2.4節 実験計画(案)
峡と雫のサバイバルは、至って順調に始まっていると言って間違い無いだろう。2人は火こそ起こすことは叶わなかったが、飢えるわけでもなく、寝床に恵まれることができたためだ。
陽のあるうちに寝床(ハンモック)を設営し、ココナッツを回収した2人は、若干の落ち着きを持って食事に励んでいた。ココナッツは、適当にその辺りの石で割ることで中の水分を飲み、さらに殻を割ることで中身を取り出すことができた。とはいえ、中身は全て食べずに乾燥させてとっておくことにした。
周囲は既に真っ暗だが、幸い月が満月に近いため何も見えないわけでは無いのが幸いだった。とはいえ、手元の細かい作業などは到底できそうに無く、体力の温存という点からも、今日はこれで就寝してしまうのが良いのだろう。
「あのさ、歯磨きどうする?」
「塩水ですすぐしか無いでしょうね」
「いよいよ流れに口すすぎ石に枕する展開になってきた」
「それ正しいので間違ってますよ。正しくは間違えて石に口すすぎ流れに枕するでしょう?」
空腹と喉の渇きから解放され、余裕を取り戻した2人は軽口を叩きながら浜辺へ近づく。手には、先ほど中身を飲み干したココナッツの殻を持っており、それで海水を掬う算段である。
「もう辺りも暗くなってできることも少ない。寝る前にエネルギーの支出について概算しておこう」
「あとは明日の計画ですね」
「地味に考えることが多すぎるんだよなぁ、最悪のケースを考えろとか言われるけどさ、本当に最悪のケース考えたら即死よ?」
「実は森の奥に大型肉食獣がいて、夜になると食糧を求めて浜辺に。おや、今日は特に美味しそうな餌が一体あるぞ」
「ふむ、俺だけ助かって忍びない」
「もう一体は労働力として有用そうだ、奴隷として使役しよう」
「最悪ぅ!」
「付近で大型地震が発生。大津波到来」
「窒息死は嫌」
「明日計画している火起こしもできず、水は手に入らず、食料も手に入らない。夜は虫によって妨害され体力と精神力を奪われ続ける」
「ガチなやつ混ぜんな」
「……反省しています。でも後で議題にあげましょう」
珍しくも、雫が気まずそうに顔を曇らせた。峡は少し気が晴れた。
xxx
「さて、ミーティングを始めよう」
口をすすぎ、本当に後は寝るだけとなった2人はハンモック前に座っている。
「議題の確認ですが、明日の計画、最悪のケースの想定、カロリー計算……そのくらいですか?」
「うん。追加で、ゴールとマイルストーンの設定もしよう」
「ゴールは生き延びることじゃなく?」
「それだけだと計画、立たないだろう?計画には時間軸が大事だ。ゴールが生き延びる、だと時間軸を考慮できてないかなって」
「まぁすごい!さぞかしご研究の方も順調で?」
手を合わせて首と軽く傾げながら煽る雫。
「黙れ、この間の進捗聞いてただろうに。くそっ……研究、あいつはだめだ。計画を立てたそばから問題が背後から這い寄ってきやがる」
日頃の研究への不満をぶつぶつと呟きだした峡を無視して、雫は議題を進める。
「とりあえずゴールですよね」
「かなぁ、でもまぁ計画作りとか最悪ケース想定と行ったりきたりして調整って感じで」
「御意です。ゴールですが、先輩がさっき言っていた2泊3日生き延びるじゃダメですか?」
「ダメじゃないと思うけど、それも結局最悪のケースを考えるとマイルストーンだなって思うんだ」
「……救助が数日のうちに来ると言うのが楽観すぎる?」
「かな。だから、ゴールを再設定するなら“2週間救助が来るまでに持続可能な生存環境を構築する“だ」
「2週間と言う根拠は?」
「ヒトが水分だけで生存可能な期間は確か20日程度だったはず。この環境では、十分な水分が常に得られるわけではない。だから、救助する側が本腰入れるのも2週間程度だろうってこと」
「なるほど」
「いや、時間はあるんだ。ちゃんと計算しよう」
峡はそう言い直すと、ガリガリと浜辺に数を書いていく。月光だけではほとんど見えないが、本人の癖のようなものだろう。
「俺の体重は 60 kg、体脂肪率はこの間計ったら10 %だった。つまり、貯蔵脂肪量は 6000 g になる。6000 g の脂肪のエネルギーは……」
「ヒトの脂肪は確か 9 kcal/g じゃなかったですか?」
