ノバラ

Ⅷ ノバラ



「天啓だ。ついに見つけたぞ。あれ(、、)こそがクリスタルだ」

夜の市庁舎の屋上に上がり、ようやく形式上でも牛耳る事が可能になったノバラの街を一望し、ルナベーヌス時間で200年、冥王星時間で言うと1300年の長きをかけて結実した成果に、独り感慨に耽るフラガラッハはそう呟いた。

確証は無かった。しかし、確信した。

ノバラの向こうの空がしじま昼に変わった感覚があった。強大なエネルギーの発散だとすぐに知覚した。瞬間的に、これが親達が望んだ失われたクリスタルの力だと彼は認識した。

(こんなに近くだったとは。灯台の下は、やはり分からないものなのだな)

エネルギーの中心地は4階建ての市庁舎の屋上から確認できるほど近かった。最初の200人から5世代目になるフラガラッハは皮肉を込めて、吐き捨てるように言葉にはせずにそう呟いた。すぐに星の仲間に連絡を取った。暗示か予感か、仲間は全員胸騒ぎを感じて眠っていなかった。


エネルギーの発現場所はすぐに判明した。こんなに近くで、こんなに容易く発見できたのになぜ200年も探し出せなかったのか、仲間たちは口々にそう漏らした。

「おそらく、それもクリスタルの力でしょう。ママが言っていました、クリスタルの力は多彩だと。身を隠す能力もあるのでしょう」

そう言ったリアンノンは胸で十字を切った。

ノバラではルナベーヌスに招かれた最初の非アトランティス人、つまりイエス・キリストが広めた教えが2000年の昔から崇められていて、ルナベーヌスで生まれた冥王星人は不自然なく星に馴染むため、生まれた時からその教えに洗われて育った。

この200年で純血の冥王星人は最初の200人から大きく数を減らした。

最初の200人の時点で男が圧倒的に少なかったこと、イエス・キリストの教えが不貞を諫めたこと、ルナベーヌスでは冥王星人同士の間にはなぜか女児が多く生まれたことが関係し、今ではフラガラッハとリアンノンを含めた13人までになっていた。だから、純血の冥王星人は貴重とされ、今や18000人にまで拡大した混血の仲間たちは彼らを王族のように扱った。

「ならば更に天命だな。俺たちの代で隠れ蓑(みの)が崩れたんだ。星が言っているよ、奪還せよとな。俺達に言っている」

市庁舎の円卓に勢ぞろいした純血の13人の顔を見回してフラガラッハが号令した。

「慎重にいこう、フラガラッハ」

エッケザックスが高揚した場を抑制し、フラガラッハをはじめ13人全員が気を落ち着かせた。

「計画がいる」

アパラージタが提案して、

「相手はクリスタルを発動したわ」

アリアンロッドが念を押した。

「偵察を立てよう。俺が行くよ」

レーヴァテインが進言して、

「貴重な男に何かあったらどうするんだ。あたしが行くよ」

男っぽい口調でマルミヤドワーズが手を挙げた。

「潜入は必要だ。それは大役だ、だから混血の同士に任せよう。いや、まずはこの都市だな。ようやく政権を取ったばかりだ。腰を据えよう。しっかりとな」

自身の昂奮を抑える物言いでフラガラッハは12人それぞれに眼を合わせて言った。リーダーの言葉に純血の12人は大きく頷いた。


コスモフレアへの潜入には、「アイテル」と「ヘメレ」という冥王星人とルナベーヌス人の混血の年若い男女が選ばれた。

「性差があった方がいいと思うの」

シャムシールがそう提案し、

「ガキの方が疑われにくい」

マックアルインが付け足した。

「孤児の兄妹っていう設定はどうかな。森に入って迷子の兄妹。でもどうせ行くあても無いの。盗人さんが親切なら保護してくれるわ」

トリシューラが演出を加え、

「なおのこと子供の方がいいね」

ルーンがそれに同調した。

潜入はうまくいった。コスモフレアの民は拍子抜けするほどに無知でお人好しだった。しかも、クリスタルはやはり所有していたが神事の演出にのみ利用し、ただ一人を除いては兵器として有用する考えは毛頭ないようにアイテルとヘメレには見えた。

ただ一人、コスモフレアの民から「長」と呼ばれる人物だけは違った。何かを守り相伝する意思と知恵を隠しているとアイテルは勘ぐり、ヘメレはたじろいだ。

驚きだったのは、クリスタルとクリスタルの力を発現する装置を加工できる職人がいる事だった。その事をすぐにアイテルはノバラの王達に報告をした。多少の危険を冒してもすぐに報告しなければいけないと思った。

