第68話 ランスの英雄、ダントリクに出会う


 アギュロンの言う本部とは、議事堂に居座る大物議員達で構成された十人委員会のことである。彼等は六人の第三身分出身者と、二人ずつの第一、第二身分出身者から構成されていた。


 委員長はデルボアという五十絡み、小太り禿頭の小男である。細い眼は酷薄そうに見えるが、反面口元には常に笑みを浮かべ温和さを演出する、抜け目のない人物なのであった。


 彼は今、他の委員達と共に議事堂の食堂にいる。

 ファーブルが伝令として到着した時デルボアは食事中だったらしく、長い机に豪勢な料理を並べ、仲間と共に革命の指導について熱く語り合っていた。


 食堂に通されたファーブルは、卓上に並ぶ様々な料理を見て、言葉も無く立ち尽くす。

 彼が求めて止まないものは、人々の平等な権利であった。その中には当然、生存権も含まれる。

 そして生存権とは、誰もが不自由なく衣食住を手に入れることが出来る――ということに尽きるのだ。


 しかし現在、その権利が貴族や富裕層ブルジョアに阻害されている。

 彼等は私利私欲の為に民衆から搾取し、不当に富を貯め込んで経済を停滞させたのだ。

 政府は無策にもこれに対抗して紙幣を大量発行、凄まじいインフレを誘発させた。

 

 ――もう、この国はどうにもならない。


 そう思ったから、ファーブルは立ち上がった。

 その想いは革命派議員なら誰もが共有する――彼はそう考えていたのだが。


 だというのに、ここにいる十人委員は人民よりも遥かに豪勢な料理を口にしている。

 豪勢な料理を口にするということは、即ち民衆から搾取しなければ出来ないのだ。

 であればファーブルが十人委員に対し義憤に駆られるのは、当然のことであった。

 

 ――これでは打倒しようとしている貴族達と、何ら変わらないではないか! 先生の仰る通り、所詮は富裕層ブルジョア議員どもに、民衆の心など分かりはしないッ!


 だがそうした怒気を抑え、ファーブルは簡潔に事のあらましを報告をした。


「ふむ――我等が人民の前に、ヴィルヘルミネ=フォン=フェルディナントが立ちはだかったと……それは困りましたね」


 デルボアは笑みを絶やさずファーブルの報告を聞くと、思案顔で細く鋭い目を宙に這わせている。

 そこで、委員の一人が口を開いた。


「ここは一つ国王陛下に、王権の保証を約束してみては如何でしょう? 不要なのは貴族や聖職者の既得権益ですから、王権に手を触れる必要はありません。

 王権にさえ手を触れないと確約すれば国王陛下も態度を軟化させ、我等の希望を受け入れてくれるやも知れませぬからな」


 そう言った人物は、豊富な資金を背景に地方で複数の紡績工場を営む第三身分の富裕層ブルジョア紳士であった。だがしかし、その元となった資金はフェルディナントから流れている。

 言ってしまえばヘルムートが計画した「ランス王国の立憲君主化」――その先兵としてリヒベルグが白羽の矢を立てた人物だ。


「なるほど、君は我が国を立憲君主制にすればいいと、そう言うのだね?」

「はい、委員長。実際、人民の多くは未だ国王陛下を敬慕しています。それに人民の権利を国王が侵さず、国王の権利を人民が侵さぬのなら、我等の革命にとって国王は何ら障害にならないでしょう」


 他の委員も、彼の意見に賛同している。


「確かに国王が我等の側に立つと言うのなら、赤毛の小娘と言えども軍を動かせまい。ここはフェルディナントではなく、ランスなのだからな」

「うむ――国王が我等の要望を認めたとなれば、民衆を退かせる建前ともなろう。どちらにせよ、騒動は収束させねばならぬしな」


 一同の意見を聞くと、デルボアは鷹揚に頷いた。


「うむ――では、そのように確約した書面を用意するとしようか。ええと――ランベール君だったね。すまないが書類が出来るまで、ちょっとここで待っていてくれないだろうか。

 ああ、それから――君も腹が減っているだろう。食事を用意させるから、ここで食べていきたまえ」

「わかりました、お待ちします。ただ、食事は結構――ここに来る前、食べてきましたから」


 ジロリと食卓の上を一瞥し、けれど皮肉を言うでもなくファーブルは退出する。

 デルボアは肩を竦め、委員一同を見渡して言う。


「やれやれ。近頃の若者は、どうにも面白味が足りないねぇ」

「「「ハハハハ……」」」


 勝利を確信した彼等の笑い声が、食堂に響くのだった。

 

