無敵商人の異世界成り上がり物語 ~現代の製品を自在に取り寄せるスキルがあるので異世界では楽勝です~

青山 有

第1部 見知らぬ世界

第1話 大地とニケ

「これで俺も天涯孤独の身か……」


 疲れた身体を倒れ込むようにしてベッドに投げだす。


 両親を幼い頃に亡くした俺を育ててくれた祖父が他界してから十日。

 葬儀や諸々の手続きを終えたのが、つい二時間前のことだ。


「何だか茫然としているうちに十日間が過ぎちゃったな……」


 スマホを取り出すと未読メールの件数に目が留まる。

 十五件か、いつの間に溜まったんだ。


 メールをチェックすると就職活動先の企業から連絡が入っていた。

 結果はこれまでと同じだ。


 朝倉大地あさくらだいち様 ――――


 俺の名前から始まる書き出し。

 続くのはどこの企業も似たり寄ったりのお断りの文章だ。


「落ちたか……」


 自分の沈んだ声が耳に響く。


 声は沈んでいるが落胆していない。

 ただ、大学の友人と顔を合わせるのが益々嫌になっただけだ。


 目をつぶると大学の友人たちの優越感に満ちた顔が脳裏をよぎる。


『奨学金を返さないとならないんだろ? どこでもいいから就職しちゃえよ』


『やりたい事よりも、先ずは就職することを優先しろよ』


『就職浪人じゃ、彼女逃げちゃうよ』


『高望みするからだろ。俺なんてメチャクチャ妥協だきょうしたんだぜ』


 奨学金には感謝している。

 この制度がなかったら大学なんて考えられなかった。


 やりたい事なんてなかった。

 それを悟られるのが嫌で「マスコミ関係の仕事に就きたい」などと口にしていただけだ。


 彼女なんていねえよ。

 アルバイト先で仲良くなった女子高生を勝手に彼女ってことにしてただけだよ。


 高望みなんてしちゃいない。

 ただ、じいちゃんの喜ぶ顔が見たくて少しでもいい会社に入ろうとしただけだ。


 心の内で愚痴がこぼれた。

 

「結局、最後までじいちゃんを喜ばせてやれなかったな」


 祖父の優しい笑顔と声が蘇る。


『優しい子に育ってくれて嬉しいよ。お前はワシの自慢の孫だ』


『まだ若いんだから焦る必要なんてない。ゆっくりと自分のやりたいことを探しなさい』


「ミャー」


 俺の腹の上にモフモフの毛玉が飛び乗った。

 生後十か月になる愛猫のニケだ。


「ニケ」


「ミャ」


「そうだな、お前がいたな」


「ゴロゴロ」


 長毛種独特の手触りの良い長い毛をなでると甘えた声を上げた。


「落ち込んでいても仕方がない。昼飯を食べたら就職活動の続きだ」


 己を鼓舞してベッドに半身を起こす。

 そのとき右手に何かが触れた。


 それは祖父の遺品を整理していたときに出てきた木製の小箱。

 

