戦って死ね
ⅩⅢ 戦って死ね
ゲイの葬送は、虚(から)となった死骸を聖堂内へと移し、リジムゲとジジムゲ、そしてケルビムの帰還を待って行われた。
マザーランドは音楽を好んだから、聖堂にはマグナード基地で手に入れた音響設備が揃えられており、葬送にあたって彼女は生まれて初めて聞いた曲、「サイレントナイト」をゲイの魂の鎮魂歌(レクイエム)に選んだ。
マザーランドはゲイの死骸を体内に包み、労いと褒辞と愛の言葉をたくさん送った。
「ゲイ、頑張りましたね。立派でしたよ・・」
「ゲイ、貴女に、母も、お兄ちゃんたちも、勇気と慈しみを貰いました・・」
「ゲイ、愛とは、辛いものなのですね。その分、とても愛おしい・・」
「ゲイ、生まれて来てくれて、ありがとう・・」
「ゲイ、ゆっくりと、おやすみなさいね・・・」
まだ生まれない、お腹の子に話しかけるように葬送の言葉を贈るマザーランドに、ヒライスらはみな涙を流し、マザーランドの言うように愛の辛さを知った。
マザーランドの体内でゆっくりと溶けてゆくゲイは、母の胎内へと回帰し、帰り着くべき場所へ帰って行ったようにヒライスには思えた。
聖堂の内部は讃美歌が美しく反響するように設計と配置が工夫されており、子守歌の様に優しい、聖夜を祝福するマザーランドの歌声が南極のサグラダファミリアから真っ青な空へと吸い込まれていった。音響効果を狙ったデザインは、アントニオ・ガウディがサグラダファミリアに込めた祈りだった。
ルナベーヌスで奪取したクリスタルは、18時間をかけて地球に輸送した。行きよりも帰りの方が格段に早かった。
本体から切り離す前に、不要となった樹木の体は出来る限り地球に帰還させ大地に戻した。それでも戻しきれなかった部分は甚大にあり、それらは宇宙を彷徨う藻屑となって四方八方に漂流した。
イーシャの火を呑み込んだクリスタルのエネルギーに作用されただけで、決して(、、、)巡り合う(、、、、)はず(、、)の(、)ない(、、)遺伝子の配合を有しているわけではなかったマザーランドはしかし、摂り込んだものらの遺伝子を自身の中で編集することができたため、クリスタルを摂り込むことでそのエネルギーを自在に発動することができた。
それは、ヒライス、リジムゲ、ジジムゲ、ケルビムも同様で、奪取したクリスタルを彼らは等分に分け、余った1個はゲイの墓に供えた。天真爛漫で太陽のように明るかったゲイに相応しい透き通る黄色のクリスタルが、日光を受けて氷青の地に宝玉の有様で風に輝いていた。
ノバラ冥王星軍やナナユウのように、星を越えて巡り合った遺伝子の体液が及ぼす作用までとはいかなかったが、マザーランドらが発動するクリスタルのエネルギーは、その質量も相まって甚大な破壊力を彼らに齎(もたら)した。
ゲイを殺したくだらない世界を終わらせるのに必要十分かどうかの検証を待たずに、36個ずつのクリスタルを摂り込んだマザーランドらは進軍を開始した。
時間には目標も制限も無かった。だから、マザーランドらは分隊せずに一纏(まと)めで進撃した。
ケルビムの提案で、アメリカ合衆国アリゾナ州北部に立ち寄り、ホピ族が採掘したウランを摂り込み武力を強化した。ウランからはクリスタルに負けないエネルギーをマザーランドは直感した。
マザーランドがホピ族の居留地に降り立った時、ケルビムとはまた違った神聖性に、ホピ族は自分たちの所業がまったく正しいことを、およそ1万人が誰彼と相談することなく確信した。神に仕える清らかさを実感する確信だった。
第二次世界大戦で初めて戦争に使用されたウランは、ブラックマウンテンと呼ばれるホピ族の居留地付近から採掘され、原子爆弾に仕立てられ日本のヒロシマを焼尽し都市人口のおよそ47%を無惨に殺戮した。
「大地の内臓を抉ってはいけない」
その悲惨な事実もあってか、ブラックマウンテンでウランを採掘する国家にホピ族はそう警鐘を鳴らした。しかし、武力も勢力も弱いホピ族の声は、国家には一欠片も届かなかった。
ケルビムがウランの採掘を命じた時は、かつて自分たちが諫(いさ)めた行為を行うことに、ホピ族の中にも反対意見があった。むしろ、反対派の方が多数だった。
けれど、背中に真っ白な羽を生やした、天使を刹那的に連想させるマザーランドが空から降り立つ神々しい姿は、降り立つ際の太陽の銀浴が後光となったせいもあって、反対派をもすっかり魅了し1万人のホピ族すべてを虜とした。渡航にあたって、マザーランドは背中にタンチョウを模した翼を生やした。
ウランエネルギーの試し打ちを、マザーランドはジジムゲに命令した。
「任せて、母上」
妹を失ったジジムゲからはかつての子供じみた幼気が消え、リジムゲは黙ってそれを見守った。
ウランを体内に摂りこみ、編集生成したシーラカンスとプヤライモンディの遺伝子と掛け合わせると、ジジムゲの体内でウランエネルギーが激しく励起しているのがホピ族にも目に見えて分かった。シーラカンスとは深海に生息する古代魚で、プヤライモンディとはアンデス高山にのみ生息するパイナップル科の植物であり、深海と高山と決して(、、、)巡り合う(、、、、)はず(、、)の(、)ない(、、)もの同士だった。シーラカンスは南極海で捕食し、プヤライモンディは居留地に来る途中のアンデス山脈でたまたま目に付いたから捕食した。
