第204話 怒りに燃えるヴィルヘルミネ
半べそで駆けだしたヴィルヘルミネは、急いで生き残りの
「ちょ、ちょっと待ってください、ヴィルヘルミネ様! ボクがみんなを呼んできますから!」
天幕の前で、ジーメンスが慌てて主君を引き留める。
ヴィルヘルミネは涙目でスンスンと鼻を鳴らしながらも、「分かったのじゃ」と頷いてる。
ジーメンスが中へ入るとすぐ、桶に張った湯に布を浸し、引き締まった肉体を洗い清めるシュミットの姿が見えた。他の兵達も同様に、戦場の汚れを落としている。しかし誰一人口を開くことも無く、重苦しい雰囲気であった。
「おう、ジーメンス。今回の功績で、さっそく出世したかい?」
幼く見える口元をニヤリと歪め、シュミットが軽く片手を上げている。階級はジーメンスの方が上だが、しかしシュミットに気にした素振りはない。ジーメンスも、それでいいと思っていた。
「いや、そんなことよりヴィルヘルミネ様がお見えだ。皆、急いで衣服を整えてくれ」
「――え、ヴィルヘルミネ様が? どういうことだ?」
怪訝そうに首を傾げるシュミットを見て、ジーメンスは目を逸らしながら言った。
「うむ、皆の功績に報いたいのだろう。それにブルーノ少尉のことを痛く気に入られたようだから、詳しい話を聞きたいと仰られてね」
「功績に報いるというのなら、むしろ騎兵や砲兵の方が活躍したはずだが? それにどうしてブルーノ少尉のことを、ヴィルヘルミネ様が気に入るんだよ?」
射貫くような視線が、ジーメンスに突き刺さる。童顔だというのに、やたらと迫力のあるシュミットであった。
「それはその、ボクが事の顛末を報告したから……」
「おい、ジーメンス! お前さん、どういう風に顛末を報告した!? 確かに俺たちの部隊は壊滅したが、その事をヴィルヘルミネ様が知ってるってこたァ、お前――……」
「し、仕方がないだろう。今回はボクの失敗で、ブルーノ少尉が犠牲になったのだ。その事を隠すなんて、とてもじゃあ無いが出来ないよ」
「馬鹿野郎! それじゃあ、お前さんの出世が遠のくぞ! そんなこと、ブルーノが望んていると思うのかッ!?」
「ボクは味方の死を利用してまで、元帥になりたいとは思わないッ! 何よりブルーノ少尉の名誉はブルーノ少尉だけのものだ! それを語る時にボクの失敗がセットであるならば、ボクは躊躇わずに言うよッ!」
「フッ、フフフ……まったく。ブルーノ少尉も、もう少しだけ長生きすりゃあ、面白いモンが見られただろうによォ……」
ポスッと力なくジーメンスの胸を拳で叩き、シュミット准尉が項垂れる。誠実なジーメンスと皮肉屋なブルーノ少尉の組み合わせは、きっとこの上もなく最良のものとなったであろう。そう思うとシュミットは、たまらなく悔しいのであった。
■■■■
衣服を整えた
これはシュミットの計らいで、「部隊の大半を失ったものの、ジーメンスがいたからこそ、この四十名は生きて帰れたのだ」と、ヴィルヘルミネに対し、そう印象付けようとしてのことであった。
つまりシュミットは、ブルーノの意を汲んだのだ。ブルーノは生前、ジーメンスの将来に期待していた。ならば彼を護ることが、自分の務めだと考えたのである。
ジーメンスが部隊の為に我が身を厭わず罪を償わんとするならば、シュミットは、それを丸ごと飲み込もうという魂胆であった。
「摂政閣下に対し奉り、捧げ――
士官たるジーメンスが号令し、
ヴィルヘルミネは彼等を待つ間に、何とか半べそを収めていた。従って普段の冷然とした美貌の令嬢として、特殊部隊の敬礼を受けている。
ただし部隊の先頭にジーメンスが立ち号令していることから、「ぷぇ?」と少しだけ疑問に思っていた。要するにシュミットの意図を赤毛の令嬢はまったく解さず、完全にスルーしたのだ。
