第3話 遭遇

水の弾丸ウォーターブレット!」


 掛け声とともに百メートルほど先にある大木を指さすと、目標とした大木から五メートルほど横にある大木を水の弾丸が射抜いた。

 直径一メートルはあろうかという大木に直径五センチメートルほどの穴が穿うがたれている。


「弾丸というよりも徹甲弾だな」


 命中精度はともかく、熊くらいなら仕留められそうな貫通力に頼もしさを覚える。


「水の精霊魔法だけだけど、何とかさまになってきたな」


 ニケが所有する精霊魔法のスキルの検証を始めてから三時間余。

 不安は拭い切れなかったがそれなりに実用に耐えられそうなところまでこぎつけた。


 当面は水の弾丸ウォーターブレットに磨きをかけるか。

 土、水、火、風と四つの精霊魔法をニケに使わせてみたが、最も使い勝手が良かったのが水の精霊魔法だった。


「お前が人語を解してくれたらよかったのに」


 抱いていたニケを目の高さに持ち上げて話しかける。

 精霊魔法の制御が難しいようで、威力も毎回違えば命中精度も非常に低い。


「魔法の制御ってのはやっぱり難しいのかな?」


 トレードのスキルが簡単に使いこなせたのはラッキーだったと思うことにしよう。


「お前に背中を任せたらフレンドリーファイアーをくらいそうだもんなー」


 焼け焦げた森の一部を見る。

 最も破壊力があるだろうと期待した火の精霊魔法を放った結果がそれだ。


 焼け焦げた跡を漫然と眺めながら、俺はこの三時間あまりの検証過程を思い出す。


「よし、先ずは火の精霊魔法からやってみるか」


 攻撃魔法なら火だよな、という単純な発想が事の始まりだ。

 ニケが放った炎の弾丸ファイアーブレットは、俺が示した目標から六十度ほど逸れた角度で撃ち込まれた。


 しかも着弾した距離も近かった。

 突然の爆風でニケを抱きかかえたまま一メートルほど吹き飛ばされた。


 あの一撃で火の精霊魔法を諦めて、もっとも安全そうな風の精霊魔法に切り替えたんだったな。

 風魔法を思い出すと身震いがする。


 風魔法を放った途端、俺の周囲で不可視の刃が乱舞した。

 もはや、何が起こったのかは想像するしかない。


 周囲に切り刻まれた草木が舞い、切断された無数の枝が落ちてきた。

 視認できない攻撃の恐ろしさを思い知ったよ。


 土の精霊魔法は先に試した二つよりも制御が難しかった。

 目を閉じなくても容易に思いだせる。


石の弾丸ストーンブレット!」


 撃ち出されたのは柔らかい土の塊だったり、泥団子だったりとおよそ戦闘には役立ちそうにないものばかりだった。


「まだ野球のボールの方が破壊力ある」


 俺が失敗の考察をしていると、俺の腕を抜けだしたニケが顔の高さまでフワフワと浮き上がった。

 そろそろ飽きてきたようだな。


「ミャー」


「ニケさんや、もう少しだけ頼むよ」


「ニャー」


 心なしか返事が不満げに聞こえるが、逃げだす素振りもないのでそのまま検証を続ける。


「それじゃ行くぞ。水の弾丸ウォーターブレット!」


 拳大の水の塊が勢いよく撃ちだされ、近くの枝を吹き飛ばした。


「お! いい感じじゃないか!」


 何よりも水の塊なので周囲への被害も少ない。

 俺の中でニケの育成方針が決まった瞬間だ。


「ミー」


「偉いぞ」


 得意げに見上げるニケにそう言って、猫用のおやつであるジュールを差しだす。


「ミャ!」


「それを食べたらまた練習しような」


 夢中でジュールを食べるニケの頭を撫でた。

 それが三時間ほど前のこと。


「この三時間で随分と使いこなせるようになったじゃないか」


「フーッ!」


 ニケの頭をなでようとした瞬間、森に向かって威嚇を始めた。


「どうした!」


 魔物?

 脳裏に不吉な単語が浮かぶ。


 左手でニケを抱え、右手に薪割り用の斧を持って草原へと入ると、背の高い草の陰に身を潜めた。

 息を殺して街道越しに森の奥をうかがう。


 わずかに茂みが揺れた。


 風とは明らかに違う揺れだ。

 斧を握る手にかいた汗を衣服で拭って再び斧を握り直す。


 再び茂みが揺れた。

 揺れたのは一ヶ所だけ。


「魔物にしろ、野生動物にしろ、相手は単体の可能性が高い」


 自分を落ち着かせようと言い聞かせるようにつぶやく。



 飲み込んだ固唾かたずの音が耳に響く。

 早鐘のように打つ心臓の鼓動が焦燥感をき立てる。


 心臓の音がやけに大きく聞こえる……。

 いや、意識を逸らせちゃダメだ!


 小さくかぶりを振って改めて茂みが揺れたあたりを凝視する。


 茂みの奥に光るものが見えたと思うと、突然、茂みが割れた。

 現れたのは大型のネコ科と思しき動物。


「黒い、虎……?」


 姿こそ虎によく似ていたが、黒い体毛に焦げ茶色の縞模様をした生物がその全身を現した。

 俺が知る虎とは大きさがまるで違うな。


「ヒグマが可愛く見える」


 地球の虎の三倍はあろうかという大きさだ。

 その姿を目にした途端、恐怖が全身を襲う。


 斧を握りしめる手が振るえた。

 上下の歯が小刻みにぶつかり合う。


 気が付くと俺は地面に座り込んでいた。

 膝が笑って力が入らない。


「ダメだ、薪割り用の斧で戦えるような相手じゃない」


 俺はすぐに異空間収納ストレージの内部へと意識を向けた。


 何かないか! あの虎と戦える武器は! いや、追い払うだけでもいい。

 考えるんだ!


 焦る気持ちを抑えて異空間収納ストレージに収納した品物を確認する。

 ページがめくられるように表示される品物が次々と変わる。


 これだ!

 一つのアイコンの上で止まった。


 それは夜営用のシェルターとして取り寄せた大型のコンテナ。

 このなかに籠っていれば熊の襲撃くらいはやり過ごせそうだと選んだ、最も頑丈そうなコンテナだ。


「やるなら先制攻撃だ」


 反撃の機会を与えずに巨大な虎を仕留める。

 腹をくくった俺は、全身をあらわにした虎に視線を定めた。

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