第6話 クラウス商会長
馬車から少女へ視線を戻す。
「責任者と話がしたいのですが、取り次いで頂けませんか?」
「あなた、怪しいわ」
異世界で現代社会の衣服を着ているのだから違和感があるのは確かだろうな。
「あなたは護衛ですか? 心配なら武装を解除しますよ」
両手を顔の高さに上げて敵意をないことを改めて示した。
「ろくに使えもしない武器を渡されても意味はないでしょう」
「え?」
驚く俺に少女は飽きれたような顔をして説明する。
「その手、弓もナイフも使い慣れてないのが丸わかりよ」
「実はそうなんだ」
あっさりと認める俺に少女は驚いた顔を見せたが、すぐに表情を取りつくろう。
「それで、どうしたらあの馬車隊の責任者に合わせてもらえますか?」
不測の事態なら責任者である隊商の責任者に取り次ぐくらいはしても良さそうなんだけど、なかなか取り次いでくれないな。
もう少し安心してもらえる材料が必要かな。
俺が次の手を模索していると少女が言った。
「商会長に取り次ぎます」
「ありがとう!」
思わずほほ笑むと少女もクスッと笑った。
「ただし、あたしから一メートル以上離れないこと」
「一メートル?」
首を傾げる俺に少女が言う。
「魔術師を不用意に護衛対象に近付けるわけにはいかないでしょ」
「魔術師?」
「こんなところを一人旅しているのに戦う術がないわけないでしょう」
装備しているナイフと斧、弓矢が使えないとなれば、魔術が身を守る手段だと連想したのか。
ここで魔術が使えないと言っても信じてもらえないだろうな。
話が
「まあ、それなりには使えるかな」
無属性魔法がスキル欄にあったし、実用に耐えられるかは
「じゃあ、一緒に行きましょう」
馬から降りると俺の傍らに立った。
「あれ? 君も歩くの?」
「万が一のためです」
右手が腰の剣に添えられているのは
「君は長剣を使うんだ」
「口調が変わったわね」
「こっちが素なんだよ。年齢も近いし、このままでいいかな」
「口調の方はお好きにどうぞ。ただし、こちらを警戒させるような動きだけはしないようにしてね」
怪しい動きをしただけでバッサリか。
怖い世界だ。
「君、名前は?」
「お互いもう少し警戒しましょう」
呆れてため息を吐く少女になおも聞く。
「俺ってそんなに怪しく見えるかな?」
「ええ、とっても」
そこで二人の会話が途切れた。
◇
馬車から降りてきたのはところどころ黒髪が残る白髪の男性。
身長は俺とほぼ同で百七十センチメートルを少し超えるくらいだが、肩幅は俺の倍ほどもあり鍛え上げられた身体は年齢を感じさせないほどに引き締まっていた。
「カラムの街まで同行したいというのは君かね」
「大地・朝倉と申します」
「クラウス・ベルトラムだ。この隊商の責任者でベルトラム商会の会長をしている」
いきなり大物のご登場か。
ベルトラム商会がどの程度の影響力を持っているかは知らないけど、徹底して下手に出ることにしよう。
元々同行をお願いする立場なので
「
「それで君は見返りに何を提供できる?」
自分が雇った護衛の恩恵にあずかろうというのだから、商会長の言い分ももっともだ。
「こちらの品をお売りさせて頂きます」
カバンから取り出す振りをして
先ずはこれで様子見だ。
これに価値があれば良し。
たとえ相応の価値がなかったとしても提示できる商品はいくらでもある。
ソフトボール大に膨れ上がった布の袋を差しだすと、クラウス商会長の背後に控えていた壮年の男が進みでて受け取った。
男から袋を受け取ったクラウスが一瞬驚きの表情を浮かべた。
だがすぐに平静を装って質問をする。
「随分と気前がいいな? それともこれの価値をしらないのか?」
「後者です。正確にはこの国でどの程度の価値があるのかを知りません」
「ほう」
クラウス商会長が初めて興味深そうに俺を見た。