ジジムゲが励起を続けるウランエネルギーに指向性を付与すると、エネルギーはその方向に激しく熱と光を放出しながら飛翔した。
エネルギーは、指向を与えられた方角にあったグランドキャニオン峡谷の一部を抉り取り、峡谷との衝突で爆発し消滅した。
「これこそが青い星のカチーナの御力だ。崇め、心酔し、すべてを捧げろ」
大自然を食ったかに見える力に、感嘆と嘆息を連呼させる1万人のホピ族に向かってケルビムがそう揚言した。青い星のカチーナとは、ホピ族が信心する世界を浄化するもののことで、ケルビムはマザーランドこそがそれであると宣言していた。
「自然を滅ぼす必要はありません。終滅されるべきものは、知恵を持った愚者」
人間を指してマザーランドは言った。抉られたグランドキャニオンに関しては、
「それもまた自然の一部。私は神ですから、私たちの行いは、神の行い。違う?ヒライス」
「その通りだ、母上」
ヒライスは間髪置かず、不自然に欠損したグランドキャニオンを眺めて答えた。
(歪(いびつ)と秩序が混在する時、新しい命はそこから生まれるのだ)
ホピ族がマザーランドを見る瞳とグランドキャニオンを見比べて、ヒライスは声に出さずに呟いた。ホピ族にとって、青い星のカチーナとは紛れもなく神の意味だった。
36個のクリスタルと大量のウランを手中にしたマザーランドらは、従順なホピ族は後回しにして、まずアメリカ合衆国をこの世界から消し去ることに決めた。
フランス人学者の知識に、地球最強の大国家だという認識があり、それならば地球人らへの良い見せしめになるだろうし、宇宙開発の最先進国でもあるため資本と技術的に、ゲイを殺したあいつら(、、、、)の星にも一番近いと考えた。
ヒライスの渡った方法ではエネルギーが分散されてしまうし、迎撃されては太刀打ちできない暴力を有する個体が少なくとも2つあることはマザーランドとヒライスの共通理解だった。またティエラアトランティスに関しての知識はフランス人学者も今まで捕食して来た他の生命もまるで有しておらず、かと言ってゲイを殺したあいつら(、、、、)を食べる気にはなれなかった。つまり、ルナベーヌスとアマノガワ銀河軍に関しての情報をマザーランドらはほとんど窺い知る事ができず、ために星の渡河に関して彼らは慎重になった。
マザーランドは最初の都市にラスベガスを選択した。
音楽や詩の素晴らしさは理解できたが、煌びやかなアミューズメントなどというものはとても理解できなかったし、電飾よりも星の光の方が綺麗で、周期的に噴き上がる大噴水よりも不規則な大海原の方が雄大だと思った。
マザーランドらが急襲した当時、ラスベガスには11万人の観光客と64万人の現地人がいた。
建物や看板、標識ポールなどは後回しにして、マザーランドらは、アリの巣をつつくアリクイの舌のように丁寧に人間を捕食した。目に付く限りの人間は、誰一人として逃すつもりはなかった。
およそ75万という、数珠繋ぎに整列させると1本の大きな河川にも匹敵する途方もない数の人間を捕食し消化し終えてから、リジムゲとジジムゲ、ケルビムが手分けをして、ウランエネルギーで建物や噴水や電飾看板を破壊した。
ラスベガスは都市全体が火の海となり、街を食い尽くす炎はネバダ州とコロラド州の境目に次の雨が降るまで燃え続けた。マザーランドらがラスベガスを壊滅するのに、地球の時計の針は4時間を進めなかった。
次に、西に向かいサンフランシスコを攻撃した。都市とそこに棲む人間の壊滅を主眼としながらも、シリコンバレーの優秀なプログラマーの知識を副次的に獲得する狙いもあった。星を越えるには、フランス人学者を上回るコンピューター知識が不可欠だとリジムゲがマザーランドに進言した。
サンフランシスコが攻撃を受け始めてすぐに、アメリカ軍と国連軍の混成部隊がマザーランドらに対峙した。
南極の化け物の動向は、アメリカ合衆国を中心とした国際連合が常に監視していたが、
「手出し無用」
そう国連の管理者であるティエラアトランティスから厳命が下っていたため、防衛のためヒライスに立ち向かったオーストラリア軍以来、地球の軍隊はマザーランドらに手出しをしなかった。ティエラアトランティス政府が何とかしてくれるだろうと考えてもいたし、何もできずにただ大勢の無意味な死亡者だけを出したオーストラリア軍の悲劇をどの国も繰り返したくはなかった。
ラスベガスの被害を受けたアメリカ政府は、サンフランシスコの防衛よりもマザーランドの駆逐を優先した。
放射線防護服に身を包んだ消防隊による消火活動に意味を見出せないほどに燃え続けるラスベガスの惨状を努めて冷静に分析し、
「多少の犠牲はやむなし」
第48代アメリカ合衆国大統領は、そう立ち位置を決めて腹を括った。