「そう、それくらいだけど、じゃあなんで巷では脂肪 1kg あたり 7200 kcal ていう概算値が出回ってるの?」
「あーそれも聞いたことありますね、まぁ全部ちゃんと使えるわけではないですし」
「そうだな、本筋に戻ろう。7.2 kcal/g として計算するなら、6000 × 7.2 で 43200 kcal か。基礎代謝料は 1600 kcal/day で、プラス活動する分 2500 kcal/day くらいと見積もって……うん、16日。2週間程度かな」
「私は体重も体脂肪率も教えませんよ?」
「教えなくても良いけど、まぁ俺よりは少ないでしょうね、そういうわけで2週間という当初の設定で良さそうかな」
「ですね。で、持続可能な環境というのは?」
「2週間で救助が来なくなった場合でも、諦める気は全然ないって事。つまり、救助の見込みのある2週間まではなんでも生き残れれば良いが、それ以降は死ぬまでここで生活してやるというお気持ちだよ」
「実質プロポーズ?」
「どちらかというと本質プロポーズだろう?」
「www」
「草はやさないで。お腹空くでしょ?」
「昇先輩の意図はわかりました。プロポーズされたからには、お返事をするのが古来よりのしきたり」
雫はわざとらしく畏まった態度をとって続けてこういった。
「幸せにしてくださいね?」
峡はそんな雫に思わずどきりとしてしまう。この後輩のこの手のからかいには慣れているはずなのに、なぜ……。軽く咳払いをして誤魔化すが、雫はそんな様子を見てニコニコとしている。良い笑顔だ。
「……話を戻そう。ゴールは改めて確認だけど、2週間過ぎるまでに持続可能な生存環境を構築する。そのためのマイルストーンとして、まずは最早で来るだろう明日以降、救助が来る時まで生き延びること」
「後は、火起こし、真水調達、食料調達、シェルター。そんなところですか?」
「だなぁ。あんまり綿密な計画練ってもしょうがないけど、今雫が言ったことくらいは、優先度つけてやっていきたい」
「ですね、と。当初予定していた議題は、なんとなく話せましたね?」
「ゴール、直近のマイルストーン、カロリー計算、最悪ケース想定」
「見落としはありそうだけど、そんな致命的なことではないことを祈るしかない」
「じゃぁ寝ましょうか、せーんぱい?」
ついにきた、そう峡は思った。先程の会話がフラッシュバックし、死にたくなる。2週間生き延びるなどと目標立てたが、早計だっただろうか? 早くも峡は後悔した。
「あざてぇ」
「昇先輩、普段のサークルじゃ全然動じてくれませんからね。あれでしょう、みんながいるから努めて平然としているんでしょう?」
「ぐぬぅ」
「全く見上げた根性です。その鋼の心があれば、好きな女の子口説けるだろうに」
「ぐぬぅ」
「しかし、その鋼も所詮メッキだったようですね。人の目を憚らなくて良くなった今、思う存分デレつくのが良いと思いますよ?」
「ぐぬぅ……ん? 鋼がメッキておかしくない? 鋼はメッキされるほうでは」
「ぐぬぅ」
峡は満足した。ぶっちゃけそんなに落ち込むことではないだろうが、雫の律儀な部分が許さなかったのだろう、本気で悔しそうにしている。この場合の律儀の対象とは、無論科学に対してである。
「そういうわけで、俺は今日とて雫にデレることはない」
「はいはい」
そう言って2人はようやくお手製ハンモックへと寝転がった。
「意外と安定しているし、寝心地良さそうね」
「先に女の子とくっついている感想言ったらどうです?」
「地肌がペトペトして気持ち悪いです」
「一回地面に落ちてくれます?」
「ごめん、ごめん。ついノリで」
「こいつ、謝らねぇ」
xxx
「先輩、吊り橋効果って信じてます?」
「んー、あんまり。仮説としては説得力あるけど、実験系が難し過ぎるでしょ」
「試してみます?」
「は……?」
は……?
※ 作中に登場人物たちがベラベラ喋る知識は、リアリティ追求のため、基本的にその時点の作者の知識に基づきます。
あえてなおすつもりもないですが、暇があったら添削して活動報告で指摘したいと思います。ご承知おきください。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます