第168話 名将の本音


 皆が呆気に取られる中、マティアスは両腕を衛兵に捕まれ退席した。


「おのれヴィルヘルミネ、貴様は帝国の権威を何と心得る! 必ず、必ず討伐してくれるぞぉぉぉぉ! ヴァレンシュタイン公も、このような暴挙を許すなど有り得ませぬ! あり得ませぬぞォォォ!」


 ヴィルヘルミネはマティアスの捨て台詞を、「うるさいのじゃ」の一言で片づけた。ヴァレンシュタインも肩を竦め、同意している。


「――まったくだな。ああいった法衣貴族どもばかりが陛下の周りに侍るから、どんどん政治が腐っていく。そのことに陛下がお気付きにならねば、遠からず帝国いう名の大樹も枯れ果てるだろうさ」


 ため息交じりのヴァレンシュタインは、顔に疲労の色を滲ませている。先程の男には、色々と面倒なことを言われ続けていたのだろう。

 バルジャンは奇妙なシンパシーを朱色髪の名将に感じ、思わず微笑んでいた。


「ああいう輩は、どの国にも居るのでしょう。それを排除する為に、ランスの革命は起きたのですよ。ヴァレンシュタイン将軍」

「そう言われると、貴国の革命政府を支援したくなる――いっそ、わが国でも革命が起きれば良いのだ」

「これは言葉が足りず、申し訳ありません。そうした理想の下に起きた革命ですが、しかし我が国の場合、成功したとは言い難いのです。なにせ国家という大樹に寄生する毒虫を駆除したつもりが、新たに別の毒虫を迎え入れただけだったのですからね」

「なるほど、それで先程シュレーダー殿が説明なされた現状がある、というわけか。しかもバルジャン将軍――……貴官はその毒虫どもに、頭が上がらんのだろう?」

「仰る通り、頭なんぞ上がりません。最悪ですよ、まったく」

「ハハハ――……それなら私も似たようなものだ。貴官と同じく、毒虫どもに翻弄され続けているよ。お陰で今となっては、陛下の真意を知りようもない。困ったものさ」


 ヴァレンシュタインは苦笑を浮かべつつ、いったん言葉を切った。それから表情を引き締め、琥珀色の瞳にバルジャンを映して再び口を開く。


「さて、そうして帝国の毒虫に翻弄される一軍人の立場からモノを言わせて貰えればだが、マティアスが言ったことは、実のところ非常に重要なことでもある」

「と、申されますと?」


 バルジャンも表情を引き締め、真っ直ぐヴァレンシュタインに視線を返している。普段は臆病で姑息かつ小心な彼だが、今はランスを背負って立つ立場だ。気後れしないよう、しっかりと腹部に力を入れていた。


「つまりな、バルジャン将軍。攻め入ったのは我々だが、帝国政府としてこれは絶対に認められんということさ。講和するとなれば、なおさらだ。大国の無駄な矜持というやつだが――……その辺りのことは、理解して頂けるかね?」

「宣戦布告をした責任者たちの首を刎ねろ――……という解釈でよろしいのですか?」

「多くは要らん、一人だけでいい。これ以上、無駄な血を流したくはないのでな。むろん、無茶な要求だとは思う。しかしこの譲歩をして貰えるのなら私の一存ではなく、帝国政府もシュレーダー殿の条件を受け入れるしかなくなるはずだ」


 バルジャンは栗色の髪を右手で掻きまわし、首を左右に振っていた。


「なるほど。でしたら一人、適任者がいます。というよりランス政府としても、これは読み筋だったのかも知れません。責任を追及すべき人物を、彼等は最初から用意していました」

「ほう、それは誰かな? 罪のない者を差し出されても、快くは受け取れんが――……」

「なに。罪どころか真っ黒で――汚物のような輩です。その辺りはご心配なく」

「したたかだな。ランス政府は講和の口実を作るついでに、汚物の処理もしようというワケか。もともと、そういうシナリオを書いていたのではないか?」

「――で、しょうね。我が政府にも腹黒い連中は山ほどいますし、中には帝国の出方を読める者もいるのでしょう」

「となると、汚物が誰かも予想がつくぞ。十人委員会の委員長――デルボアだ」


 ニヤリと笑い、ヴァレンシュタインは断言をした。

 バルジャンはコクリと一つ頷いて、ヴィルヘルミネも「で、ある」と言っている。


「……当たってしまうとはな。これではまるで、クーデターではないか――……いっそランスの政変の為に、私達が振り回されたような気すらする。だから反対だったのだ、このような戦争にはッ!」


 ヴァレンシュタインは、ドンと拳でテーブルを叩く。

 これこそマティアスがいては絶対に言えない、名将の本音なのであった。

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