報告を受けた純血の13人は、親達に教えられた星の恥が確定した事に落胆した。どこかで信じていたかった。最初の200人は全員が清廉な英雄であって欲しかった。

アシという名の恥ずべき裏切者が宝であるクリスタルを勝手に持ち出し、あろうことか敵にその知識と技術を横流していなければ有り得ないアイテルの報告だった。

同時に、コスモフレアに対する脅威が13人の間で共有された。

そのためもあって、クリスタルの奪還は長期をかけて計画された。

「最低でも10年。ママが言っていました、用心はヒトが発明したものの中で優れたものの二大巨頭だって」

リアンノンが意見を述べ、

「もう一個はなんだ?」

エクスカリバーが尋ねた。

「清潔、です」

リアンノンが答え、

「素晴らしいママだ」

エクスカリバーがそれを称えた。母親を褒められたリアンノンは嬉しくて大きく微笑んだ。

アイテルの報告によると、コスモフレアという集落の民は機械を拒否し自然を敬愛する非戦闘民族で、武力による制圧は比較的容易との事だったが、

「長という人物の底が知れない」

その一文言がフラガラッハを留めさせた。最初の200人のリーダーであったダインスレイフの血を引く彼の最優先は星の仲間たちを「生存させる」ことにあった。

結局、16年を掛けてノバラの体制を盤石なものとすることを優先する、その間アイテルとヘメレがもたらす情報を基にクリスタル奪還の戦略を整えていくことを最終的に多数決で決議した。多数決は11対2で決議され、即時奪還を唱えたのはエクスカリバーとゲイボルグの二人だけだった。

16年という期間設定は市長の任期を基にした。

4年間の任期の内に行政内の幹部を純血の13人で固めるのに、エッケザックスとアパラージタは4期は必要だと試算した。ノバラの司法警察権はアマノガワ銀河軍というルナベーヌスの軍隊が握っており、不自然な人事による彼らの不審を買うことは絶対に回避しなければならない事由だった。

コスモフレアの情報はアイテルからのみ上がってきたが、実際に潜入を成功させ捜査を可能にしていたのはヘメレの人柄だった。

親に聞かされた星や血というものの重要性がよく分からず、無頓着だった彼女は自然を敬愛するコスモフレアの民を敵だというのに心根から愛した。

「いーね、アイテル、ここのヒトたち。あーし好きだな」

風光を明媚する自然の美しさとノバラには無い穏やかさにヘメレはど嵌(は)まりし、その態度が反って長の信用を得た。

16年の間にアイテルとヘメレはコスモフレアに完全に溶け込み、その半分の期間である8年を過ぎた頃には情報は現状報告以外に一切上がらなくなり、ノバラではエクスカリバーとゲイボルグの二人が、偵察の十分を主張し総攻撃を提案したが多数決で否決された。今度は8対5の僅差だった。


予定通り4期目で純血の13人全員の入閣を完了させ、フラガラッハは5期目の市長選にも他の立候補者に大差をつけ当選した。ルナベーヌスのノバラという人口3万人に満たない小都市は、この時点で冥王星人に完全に乗っ取られ、ルナベーヌス人の誰一人そのことに気付く者はいなかった。

それから4年近くをかけて周到な奪還作戦が錬磨された。

乗っ取りが完了して、ノバラが盤石となってから更に4年という月日を要したのは、アイテルからの報告が16年を過ぎてからぱったり音沙汰無くなったことよりも、シャムシール、ルーン、トリシューラ、マルミヤドワーズが続けて順番に妊娠した事が要因となった。父親はどれも純血の13人の誰かで、適齢はとうに過ぎていたが彼女たちは無事、星の跡取りとなる健康な赤ん坊を出産した。

マルミヤドワーズの出産が終わり、赤ん坊が保育器を出てすぐにフラガラッハは会議を招集し、4人の母親を除く純血の冥王星人は満場一致でクリスタル奪還作戦の開始を決めた。20年前に比べ、フラガラッハとアリアンロッドの息子をはじめ、純血のメンバーには4人が増え4人が育児で離脱していた。

夜間奇襲はあっさりと上手くいった。300人規模の非武装の集落を陥とすためにフラガラッハは、純血の13人の中で極端に戦闘的なゲイボルグとエクスカリバーを大将にして混血の同士隊1500を編成した。

金星の無い闇夜を選んで決行された襲撃は、ゲイボルグとエクスカリバーの独断で目的であるクリスタルの奪還は後回しにその手段を強奪から皆殺しに変更された。血を別にする人間を殺す事にゲイボルグとエクスカリバーは高揚を覚え、彼らの息のかかった混血の兵士たちに躊躇いは無かった。


             §


コスモフレアは蹂躙(じゅうりん)された。ライフル銃の弾丸がコスモフレアの民の身体を貫き、銃剣の刃が彼らの身体を引き裂いた。

コスモフレアにとってアンラッキーだったのは、星見の散歩に出ていた長が真っ先に銃撃を受けたことだった。金星のでない夜はルナベーヌスには珍しく、そんな日は散り乱(ぼ)える星がとてもよく見えた。

