第111話 騒音は程々に
「どうします、そろそろ止めますか?」
決闘を囲む輪に加わらず、彼等を俯瞰して眺める三人の人物がいた。艦隊司令長官のエリザ=ド=クルーズ、参謀長のビュゾー、そして最後の一人が先程のセリフを言った張本人――金髪ギザギザ眉毛のラメットである。
彼等は他の部分より高層にある船尾の艦長室から、決闘の様子を見守っていた。本来ならば即座に止めるべき立場にある三人だが、どうやら思惑があるようだ。彼等は程度の差こそあれ、口元に笑みを張り付けたまま窓辺に立ち、甲板を見下ろしている。
「必要ないねぇ。海と陸の親睦には、丁度いい余興だろうさ」
「しかし坊ちゃん――失礼……クルーズ少尉が、やや不利だと思われますが?」
「いいんだよ、ラメット。本気で
「なるほど……ですが、それも命があってこそ。殺されてしまっては、意味がありませんぞ」
「いやぁ、まだカミーユが負けると決まったわけじゃあ無い。案外ユセフとかいう小僧を、力尽くで黙らせるかもしれないよ?」
「なるほど。それはそれで、成長の良い機会ですな」
ビュゾーがエリザとラメットの会話に眉根を寄せて、「呑気なもんだ」と頭を振っている。
「提督もラメットも、もう少し考えろ。結果として、ユセフとかいう小僧が死んだらどうするんだ。陸海親睦のつもりが、軋轢を生む結果になりかねんぞ? 今ならまだ間に合う――俺が止めてきてやる」
「ビュゾー、止めろ。提督がいいって言ってんだ、でしゃばるんじゃねぇよ。それに見りゃ分かるだろ――カミーユの実力じゃあ、多分あの小僧には勝てねぇ」
部屋を出ようと踵を返す参謀長の肩を、ラメットが掴む。振り向いたビュゾーの瞳には、怒気が揺らめいていた。
「ああ、分かってるよ。だから余計に止めなきゃなんねぇんだろうがッ! ラメット、テメェは坊ちゃんが死んでも良いってのかよッ!?」
「良いわけねぇだろ! でもな、提督が『このままでいい』と仰っている。それを蔑ろには出来んだろうがッ!」
「――提督ッ! 怪我じゃすまないかも知れないんですよッ!?」
ビュゾーが向き直り、エリザの顔を正面から見据えた。ラメットも同僚に賛同し、同じくエリザにもう一度意見を言う。
「……提督、流石にもう、笑って見ていられる状況じゃあないでしょう。俺もビュゾーと同意見です。大事に至る前に、この喧嘩を止めるべきだ」
二人の代将は揃って、対峙する少年達を見下ろす黒髪の女提督を見つめている。
「ビュゾー、ラメット――アンタ等があの子に大きな期待を寄せていることは知っている。でもね――……目の前の小僧に殺されるなら、大きな怪我を負っちまうようなら――その程度の男だったということさ。今後クルーズの家を継ぎ発展させることも、アタシの跡を継いで海軍を率いることも出来やしないよ」
眼下を冷然と見つめるエリザの瞳は、凄惨なまでの闇色だ。そして続く彼女の言葉は、二人の代将を戦慄させずにはおかなかった。
「――ましてやヴィルヘルミネ様は、いずれ全世界に牙を剥くだろう。そんな女の麾下であることを自覚するならば、
それが分からない程度の力量だというのなら
二人の代将はエリザの過去を知っている。だからこそ鼻白みながらも、同時に口を開いた。
「「カミーユ(坊ちゃん)に器量が無いなら、生きてクルーズ家へ帰せばいいでしょう!」」
口を揃えて言う二人に、幾度か目を瞬かせてエリザが問う。
「お前達は何だって、それ程までにカミーユの肩を持つんだい? 期待してるってだけじゃ足りない何かを、アタシは感じちまうんだけどね。まさか……」
エリザにも若干だが、腐の要素がある。なにせ海軍は基本、男だらけの職場だ。男同士で――ということも、彼女だって幾度か目にしていた。何なら「恋人が同じ船に乗っているなら、里心が付かなくていい」ということで、推奨したいくらいだ。
その意味ではラメットとビュゾーはイケメンだし、カミーユはまごうこと無き美少年である。思わず頬の傷を紅潮させて「そうなのかな?」と、エリザはドキドキしながら彼等の答えを待っていた。
――狙っているのかい。まさか二人とも、あの子のことを。こりゃあ、とんだ三角関係だねッ!