「そう言えば、古い指輪が入っていたな」


 木箱を開けるとおよそ女性が身に付けなさそうな古臭いデザインの武骨な指輪が三つ並んでいた。

 指輪といっても宝石の類は付いておらず、三つとも印章が彫られている。


 一つは、小さな四つの印章が連なって大きな一つの印章を形作っていた。

 残りの二つは、どちらも印章が真っ二つに割れたような形でとても似通ったデザインである。


「もしかして、この二つは対になっているのか?」


 取り出した二つの指輪重ねると印章部分がピタリ合った。

 俺は何の気なしにその二つの指輪を左手の中指にはめてみると、まるであつらえたようにはまった。


「ぴったりだ」


「ミャー」


 腹の上から飛び降りたニケが木箱に残された指輪をくわえた。

 不味い、飲み込んだりしたら大変だ。


「ニケ、それはダメだ」


 指輪を取り戻そうと左手を伸ばすと、ニケのくわえていた指輪と俺の左手の指輪がかすかに触れた。

 小さな金属音が響く。


 次の瞬間、俺の頬を暖かな風がなでた。

 夏草の匂いが鼻腔をくすぐる。


「なんだよ、これ……」


 地平線まで見渡せるほどの広大な草原が眼前に広がっていた。

 茫然と辺りを眺める俺にニケが甘えるようにすり寄る。


「ゴロゴロ」


「夢でも見ているのか?」


 俺は恐る恐る辺りを見回す。


 正面には草原が広がり背後には街道らしきものが見え、その向こうには森が広がっていた。

 見渡す限り人の気配はない。


「どこだよ、ここ……。何でこんなところにいるんだ……?」


「ミャー」


「ごめん、ニケ。ちょっと時間くれるかな」


 俺はニケを膝に乗せたまま数十秒前に起きたことを思い返す。


「俺はさっきまでベッドの上にいた。疲労感や空腹感から考えてほとんど時間が経っていないのは確かだ」


「ミャー」


 すり寄るニケを抱きかかえてさらに自問する。


「こうなる直前の出来事、何か普段と違うことはないか……? そうだ、指輪! 指輪だ!」


 急ぎ自分の左手を見たが、そこに指輪はない。

 続いてニケに視線を移したがくわえていたはずの指輪もなかった。


「落としたのか?」


 慌てて周囲を探すがそれらしきものは見当たらない。


「いや、少なくとも指にはめていたんだ。そう簡単に落とすはずがない」


 いつくばって探したが指輪は見当たらなかった。


「どうなっているのか分からないが、指輪とこの状況に何らかの関連があると考えていいよな」


 ニケが咥えた指輪を取り返そうとして、俺の指輪とニケが咥えたた指輪がぶつかった映像が鮮明に蘇る。


 間違いない。

 直前にあった出来事はあれだ。


 そのとき、俺の脳裏に『異世界転移』という単語が浮かんだ。


「漫画やアニメじゃあるまいし……」


 書棚に並んだ漫画や小説が脳裏をよぎる。


「まさかここが異世界ってことはないよな……」


 背筋がゾクリとした。


 たとえ異世界でなかったとしても野生動物に襲われたら、どうやって戦う? いや、どうやって逃げる?

 着の身着のままの自分を改めて見た。


 戦うための武器がないどころか靴すら履いていない。

 街道らしきものはあったが、現代人が裸足で舗装されていない道路をどれだけ歩くことができるのか。


「異世界なら何かチート能力とかあってもいいだろ! 頼む、神様!」


 俺は祈るように定番の言葉を口にする。


「ステータスオープン」


 恐る恐る目を開けるが何の変化もなかった。


「詰んだな……」


 落胆する俺の頬をニケが舐める。


「ミャー」


「お前は気楽でいいよな」


 振り向くとニケが俺の顔の高さでフワフワと浮いていた。


「え?」


「ミャー、ミャー」


「浮いてるー!」


 座ったまま後退あとずるとニケが空中をフワフワと浮きながら追いかけてきた。


「ミャー」


「ニケ、お前いつから飛べるようになったんだ!」


「ゴロゴロ」


 ニケが甘えた鳴き声を上げてすり寄る。


「もしかして、チート能力は俺じゃなくお前が授かったのか?」


「ミャ?」


「無理だ、生きていける気がしない」


「ミャー」


「いや、待てよ。ニケにチート能力があるならまだ望みはある。となると、次にやることはニケの能力の把握だな」


 俺がそう口にした瞬間、眼前に半透明のボードが現れる。


「これって、もしかしてニケのステータスボードなのか?」


 眼前に現れた半透明のボードを注視しすると、そこには俺の名前が書かれていた。


 名前:大地

 家名:朝倉

 魔法:無属性

 特殊スキル:トレーダー

      :鑑定


「違う、俺のステータスボードだ」


 胸の奥底から不思議な高揚感が込み上げ、先ほどまで渦巻いていた不安と恐怖が急速に薄らぐ。


「よし! 俺にもチートスキルがある! トレーダーというのはよく分からないけど、鑑定はチートスキルの定番だ!」


 状況が厳しいことに代わりはなかったが、それでも不思議と安堵の気持ちが湧き上がった。


「ミャー」


 俺は自分の周りをフワフワと飛び回るニケに意識を集中した。


 名前:ニケ

 家名:朝倉

 魔法:無属性魔法

 精霊魔法:土魔法

     :水魔法

     :火魔法

     :風魔法


「ニケ……。お前、俺よりも凄くないか?」


「ミャー?」


 いや、どちらもチート能力を持っていたことを感謝しよう。

 お互い単独でいるよりも協力し合うことで生存確率が伸びるのは間違いない。


「協力しあって生きて行こうな」


 俺はニケの頭を優しくなでた。

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