ラスベガスより西に向けて進路を取るマザーランドらを確認して、アメリカ政府は以西の都市すべてに避難勧告を発布した。
しかし、ソーシャルメディア等を通じて発信されたラスベガスの悲惨な映像の非現実感と、逃げろと言ってもどこに逃げていいのか分からないほど広範囲に発布された勧告に人々は混乱恐慌に陥り、都市はパニックとなりあらゆる道路が渋滞した。
マザーランドらにとって、渋滞した道路の人間たちを捕食するのはとても容易だった。
わざわざ食べられるために整列しているように思え、サンフランシスコへの道すがら目についた愚かな食糧の列を片っ端から食い尽くした。よく見ると食糧の列には事故や諍(いさか)いがそこら中で起きており、どうせ食べられるのに協力もせず我先に逃げようとする人間の浅ましさにヒライスは憤りを覚えた。
ナパーム弾や白リン弾といった強力な爆弾、火砲が通用しなかったシャウラ隊の検分結果をティエラアトランティスから知らされていたアメリカ政府は、攻撃手段の肝に2つの兵器を選定した。
1つは、エステル交換反応を通して得られる、人類が作り出したものの中で最も毒性が強いといわれる物質(OーエチルーSーメチルホスホノチオテート)を用いたVXガス、そしてもう1つは、重水素及び三重水素の核融合をエネルギーとする爆弾、いわゆる水爆だった。
水爆の構造は、起爆をウラン238の原子爆弾に頼り、主燃料の重水素化リチウムと補助材のプルトニウム239の中身を、ベリリウム、タングステン、ウラン235で囲い弾殻を形成するものであるが、アメリカ政府はこの時、核爆発後の国土環境を考慮して起爆を原子爆弾に頼らない、つまり残留放射能を格段に減少できる純粋水爆を使用した。純粋水爆は核エネルギーとしては後影響の少ない特性から、「きれいな水爆」と通称された。
戦闘機や重戦車からのミサイルや砲弾を目眩ましに、まずVXガス弾がマザーランドを狙って撃ち込まれた。
神経の伝達作用を阻害する毒物であるVXガスは、マザーランドの身体の有機物を広範囲に損傷させ、崩落してゆく化物の身体の一部にアメリカ軍は効果ありと歓呼を挙げたが、連続して撃ち込まれた2発目、3発目のVX弾の不発を見て歓呼は沈黙のはてなに変わった。
「確かに効いたはずだ!撃ち続けろ、尽きるまででいい!」
VXガスでの特殊攻撃部隊を指揮する司令官は自分に言い聞かせるように、攻撃の継続を命令した。
1発目のVXガス弾は確かに効果があった。対処のないまま何発もVXガス弾を食らい続ければ、身体の全崩落を迎えるだろう危機をマザーランドは実感した。だからすぐさま、対処した。
アメリカ軍、長じて地球人類の惜しむらくは、一番最初にフランス人学者をマザーランドに捕食されたことにあった。
南極を何度も踏破する彼のありあまる知識は、水酸化ナトリウムの高濃度液で毒性を加溶媒分解するVXガスの解毒法まで蓄えていた。
VXガス弾が撃ち込まれると同時にマザーランドは、体内に摂り込んだ食塩から大量の水酸化ナトリウムを精製し、2発目以降の攻撃を無効化した。食塩は都市にも自然帯にも地球の至る所に転がっていた。
その対処法をマザーランドはわざと声に出してヒライスらに伝えた。効きはしないが鬱陶しいVXガスの無力をアメリカ軍に知らしめるためだった。
用意したVXガスの量よりも食塩の方が圧倒的に多いことは明らかだったため、特殊部隊の司令官は任務の不成就を悟り、ホピ族でもないのにマザーランドを神の一種か何かかと認識した。
みるみる内に壊滅していくサンフランシスコの街が上げ続ける悲鳴とVXガスの無力に、アメリカ大統領は水爆の使用を迅速に決断した。
「自国に核爆弾を落とした史上最も愚かな大統領」
そう汚名を被ることは覚悟の上での決断だった。
しかしここでも惜しむらくは、やはり奪われたフランス人学者の知識と、水爆使用情報の伝達範囲の誤りにあった。
マザーランドが捕食した数名の指揮官の中に、水爆使用だけでなくその投下方法と仮予定時刻とおおよその爆撃範囲まで聞かされていた者があり、マザーランドはその情報を奪うやすぐにフランス人学者の知識を使ってその迎撃方法を決定し、今度はアメリカ軍に悟られないようにヒライスに身体接触で伝えた。
VXガスの無効が判明してから25分後に、「きれいな水爆」を搭載したノースロップ・グラマン社が開発した戦略爆撃機「Bー2」が1機、サンフランシスコ上空に差し掛かり、眼下で猛威を奮うマザーランドらを確認した。水爆投下のタイミングはVXガスが通用しなかった場合を想定した、つまり地上の指揮官らが伝えられていた通りの予定時刻ぴったりだった。
戦略爆撃機とは、本来は戦闘地から離れた生産拠点や領土を大量破壊し生産能力や士気を低下させる目的で使用される戦闘機であるが、言ってみれば国土も生産施設も一体である化け物相手の今回は戦闘地に直接布陣し、マザーランドの頭上を狙った。
「スピリット・オブ・カリフォルニア」と名付けられたBー2爆撃機のパイロットとコ・パイロットが同時にマザーランドを目視した瞬間、彼らの視界が突然暗転した。