「そ、それは……」
言い淀むビュゾーの肩をポンポンと叩き、ラメットが肩を竦めて言った。
「大したことじゃあ無いんです。提督にはもう、身内を失ってほしくなくて……」
「呆れたね……ビュゾー……アンタもラメットと同じ理由で、カミーユを甘やかしていたのかい?」
「すみません。けど――……」
「はぁ……ったく、そんなことかい。アタシは良い部下を持ったもんだ。でもね、お前達は誤解をしているよ」
いったん言葉を切って、エリザは葉巻を灰皿に押し付けた。紫煙が窓の側で蟠り、ユラユラと揺れている。エリザは「はぁー、つまらん」と思う内心を抑え、年齢相応に真面目な言葉を口にした。
「――アタシの身内はね……南方艦隊に所属する全員さ、誰が特別ってワケでもない」
「それは有難いお言葉ですが、提督――……」
「つまりアタシの血縁だからといって、特別扱いすることは無いんだよ、ラメット。もしもカミーユが艦隊の指揮官になりたいと願うなら、自らの実力を周囲に示さなければならないのさ」
「それでしたら我々は十分、少尉の才能も力量も知っています」
「ラメット――お前達だけしか知らないんじゃ、意味がないだろう。他の士官や下士官はどうだい? 何よりカミーユ本人は、自分の力をどう思っているのかね? まあでも、今回のことで十分それも理解できるだろうさ」
「まさか提督は最初から、こうなることを想定なさっておられたのですか?」
「まぁ……クルーズの名に遠慮しないのは、ヴィルヘルミネ様の側近だけだろうからね。いずれカミーユとは、誰かがぶつかると思っていたさ。
ついでに言えばあの方の側近で、あの子に負けるようなヤツもいないと踏んでいたよ。
要するに本気で戦い負けてみて、そこから学べってことさ。もっとも――……おや?」
■■■■
エリザの見下ろす甲板では、いよいよ決着が迫ろうとしていた。しかし決闘の場を囲む人垣を抜けた一人の男が、当事者二名の間に割って入る。ピンクブロンドの髪色をした青年だ。
青年の先導に従って、赤毛の少女と金髪の少女が最前列まで進み出た。
ヴィルヘルミネは深夜にも関わらずしっかりと軍服を身に纏い、不機嫌を絵にかいたような顔で周囲をぐるりと見まわしている。
ゾフィーはそんな令嬢の隣にピッタリと寄り添い、剣の束に右手を軽く添えていた。
「――動けば斬る」
蒼氷色の瞳に決然たる意志を宿し、ゾフィーが辺りを睥睨した。
その間にピンクブロンドの髪色をした青年――エルウィンは左右に広げた両手をユセフとカミーユの前に突き出し、警告を発している。
「ヴィルヘルミネ様の御前である、戦いを止めて平伏せよ! フェルディナント軍は私闘を禁じている! これを訓練だと言い張るならば然るべき手順を踏み、昼間に行うがよい!」
夜空色の瞳を右、左と動かして、ユセフとカミーユを睨み牽制する長身の青年。後頭部で纏めたピンクブロンドの髪が月を反射して、淡い輝きを放っている。
「へぇ……エルウィン=フォン=デッケンは知略に傾く人材かと思っていたが、どうして中々の胆力じゃあないか。堂々としたモンだよ」
状況の変化にエリザは目を輝かせ、ニヤニヤと笑みを浮かべていた。下方ではヴィルヘルミネが目を擦りながら、面倒臭そうに言い放つ。
「――ゾフィー、エルウィン、面倒じゃ。さっさと二人に分からせてやれ」
「え……ヴィルヘルミネ様……これには訳が……」
「うるさいぞ、ユセフ。余は言い訳など聞かぬ」
「あ、あの……私は売られた喧嘩を買っただけでして……」
「黙らんか、カミーユ。喧嘩両成敗じゃ」
ヴィルヘルミネは騒音で起こされちゃったから、ご機嫌に急角度の傾斜が付いていた。しかも究極に眠くて、いくら瞼を擦っても目が覚めない。
という訳でさっさと騒動を片付け、もう一度眠りたかった。そんな訳だから相手の言い分など、何一つ聞く気が無かったのである。
しかしゾフィーとエルウィンは、令嬢の心理など分からない。むしろ現状に対して、「ヴィルヘルミネは怒っている」と解釈していた。
なので「私闘」という「罪」を「分からせる」べくエルウィンはカミーユに、ゾフィーはユセフへと襲い掛かったのだ。制裁の為である。
結果は一瞬であった。
艦尾の艦長室では余りにも素早い制圧劇に、感嘆の声が上がっている。
「驚いた、こりゃあ本当に驚いた。あの二人を、こうも容易く制圧するなんてね。そりゃあ、金髪の嬢ちゃんが強いだろうことは分かっていた、分かっていたさ。けれど、これ程だったなんてね。
それにエルウィン卿も、カミーユを瞬殺する程とは……これにはカミーユも面食らっただろうねぇ。フフ、フハハハハハッ! いい薬だよ! ハーハハハハッ!」
エリザ=ド=クルーズは再び煙草を薫らせて、ゆっくりと部屋を出る。
二人の代将も彼女に続き部屋を後にすると、三人は揃ってヴィルヘルミネの前に跪き、今夜の不手際を丁重に詫びるのだった。
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