第8話 魔法と魔道具

 カリーナと一緒に夜営の準備をする人たちの間をって進んでいると、土を積み上げた即席のかまどに火を起こそうとしている年配の女性がカリーナを呼び止めた。


「カリーナちゃん、火をお願いできる?」


 手には火打石とはがねを持っている。ちょうど火起こしをしようとしていたところのようだ。

 でも、それが何でカリーナに火を頼むんだ?


 疑問に続いて仮説が湧き上がる。

 もしかして魔法で火を起こすのか?


「ごめんなさい。いまお客様をご案内しているところなんです」


 ニケを抱きかかえたカリーナが申し訳なさそうに謝った。

 いや、これはチャンスだ。もしかしたら魔法を使うところを見られるかもしれない。


「差し支えなければ火を起こすところを見せてくれないか?」


「ダイチさんがそれでいいなら」


 不思議そうに俺を見た後、即席の竈へと足を向けた。


「悪いね」


「火起こしって面倒ですもんね」


 年配の女性と言葉を交わしながらカリーナがまきに手をかざすと、たちまち薪が燃え上がった。


 火の精霊魔法。

 詠唱えいしょうをする様子もなし、と。


「いつも火起こしを手伝ってるの?」


「手が空いたときだけです」


 俺と会話しながら隣の竈にも火を入れる。

 その間も左腕はニケを抱いたままだ。


 やはり長毛種の猫は珍しいようで、年配の女性もニケに興味深そうな視線をチラチラと投げかけていた。


「火魔法は便利だねー」


「土魔法の方が便利ですよ。あたしなんて石を運ぶのが面倒で竈なんてここ二年くらい作ったことありませんよ」


 なるほど、あの年配の女性が土魔法で竈を作ったのか。

 カリーナと年配の女性の会話を聞く限り、魔法は使える者にとってはもの凄く手軽で身近な生活のすべのようだ。


「魔法が使えない者は火打石で火を起こすと言うことか」


 俺の質問にカリーナが応える。


「裕福な人たちは火の魔道具を使うけどね」


「その魔道具というのは、こんなようなものかな?」


 使い捨てライターに火をともす。

 カリーナと年配の女性が息を飲み、驚きの視線を使い捨てライターに向けていた。


「あたしが知っている火の魔道具はもう少し大きいわ。それに宝石みたいに綺麗で透き通ってない」


「本当、宝石みたいだね」


 透き通った緑色のプラスチックをうっとりと見つめる年配の女性に、


「お姉さん、これで火をつけてみませんか?」


 使い捨てライターを使ってみないかと提案する。


「いや、そんな高価なものは触りたくないよ」


 尻込みする女性の眼の前で使い捨てライターを地面に落としてみせた。

 驚きのあまり息を止める二人。


「意外と丈夫なんですよ。それにこんなものの一つや二つ壊したくらいで怒ったりしませんから安心してください」


 俺は拾い上げた使い捨てライターを年配の女性の手に押し込んだ。

 拒む年配の女性を説得して実際に使ってもらう。


 ――――四つ目の竈に火が入った。


「便利なものだねー。これが魔道具じゃないっていうのも驚きだよ」


 楽しそうに竈の火を起こしながら言った。


「なかに入っている液体が魔石の代わりです。液体がなくなるまで使えますよ」


 カリーナと年配の女性との会話のなかで、この世界には魔道具があり、魔道具のエネルギー源となるのが魔石なのだと分かった。


 そして魔石は魔物の体内にあり、魔物は魔石と素材の供給源となる。

 その魔物を狩ることを主な生業なりわいとしているのが冒険者。


「あんた、異国の商人だっけ。こんな珍しい商品を持っているならきっと成功するよ」


「ありがとうございます」


「あたしも貴重な経験をさせてもらったよ」


 笑顔で「ありがとう」とお礼を言うと、使い捨てライターを返そうと差しだした。


「こちらこそこの国のことを教えて頂けて勉強になりました。お礼にそのライターは差し上げますよ」


「え!」


 固まる年配の女性からカリーナに視線を移す。


「じゃあ、行こうか」


「ちょ、ちょっと待っておくれ! こんな高価なものを貰うわけにはいかないよ」


 年配の女性が俺の手を掴んだ。


「それ、そんなに高価なものじゃありませんから」


 気にしないで受け取っと欲しいと説得していると、背後から野太い声が聞こえた。


「カリーナ、こんなところで何をしているんだ?」


「ジェフリー隊長に会いに行く途中でした」


「俺に?」

 振り返ると熊のような大男がカリーナを見下ろしていた。

 俺が振り向いたことに気付いたカリーナが


「ジェフリー隊長、こちらはベルトラムさんのお取引先の商人で、ダイチ・アサクラ様です。ダイチさん、こちらが護衛隊の隊長であるジェフリーさんです」

 ニケを抱いたまま、何事もなかったように紹介した。


「次の街まで同行させて頂きます」


 異国の田舎から出てきたばかりの駆け出しの行商人であると自己紹介した。

 別の大陸から来たという設定は伏せる。


「俺はベルトラム商会の護衛隊を任されているジェフリーだ」


 ジェフリー隊長の視線が俺からカリーナに移ると、彼女は小さくうなずいて言う。


「ベルトラム商会長から、こちらのお客さんの面倒を見るように言われました」


「専任ということか?」


「はい」


 カリーナの肯定の言葉にジェフリー隊長の表情が引き締まった。


「では、任せる」


 どうやらカリーナは俺の監視役のようだ。

 まあ、警戒されるのは想定の範囲内だけど、本人を眼の前にしてそれを臭わせないで欲しかったなー。


 話しかけるタイミングを逸したまま使い捨てライターを握りしめた女性を置き去りにして、俺とカリーナはジェフリー隊長とともにその場を後にした。

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