マザーランドの予測通りの空に姿を現したステルス戦闘機を確認するや、ヒライスはルナベーヌスを目指したやり方で身体を垂直方向に建築し、戦闘機を急襲した。星を跨いだ時と違って、主材には樹木ではなくコンクリートを用い、ステルス戦闘機と言えど良く晴れた青い空では容易く目視できた。
ヒライスの襲撃はまさに急激で、空に向かう初速は音速を遥かに超えていた。
Bー2に接着するや極わずかな隙間から身体を粘体にまで変身させてコクピット内部に侵入し、操縦席のパイロットとコ・パイロットを捕食した。一瞬視界を奪われたと知覚したパイロットとコ・パイロットはその知覚に意味や理屈を付与することなく、気付かない内に殺害された。その間、わずか13秒間の出来事だった。
パイロットらを捕食したヒライスはすぐさま水爆の対処に掛かった。
所在はパイロットの記憶ですぐに判明し、そこまでのルートもコ・パイロットの記憶から瞬時に策定し迅速に行動を開始した。
まずもって成し遂げる目標は、水爆の雷管と起爆剤を無効化することで、それは目標物まで辿り着けば安易な作業だった。事実、ヒライスはパイロットら殺害から72秒後に目的を達成した。
ヒライスの変貌開始からわずか85秒間での出来事にアメリカ軍管制局はまったく対応を取れずに、同質量で金と等価とも言われる戦闘機と最終兵器とも言えた純粋水爆をただ闇雲に失った。
わずか5体の個体を相手に750人規模の大隊を4隊編成してマザーランドに当たっていたアメリカ軍及び国連友軍は為す術を失い、あれよあれよと捕食された。
VXガスと水爆がどれくらいの効果があるのかは疑問のまま開始された攻撃作戦だったが、まさか効果を確かめる前に水爆を窃取されるとは予想だにしていなかった管制局は一時完全に混乱し、ために前線への指揮が遅れ、撤退の命令を出す頃にはもう、サンフランシスコに出軍した軍隊はただの一兵卒も残らず食い尽くされていた。
3000人規模の軍隊との交戦の後、予想よりも大幅に少なかったコンピューター技術者を補填するためマザーランドらは少し南に下った。大都市になるほど劣悪な個体だらけになるのは動物の群れと変わらないとヒライスは思った。
サンフランシスコから70㎞ほど南のサンタクララを中心に、半径5㎞の人間を浚(さら)うだけで十分な知識が入手できた。ヒューレットパッカードやインテル、アップルなどの先端技術企業をひとかたまりに配置するシリコンバレーは、今回の様な一網打尽をまったく警戒していない、長く星の頂点に君臨してきた人間の驕りであると考えたマザーランドは、
「神罰を与えましょう。ヒライス、先ほどの爆弾を。享楽の次に知恵を奪われた人間共は、さてどう嘆くのでしょう?」
そうヒライスに言葉を掛けた。
マザーランドの命令にヒライスはサンタクララ上空から、体内で改良した純粋水爆を投下した。
着地に合わせて雷管の長さを調節し、熱増幅のためのプルトニウムにウランを混ぜ威力を嵩増しした水素爆弾は、サンタクララの大地に着弾するや超大爆発を起こし、辺り一帯を元々から何も無かったかのように壊滅させた。コンピューターエレクトロニクス関連企業が集まる土地にある意味お似合いな、神による初期化だとヒライスは思った。
水爆が起こしたとめどない閃光が、爆発熱の届かない上空で見守るマザーランドとジジムゲとリジムゲとケルビム、それとヒライスの羽の生えたシルエットを空に映した。
「母上、エンターテイメントとテクノロジーは鉄槌した。次は、宗教家だ。その後、ヒューストンを乗っ取ろう」
アメリカ航空宇宙局、NASA(ナサ)が所在する地名を挙げ、再び星を越える旅路を視野に入れた発言をしたヒライスを、水爆の光が一際鮮やかに照らした。
マザーランドらよりも爆源に近い分そのシルエットは濃く空に映り、悪魔的所業を行う羽の生えた化物たちは、揃いも揃って夕暮れを迎えたカリフォルニアのオレンジ空に、天使の模様で神々しく浮かんでいた。地中にいたため生き残ったトカゲが、それを眺めて空に憧れていた。
§
「諸々の事象は過ぎ去るものです。誰も、宇宙の命脈、理の流れというものは止められない。けれど、だからといって看過するなんてこと、わたくしは否定します」
ナナユウの訓練が完了し、地球への出陣に当たって王はシリウスらを招聘(しょうへい)した。シリウスら討伐隊の士気の高揚と、王としての意志を伝えるためだった。
玉座から下される言葉を、シリウス、ベガ、レグルス、ミアプラキドス、そしてナナユウは頭を下げたまま跪(ひざまず)いて拝聴した。
「みな、面をあげてください」
王の言葉にナナユウ以外の4人が顔を上げた。
上げろとは言われたが自分も上げていいものか逡巡していたナナユウの脇腹をミアプラキドスが突いて、面前を促した。不意の刺激に危うく声が漏れそうになったナナユウは、悪戯な顔をするミアプラキドスを精一杯の悪態で睨み、すぐに表情を真面目に戻し王を見た。今まで出会ったことのない、一目で神秘的な存在だとわかる王の姿だった。
