第139話 ニーム攻防戦 1


 ヴィルヘルミネはニームの北側にある七つの丘を塹壕で繋ぎ、要塞化した。

 丘は全てが横並びという訳ではなく、北向きに半円を描く形で六つが並んでいる。それら六つの丘陵地帯よりも後方に位置する七つ目の丘に、ヴィルヘルミネとバルジャンは本営を置くことにした。


 意外なことだが赤毛の令嬢は、要塞構築に関する造詣が深い。何故なら臆病で姑息、かつ卑怯という彼女の性格が、穴に潜んで安全な場所から敵に攻撃を仕掛ける――という戦闘手段に適していたからであった。


 とはいえおおよその設計を済ませると、ヴィルヘルミネは実務の全てをバルジャンに投げ捨てた。彼も「いや軍事の天才が考えた要塞を俺が作るとか、無茶なんで」との理由から、工事の全権をエルウィンに丸投げしている。


 そうして苦労性のエルウィンは試行錯誤を重ね、要塞構築に取り掛かったのだが……。


『六つの丘に防衛線を敷き、七つ目の丘を本営とする』というヴィルヘルミネの基本構想は、理に適っている。しかしヴァレンシュタインが目を付けた丘、すなわち半円形に並んだ六つの丘の内、中央西側の一つがエルウィンも気になっていた。標高にすれば二百メートル弱の高地だが、ここからであれば、他の六つの丘の全てに砲撃が可能なのだ。


「ヴィルヘルミネ様、第二高地の件について、少々お伺いしたいことがあるのですが……ここを万が一敵に奪われれば、本営を置く第七高地までもが危険に晒されます。このことに関して閣下には、何か御存念がおありなのでしょうか?」


 西から順に第一から第六と番号をふり、本営を第七高地として、エルウィンは作業に掛かっていた。そこで令嬢に問題の高地について意見を求めようとしたのだが、しかしヴィルヘルミネは特に気にしていないらしく。


「だからこそ、鉄壁の防御陣を築くのじゃ。卿にならできるぞ、エルウィン」


 などとのたまい赤毛の令嬢は、彼を無駄に張り切らせるような言葉を吐いた。これではエルウィンが奮い立つばかりである。

 

「ようし! 東はリモジュ大河まで、西は森林地帯まで防御線を張ろう! 問題の第二高地は通常の倍、兵を配置して凌ぐしかあるまい。後方の予備兵を三千とすれば、余程のことが無い限り防げるはずだ! よし、みんな、作業を急げよッ!」


 こうしてピンクブロンドの髪色をした青年は、僅か数日でニームの北に要塞を出現させてしまう。じつに驚異的なことであった。


 むろんエルウィン一人では、これほど迅速な工事は不可能だったであろう。オーギュスト、アデライードの二人が補佐役に回り、海軍も全面的に協力をした。そうでなければ、流石に彼と言えども不可能な事業であったはずだ。


 その一方でヴィルヘルミネやバルジャンは、まったく役に立っていない。というか彼等は一応現場を視察したりもしたが、大体の場合、日がな一日チェスを指しているのが常であった。


「待った! 待って下さい! ヴィルヘルミネ様!」

「待たぬ。何度目じゃ、バルジャン――……卿は弱い、弱すぎるのじゃ。フハ、フハハハ!」


 終始上機嫌のヴィルヘルミネに、頭を掻いて「待った、待って下さい!」を連発するバルジャン。だいたいが、こんな調子である。

 もっとも赤毛の令嬢よりチェスが弱い人物は、ランスの英雄くらいであった。だからヴィルヘルミネが彼ばっかり指名していた、という側面もあるのだが。

 

 ちなみに赤毛の令嬢はダントリクと、一度だけ対戦をした。

 僅か五手で負けたヴィルヘルミネに黒髪の少年は、「斬新な手だと思うけんども……でも……キングで攻め込むのはちょっと、やめた方がいいんさ。あと、クイーンが自殺するのもダメだべ」と言い、的確過ぎるアドバイスをしている。


 これに対しヴィルヘルミネはプルプルと震えて怒り、ダントリクから眼鏡を取り上げ、工事への参加を命じた。完全に腹いせであった。


「卿は年齢の割に小さい。少しは身体を鍛えて、ジーメンスやユセフを見習うが良い。む? そうじゃ、卿ら――……陣営の構築に協力せよ。人手はあればあるほど良いのじゃからして、して」


 こうしてジーメンスとユセフもとばっちりで、工事へ参加する羽目になっている。本来は令嬢の護衛なのに、災難なイケメン達なのであった。

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