第5話 行商人と護衛

「取り敢えずはこんなものかな」


 コンテナと液体窒素、巨岩、倒れた大木など、目立った戦闘の痕跡をあらかた異空間収納ストレージへと取り込む。

 作業を終えた俺は辺りをゆっくりと見回した。


 虎との直接戦闘の痕跡こんせきも『何が起きたか』を想像させることはできない程度まで偽装ぎそう出来ている。

 焼けた森の一部は草原の表層や森の樹木を少しずつ移植した甲斐あって、夜営した際に誤って小火ぼやを起こしたように見えるはずだ。


 さらに数十個ほどの巨岩と百本近い大木を根ごと抜き取った痕跡。

 こちらも森の他の地域から移植してそれなりにごまかせていると思う。


「トレードスキル、チート過ぎだな」


「ニャー」


「もう少し待っていてくれ」


 甘えた声を上げるニケにそう言い聞かせてトレードスキルに意識を集中した。

 眼前に半透明のボードが現れ、取り込んだばかりの黒い巨大な虎や大木、巨岩などがアイコンとして映し出される。


「まとめてポイント変換だ」


 そうつぶやいた瞬間、半透明のボードにあったアイコンの大半が瞬時に消え、『トレードポイント』の項目の数字が跳ね上がった。


「桁が増えた! もしかしてさっきの黒い虎のせいか?」


 答えが出るわけでもないし、いまは考えるのをやめておこう。


 続いて別のアイコンに視線を移す。

 虎との戦闘に使ったコンテナだ。


「これもポイントに替えて新しいコンテナを取り寄せるか」


 戦闘に利用したコンテナのアイコンが消え、トレードポイントがわずかに上昇する。

 これで一段落だ。


 俺は上昇したトレードポイントから様変わりした森へと視線を移した。


「やっぱり、伐採権とか採掘権ってあるんだろうか……」


 森に自生していた大木と転がっていた巨岩をトレードスキルでポイントに変換し、現代から様々なものを取り寄せたことに良心の呵責かしゃくを感じる。


「持ち主が分かったら必ず恩返ししますから、ここは『借り』ということでよろしくお願いします。」


 森に向かって一礼して、意識を切り替える。


「色々と確認したいことはあるけど、次にやることは俺自身の偽装工作だな」


 夜営の道具と旅人にみえるようにするのに必要な製品を取り寄せることにした。


「ミャー」


「もちろん、お前の食事も忘れてないから安心しろ」


 背中に飛び乗ったニケをそのままに、半透明のボードに向かってオフロード車をイメージした。

 ボード上に何種類ものオフロード車の画像が浮かび、取り寄せるのに必要なトレードポイントが表示される。


 俺はそのなかからポピュラーなオフロード車を選択する。


「ニケ、移動するぞ!」


 街道に現れたオフロード車へと飛び乗った。 


 ◇


 オフロード車で移動すること数十分。

 代わり映えのしない景色が広がる街道で車を停めて自身の装備を整えていた。


「よし、こんなもんだろう」


 夏の山に多めの荷物を抱えてソロでキャンプをしにきた大学生といった格好だな。

 サイドミラーに映った自分の姿に苦笑する。


 日本で見かけるソロキャンパーと異なる点といえば、腰に大振りのナイフと手斧を差し、リュックに複合弓コンポジットボウと矢がくくりつけられているところだろう。


「夜営用のコンテナも新しく取り寄せたし、水と食料、ニケのエサも十分、と」


 半透明のボードに映し出されたアイコンを確認し終えた俺は、半透明のボードを別のタブへと切り替えた。


 切り替わったタブに表示されていたのは、液体窒素、ガソリン、硫酸、熊撃退用のマスタードスプレー、等々の戦闘に関する品々。


「心の安寧あんねいのためには必要なものだ」


 次のタブへと切り替える。

 そこには、塩、砂糖、胡椒こしょう、オリーブオイル、酒類、使い捨てライター、懐中電灯など、こちらの異世界で換金できそうな品々がならんでいた。


 田舎から出てきた駆け出しの行商人。

 それが俺の考えた設定だった。


「さあ、いよいよファーストコンタクトだ」


 口元を引き締めて近くの岩の上に腰をおろす。


 数分前、ドローンを飛ばして周囲を確認していたのだが、そのときに隊商らしき五台の馬車が停まっているのを確認している。

 特に忙しく動く様子もなかったので、小休止をしているのだろう。


 俺はこの場で隊商が来るのを待ち、偶然を装って彼らと接触することを選んだ。


「さっきの虎とはまた違った緊張があるな」


 気持ちを落ち着かせようと、膝の上で丸くなるニケの背をなでる。

 少しすると、馬のいななきと馬蹄ばていの音、木製の車輪が転がる音とが聞こえてきた。


「さあ、来るぞ」


 馬車の来る方向に振り返ると、騎乗した少女と目が合った。

 年の頃は十代後半といったところだろうか。


 西欧風の容貌で整った顔立ちの少女だった。

 俺は演技をするまでもなく少女に見惚みとれて立ちすくんでしまった。


 少女が話しかける。


「一人なの?」


 街中で知り合いに声でもかけるような穏やかな口調とほほ笑み。


「え、っと」


「一人旅かしら?」


 再び少女が問いかけた。


 態度こそ穏やかだが、少女が周囲を警戒しているのは明らかだった。

 視線がせわしなく辺りをうかがう。


 もしかして盗賊の仲間と思われたかな?

 旅人を装ったおとりを使って不意打ちを仕掛ける、そんな作戦が思い浮かんだ。


 ありそうだな。

 もう少し考えるべきだった。


 俺はニケを抱えて両手が塞がった状態で立ち上がる。


「一人と一匹です。私は大地・朝倉、こっちは相棒のニケ」


「猫ちゃん?」


 どうやらこの世界にも猫はいるようだ。


「猫は珍しいですか?」


「そうね、そんな風に毛の長い猫は初めて見るわ」


「よかったら触ってみますか?」


「もう一度聞くわ、一人と一匹?」


 少女は一瞬の躊躇ためらいを見せた後、急に素っ気ない口調に戻った。


「ええ、そうです」


 同年代の女の子には使わない丁寧な口調で、自分が田舎から出てきたばかりの行商人であることを簡単に説明した。


「行商人という割には随分と荷物が少ないのね」


「まあ、そこは詮索せんさくしないで頂けると助かります」


 いぶかしむ少女に向かって、こちらも警戒しているのだと暗に告げた。


「マジックバッグでも持っているのかしら」


「そちらもお一人ですか?」


 少女の質問を聞き流して聞いた。


「隊商の護衛中よ」


 少女は人数を告げないまま腰の長剣をわずかに引き抜いて音を鳴らす。


「もし差し支えなければ次の街か村まで同道させて頂けませんか? 一人と一匹で心細い思いをしていたところなんです」


「頼む相手が違うわ」


 振り返った少女が背後を視線で示す。

 ちょうど先頭の馬車が曲がり角から姿を現したところだった。

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