第188話 命を賭したら軍閥化


 アデライードの騎兵旅団が引き揚げた後、バルジャン軍団は前方にある村へと入った。家から焼け出された人々がそこかしこにいて、略奪のあとも生々しい。

 しかし無事であった者に辛うじて、現状へ至る事情を訊くことが出来たのであった。


「あとから来た騎兵の偉いさんは、金髪の美人さんでした。あの人がリスガルドの野蛮人たちを追い出してくれたんです。何度も何度も済まないと私達に頭まで下げられて……訊けば、レグザンスカ公のご息女だと言うじゃないですか」


 事情の聴取を行ったのは村へ入った先遣隊の騎兵旅団長、ミューラー准将であった。彼は地方都市のレストランを経営する夫婦の息子で、正義感に溢れた若者だ。

 アデライードに代わる人材としてバルジャンが抜擢したのだが、彼の正義感と勇気は些か思慮と反比例しているらしく、気が短いのが大きな欠点なのであった。

 

 だから聴取とバルジャンへの報告を終えて忍耐力を使い果たしたミューラーが、夕食の席でレグザンスカ公への怒りを爆発させたことは、むしろ必然だったのだろう。

 

「レグザンスカ公はいったい何を考えているのだ! 国王をお助けする為に立ち上がったと言うが、これではリスガルドの奴等に国民を供物として捧げているようなものだぞ! 到底、許すことなど出来んッ!」


 村の郊外に設置した軍団本部の天幕から、雷鳴のような怒声が響いている。上座に座りパンを齧っていたバルジャンは片眉を吊り上げ、声の主に栗色の視線を向けていた。

 時刻は午後七時。冬の夜気は冷たく、天幕の中にあっても吐く息は白い。高級士官といえども夕食に暖かなスープが供されないのは、食料を失った近隣の村人に配慮してのことであった。


「だからアデライードは、村人を守る為に動いていたのだろう? 貴官がそう言ったのではないか、ミューラー准将」

「なるほど、確かにアデライード殿の行動は立派です! しかし、それならなぜ、大元である父の行動を諫めなかったのか! 命を賭して行動すれば、彼女であれば止められたのではないのかと思いませんか、バルジャン閣下ッ!」


 二人の会話を聞いていたオーギュストは葡萄酒を飲み干すと、舌打ちをしながら卓に杯を置いた。同僚の言い草が、今は酷く癪に障る。


「命を賭せば、何でも解決できるという訳では無かろうが。だいたい、誰もが貴官のように気楽な身分ではない。色々としがらみだってあるんだ――ミューラー准将、口を慎め」

「ランベール准将、貴官は兄君が十人委員会に名を連ねているからと、少しいい気になっていやしないか?」

「いい気になど、なれるものか。兄の手前、俺は己の主義主張を封印せざるを得ないのだぞッ! むろん外敵の侵入は許せんが、だからと言ってレグザンスカ公の言い分とて、全てが間違っている訳でも無いッ!」


 珍しくオーギュストが犬歯を剥き出し、唸っている。


「何だと!? 言うに事欠き、敵に理があるだと!? 貴官のような不心得者に、手柄などくれてやるものかッ! この俺が必ず、国王とレグザンスカ公の首を挙げてやるからなッ!」

「愚かなッ! そんなことをしたら、国が亡びるぞッ!」

「なに……どういうことだ!?」

「それこそ、敵の思うつぼだということだ。国王や大貴族の首を平民が獲る意味を、貴官は少しでも考えたことがあるのか?」

「ランスが共和国になる――……それ以外に、なにがある?」

「馬鹿め――……いいか、良く聞け」


 ジロリと赤い瞳に怒りの炎を宿し、オーギュストがミューラーを睨んでいる。


「各国の君主や大貴族どもは皆、ランスの革命を恐れている。いつ己が国に革命の火の飛び、自分の首を脅かすか分らんからな。

 だから我々がレグザンスカ公爵や国王の首を獲れば、リスガルドやウェルズどころか、大陸全ての君主国に我が国は攻め込まれることだろう。それを知ってもなお貴官は、『許せなかったから、奴等の首を刎ねた』――などと寝言を言うつもりか?」


 ミューラーは癖のある黒髪をボリボリと掻いて、アーモンド形のくりっとした目を瞬かせている。


「ぬ、あ、いや……そうなのか? じゃあ、首を獲ったらイカンじゃあないか! そういうことは、もっと早くに教えてくれよ、ランベール准将! 俺はバカなのだからッ!」

「だから、何度もそう言っているだろう――……とにかく落ち着けよ、ミューラー准将。言っておくが、共和政府は狂っている。奴等に乗せられて、一緒に狂ってやる必要はないのだから」

「ぐぬぬ! 落ち着けと言われてもな! これでは八方塞がりというものだぞッ! 逆に一大事ではないかァァァッ!」


 ミューラーは気風の良い男であった。思ったことを何でも口に出してしまう反面、言われたことが正論なら、しっかりと考えるのだ。たとえ激怒しても後腐れは無く、むしろ感情をぶつけ合った相手だと、かえって仲良くなるほどである。


 オーギュストも彼のことが、当然ながら嫌いではない。だから苦笑を浮かべてバルジャンを見て、肩を竦めているのだった。

 

「ま、八方塞がった中に風穴を開けるのが、私の仕事ってわけさ。中々に難題だが、まったく光明が見えないわけじゃあない。まぁ、任せて貰おうか――……」

「もちろんです! 何があろうと、このミューラー! 閣下の剣となり盾となる所存! 何なりとご命令をッ!」


 ランプの灯がバルジャンの横顔を照らし、朱く輝かせている。今やランス救国の英雄である彼の言葉は、軍部において誰より重いものになっていた。

 ましてやミューラも、二十一歳の身でバルジャンに抜擢されて准将となった男である。彼への信頼は、オーギュストに勝るとも劣らないほど厚かった。


「と、申しますと――……中将閣下は今後、どうなさるおつもりですか?」


 オーギュストがバルジャンへ、先を促すように問うている。


「私としてはウェルズ王国が参戦してくる前に、リスガルド軍を我が国から叩き出すつもりだ。その上で一度レグザンスカ公と交渉し、国王陛下には宮殿へお戻り頂くよう願い奉る。

 共和政府に対しては列強各国の現状を説明し、現時点での共和国建設は得策ではないことを理解させよう。場合によっては武力を用いることも、私は厭わない」


 食事中だった幕僚の一同が、しんと静まり返っている。バルジャンは立ち上がり、もう一度言った。


「私は王党派でもなく共和派でもない――……しいて言えば立憲君主派となろうが、それも便宜上のこと。ランスが平和であれば良いと願っているだけだ。

 しかし我が軍は、共和政府の軍隊である。ならば私こそが、諸君の主義に反することもあろう。それならば、今ここで私を殺せ。構わない――……その上でレグザンスカ公に挑むがいい。

 けれど私の想いを是とするならば、たのむ諸君――……今だけは、この私に力を貸して欲しい。ランスの地から外敵を追い出し、ランスの民同士が争う事態を避ける為に」


 この時初めて、バルジャンは自らの意志を示したのだ。

 むろん幕僚達は誰もが彼の前に跪き、バルジャンに忠誠を誓っている。


「「「「御意! そのお言葉をこそ我等一同、待っておりました!」」」」

 

 ――あれ、なんかこれ、少し思っていたのと違うぞ?


 などと思うバルジャンだったが、残念ながら彼は今ここに三万五千の兵力を有する、ランス最大の軍閥を形成したのであった。

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