第67話 ヴィルヘルミネ、抑止力になる
アデライードは一人、エルウィン達がいるバリケードの先へと進み出た。
「私はアデライード=フランソワ=ド=レグザンスカ。王家に連なる公爵家の者です。そちらの代表の方と、お話がしたい!」
良く通る、澄んだ声でアデライードが交渉相手を呼ぶ。
暫く待っていると三十歳前後で鼻の大きな、顔に
二人は王宮の門を挟み、対峙した。間を隔てるのは、黒い金属の格子だけだ。
「私は三部会議員の一人で、マクシミリアン=アギュロンと申します。私達の要求は一つだけ。三部会における身分差別を止めるよう、国王陛下に仰って頂きたいのです」
「あなたは武力を背景に国王陛下を脅迫なさるおつもりで、こちらへ参られたのですか?」
「――まさか。そのような事は、毛頭考えておりません」
「ではなぜ、ここに集った人々が手に武器を携えているのか、まずは説明をして頂きたい」
「なにゆえ、でしょうか?」
「知れたこと、ここは恐れ多くも国王陛下の住まう宮殿です。それを弁えておられるのなら、群衆と共に押し寄せるなど到底、出来ることではありますまい。
――まずは皆を解散させて、議員として貴方お一人がここへ来るべきだッ!」
大きく腕を振るったアデライードが、アギュロンを睨み据えている。
しかし元弁護士の理想に燃える新米議員は、大貴族たる金髪巻き毛の令嬢に対し一歩も引かなかった。
「そちらこそ、先程は我等に向けて大砲を撃ったではありませんか。どのような事情があろうと、自らの民に砲を向けるなど、国王陛下にあるまじきことかと存じます。その上に居直りとは――何とも見苦しい限りですな」
「はッ――」
口の端を吊り上げ、アデライードが笑う。その言葉を待っていたとばかりに腕組みをして、背後を振り返った。
「あなた方の目には今――バルコニーに立っている方々が見えますか?」
「国王陛下と王妃様――それから……あの赤毛の少女は……?」
「あの赤毛の少女こそ、ヴィルヘルミネ=フォン=フェルディナント様です。手にはランス陸軍の元帥杖が握られており、彼女は現在この宮殿に配置された全軍の指揮権を掌握しておられる」
ハッと目を丸くして、アギュロンが固唾を飲む。
「ならば、今の砲撃は……」
「ええ、もちろん――あの方のご命令です。ただし、空砲ですが」
「脅しているのは、むしろそちらではありませんか……」
「脅し? いいえ――必要とあらば、あの方は実弾の使用も躊躇いますまい。何故なら、ヴィルヘルミネ様は宮殿の防衛をなさっているだけのこと」
「詭弁だ――それではまるで、我等がここに攻め寄せたかのようではありませんか!」
ワナワナと口唇を震わせて、アギュロンが言い募る。
「あなた方の意図は、この際知りません。ですが王宮にとってこの数の群衆は、脅威に他ならない。少なくともヴィルヘルミネ様は、そのように判断なされた。
だからほら、すぐ後ろにもフェルディナント軍の精鋭が展開しているでしょう。彼等もまた、あなた方が突入などすれば、決して容赦しないでしょうね。なにせ他国人ですから」
アデライードは、殊更突き放すように言った。
「なぜ、そのようなことに……まさか、王宮がフェルディナント軍に制圧されたとでも仰るのですか?」
「……そうならぬ為に国王陛下は、ヴィルヘルミネ様に軍権を預けたのですよ。だってあの方は軍事の天才――下手に抑え込もうとすれば、あなた方も我等も諸共に制圧されてしまうかも知れませんから。それならいっそ、守って頂いた方が得策というものでしょう?」
「だからといって、それでランスの……大国としての誇りはどうなるのです……!?」
「ならばアギュロン殿、あなたは戦争の天才と言われるヴィルヘルミネ様を相手に、勝つ算段がおありですか?」
「そ、それは……」