「人生とは、苦です。苦とは自分の思い通りにならないこと。わたくしは、今、とても苦しい。わたくしの自分とは、あなた方のこと、この星に生きる人、すべてのこと。この星は今、ライオンに押さえつけられた餌食のようなもの。強大な力の襲来に、身動きを封じられています。自分の思い通りに、身体をまるで動かせやしない。だからと言って、ライオンの足に押さえつけられたまま食い残しの何かになる、そんなのは嫌です。敗れて生き永らえるよりは、戦って死ぬほうがまし」
仏教の開祖、釈尊の言葉を引き合いにして王は、シリウス、ベガ、レグルス、ミアプラキドス、ナナユウの順に目配せをして断然と言った。
「戦って死ね」などという強い言葉を用いながらも、5人を見る瞳、特に討伐隊の中心となる予定のナナユウを見る瞳は、我が子の勇断に微笑む慈愛の形をしていた。
「シリウス元帥、わたくしは欲します。たとえ百万が髑髏と化しても畳みかける光流を。際涯(さいがい)を知らない光輝を。氾濫する光を」
「承知しました」
前回の謁見と同じく、シリウスはそうとのみ言葉を発して一礼をし、ギルガメシュら閣僚が左右にずらりと居並ぶ中央間を王に背を向け歩き出した。
ベガ、レグルス、ミアプラキドスの順にそれに倣って下座を始め、勝手の分からないナナユウの手をミアプラキドスが引き取った。
手を引かれながら王に向かって慌てたように頭を下げるナナユウを、王は一段微笑んで見つめた。
(星を越えた祈りの子。死に損なった貴女の意義を、この世界に知らしめるの)
クーデター、冥王星、地球の化物、コスモフレアの事件問題はみなすがら王に報告が上げられており、ナナユウを直に観察した王は、とても口には出せない言葉で彼女の背に向けてエールを送った。
「やばいっすね、王様。ミア、倒錯しそうだったっす」
「俺もだよ。今回は大丈夫だったけど、初見はやべえよな」
赤い絨毯の敷き詰められた廊下を歩きながらミアプラキドスとレグルスが感想を言い合った。レグルスは先日に続いて2回目、ミアプラキドスは初めての面会だった。
「きれいな人だね、王様」
「いや、きれいなんてもんじゃないっすよ、ナナユウ。美っす。美の体現者っす、うちらの王様」
初めて王に謁見して興奮気味のミアプラキドスに比べて、ナナユウは落ち着いていた。
ミアプラキドスみたいなエリート軍人ならまだしも、閉鎖された極めて小さな集落出身の自分が王と面会できるなんて夢みたいだと分かってはいたが、それよりも心に決めた覚悟の方が強かった。
故郷が滅ぼされてから色々なことが急展開した。
最初は状況を理解さえできずに、自分の世界は崩落し彩を失いただ移ろうばかりになった。
生きていても仕方がないと思った。コスモフレアの皆と、長と一緒に死にたかった。
それでも、
ミアプラキドスが手を引いてくれた。
レグルスが温かな同情をくれた。
ベガが褒めてくれた。
シリウスが道を示してくれた。
だから、生きて戦うのだとナナユウは決意を秘めた。
王の言うように、クリスタルとイーシャの火で世界に光を氾濫させたいと思った。イーシャの火を閉じ込めたクリスタルにはその力があるとカノープスが教えてくれたし、それをできるのは自分しかいないとフォーマルハウトが太鼓判をくれた。コスモフレア印の太鼓判、滅亡した故郷が甦った気がした。
赤い絨毯の敷き詰められた廊下の壁には、赤い大きなタペストリーが並べて打ち付けられ、花の意匠が緑金の糸で刺繍されていた。
金星の百合、「ベヌスリリオ」をあしらった星を代表する王族の紋章に、ナナユウは心で決意を伝えた。
地球への出軍は、シリウス、ベガ、レグルス、ミアプラキドスに補佐官が2名ずつとナナユウを討伐隊に整えた。
彼らに有事があった時のために副梯団長はルナベーヌスに残り、シリウスに何かあった時のため、あるいは任務が成功に終わった場合にも彼の大臣への昇格が決定されていたため、王との謁見後すぐにカノープスが中央基地長に就任した。
いくらなんでも少数過ぎるという閣僚たちの意見は、イーシャの火を閉じ込めたクリスタルの発動実験記録を提出することで収めた。
イーシャの火と混ざり合ったクリスタルの発動実験は、凄まじい結果を示した。
ウサギが発動したイーシャの火は、1本の槍となって天を貫いたというから、カノープスの指示で金星のいない方向の空を目指してナナユウはイーシャの火に自分の血液を振りかけビルシャナの杖を振るった。
「夜が昼に変わった」という表現が大袈裟ではないほどの光がナナユウを包み、あまりの光にカノープスらは彼女の姿を見失った。
「ヤッ!」
姿が見えないのに聞こえた掛け声と同時に、光は凝縮されたエネルギーとなって、午後の柔らかなルナベーヌスの空を駆け抜けて行った。
槍と表現するにはギザギザなフォルムをしたエネルギーは、まるで幻想世界のドラゴンのように天へと駆け昇った。地球時代のアトランティスでも空想されたドラゴンは、ルナベーヌスにもこの時まで存在しなかった。
