第30話 葬式
人の本当の価値は、死んだ時、自分の葬式に何人の人が来るのかということで分かるという。
クマの価値は、ホームレスや慈愛党の人間数名で、100人はくだらない人数が葬儀場に集まってくれた。
(俺が死んだ後に、こんなに人数が集まってくれるのだろうか……?)
安らかな顔で眠るクマを見て、健吾は自分が死んだ後のことを思い出す。
(俺を捨てた親と、一度会ってみたいな)
脳裏に映るのは、自分を捨てた親の顔。
自分を捨てた親に会いたくない人間などこの世にはいない、仮にそれが酷い親だとしてもだ……それが身内の情というものだと、以前クマは健吾にそう話した。
葬式費用などはホームレスであるクマにはないはずなのだが、春日がポンと出してくれた。
だがクマは自分の死期を悟っていたのか、街が見下ろせる墓地に墓を作っていた。
告別式の時、健吾と勝、美智子は梶原や春日、天狗達良からぬ連中と共にクマの亡骸に集まっている。
そこには、初老の痩せた、老眼鏡を掛けた女性がいる。
「貴方が、オオカミさん?」
面識のないこの女性に声をかけられて、健吾は敵なのかと勘ぐる。
その女性は、まだ若いのか、考えがすぐに顔にでる健吾を見てくすりと笑う。
「若い頃のあの人そっくりね……」
「失礼ですが、どなたでしょうか?」
「告別式が終わったら教えてあげるわ」
告別式の始まりが行われて、皆席に着く。
☆
棺桶に寝かされているクマの寝顔は不気味なほどに綺麗であり、顔には若い頃の苦労による無数の皺と、気がつかなかったのだが傷跡が何個かあり、修羅場をかいくぐってきたのだなと健吾は初めて理解した。
健吾は花束を持ち、クマの棺に入れる。
「あんた! ねぇ、私に素晴らしい景色をもう一度見せてやるって言ってたじゃない!ねぇ!私も連れて行ってよ! こんなクソみたいな世の中で腐った政治家のやる政治なんてあてにはできない!ねぇ、あんた……行かないで! 」
先ほど健吾に声をかけた女性は、会場中に響き渡る声で泣きじゃくる。
(クマさん、俺はこの人の言うような素晴らしい景色は見てはいない、いや、その素晴らしい景色を見れないまま俺は一生社会から不適合者のレッテルを貼られたまま暮らすのかもしれない。……だがな、あんたが俺たちに託した思いは、絶対に無駄にはしない。あの世から見ていてくれ、俺は社会弱者の為に、必ず金を稼ぐからな!)
ミカドは泣きじゃくり、もう一度だけやらせてくれと叫び、パンツを脱ぎ捨てクマの下半身を脱がそうとして係員に止められている。
マイコンは、最後にクマの安らかな顔をデジカメやスマホで撮影している?
天狗は、感情を抑えきれないのか、泣きそうな顔で下を見ている。
だが不思議と健吾は泣かなかった。
(クマさんの思いに、俺は答えるんだ! 弱者の為に、俺はやるんだ、やるぞ……!)
火葬場にクマの遺体は運ばれていく。
初老の女性は地面に突っ伏して、焼くのはやめてくれと懇願する。
☆
人は死んだ後は灰になり、何も残らなくなる。
菜箸でクマの遺骨を骨壺に入れようとする時。健吾はその遺骨を口に運んだ。
やや生暖かく、コリコリとした食感が口の中に広がる、当然の事ながら、味はない。
健吾のその異常とも言える行為を誰も咎めはしなかった。
(クマさんは、俺の中でいつまでも生き続けるんだ……!俺は一人じゃない、クマさんと二人でこの法案を可決させるんだ!)
健吾の決意を、天狗達は誰よりもすぐにわかり、彼等もクマの遺骨を口に運ぶ。
気がつくと皆、クマの遺骨を口に運んでいる。
骨壷の中には何も残らなくなったが、クマの意思は、いつまでも、彼等の中で生き続けるーー
☆
告別式が終わり、健吾達はシェアハウスに帰ろうとした後に。先程の初老の女性から声をかけられた。
「ねえ、あんた達クマとはどんな関係だったの?」
「いやしがない、ホームレス仲間さ」
天狗はそう言ってタバコに火をつける。
「なぁ、あんたは一体クマさんの過去を知っているのか?」
健吾は、先程クマの遺体の前で泣き喚いていた初老の女性を不思議そうに見つめる。
「私は、阿武隈とは昔付き合っていた。あの人はT大の学生運動の闘士だった……」
「学生運動? え? クマさん大学に行っていたのか?」
マイコンはIQOSを口から離して、初老の女性に尋ねる。
「ええ。1970年代当時は学生運動が盛んでね、まだこの国の若者達がまともに自分の意見を言える時代だった。阿武隈は戦争で親を亡くして、孤児院に預けられて苦学の末に進学した。大学で法学部にいたのだけれども、ある日ね、この国の法律が一部の金持ちのために作られている事を知ってしまった。腐った日本を変えるために学生運動を始めた。申し遅れたけれども私の名前は安仁屋智美。阿武隈とは学生時代に付き合っていた、同じ学生運動のサークルにいた。公安から阿武隈はマークされて刑務所に入ることになってしまった、出てきてからの消息が掴めなかったけれども、探偵を使ってようやく見つけたわ。……でも死んじゃってたけれどね」
智美はブランド物の名刺入れの中から、名刺を手渡して健吾に手渡す。
『超カンパニー 会長 安仁屋智美』
「え? いや超カンパニーって、飲食店やITとか製造とか呉服とか、色んな事業を展開している日本で一番の成長株の企業じゃねぇか! そういや、クマさんと同じ歳ぐらいの女会長が22の時に裸一貫で呉服屋から始めたって聞いたが、あんたの事か……」
天狗は、智美を驚愕の表情を浮かべて見やる。
智美はクスリと笑い、健吾の手を握る。
「やっぱり貴方は、阿武隈と同じ眼をしている。かなりの強運の持ち主だわ。何かあったら私の元へと来ても構わないからね……」
智美はそう言うと、手を振って彼等の元から去って行った。
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