世の中に無駄なことがあるとするならば、今がまったくもって、それなのであった。
「諸君らが
「ぷぇ」などと内心はポンコツの令嬢だが、しかし彼等に掛けるべき言葉は弁えていたらしい。その上で美々しい近衛連隊大佐の軍服を身に纏うヴィルヘルミネは、整列した
「身に余るお言葉、有難き仰せにございます!」
部隊の最前列に立つ、くすんだ金髪の少年が直立不動で応じている。
どういう理由か知らないが中隊長化したジーメンスを見つつ、ヴィルヘルミネは不思議そうに問うた。
「よろしい。皆――楽にせよ。して、
「あ、はい。
「なるほどの。トリスタンが特別に組織しておったのか――……ふむ、ふむ」
ヴィルヘルミネは一人納得したように幾度か頷くと、前列にいる童顔だが見事な体格の青年をまじまじと見た。イケメンだ。肉体も引き締まっていてイイ。有体に言って最高だ。クフフ……。
それから令嬢は「くわッ!」と目を見開き、他の隊員たちも観察した。いつものサーチ&スコアリングだ。量子コンピューターには遠く及ばなくとも、八ビットのコンピューターになら勝るとも劣らない性能を誇るヴィルヘルミネの審美眼が今、炸裂した。
「……平均して、八十三点じゃ……これが……これが
――ハァハァ、トリスタンめ。まさか余が与り知らぬところで、このような特殊(イケメン)部隊を組織しておったとは。侮れぬ! 全くぜんぜん侮れぬぞッ!
戦慄に身を震わせるヴィルヘルミネは部隊の周りをぐるりと一周してから、再びシュミットの前で足を止めた。
「シュミット准尉。卿の部隊は全て、この四十名に負けず劣らずの
「ハッ! 当然であります! どころか――小官らは出来損ないの方でして……」
「――諸君らで出来損ないじゃとッ!?」
自嘲気味に言うシュミットの言葉に、脳天をズガガーンと撃ち抜かれたヴィルヘルミネは後ろに二歩、三歩とよろけている。
――なん、じゃと。これ程のクオリティを誇るイケメン達が、『出来損ない』じゃと?
ヴィルヘルミネは天を仰ぎ、滂沱の涙を流す。失ったモノが、余りに大きすぎた。
「摂政……閣下……?」
シュミットはそんな令嬢を見て、激しく動揺した。
「これ程の部隊を率いたブルーノ少佐は、さぞや
「い、いえ、その――……閣下。隊長は少尉でして……それに、出世なんて望んでいませんでしたから」
「ならば、これは罰じゃ。死して戻らぬというのなら、ブルーノがいかに嫌がろうとも、余は三階級を特進させる。嫌だと申すなら、生きて戻れば良いだけであろう? のう、シュミット――……」
ブルーノの為にさめざめと泣き続けるヴィルヘルミネの姿に、シュミットや
特にシュミットは自らも涙を零し、ガックリと両膝を大地に付き頭を垂れている。両手で顔を覆っていた。
「閣下、摂政閣下――……ヴィルヘルミネ様ァァァァアア! 俺は、俺は――兄貴を護れなかった。皆を護れなかったァァァアアアアア! どうか、どうか、お許し下さいッ!」
「……誰が卿を、卿等を責めるものか。許せぬのは、まさに我が国へ攻め入ったプロイシェ軍である。余は余の
血の涙を流し叫ぶヴィルヘルミネの姿に、シュミット以下
「「「「ウォォォォォ! ヴィルヘルミネ様ァァァァァアア!」」」」
この時こそ
だが当のヴィルヘルミネは、それほど情に厚かった訳でも無い。「百六十人もイケメンを殺しやがって、マジでプロイシェ許せねぇ、コンチクショー!」という我欲が迸り、「ガルル!」と血気に逸っているだけなのであった。
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