数秒後に空の彼方で不自然に、蠢(うごめ)く様に輝く星が現れた。青い空に不自然に輝く星は何度かの鳴動の後、無数の尾を引く流れ星となって空に散らばった。
「・・まじかよ。星を殺しちまいやがった」
見物していたレグルスがそう表現し、実際にルナベーヌスの軌道上に打ち上げられている人工衛星を使ってフォーマルハウトが小天体の消滅の事実を確認した。
エネルギーを発現すると見るからに色味とサイズを減衰させる他のクリスタルと違って、二千年燃え続けた火を燃料にしているせいか、イーシャの火のクリスタルには発動後も目に見えた変化はなかった。
「星を殺す兵器って、あり?」
「わたしにも無理」
「そりゃそうっすよ、ベガ姉。でも、すごい!ナナユウ!」
ナナユウの召喚したドラゴンはカノープスを唖然とさせ、ベガに白旗を上げさせて、ミアプラキドスがそれを喜んだ。
撮影されたイーシャの火の発動実験の動画はすぐにシリウスの端末に送信され、カノープスの所見テキストと共に動画を観たシリウスは、ナナユウを核にした少数精鋭での出軍を決めた。ティエラアトランティスとシャウラから送られた報告と映像を見る限り、地球の化物は対多数の方が得意そうで、中途半端な攻撃は徒(いたずら)な死を招き、その上相手を肥大させるだけだと判断した。
出動人数を少数に絞ったシリウスは出軍を星を跨ぐ軍隊としては早急な明後日に定め、対象者及び関係者、そして王政府に一斉連絡した。地球ではちょうどマザーランドらが南極から北アメリカ大陸に渡り始めた頃で、王との謁見はその合間の出来事だった。
ルナベーヌスと地球の間に繋がれた軍用宇宙エレベーターは、一般用のものよりも巨大で大型輸送が可能であり、推進力には原子炉を用いているため航行速度が速く、そのため乗り心地は最悪だった。
ルナベーヌスから地球間を、普段312時間を掛けて往来する軍用エレベーターは緊急事態をうけて最大出力まで調節され、計算上91時間で地球に到着するよう整備された。
91時間で地球まで到達するには時速にして46万㎞、つまり1秒間に128㎞の距離を置き去りにする速度が必要で、それを鑑みるにヒライスの航行速度と言えば、それよりも更に倍以上に速いまさに化物級のスピードだった。
将官用の少し広い個室の三重舷窓から宇宙を眺めたナナユウは、ドキドキする胸を鎮めるために手を当てた。けれど制御はできなかった。疾走するエレベーターにかかる圧力のせいではなかった。
コスモフレアが世界のすべてだと思っていた。空には手が届かないと思っていた。星は輝きを見上げるものだと思っていた。
でも、コスモフレアはとてもとても小さな地方に過ぎなくて、空の先にはこんなにも広大な宇宙があって、星は実際に往来ができるものだと知った。無限のように広がる世界に、ナナユウは得体の知れない希望を感じた。
宇宙の奥の方で一際輝く星があった。太陽だとミアプラキドスが教えてくれた。ナナユウはイーシャの火のクリスタルを見つめ、それを意味する言葉を名付けたウサギに想いを重ねた。
4畳ほどの広さの将官用の個室には洗面台と水シャワーが付いていて、暇なのか入り浸るミアプラキドスがドライヤーで髪を乾かしてくれた。機械を拒絶したコスモフレアでは自然乾燥に頼ってきたナナユウの髪は、綺麗にブローされると絹糸のしなやかさで舷窓から木漏れる星の光に煌めいた。
「ねえ、ミア」
「なんすか?」
「わたし、生き残ってよかった。星ってこんなにきれいなのね」
「そうだね。ねえ、ナナユウ、星ってどうやって生まれるか知ってるっすか?」
「え?知らない」
「とある重要な必要条件がひとつあるんす。なんだと思うっすか?ヒントあげるね、えっーと、ナナユウとシリウス様みたいな」
「えーなにそれえ。わたしとシリウスさん?えー、なんだろう?やさしさ?」
「あ!惜しいかもっす!答えはね、“叶わない恋心”。年の差がうんとあったり、極端に言えば種族が違ったり。叶わない恋心が結晶となって星を生むんだよ」
「なにそれー。人が星を出産するの?」
「そうっすよ。だから、シリウス様は諦めなさい、ナナユウ。星なんか生みたくないでしょ?」
「でもわたしを守ってくれるって言ってたよ?それに、ミアだってそうじゃない、年の差って言うなら」
「ミアはギリセーフっす!24コは違わないから!ナナユウはアウトでしょ!」
「なんで二廻りが基準なの?コスモフレア(ウチ)の村じゃ珍しくなかったよ?20や30の差なんて、比べたら、あまりにちっぽけじゃない?ミア」
「言ったなー!」
舷窓の先の、果てしなく広大な宇宙を比較対象にして言うナナユウの髪を揉みくちゃにして、ミアプラキドスはむうっとしながらそれでも笑った。ドライヤーの温風と引っ張られる髪の刺激が心地よくて、ナナユウも悲鳴をあげて笑った。とても決戦に向かうとは思えない乙女2人の他愛もないじゃれ合いを、宇宙が星の瞬(まばた)きを交えて見守っていた。
