第190話 オーギュストの才能


 ブーリエンヌ会戦の翌日、軍勢を北方に向けたバルジャンは、同時にレグザンスカ公爵へ使者を出した。会談を申し込む為だ。この時にバルジャンが突き付けた条件は、以下のものである。


 一つ。国王は政治的権力を完全に放棄すること。

 二つ。レグザンスカ家は武装を解除し、全ての爵位と領土を放棄すること。

 三つ。上記の二つを受け入れるならば、国王は国王としての権威を保証し、レグザンスカ家は財産と市民としての権利を保障する。


 条件の大半はオーギュストが考え、ダントリクが検討した。オーギュストには政治的野心など無かったが、幼い頃から兄に連れられて様々なことを学んだ結果、自然と政治的思考が出来るようになっていたのだ。


 ――すげぇな、オーギュスト。


 なんて素直に感動したバルジャンは、せいぜい鷹揚に頷いてこれを承認。かつ使者に志願したオーギュストの願いも聞き入れ、彼を特使として派遣したのである。

 ただしバルジャンは、一つの条件を彼に付した。


「いいか――……アデライードの姿が司令部になければ、条件を言う必要はない。ただ私が会談を望んでいるとだけ伝えてくれ。ただし会談の場には、必ずアデライードを同席させるよう伝えた上で、だ」


 当然オーギュストもバルジャンの意図することは、分かっている。この条件は、自分を死なせない為だと理解していた。

 それに彼が使者に志願したのは、アデライードの無事を確認する為でもあったから、どちらにせよ、この条件は望むところなのであった。


 幸いにしてアデライードはこのとき父と共にあり、司令部天幕に滞在していた。

 こうしてレグザンスカ軍の野営地に入ったオーギュストは、司令部の天幕でアデライードの姿を見つけるや、さっそく厳めしい顔の公爵に不遜な条件を突き付けたのである。


 むろんレグザンスカ公は話を聞くや怒りも露に、使者の首を刎ねて送り返そうとしたのだが――そこにアデライードが飛び込み、父の剣を弾いて見せたのだ。


 アデライードにしてみれば、二重の意味でオーギュストを斬られる訳にはいかない。国王の命の為にも、自分の幸福な未来の為にも――だ。

 このとき久しぶりにオーギュストとアデライードの視線は交わり、二人はそれだけで互いの意志を確認し合っている。


『協力してくれ、アデリー』

『もちろんよ、オーギュ』


 ヴィルヘルミネが見たら激しくプンスコしそうだが、本当に二人は愛し合っていた。それゆえに、息もピッタリなのである。


「父上! 国王陛下のお命と権威が保障されるのであれば、我等の目的は達せられたも同然でしょう! これ以上戦う必要など、ありますまいッ!」

「アデライード! 我がレグザンスカ家は武門である! それが戦いもせずに、なぜこのように屈辱的な条件を受け入れねばならぬのかッ!」

「父上が戦って名誉の死を遂げたいのなら、それは止めませんッ! ですが国王陛下は、王妃様はどうなるのですかッ! ――使者殿! 国王陛下のお命は、必ず保証して頂けるのですねッ!?」


 緑玉の瞳を向けられて、オーギュストは大きく頷いた。その点に関する限り、一点の曇りもない。

 今のオーギュストにとって、バルジャンの言葉は金科玉条である。彼が国王を殺さないと約束したのだから、これは天地創造にも等しく絶対であり、自信を持って答えることが出来た。


「その点に関してはバルジャン中将の名において、必ずや。我らとて、決して共和政府の言いなりになるものではありません。レグザンスカ家の皆様の安全も、むろん保障致します」


 堂々としたオーギュストの言葉に、レグザンスカ公爵もようやく剣を引いた。このまま戦っても、勝てるとは思えない。

 そもそも我欲で起った訳ではなく、国王一家の身を案じてのこと。これが守られるのであれば、確かにアデライードの言う通りなのである。


 こうしてレグザンスカ軍も降伏し、ランス最大の内乱は鎮まった。けれどバルジャンが王党派を降伏させるに際し、助命を条件にしたと聞くや、共和政府は上を下への大騒ぎ。

 マクシミリアン=アギュロンは即座に軍閥化したバルジャン軍団の解体を画策し、オーギュスト=ランベールを王都に呼び戻して、兄と共に捕虜交換式へ向かうよう命じたのであった。

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