第182話 メイドになった赤毛さんと金髪さん


 午後五時ニ十分。冬の太陽は早々と西の山間に沈み、空が濃い紫色へと変わっていく。天空に瞬き始めた星々は神代の昔から変わらぬ星座を描き、人が生み出した灯火がそれに呼応するかの如く、地上に光の絵画を生み出していた。


 そんな中、広場の噴水前に立つヴィルヘルミネは、燃えるような赤毛を後頭部で纏め、オーギュストの到来を待っている。着用しているのは黒いメイド服で、どういう訳か白いエプロンまできっちりと掛けていた。


 ゾフィーが言うには、部屋の中にいた侍女達こそ庶民の代表であるとのこと。ならば彼女達の衣服を借りれば、それが一番良いという話なのであった。


 なので当然ヴィルヘルミネの隣では、同じく黒いメイド服を着た金髪の少女が仁王立ち。しかもゾフィーは腰に短銃を差し剣帯に刀剣サーベルとマンゴーシュを吊っているから、百パーセント違和感が満載の恰好なのである。


「ゾフィー……余たち、目立っておらんかの?」

「いいえ。わたしたちは今、街の中へ完璧に溶け込んでいます。どこからどう見ても庶民です。問題などありません」


 ゾフィーはヴィルヘルミネに対し自信満々で答えているが、もちろん現状には問題しか無かった。


 そもそも彼女達が目立つ理由は、何も服装のせいだけではない。

 街灯に照らされて赤々と燃えるような赤毛の美少女と、地上に月が降って来たのでは? と錯覚させる程の煌めきを放つ金髪の美少女が、二人まとめてメイド服なのだ。通りを過ぎゆく人々が感嘆の声を上げ、二度見、三度見するのも無理からぬことである。


「どこのお屋敷の侍女なのだろう、可愛すぎるんだが……」

「侍女っていうかさ……金髪の子は武器を持っているけど。これ、警察案件じゃないかな?」

「よし。じゃあ、おじさんがちょっと尋問してくる」

「いや待て、お前は警察じゃあないだろ。変な声の掛け方をしたら、むしろお前が捕まるぞ」

「え、えぇー? 俺のように善良な市民が?」

「おまわりさーん!」

「や、やめて!」

「……それより、あの二人は本当に侍女なのかな? 赤毛の子なんて可愛いけど、それ以上に何だか凄みがあるって言うか――……支配者って感じがするんだが」

「言われてみれば、確かにな。拝みたくなるというか、ひれ伏したくなるというか、踏まれたくなるというか……声を掛けたら、踏んでくれるかな?」

「……おまわりさーん!」


 一部に変な人もいたが、概ね庶民達の噂話は正鵠を射ているようだ。


 このように人々の口の端に上る二人を見つけると、オーギュストは顔色を青くした。

 このまま放置していては、誰かが彼女たちの正体に辿り着くのも時間の問題だ。それでオーギュストは声を掛けるのももどかしく、慌ててヴィルヘルミネの手を引いたのである。


「お……、おおっ……?」


 赤毛の令嬢は頬を赤く染め、オーギュストに導かれるまま付いて行く。行きついたのは老夫婦が営む、アルザスでは珍しい政治関連の本も扱う本屋であった。

 ゾフィーはヴィルヘルミネを追いつつ、本屋に入るとオーギュストに猛抗議をしている。


「ランベール殿! 挨拶もせずに、いきなりヴィルヘルミネ様を引っ張るとは何ですかッ!」

「ゾフィー、静かにッ! ただでさえ悪目立ちしていたんだぞ!」

「えっ、そうなのですか?」

「どうして、そんな恰好をしてきたんだ!?」


 本屋に入ると、大きな本棚の陰に二人を連れ込み、声を殺してオーギュストは問い詰めた。彼自身は紺色のコートに赤い折れ襟の上着という、ヴィルヘルミネにも見慣れた大尉の軍服であった。小脇に抱えた包みには、先程この店で買い求めた一冊の思想書が入っている。


「いや、どうと言われても――……庶民と言えばこれじゃろうとゾフィーが言うからの、使用人から借りたのじゃが、じゃが?」

「はい。庶民と言えば、これでしょう。何か問題でも?」


 ヴィルヘルミネは首を傾げ、ゾフィーは堂々と胸を張っていた。オーギュストは額に軽く手を当て、呻きながら天井を仰ぎ見る。凡そ軍事や政治に関すること以外、この二人は大体のことに関してズレていた。


「いいか、二人とも。そもそも街中でそんな恰好をしているのは、大貴族の侍女くらいなんだ。そしてアルザスに今いる大貴族と云えば、ヴァレンシュタイン家とフェルディナント家の二家だけさ。だから勘が良い者なら、すぐにも君達の名に辿り着いてしまうことだろう。だから、その服は、ダメだ――いいね?」


 オーギュストが諭すように言うと、二人の美少女はポカンとしながらも、コクコクと首を縦に振るのであった。


 ■■■■


「分かって貰えてよかった。じゃあ、まずは服を買おう――……食事はそれからだ」


 オーギュストはニッコリ微笑み、ヴィルヘルミネの頭をポンポンと軽く撫でている。令嬢は思わず目を閉じて、暖かな感触に身を任せていた。


「分かったのじゃ」


 赤毛の令嬢が素直に頷いたから、三人はそそくさと本屋を出た。

 ヴィルヘルミネとしては、オーギュストに優しくして貰えれば服など、どうでもいいのだ。だからいつになく素直な赤毛の令嬢は、ご満悦なのである。


 店主の老人は苦笑してオーギュストを見送り、「毎度」と一言。実際さきほど本を買っているから、間違った言葉ではなかった。


 オーギュストは目礼を返し、小脇に抱えた本を掲げる。ランス共和政府の下では、発売を禁止された本だった。それが専制国家たるフェルディナントの統治下でならば買えるのだから、何とも皮肉なものである。


 それから三人は一番近い古着屋に寄り、ヴィルヘルミネとゾフィーはジャケットとストールを買い、身に着けた。

 ペティコートやスカート、靴下まで変えていたら時間が掛かり過ぎるし、脱いだ後どうすれば良いのだ!? ということで、上半身だけのお色直しである。


 ヴィルヘルミネが青いジャケットに白いストール、ゾフィーがクリーム色のジャケットに濃紺色のストールを選び、下半身は相変わらずの白黒ファッションのままであった。

 少しちぐはぐな感じもするが、貰い物の多い庶民の衣服とは、むしろそういったものである。だから今度こそ二人は、アルザスの街へ溶け込むことが出来たのだった。


 ただしゾフィーは未だに武器を所持していたから、今はならず者みたいになっている。これを見たオーギュストは、


「ウェルズから独立しようという新大陸の女性には、こうして武器を取る者も珍しくないらしいが。いったい君は、何から独立したいのやら……」


 と、呆れたように言っていた。


 こうして三人は、ようやく街の中心部にあるレストランへ向かう。時刻は既に午後七時を回り、辺りは夜の賑わいに包まれているのだった。

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