛びかかったはずのキングエイプと俺との距離が急速に縮まる。


 あっという間の出来事だった。

 カリーナに迫ったキングエイプが鈍い音を響かせて吹き飛んだ。


 その様子を視界に捉えながら俺は地面に転がる。


 ああ、そうか。

 俺、あのキングエイプに飛び蹴りをしたのか。


 カリーナの剣がキングエイプの首を斬り飛ばした。


「無茶をしないで!」


 血だらけのカリーナが俺を抱き起した。


「大丈夫だったか?」


「あたしは大丈夫、そんなことよりもここを離脱しないと――」


「ガー!」


 別のキングエイプがカリーナに飛びかかる。

 鋭い爪の一撃を長剣でいなすのと、蹴り飛ばしたキングエイプが俺に襲いかかるのが同時だった。 


 焚火の炎に照らされ、きだしになった鋭い牙が一層凶悪に映る。


 何もできなかった。

 鋭い牙が俺の左肩をとらえ、鋭い爪が俺の頭と脇腹を掴んだ。


「ダイチさん!」


 カリーナの悲痛な叫び声が聞こえた。


 まだ意識がある。

 このままやられるかよ!


 俺は激痛に耐えて反撃を……、あれ?

 痛くないぞ。


 俺に噛みついたキラーエイプの牙は服の上で止まっていた。頭と脇腹を掴んだ爪も同様で髪の毛にすら触れられずにいた。


 無属性魔法か!


 カリーナの声が蘇る。


『無属性魔法の代表的な利用形態です。身体強化は無属性魔法を体内に巡らせて身体能力を一時的に向上させることができます。熟練者ともなれば、無属性魔法を武器や防具にまとわせることも可能です』


 無属性魔法と考えれば、先ほどの飛び蹴りも、このシュールな状況の説明も付く。

 どうやら俺は無属性魔法の熟練者らしい。


 そうと分かれば次の行動はおのずと決まる。

 俺は腰に装備したコンバットナイフを手に取り、刃先まで魔力で覆って強化することをイメージする。


 アニメでさんざん観たエフェクトを想像して、コンバットナイフをキングエイプの首に突き立てた。

 チーズケーキをフォークで突きさしたような手応えに続いて、パイ生地を突きさしたようなわずかな抵抗感がコンバットナイフを通じて右手に伝わる。


 刃が首の骨を断ったようだ。


「グワッ」


 くぐもった叫びを上げて俺に噛みついていたキングエイプが崩れ落ちた。


 全身を素早く確認する。

 噛まれた肩も爪を突き立てられたはずの頭と脇腹も痛みはない。


 全身血だらけだがすべて返り血だ。


「カリーナ、加勢する!」


 彼女と交戦中のキングエイプへと飛び掛かった。

https://kakuyomu.jp/works/16816927859315526816

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る