一日、つまり星の自転周期である24時間を区切りに運勢を占うアトランティスの文化も、東アジアがベースなため干支で占星を行うコスモフレアの文化もひどく矮小に映る宇宙の広さに、星を生むのも楽しそうだとナナユウは思った。
「現状、化物はアメリカ合衆国の2都市を壊滅、ネバダ州ラスベガスとカリフォルニア州サンフランシスコとその周辺だ。被害総数はおよそ165万人。大規模な内戦、宗教戦争レベルだが、まだまだ増えるぞ。動機は、そうだな、享楽への見せしめとコンピューター知識の補完ってところかと思う。わざわざ星を越えてクリスタルを求めるくらいだ、最終目的は星の支配か、あるいは異生物の殲滅か。奴らの根城、南極に新しい墓標がひとつ立っている。シャウラの仕事だ。奴らの個体を1つ殺した。優れた戦果だ。しかし、それが奴らに火を点けた」
ルナベーヌスを出発してから16時間後に、シリウスは地球の現状を共有するため、食事を兼ねた会議を招集した。食事はレトルトパッキングされた戦用(レー)糧食(ション)が中心で、完璧に栄養配分された戦用(レー)糧食(ション)は味には素っ気も無かったが良好な身体のパフォーマンスを引き出してくれた。
「水爆を奪われて、使用されたそうだな。ルナベーヌスで見た通り、どうやら捕食能力に特化して消化吸収がべらぼうに早え。はっきり言って反則みたいな相手だ。生物のルールを次元で飛び越えちまってる。生半可な攻撃は逆効果だ。リフレクションされて仕舞いだな」
使い捨てできる紙製のフォークを食卓に着いた面々に向けながらレグルスが所見を示した。マザーランドと地球に関する情報は逐一討伐隊全員に配信されており、会議は共通理解の相互確認が主眼だった。
「水爆の件は予想外だが、作戦に変更はない。一点突破だ。ベガ、レグルス、ミア、俺でナナユウの四方を守衛し機を窺う。合図は俺がかける。ナナユウ、イーシャの火を、君の故郷の神火を思い切り撃ち込め。外してもいい、あらん限り撃つんだ。あなた方は後方待機で情報収集と敵状分析を頼みます。敗北が見えればすぐに撤退を」
8名の補佐官に、シリウスは丁寧な言葉使いで要求をした。
未曽(みぞ)有(う)な相手である分、死ぬ確率を見積もれないため補佐官には子育ての終えたベテラン、つまりいつ突然死を迎えても支障のない退役軍人が集められた。
8名のうち誰もがシリウスらの先輩軍人で、駆け出しの頃に世話になった人物ばかりだった。フォーマルハウトから補佐官は志願で集まったと聞いた時、シリウスもベガもレグルスも思いがけない有り難さに胸を熱くした。
「わぁかってるよ、元帥。お前らで敵わねえなら、もうお手上げだわな」
「俺たちゃもう老いぼれだけどよ、逃げ足だけは衰えてねえさ」
「難儀だなあ、シリウス。こんな時勢に当たっちまうとは。でもまあ、お前だからかもなあ」
「後詰めはねえぞ、元帥。星を守る大役だ、できることなら変わりてえよ」
「民間のお嬢ちゃん、任せちまって、済まないねえ」
ナナユウと間違えてミアプラキドスの手をよぼよぼと取って言う、8名の中でも最も高齢なベテランに、
「ミアにお任せっす!じいちゃん」
そう宣言するミアプラキドスの剥き出しの肩を、
「あんた、その人誰だと思ってんのよ」
ぴしゃりと打ってベガが窘(たしな)めた。よぼよぼとしたベテランは、シリウスの5代前の中央基地長を務めた人物だった。
「およそ75時間で地球に到着する。8時間休養したら、すぐに出るぞ。重力、大気への適応は、お前らだ、その8時間で何とかしてくれ。繰り返すが、被害はすでに165万。それも主に民間人。10時間足らずで、だ。83時間後には、世界大戦レベルまで達しているかもしれない。星を懸けた戦いだ。過去は捨てられたもので未来はまだ到達していない。俺たちは今できることを全力でやるだけだ。我を忘れろ、覚悟はいいか」
我を忘れる、とは錯乱することではなく、自我意識を無化し森羅万象と溶け合うという意味であり、戦いに及んでシリウスが好んで用いる台詞はアマノガワ銀河軍を鼓舞する謳い文句となっていた。
号令にも似たシリウスの言葉に会議室の皆が同調の雄叫びを上げ、室内が少し震えた。その中でも、よぼよぼな元中央基地長の発した雄叫びが一番大きく疾走する宇宙に谺(こだま)した。
§
サンタクララに水爆を落としたマザーランドらは、ヒライスの提案で各地の宗教家や指導者、各国の王室をターゲットに据えた。
目的は、人類の崇拝と拠り所を奪うためで、繁栄のラスベガス、知恵のシリコンバレー、それに加えて理想と権威を奪われた人間がどう嘆くのかをマザーランドは知りたかった。ゲイを殺された彼女には、人間の嘆きを最大化することにしかもう関心がなかった。
ローマ教皇、イマーム、ダライラマ、天皇、ラビ、イギリス王室、国家主席、大統領、スペイン王室といった名だたる指導者たちの所在を、フランス人学者の知識に北アメリカ大陸で大量に入手した学識をアップロードして捜索したが、数名のラビ以外誰も見当たらなかった。
