第35話 勝利

 人は死ぬ間際になると、走馬灯を見るという。


「私、貴方とは付き合えないわ」


 髪を金髪に染めて、真っ赤な口紅をつけた高校生ぐらいの女性は、学生服を着ている健吾にそう言い放つ。


「え?」


「だって貴方、親いないんでしょう? 仕事する時に保証人はどうするの? 私一生日雇い確定の男とは付き合えないのよ」


「あ?お前だって浮気していたじゃねぇか! 」


「あんたに魅力がないのよ、じゃあね!」


(あぁ、俺はこの女に浮気されて振られたんだな、親がいないってのもあるし、やっぱり世の中はその人のバックボーンでしか判断されねぇんだな……)


「お前は使えない」


 先ほどの女子高生はいなくなり、代わりに視界が変わり、旧式のベルトコンベアが流れて、パンが目の前に流れているパン工場、そこにいるのは昔の上司。


 その上司ときたら嫌みたらしく、ほんの些細なミスでも健吾に辛く当たる。


「じゃあ、辞めたらあ!」


 健吾は機械に蹴りを入れて、制服を脱ぎ捨てて作業所から出て行った。


(俺この上司が嫌で辞めたんだな、ここに我慢していれば、それなりの収入は見込めたかもしれないな。馬鹿だな俺は……)


 目の前の景色がぐにゃりと歪み、そこは地球上には存在しないであろう花が沢山咲き乱れるお花畑、身体が風呂上がりのように軽くなり、フワフワとした感覚に健吾は陥る。


(あぁ、お花畑だ、ここは黄泉の国なんだな、やっと楽になれるんだな。目の前に見えるのは三途の川なんだな、俺は天国には行けるのかな……?)


 何かに導かれるように歩くと、直ぐに三途の川が見えてきて、橋渡しに立つ人間を見やる。


「やぁ、君も来たんだね」


 その男は、かつて前の派遣会社で一緒に働いていた、頭が禿げ上がった同僚。


「大橋さん……? 貴方ももしかして、亡くなったのか……?」


「うん、派遣会社を辞めた後にね、転職活動をしたんだけどね、俺45過ぎてるしどこも雇ってはくれなくてね、生活に困ってしまって昨日首を吊って自殺したんだ」


「そうですか……」


「行こうか、一緒に、あの世は食べるのに困らなくて、良い女がいる至福の場所なんだよ……」


 健吾は大橋と一緒に橋を渡ろうとする。


「ダメだ、お前はこの場所に行ってはならない!」


 後ろから聞き覚えのある声が聞こえて、健吾は後ろを振り返ると、そこにはクマがいる。


「オオカミ! お前はまだそっちには行ってはならない! 戻るんだ!」


「そっか、君はまだ生きているんだね、黄泉の国は僕一人で行くからね、またね……」


 大橋は健吾に手を振り、橋を渡る。


「!?」


 健吾の目の前には、砂漠のような、草木が一つもないような荒野が広がっているのが見える。


 ☆


「う……」


 頭に走る激痛に身を捩りながら、健吾は頭を抑えながら立ち上がる。


 目の前には、一度死んだはずの人間が蘇る事がないという価値観が崩されて、驚きを通り越して恐怖を感じている胡桃沢と渋沢がいる。


「な、貴様は確かに死んだはずではなかったのか!?」


「俺にもよく分からないが、弾丸が頭をすり抜けてしまったらしい……ほら、次は貴様が頭を撃ち抜く番だ、早く撃てよ」


「ぐぅ……」


 胡桃沢は、迫り来る死の恐怖に怯えているのか、失禁をしており、小便の臭いが健吾の鼻に付く。


「それともテメエ、臆病風に吹かれたのか?」


「あぁ、撃ってやるよクソッタレ!」


 胡桃沢は、トリガーを打つ。


 ガチャン、という音が鳴り響く。


 胡桃沢は、鼻から血を流して地面に倒れた。


「な? 」


「お待ちください」


 渋沢は、胡桃沢の体をチェックし始める。


「ご臨終、です……心臓の音が聞こえないし、脈拍もなく瞳孔が拡大しております、多分、トリガーを押す時に死の恐怖にとらわれて亡くなったのかと……」


「そう、か……」


 健吾は頭を抑えながら、地面に倒れる。


「おいあんた、こんな変態野郎の世話して大変だったろう?これだけやるから、辞めて別の仕事を探せよ……」


 健吾は札束を手に取り、渋沢に渡す。


「ええ、どちらにせよ私は直ぐに辞める気でした、ありがとうございます」


 渋沢は札束を手に取り、そそくさと去って行く。


 健吾のスマホがなり電話に出ると、天狗の声が聞こえる。


「オオカミ! お前よく頑張ったな! 今から迎えに行くからな!」


 電話は切れて、健吾は緊張の糸が切れたのか、気を失ってその場に倒れた。


 ☆

 白い天井と壁、窓越しから見える真夏の景色――


「気がついたか」


「!? うわっ、超頭痛ぇ!」


 健吾は頭に巻かれた包帯を指で触る。


 目の前にいるのは、天狗、マイコン、ミカド、そしてクマがいる。


「クマさん!何故ここにいるんだ!?」


「俺は帝民党の胡桃沢の手下に頭を撃ち抜かれたのだが、運良く弾丸が頭をすり抜けてな、生きていたんだ」


「なんだよ! じゃあ、葬式の時の遺体は……」


「あれは精巧にできた蝋人形だ、俺が生きていると帝民党の人間が知ったらまたやり返しにくるのでな、死んだことにしておいてくれとドクに頼んだ」


「……」


「オオカミ、話がある」


 マイコンは、スマホを片手に健吾の方に来る。


「クマさんが用意した50億円だが、俺達の解放の為に全て使った、あいつらは借金があって仕方なくあんなクソ野郎に使われていたんだ、俺達がその借金を帳消しにしてやった。だがな、お前が投資したビットコインは、100倍になって返ってきた、株式も、母さんの会社の新製品がヒットしてな、50倍になった、だから金の心配はいらないぞ」


「……」


 健吾はマイコンの持っているスマホのグラフを見て、ニヤリと笑う。


「これで、今回の件は成功間違いないはずだ」


 足音が聞こえて、健吾達は身構える。


「健吾」


 そこには、勝と梶原、春日がいる。


「オオカミさん、確かに貴方が命がけで稼いだお金を頂きました。今回はその事でお話があります」


 春日は何かを決意した目で健吾を見やる。


「は、はぁ」


「貴方には政治家になって貰いたい、貴方の持っている強運が私たちには必要だ、今から大学に行って官僚になって欲しい、大学は裏口で買収してある」


「……え?いやでも、俺は……」


「オオカミ、お前はまだ遅くはない、政治家になってこの国を変えろ、この国の根本を変えろ、社会弱者が笑いあって生活できる国に変えろ」


 クマは、健吾にそういい、手を握りしめる。


「分かったよ、俺、政治家になるわ、この国を変えてやる……」


 健吾は目をぎらつかせながら、春日達を見やる。

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