第2話 スキル

 どうせ日本に帰っても天涯孤独の就職浪人。

 それどころかあと半年もすればニートの可能性だってある。


「それならお前とこの世界で生きていく手段を探す方が賢明だよな」


「ニャー」


 そうと決まれば最優先すべきはスキルの検証だ。


「先ずは、鑑定スキルの続きだ」


 俺は愛猫のニケを抱いたまま、周囲に自生している草に意識を集中した。

 半透明のボードが開き、そこに雑草の名前や特性などの情報が浮かび上がると想像していたのだが、実際には違った。


 頭の中に雑草の名前が流れ込む。

 さらに意識を集中するとそれぞれの雑草の特性や効能などが流れ込んできた。


「概ね予想通りの能力だ」


 鑑定スキルの結果に満足した俺は、緩んだ口元を引き締めて半透明のボードに書かれた『トレーダー』の文字に意識を傾ける。


 途端、トレーダースキルの詳細が頭の中に流れ込んできた。


「うわ! 何だよ、これ! これが……、トレーダーの能力、なのか……?」


 一気に流れ込んでくる膨大な情報。


 心臓が大きく跳ねる。

 自分でも心拍数が上がっているのが分かる。


「凄いぞ、トレーダースキル」


 トレーダー。

 それは異世界転生の漫画でよく出てくるチート能力の一つである異空間収納ストレージの上位互換ともいえるスキルだった。


 異空間収納ストレージ内に取り込んだ物品や資源を『トレードポイント』に変換。

 そのトレードポイントでこの世界だけでなく、元の世界からも物品や資源を取り寄せられるというスキルだった。


 思わず拳を握りしめた。

 先ほどとは比べものにならない高揚感が襲う。


「このスキル、大当たりじゃないか!」


 退屈でくだらない日常が俺の中で音を立てて崩れていく。


 異世界。

 何て刺激的な響きだ。


「ミャッ! ミャー!」


 興奮して強く抱きしめてしまったらしく、俺の腕のなかでニケが抗議の鳴き声を上げた。


「ごめん、ごめん」


 慌てて力を緩めると腕から抜けだしたニケが地面へと飛び降りる。

 だが、俺の側を離れる様子はない。


「ミャー?」


「すまないな。少しそこで大人しくしていてくれよ」


 足元で鎮座するニケに向けてそう言うと、はやる気持ちを抑えてトレーダースキルの検証に移ることにした。


「さて、手始めはこのあたりかな」


 足元に自生している雑草を無造作にむしり取った瞬間、異空間収納ストレージへと収納する。


「ミャ?」


 俺の右手を不思議そうに見つめるニケの仕種に自然と口元が綻ぶ。


「驚いているのか?」


「ミャー」


「そうだろ、そうだろ。驚くよなー」


 俺は上機嫌でニケに話しかけると再び雑草に手を伸ばした。


「ニケ、よーく見てろよ」


 ニケが興味深そうに手の動きを追っているのを確認すると、先ほどよりもゆっくりと雑草を引き抜く。

 当然、引き抜くと同時に異空間収納ストレージへと収納している。


「みゃ!」


 驚いて飛び退すさったニケだったが、すぐに引き抜かれた雑草があるはずの手に近寄るとフンフンと臭いを嗅ぎだした。

 ニケの仕種が俺の悪戯心をくすぐる。


「そら!」


 声と共に消えたはずの雑草を手のひらに出現させる。

 よほど驚いたのだろう、ニケが鳴き声も上げずに飛び退った。


「相変わらず、妙に人間臭い反応するな」


「ミャー!」


「ごめん、ごめん。怒るなよ」


 抗議の鳴き声を上げるニケを抱き上げ、街道へと向かって歩き出した。


 ◇


 草原を歩くこと十数分。

 