「答えられぬのなら無駄な血を流させぬ為にも、ここから民衆を下がらせて頂きたい」
アギュロンは眉間に皺を寄せ、目を閉じた。それから十秒、ようやく絞り出すようにして、彼は声を出す。
「……私の一存で、皆を退かせることは出来ません。本部と相談してもよろしいか?」
「その間に民衆が暴発したら、どうするのです?」
「必ず抑えます。ですから少し、時間を頂きたい。その間、そちらもヴィルヘルミネ様を抑えて頂きたいのだが――……」
「あなた方がこちらに手出しをせぬとあらば、お約束致しましょう。なに、ヴィルヘルミネ様も、そこまで話の分からぬ方ではありませんから」
ここでようやくアギュロンに微笑んで見せたアデライードは、その内心で赤毛の令嬢に詫びていた。
――ミーネ様、ごめんなさい、すっかり悪者にしてしまって。
お陰でまたもヴィルヘルミネの軍事的声望と悪名が高まるのだが、本人だけは全然気づかないままだった。
■■■■
マクシミリアン=アギュロンは深い溜息と共に仲間の下へ戻ると、大きく頭を振った。
「勢いで押し通せると考えた本部の予測は、どうやらハズレでしたね……ヴィルヘルミネが防御指揮を執っているとなれば、迂闊に踏み込むなど愚策もいいところです」
「では先生、どうするんです?」
真っ先に彼の元へと駆け寄ったファーブル=ランベールが、眉根を寄せて問う。
ここで国王に議員達の身分証明書提出を不要と宣言して貰えれば、それだけでも事態は大きく進展する。さらに国王の身柄を拘束できれば、政権の奪取も容易なものになっただろう。
しかもその功績がアギュロンをリーダーとする公正派に帰するから、彼も気合が入っていたのだ。
「そうですねぇ……得るモノ無し、という訳にもいきませんし」
「ならばいっそ、一度だけでも攻撃を! 国王に手が届けば、それで革命の勝利です!」
「いえ――相手は戦争の天才です。やっても成功の確率は低いでしょう」
「しかしッ!」
このままでは、どう足掻いても国王の身柄確保など不可能だった。ファーブルもそれが分かるから、握りしめた拳を震わせている。
「ともかく、本部の指示を仰ぐしか無いでしょう。少なくとも今のところ国王には、我等の味方になって頂く必要があるのですから」
「そうですね。それさえ出来れば、世の中が変えられる」
「ええ……ですからファーブル君、申し訳ありませんが本部まで、伝令として走って頂けますか?」
「もちろんです、先生!」
ファーブルは頷き、駆けだした。
革命に身を投じた時から、成就に至る道のりが平坦であると思ったことは無い。
それにしても、彼には一つ疑問に思うことがある。
ヴィルヘルミネ=フォン=フェルディナントといえば、「軍事の天才」と同時に「民衆の味方」とも言われる人物だ。
しかしその彼女がランス王家に加担している。それどころか元帥杖さえ手にし、王家を護っているのだ。
だとするならば、結局のところ彼女は貴族の味方なのだろうか。
――あるいは、ランスの目指す革命が――至るところ民衆の為にならないと考えているのかも知れない。
ファーブルがこんな風に思ってしまうのも、先日弟が口にした一言が原因だ。
「万人が平等な社会も完璧に公正な統治システムも、実現可能だとは思えないね。理想は立派だと思うけれど……」
ファーブルは頭を振って、雑念を消す。
――あいつも認めていたじゃないか、立派な理想だと! 迷うな! 今はもう、それが実現出来る一歩手前まで来ているんだッ!
自らを鼓舞しながら、銀色の髪を靡かせファーブルは駆ける。
もちろん赤毛の令嬢に大それた理想など無く、ただうっかりここへ来てしまっただけのこと。
そんなものに振り回される革命派こそ、いっそ哀れなのであった。
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