第181話 ヴィルヘルミネの極秘任務


 ヴィルヘルミネは昼食を終えると与えられた部屋に戻り、数人の侍女を呼びつけた。それから十着ほどの服を運ばせて、あれやこれやと袖を通している。

 不細工な自分が、少しでも可愛く見える服を選びたい。オーギュストに対する淡い恋心がそう思わせるのだが、しかし令嬢自身はその感情に気付いてはいなかった。


「まあ、流石はヴィルヘルミネ様。とってもよくお似合いですわ!」

「こちらはいかがです? ヴィルヘルミネ様のお美しさを際立たせるのにぴったりですの!」

「ふむ、ふむ?」


 ヴィルヘルミネは釈然せず、首を傾げている。どれも豪華すぎて、庶民的とは言えないようなドレスばかりだ。しかも鏡の前に立つのは絶望的なまでに目つきの悪い、高飛車そうな少女である。


 ――うわぁ。相変わらず余の顔、不細工じゃのう。まるで魔女じゃ……はぁ。


 ヴィルヘルミネは泣きたくなる気持ちを堪えて、「次」と言う。本人的には「ぴえん」な顔で言うのだが、これが侍女たちから見れば「ゴルァ!?」にしか見えないくて、「お、お許しを……」と委縮することしきりなのであった。


「もっと庶民的な服が良いのじゃ。あと、か、か、可愛く見えるようなやつじゃ」

「は、はい! し、しかしヴィルヘルミネ様であれば、何を御召しになってもお美しくいらっしゃいますから……」

「余が美しいじゃと? 貴様ら、余をバカにしておるのか? ん?」


 ヴィルヘルミネは余りにも悲しくなって、眉根を下げた。本人的には泣く寸前だ。けれど侍女達にはこれが魔王の怒りにしか見えなくて、身を寄せ合いながら扉の方へと下がっていく。


「「「ヒェェェェ! 滅相もありませんッ!」」」


 そんなところへゾフィーがやってきたから侍女たちはホッとして、ヴィルヘルミネもようやく愁眉を開いたのであった。


 ■■■■


 ゾフィーはヴィルヘルミネと侍女たちから一通り話を聞いて、くわっと両目を見開いた。さっそく赤毛の令嬢と侍女たちに対し、お説教である。


「――いや、お待ちくださいヴィルヘルミネ様! 服以前の問題です! お一人で街へ出るだなんて、そんなことダメに決まっているでしょう! そもそもエルウィン卿には、このことを言ったのですか!?

 それにお前達も、どうしてそんな無茶な要求を受け入れるのです! 侍女なのだから、まずはヴィルヘルミネ様の副官たるわたしに相談するか、エルウィン卿に伺いを立てるのが筋でしょう!?」


 今やゾフィーは、ヴィルヘルミネの高級副官である。そして近衛連隊長となったエルウィン=フォン=デッケン大佐とは、赤毛の令嬢の護衛に関して連携を密にする間柄なのであった。

 なので護衛対象であるヴィルヘルミネの無茶な要求を、蒼氷色の瞳を吊り上げ毅然として撥ね付けたのである。


「「「「ヒェェェェェ……」」」」


 今度は赤毛の令嬢も一緒に、侍女たちと身を寄せ合い震えていた。だがふと己の正義を思い出し、ヴィルヘルミネは敢然と一歩前へ出る。


「いや待てゾフィー、相手はオーギュストじゃぞ? しかも余は変装までして行くのだ、何の問題も無かろうて」

「そりゃあ、ランベール准将とお会いするだけなら問題はありません。しかし場所が街中のレストランとあっては、承服いたしかねます。

 アルザスはフェルディナントの統治下に入ってより日も浅いことですし、せめて一個小隊ていどの護衛はお連れ頂かないと、万が一の際に対応しきれませぬ」

「それでは、話にならぬ」

「話にならないのでしたら、それで結構! ヴィルヘルミネ様は素直にこちらでお休みください!」

「ああもう、良いかゾフィー? 余はの、オーギュストの口から直接ランスの内情を聞きたいのじゃ。しかし、余がランスの将軍と直接に繋がっておるなどということは、決して世間に知られてはならぬ。つまりこれは――……言うなれば極秘任務なのじゃ」


 ゾフィーはズガガーンと衝撃を受けた。


 ――確かに今のフェルディナントは、ランスの王党派と共和派に対し中立を保っている。だが、どちらか一方とヴィルヘルミネ様が接触したとなれば、そのバランスは崩れてしまうだろう。

 しかも共和派は全ての貴族達を敵視する姿勢を見せているから、ヴィルヘルミネ様と密会したとなれば、ランベール将軍の立場だって悪くなるはずだ。ヴィルヘルミネ様は、そうしたことを考えておいでなのか――……いや、しかし。


 ゾフィーは考えた。考え続けた。


 ――ではヴィルヘルミネ様は、ランベール将軍の立場を慮って、お忍びで出ようとしているのか? いや、それだけではない。

 ランベール将軍に聞くまでも無くランスの情報は、フェルディナントに十分入っている。けれどそれは共和政府の中にいるポール=ラザールの目と耳を通してのことだから――……つまりヴィルヘルミネ様は、あの男を信用していないと……?


「ゾフィー……どうしたのじゃ?」


 顎に手を当て黙考を続けるゾフィーの頬を、ヴィルヘルミネがプニプニと突いている。「極秘任務とか適当なことを言ったから、怒ってるのじゃろか?」――なんて思っていた。

 しかしゾフィーは、ただただヴィルヘルミネの深謀遠慮に感服しているだけである。


 ――なるほど! ポール=ラザールのみならず、オーギュスト=ランベールをも新たな手足にしようとお考えなのですね! それで極秘任務だと仰るなんて――……!


「流石はヴィルヘルミネ様です!」


 いきなり赤毛の令嬢に向き直ると、ゾフィーは片膝を付き頭を垂れた。むろんヴィルヘルミネは「ぷぇ?」と何が起きたか分からない様子である。


「では不肖ながら、このわたしがヴィルヘルミネ様の護衛としてお供します!」

「う、うむ?」

「わたし一人なら、一緒にいても問題ありませんよね?」

「んむ。じゃが、服が――……」

「あ、それはご心配なく! わたしこれでも、平民でしたから!」

「で、あるのう」

「ですから、わたしが服を選んで差し上げます! ちょうど良いのがあるのですよ、ほら、ここに――……」


 こうして納得しちゃったゾフィーは、ニッコリ笑ってヴィルヘルミネの護衛を買って出る。そしてあるじと共に市井の女性の衣服を身に纏い、トットコトットコ忍んでアルザスの街へ、お出かけを敢行するのだった。

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