「やっぱり街道だ」


 踏み固められてできたような道が森の外周に沿って延びていた。

 道幅は四メートルほどで路面にはひづめらしき痕跡こんせきと幾筋もの線状の跡がある。


「これって馬車……だよな」


 しゃがみ込んで線の一つを指でなぞった。

 インターネットで見た画像が脳裏をよぎる。


 それはわだちの映像。

 記憶のなかの映像と街道に刻まれた跡を比較して、これが馬車かそれに近い何かだと確信した。


 日本と近い気候だと仮定すれば季節は初夏。


「太陽も高い位置にあるから、昼過ぎってところか」


 強い陽射しを嫌ったニケが俺の腕のなかに顔をうずめる。


「さて、それじゃ本格的にスキルの検証を始めるか」


 先ずは自生している大木をポイント変換して現代日本から食料を取り寄せるところからだ。

 それが出来れば、少なくとも生きていくことは出来そうだ。


 街道の向こう側にある広葉樹に狙いを定めて取り込む。

 距離は十メートルといったところか。


「収納!」


 掛け声とともにターゲットの広葉樹に意識を集中する。

 次の瞬間、広葉樹が消えた。


「収納できたのか?」


 急いで半透明のボードを見る。


 あった!

 たったいま取り込んだ広葉樹がアイコンとなって半透明のボードに表示されていた。


「はははは」


 思わず笑い声が漏れる。

 

「笑っている場合じゃない、次だ!」


 広葉樹のアイコンに意識を集中してトレードポイントに変換することを意識すると、瞬く間に広葉樹のアイコンが消えてトレードポイントに数字が加算された。

 

 続いて、トレッキングシューズをイメージする。

 トレードポイントの数字が減り、トレッキングシューズのアイコンが追加された。


「次は水と食料だ」


 コンビニで買うペットボトルのミネラルウォーターとおにぎり、ニケが普段食べているキャットフードをイメージした。

 

「よし!」


 半透明のボードにたったいまイメージした商品がアイコンとして並んだ。


 成功だ!

 これで何とか生きていく目処がついた!


 いや、それどころかトレードスキルを使って商人としてのし上がることも夢じゃないぞ。

 やりようによっては富豪だ。


 就職に困っていた数十分前とは大違いだ。

 思わず口元が綻ぶ。


「明るい未来があるってのはいいねー。自然とモチベーションが湧いてくる」


 俺はすぐさま次の行動に移ることにした。


 森のなかに入ることなく、森に自生している比較的大きな樹木や巨岩を次々と異空間収納ストレージへと収納してく。 

 三十分ほどしたところで収納作業を中断した。


「随分と収納したけど、限界には程遠そうだな」


 樹木のアイコンだけでも百個以上が並んでいる。


 樹木や岩のアイコンに意識を向けると、それらは次々とステータスボードから消えていった。

 代わりにトレードポイントの数字が勢い良く上昇する。


「腹も空いたし、食事にするか」


 ミネラルウォーターの隣にコンビニで売られているおにぎりのアイコンが現れた。


「ニケも腹が減っただろ?」


 陽射しを避けるように顔をうずめるニケに語り掛ける。


「あとは、テーブルとイス、ニケのエサだな」


 イメージした物がそのままアイコンとなって並んだ。

 次はこのアイコンを具現化する。


 俺がイメージした通り、街道脇の草原にキャンプ用のテーブルとイスが現れた。

 テーブルの上にはペットボトルに入ったミネラルウォーターとおにぎり。テーブルの下には猫用の食器に入ったキャットフード。


 お腹が空いていたのだろう、ニケがテーブルの下目掛けて走り出した。


「昼飯を食べたら、次はお前のスキルを検証するからな」


 キャットフードに夢中になっているニケだったが、俺の言葉に「ミャー」と短く答えた。


「どこまでをトレードスキルの交換対象として認識してくれるかも検証する必要があるな」


 変換したトレードポイントで現代日本の商品を取り寄せることができた。

 次に必要なのは限界を知ることだ。


「できれば武器、戦うための道具は欲しい」


 拳銃は無理にしてもボウガンやナイフくらいはとりよせたい。


「ニャー」


「お代わりか?」


 ニケの食器にキャットフードを出現させると、ニケは当たり前のように食べだした。

 順応が早いな。


「その前にニケのスキルの検証だな」


 俺はおにぎりを食べながら次の検証の項目を頭のなかで整理することにした。

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