「商品の価値は時と場所によって変わります。私の国では栽培こそされていますが、それでも希少で相応の価値のある商品です」
「栽培できる国でも希少なのか?」
クラウス商会長の質問に「はい」と肯定の意志を示して話を続ける。
「とはいえ、この国でどの程度の価値があるのかは知りません」
「随分と正直だな」
クラウス商会長は、人生経験はもちろん商人としての経験も豊富なはずだ。
大学生の俺が下手なハッタリをかましたところで悪手になるだけだ。
ここは正攻法で行く。
「俺も商人の端くれです。嘘が身を亡ぼすということは心得ているつもりです」
「君のその考えには私も賛成だ」
よし、ここまでは順調だ。
俺は内心で胸をなでおろす。
「ありがとうございます。祖父の教えです」
「正直に言おう。この
「何倍も……?」
どうやら胡椒だけで片が付きそうだな。
他の商品を並べる必要がなかったことに俺は内心で胸をなでおろす。
クラウス商会長が説明をしてくれた。
この大陸では胡椒の栽培に成功した国はなく、大陸に流通する胡椒は全て輸入に頼っているのだと。
それはこのガーランド王国も例外ではなかった。
当然、胡椒を利用するのは貴族や富裕層に限られてくる。
「――――街中で胡椒を販売するには許可が必要となるが、君は外国どころか別大陸からきたのだから当然許可証などもっていない。そうだろ?」
なるほど、どんなに高額な商品でも俺が街中で売ることができないということか。
だが、問題はそこじゃない。
この大陸で胡椒が栽培されていないのは誤算だった。
内心で後悔する俺にクラウス商会長が言う。
「
「私が別の大陸から来たことは内密にお願いします」
あくまで外国の田舎から出てきたということにして欲しいと頼んだ。
「まあ、別大陸から来たとなれば要らぬトラブルもあるかもしれんか」
一人納得したクラウス商会長がその場にいた少女と壮年の男性にこのことを口外しないようにと命じた。
「ご配慮に感謝致します」
「それでは胡椒の代金を用意させよう」
たったいま口止めしたばかりの男に目配せする。
ここで支払いをするつもりか?
だが、代金を受け取るのは俺のシナリオにはない。
「お待ちください」
制止する俺にクラウス商会長が質問する。
「何だね?」
「代金は別のものでお支払い頂けませんでしょうか?」
「別のもの……?」
クラウス商会長が
「私はこの国で商人になりたいと考えています。ですが、いまお話したように私はこの国の人間ではありません。私がこの国で生きていくのに必要な知識と商人になるための手助けをして頂けないでしょうか?」
「随分と信用されたものだな」
「人を見る目はあると思いたいですね」
本当は賭けなのだがそれは口にしない。
たとえ騙されて胡椒を巻き上げられたとしても、俺にしてみれば痛くもかゆくもないのだから気楽な賭けだ。
「ははははは」
クラウスは豪快に笑うと、すぐに真顔になって言う。
「だが、商人になるための手助けには少々足りんな」
「どれだけの胡椒が必要ですか?」
「これの三倍だ」
しっかりしてるなー。だが、味方になってもらえると考えれば頼もしいか。
「分かりました」
カバンから胡椒が入った五つの袋を取りだすと、クラウス商会長の口元が綻んだ。
「やるじゃないか」
「これはという取引相手には、相手が想像する以上の対価を渡すべきだと祖父に教わりました」
本当は祖父の教えではなく、何かの本で読んだ記憶がある。
報酬は相手が期待する以上のものであるほどより大きな信頼を得ることができる、とあった。
クラウス商会長が壮年の男と俺を案内した少女に命令を下す。
「ロイド、胡椒を受け取れ」
「畏まりました」
「カリーナ、カラムの街までお前が面倒を見ろ」
「はい」
こうして俺とニケはベラトラム商会の隊商に同行することに成功した。
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