「おそらく、シェルターだ母上。人間には序列がある。王族は無論、宗教家も元首も上位だ。ゆえに保護が優先される。まったく、我らから見れば同じ虫けらだと言うのに、愚かに極まりがないな。死をも乗り越えるための宗教ではないのか」
ケルビムの見解に、マザーランドは各所に建設された核シェルターに狙いを絞って破壊攻撃を行うことに決定した。序列などという命の蔑視に虫酸が走った。
各国の要人が利用する核シェルターの所在と内部構造の情報は、各国の防衛省庁等のデータベースに記録があり、シリコンバレーの技術者の知識を存分に摂り込んだリジムゲがハッキングを担当し、シェルターの位置は次々とマザーランドらに明らかとなった。
アマノガワ銀河軍の到来を知らないマザーランドは、時間の経過には気にも留めず、各所各所のシェルターを分担はせずに家族一丸となって破壊した。
アマノガワ銀河軍が搭乗する宇宙エレベーターまでとはいかないが音速を遥かに超える速度を誇る色々な命や鉱物が混ざり合った彼らの羽は純白を深くしていて、その中でも特にマザーランドの有する羽は、天使さえも憧れてしまうほどに深く限りない純白を呈していた。
ケルビムの言う通り、各国、各宗教を代表する指導者や王族は北アメリカの被害を受けてすぐに持ち前の核シェルターに避難していた。指導者たちはそこから組織に指示を送り、王族はシェルターの中でも手厚く扱われた。
文字通り、核爆弾の爆撃に耐えうる構造を持った核シェルターは、しかしマザーランドらの前では無力だった。
ウランとクリスタルを掛け合わせたエネルギーの威力は人類の想像を遥かに超越していて、想像すらできないものに対抗するには、地球人類は時間もまとまりも何も足りていなかった。
順不同に攻撃され破壊された核シェルターの中には、北ヨーロッパの王族、最大宗教派閥の指導者、東アジアの独裁者、強国の大統領などを匿ったものが含まれていたが、彼らの死亡よりも、無敵の堅牢さを誇る絶対安心なはずの核シェルターが粉微塵に破壊された事実に、人々は戦々恐々とし逃げ場を求め我よ我よと大混乱した。
人類はマザーランドに一斉に恐怖した。多くの戦争と紛争、二度の世界大戦、大地震、大噴火、大洪水を経験してきた人類は、それでもこれほどまでに地球全域で一斉に恐怖したのは初めてだった。
脅かす争いや自然災害は星の規模で言えば局所的で、どこまで行ってもある見地では対岸の火事、彼岸の出来事の領域は出ず、何よりそれらは拡大という意味で鈍重だった。
けれど今回、人類を一斉に震え上がらせた最大要因は、マザーランドらの移動速度にあった。
さっきヨーロッパ地域にいた彼らが、10分もしない内にアジア圏に出現した。アジアの都市を破壊したかと思えば、15分後にはカリブ海の島をひとつ吹き飛ばした。カリブ海の島は富裕層のマネーロンダリングで有名な天国の名が付けられた人工の島だった。
いつ彼らが自分の目の前に現れてもちっとも不思議じゃない、現実感のない圧倒的存在を人々は翻って身近に感じて死を近づけ、自殺志願者ばかりがそれを歓迎した。
阿鼻は共感し、叫喚は錯綜した。星の頂点である人類の放つ悲鳴の伝染は地球の雰囲気を一変させ、人類は神話の中の終末(ラグナ)の(ロ)日(ク)を自分達の意思で召喚した。
出現ポイントが絞れずに大軍を投入できない軍隊への憤懣(ふんまん)、連絡のつかなくなった家族に希望を抱けない絶望、捕食される側にまわって初めて分かった死の無惨と卑近、こんな事態になっても現れない神への疑い、それでも人々は超常的な救世を求め、当てのない空に祈りを捧げた。
それはホピ族も同様だった。星を着実に破壊する化物を「青いカチーナ」などと仰ぎ手を貸したことを大いに恥じ、自分たちの愚かさを嘆いた。しかし、何もかももう、取り返しはつかなかった。
「我らには、戦って死ぬ力も勇気もないであろう。弱き我らに残されたるは、天を信じ、元の祈りに身を捧げるのみだよ。目の眩んだ愚かな我らにも、ほれ、あの星は未だ輝いて見える」
ホピ族の老婆が、独りごちる様に言った。嘆きにばかり暮れるホピ族は皆、老婆の言葉に耳をすませた。占星を得意に部族を修正してきた老婆の声は大きかった。ホピ族は皆、老婆の示す星を見上げた。
ラスベガスが壊滅した夜、空には変わらず星が輝いていた。その中の、青の片鱗で輝く星を老婆は示していた。
それは犬狼星だった。ホピ族は元々、犬狼星を「青い星のカチーナ」と定め、崇めてきた。ラスベガスが滅ぼされ、サンタクララで水爆が爆発しても、犬狼星は変わらず壮大に夜空を彩っていた。
「心を、言葉を、行いを静かに、祈ろうじゃあないか。天(てん)が降(ふ)るのを。天(あめ)が降(くだ)るのを。我らはすでに、己が愚者だと知るしかないのだから」
老婆の言葉にホピ族は皆、もう一度耳をすませた。
既知の星で最大の犬狼星には誰が付けたか別名があって、耳をすませたホピ族の誰かが、
「シリウス。真なる青い星のカチーナよ」
そう別名で、祈りの言葉を星に捧げた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます