第71話 四日目の合流
バルジャンが群衆を突破して向かった先には、一件のホテルがあった。オーギュストはこれを接収して拠点とし、近隣の治安を守っていたのである。
ホテルの一階ロビーを大隊本部としたオーギュストは、ワインレッドのソファーにバルジャンを座らせてから敬礼をする。そして自分も彼の正面に座ると、このように言った。
「――やあ、中佐。相変わらずあっちへウロウロこっちへウロウロ、落ち着きませんね」
「おいこらランベール大尉。言うに事欠いて、いきなり上官を愚弄するな」
「まさか、中佐に放浪癖があるお陰で助かった貴族も、随分と多い。このホテルに逃れてきた人達も、みんな中佐に感謝していますから。だから俺もほら――褒めているんです」
「黙れ減らず口を閉じろ。しかし……まあ……なんだ、俺はな――平民だからって虐げられるのもどうかと思うが、貴族だからって殺されるのも可哀想だと思う、そんな訳でだな……」
「分かりますよ、それ。とはいえ、守るべき民衆に銃を向けるってのは、どうにも気分が良くありませんがね」
「ああ、全くその通り。だからな、ランベール――どうだ、これから王宮へ行かんか?」
「王宮?」
「ああ、王宮だ。つまりな――……」
バルジャンが事情を説明すると、オーギュストも頷いた。
何しろここで戦い続けても、今回の騒動を収束させる決定打には程遠い。策を練る材料さえ無いのだ。しかし王宮へ行けば、様々な事情も分かるだろう。
仮に革命派と全面衝突するという最悪の事態になった場合でも、国王を護るという大義が転がっている。
それにヴィルヘルミネがいるとなれば、戦力的にも申し分が無かった。
何よりオーギュストにとっては、アデライードが王宮にいる――というのも大きな魅力だ。
――ただ、問題はある。それをオーギュストは口にした。
「しかし中佐、我々が抜けた後、王都の治安はどうするんです?」
「暴徒の大半が王宮に向かっているという情報もある。であれば、これを鎮圧することが治安を守ることに繋がるだろうよ」
「うわぁ……詭弁」
「黙れ! これ以上市民を殺したら、呪われそうで俺は嫌だ! はっきり言って怖い!」
「うわぁ、正直ですね。けど――いいと思います。俺も市民には、呪われたくないのでね」
「じゃあ、行くか?」
「行きましょう――流れる血を、少しでも減らすために」
「なぁ、ランベール。お前って案外、真面目?」
「は? いきなり何を言うんです……――中佐、そんなんだから、ミーネに嫌われるんですよ」
「え? いやいや、俺、超好かれてるはずだから。この前一緒に踊ったし」
「ミーネの顔、全然見てなかったでしょう? 嫌そうでしたよ」
「何お前……ヴィルヘルミネ様の表情の違い、分かっちゃうの……ねえ、分かっちゃうの?」
「はぁ――……さっさと行きますよ、中佐」
こうしてバルジャン達は、一路フロレアル宮殿を目指すのだった。
■■■■
「血の一週間」の四日目。
バルジャン連隊とオーギュスト大隊が共に到着したフロレアル宮殿は、比較的平穏であった。国王はバルジャンとオーギュストの手を握り、彼等を歓迎したという。
またこの時、宮殿を囲む民衆の数は五万人を突破していたが、防御指揮を執るヴィルヘルミネの武名と、新たに到着した英雄バルジャンの勇名を恐れ、彼らは遠巻きに見ているだけであった。
むろんアギュロンが群衆に手出しを禁じていた――という側面はあるが、それにしても後世、この事件は「バルジャンの入城」と呼ばれ、彼を革命期における不動の英雄として決定付ける出来事になったのである。
それほど人々の目には、バルジャンの入城が堂々として見えたのであろう。遠目だったから……。
実態は小心者バルジャンのこと、「これ、やっぱり入らない方がいいんじゃないか……」とガクガクブルブルしていた。
しかし超絶美形のオーギュストに馬の尻を叩かれ、「ヒィィィ」と声を上げつつ前進してしまった――というのが真相である。
とはいえ、ここに稀代の天才ヴィルヘルミネとランスの英雄バルジャンが揃い、彼等の下には若き俊英のオーギュスト=ランベールとアデライード=フランソワ=ド=レグザンスカが侍ることとなった。
その上エルウィン=フォン=デッケンとゾフィー=ドロテア、ジーメンスにイルハン、そしてダントリクというフェルディナントとランス、両国における綺羅星の如き未来の将帥達が揃ったのだ。
これでフロレアル宮殿に籠るランス軍の士気が、上がらないわけが無いのだった。
一方そのころ王都では、暴徒達が更なる猛威を振るっていた。
逃げ遅れた貴族や
――この頃、王都グランヴィルの人口は凡そ百万人。その十分の一にも及ぶ十万人が暴動を起こしていたのだ。半数がフロレアル宮へ集まったとはいえ、数万人規模の集団が複数、王都の中を練り歩いている。
例えるならば
実際、この頃になると暴徒を操っているつもりであった十人委員会でも、彼等を制御することが不可能になりつつあるのだった。
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