第32話 株とビットコインその②

 安仁屋智美が経営する大手企業『超カンパニー』は、都内にあり、90階建の高層ビルからは、ごみごみとした街を見下ろせる場所にある。


 会長室、ガラス張りの部屋からはスカイツリーが見えており、ここにいる人間は、ある種の優越感に浸ることが出来る、その部屋の中で智美は椅子に座り、4台のパソコンで株や世界情勢などをチェックして取引先との連携をして1日が終わる。


 よく、会社で上層部に行けば行くほどに仕事は責任が増していき厳しくなってゆくものなのだが、智美はまるで漫画家が自分の漫画の主人公以外のペン入れをして悠々自適に暮らしているかの如く、優秀な人材だけを集めて必要最低限の仕事をして、定時に帰り趣味の社交ダンスや手芸などに勤しんでいる。


 ここまで来るまでには、相当な苦労があった。


 会社を興したものの商品は返品が相次ぎ、毎日が徹夜で商品の改良に取り組み、借金は増えて行く一方、死のうかと思った矢先に、クマ宛から一億円の資金提供があり、何とか会社は倒産を免れ、手紙にはどこで知ったのか商品の改良点や売れるであろう商品と、成長して行くであろう取引先や事業が書いてあり、藁にもすがる思いでそれを実行したら瞬く間に業界最大手にのし上がり、盤石のものとかした。


 これで後継がいればいいのだが、跡を継いでくれる息子は突然仕事が飽きたと言い、失踪した。


 別の人間に跡を継いでもらおうかと思っている矢先にクマは殺され、代わりにそこにいた人間――健吾の、そこら辺にいる目の死んだ若者よりも遥かにギラギラした目つきの虜になり、健吾を後釜にしてやろうかと思うようになった。


 内線が鳴り、智美は電話を取る。


「もしもし……あぁ、氷雨さんね、どうしたの、なんか息が荒いけれども」


「うちの会社の株式を、10億円で買い占めた人間がいます、その方が会長にお会いしたいと……」


「名前はなんと言うの?」


「オオカミだといえば分かると話していますが、追い払いましょうか?」


「いえ、こちらに呼んでください」


 ガチャリ、と電話を切って、智美は胸の高鳴りーーまるで、クマと最後に性行為に励んだかのような熱いものが、身体の深層から湧き上がってきたのに気がつく。


「私の後釜は、ここにいるのかしら」


 電子煙草を吸いながら待つこと30分程して、健吾とマイコン、ミカドに天狗がグレーのスーツを着て部屋に入って来た。


「やぁ、久し振りね。それに、康徳」


「……母さん」


 マイコンこと安仁屋康徳は、智美を見やる。


(マイコンさんとこのおばさんは、親子だったのか)


「久しぶりの再会は後だ、今日、うちの若い者、後輩のオオカミという奴が母さんの株を10億円で買った。だが、俺は会社を乗っ取ったりはしない。……教えてくれないか、新製品の事を」


「それはね、教えられないわ」


「いやな、俺達はホームレスだが、日本中の情報全てが俺達の耳に飛び込んで来る。知ってるんだ、母さんの会社が作っている女性用の大人のおもちゃが大ヒットするかもしれないと。俺がそれの調整に入りたい、ミカドというこの女が、実験台だ」


「えー! マジでやらせてくれるのー!? 楽しみだわー!」


 淫乱性欲の塊のこの女、ミカドは今にも濡れそうな具合の顔で目をギラつかせながら智美を見やる。


「それは良いけれどもね、教えて欲しいの、何故貴方は、一流大学の情報処理を出て、ホワイトハッカーの真似事をして、独学で国立大の工学部に入ったのに私の元で働かなかったの?ホームレスなんてしなくても、仮に35歳で転職に差し支えがあったとしても、私の元で働けば、それなりに良い収入があるのに……」


「え?お前そんな経歴があったのか……確かに、パソコンとか機械に異常に詳しいし、まだ35だしいくらでも雇ってくれるんじゃないのか?」


 天狗は、初めて知ったマイコンの経歴を知り驚きを隠せないでいる、社会の歯車からドロップアウトしてもすぐに待遇の良い会社に入ることが出来るし、派遣社員でも喜んで使ってくれる為だ。


「俺は家出をしてホームレス狩りにあっているところをクマさんや天狗さんに助けられた。行動を共にしてわかった、一夜にして、1万円が100万に化ける事、そのスリルが自分には性に合っている事。クマさんの俺に課した試練はビットコインの会社にハッキングをして金を手に入れた。もちろん足跡は、中古のノートパソコンで、穴を5つばかし開けて捨てた。社会には、能力が足りないというだけで人以下の生活を強いられている人達が何人もいて、クマさん達はその人達に資金援助をして社会復帰させてくれた。俺がやっていたことがちっぽけに感じられた。……だから、俺は母さんの会社では働きたいとは思わない」


「そう……まぁ、株を買うのはいいし、売るのもいいけれども、戻っては来ないのね」


「あぁ……」


(勿体無え、ここで勤めれば勝ち組には変わりないのにな……)


(勿体無いわね、この子。ホワイトハッカーだなんて、初めて知ったわ。今国でホワイトハッカーを募集しているのに、何故そっちの方に行かないのかしらね……)


 ミカドと天狗はそう思いながら、マイコンを見やる。


「この人への説明が終わった後に、お父さんの墓参りには行ってくれない?」


「あぁ、いいよ」


 マイコンは複雑な表情を浮かべて、智美を見やる。


 *


 マイコン達は『超カンパニー』からシェアハウスに戻ってきて、智美から貰った大人のおもちゃをミカドに渡す。


「これを試すのねぇ、楽しみだわ」


 ミカドは、ゴーヤのような形をしたそのおもちゃを見てニヤニヤと笑う。


(根っからの淫売だな、このクソ女は)


 健吾はミカドを引く目線で見やり、パソコンを開く。


 マイコンは真剣な眼差しでパソコンを操作する健吾を見て溜息をつく。


「……オオカミ、ビットコインはリスクが今は高いし、前のようなバブルは起きる事はほぼ無いかもしれないのだが、それでも、一億円を投資するのか?」


「あぁ、何もしねぇよりかはマシだ」


(こいつ、目がギラついてきやがった、こんな目をする奴は破滅するか成功するかそのどちらかだ……!)


 コイン取引を行う健吾を見て、マイコン達は溜息をつく。


 健吾のスマホが鳴り、スマホに目をやる。


『勝君、明日試合だって、今回の相手は世界ランク3位の相手みたい、私は来週弁護士の試験だわ』


(頑張れよ、俺も頑張るからな!)


 健吾はスマホからパソコンに目を移して、タバコに火をつける。


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