 ■■■■


 ファーブルが議事堂に一室を与えられて悶々と待っている頃、ランスの若き英雄、最年少の中佐は王都防衛隊を率いてグランヴィルの市街を駆けずり回っていた。


「何で俺がこんな目に……ちくしょう、殺すのも殺されるのもまっぴらだ、バカヤロウ」


 そうぼやくのは言わずと知れた我等が英雄、マコーレ=ド=バルジャン中佐なのであった。


 さて、そんな彼の部隊は人員不足が深刻だ。

 だがバルジャン氏は、こんな時に頼りになる一人の少女を知っていた。


 もちろん少女が一人で千人分の働きをするわけではない。

 しかし彼女の頭脳には、一万人以上の価値があると彼は信じていた。


 その名は――ヴィルヘルミネ=フォン=フェルディナント。


 彼女さえ側にいれば、どんな状況でも覆してくれる。

 バルジャンにとって赤毛の令嬢とは、の〇太にとってのドラ〇もんに等しい存在なのだ。

 厳しいことを言ったりもするが、しかし結局は助けてくれる。

 バルジャンはいつの間にか、そんなヴィルヘルミネが大好きになっていた。


 だからバルジャンは早速「ヴィルえもーん!」とばかりには幼年学校へ駆けこみ、校長に直談判をすると全校生徒を、その指揮下に置いたのである。

 そうしてしまえば必然的に幼年学校の生徒であるヴィルヘルミネも、ぶら下がり式で付いてくる! と考えたからだ。


 しかし、バルジャンの目論見は外れてしまった。

 なんと赤毛の令嬢は軍を率い、フロレアル宮殿の防衛に向かったという。

 むろん本人は避難したつもりである。けれど、いつの間にか元帥杖を手に防御指揮を執っているのだから、結果、そう思われても当然のことなのであろう。


 落胆したバルジャンではあったが、せっかく指揮下に置いた生徒達を使わない手は無い。なので幼年学校の生徒達にも武装させ、いくつかの部隊を編成している。

 実際に人手不足は深刻であったし、幼年学校と士官学校の生徒を合わせれば、一個連隊規模の部隊にはなるのだ。自分が死なない為には、この戦力も有効に活用すべきであった。

 

 そうして校庭で部隊を編成していると、バルジャンは背中を蹴られている一人の少年を見つけてしまった。慌てて彼の下へ向かい、虐めている少年達をバルジャンが睨み据える。


「貴様等、何をしているかッ!」


 バルジャンが叫ぶ。

 別に虐めが見過ごせなかった訳ではない。

 この場所で階級が一番高いのは彼だし、誰も逆らうことなど出来はしないのだ。


 となれば話は簡単。

 

 バルジャンは虐めっ子達を逆に虐めることで、溜まり過ぎたストレスを解消しようと思っただけである。

 だというのに近づいてみると、少年の一人がバルジャンより大きい。しかも筋骨隆々で、超怖かった。

 もはやストレス解消どころではない。

 とりあえずギロリ、ギロリと大きな少年を睨み据え、バルジャンが小さな少年の腕を引く。


「こっちに来い、怪我が無いか、軍医に見せてやる」


 それから大きな少年に対して、バルジャンは毅然として言った。


「き、貴様、軍は虐めを行う場所ではない。戦うべきは強き敵で、守るべきは弱き味方だ。虐めなど、言語道断である」


 あくまでも正論を言い、さっさと逃げる。

 これがバルジャンの出した、この場における結論なのであった。


「た、助かりますた、バルジャン中佐」


 バルジャンが助けたのはボサボサの黒髪で、分厚い眼鏡を掛けた少年だ。今までやられていたというのに、ヘラヘラと笑っている。心が強いのか馬鹿なのか――どちらだろう、とバルジャンは思った。


「構わんよ。俺もまぁ、昔はよくやられてたからな」

「へー、英雄さでも、虐められてたなんて。ところで中佐は、なしてこっただとこ来たんですけぇ? 部隊さ作ったみたいだけんども、あんまり役に立つとは思えねぇが……」

「ん? ああ……部隊を作ったのは、ついでだ。本当はヴィルヘルミネ様に知恵をお借りしようと思ったんだが、もう宮殿の防衛に向かわれた後だったんでな」

「ああ……んだば中佐もこっただとこで油売ってねぇで、フロレアル宮へ向かった方が良かったんでねぇがか?」

「あ――……なんでだ?」

「なんでって、敵に王様押さえられたら、そんなんいくさァ終わりでねが。ここでいくら兵力増やしたって、意味なんか無かんべ。それに王宮さ行けば、ヴィルヘルミネ様とも合流出来るべ」

「……頭いいな、お前……名は?」

「あ、オラぁ、セレス=ダントリクって言うだ。よろしぐ」

「ようしダントリク、お前――俺と一緒に来い! ちょうど市民と睨み合うのも、飽き飽きしてた所なんだよ!」


 バルジャンはダントリクを見て、ニンマリと笑う。

 何となくヴィルヘルミネと初めて会った頃を思い出し、彼に似たものを感じている。

 だからこのダントリクを「使えるかもしれない」――なんて思うゲスな中佐さんなのであった。

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