初撃で重傷を負った長は、生命力を振り絞ってナナユウの下に駆けた。

すでに異変は村全体に伝わっていて、守るべき民たちは阿鼻叫喚に混乱していた。

「ナナユウ!」

発砲音と悲鳴ばかりが谺する中、長は最も守るべき者の名を懸命に呼んだ。

「ナナユウ!」

失態だと思った。自分の脆弱さを恨めしく思った。

「ナナユウ!!」

死が覆いかぶさって来た。負けないように、長は大声を振り絞った。

「どこだ!ナナユウ!!」

「カイ!」

そう自分の名を呼ぶナナユウが、ビルシャナの杖を抱え創痍の胸に飛び込んできた。衝撃で零れそうな血を、長は懸命に抑えた。流れ出す血が冷たく死を呼び込んでいた。

ナナユウの眼を見つめ、長はしっかりと言った。

「逃げるんだ、ナナユウ。お前は生き残るんだ」

長の曇りない眼が最期を伝えていた。自らの役目、長の覚悟、滅んでゆく村を理解して、けれど納得できなくてナナユウは眼を合わせたまま首を横に何度も振った。

「情けねえ長だ、せめて、お前だけでも守らせてくれよな」

あやす様に言う長の眼は、曇りのないままいつもの様に優しかった。

「でも、どうやって」

「こいつを使え。このクリスタルが、この星の守護者たちの所まで導いてくれる」

ルナベーヌスに入植した非アトランティスの地球人を束ねるリーダーの一人だった長の祖先は、アマノガワ銀河軍所属のアトランティス人だった。

「守護者?」

「味方さ。さあ、行くんだ」

長はそう言ってビルシャナの杖にグレージュ色のクリスタルを嵌め込んだ。

急激に訪れた永訣を受け入れ難く、ナナユウは長に抱きついた。祈り子の役割も、長の責任も忘れて、二人は感情の溢れるままに抱き締め合った。ビルシャナの杖のトリガーが二人の狭間で絞られた。

「達者でな、ナナユウ」

笑ってそう言ってくれる長に、

「愛してる」

そう伝える暇もなく、グレージュ色のクリスタルはナナユウを引き連れ音速で飛び立った。グレージュ色のクリスタルは、強力な磁力と保護する風エネルギーの塊だった。


             §


コスモフレアの民293人の内、ナナユウを除く292人(、、、、)全員(、、)は皆殺しにされた。長も含めて全員の遺体は尊厳の無いまま野原や畦道や家屋に放置された。

「すまねえ。一匹逃げられた」

血を別にする人間を、エクスカリバーは動物の数え方で呼称しフラガラッハに報告した。

「クリスタルは?」

「見つけた。報告通り、お池の中だ。懐かしいもんを思い出したよ」

「ロゼッタルルか」

フラガラッハはエクスカリバーの言いたい事をすぐに察した。

冥王星の童謡に、「ロゼッタルルの隠し歌」という悪業は自分に必ず返ってくるという教訓を教える歌があった。

「♪ロゼッタルルお池の中、ロゼッタルル靴隠し」

そんな歌詞で始まる童謡の中で、ロゼッタルルという泥棒は池の中に盗んだものを隠し続けた。濡れてはダメになるものもお構いなしに池の中に隠したロゼッタルルは、やがて溢れた池の水に溺れて死んだ。その無様がとても滑稽で、冥王星に生まれた子供で口遊んだ事のない者は無く、歌は星を変えても伝承された。

つまり、池の中に隠されていたという事実は、クリスタルを盗んだ犯人はやはり冥王星人の中にあったという裏付けの加味材料にもなった。

「どうする?集落ごと燃やすか?」

「いや、目立つ行動は避けよう。クリスタルを回収次第、撤収してくれ。2、3日様子を見て銀河軍に動きが無ければ乗っ取りだ」

「了解」

フラガラッハの指示を受けたエクスカリバーは、祈り子の池のクリスタルをすべて回収し、ノバラへと帰還した。帰路道中、戦闘で傷ついた混血の同士の血液が不意に赤色のクリスタルに打ちかかり搬送部隊の一部が焼け死んだ。星を隔てた決して(、、、)交わる(、、、)はず(、、)の(、)無かった(、、、、)遺伝子とクリスタルの結合は、少量で甚大なエネルギーを放出した。

292人全員、つまり潜入していたアイテルとヘメレも逆内通の疑い有りとして一緒に殺害され、クリスタルで飛び立ったナナユウは長が予(あらかじ)めていた着地点、アマノガワ銀河軍中央基地前のポイントに無事着地し、陽陰極の接合の衝撃でビルシャナの杖とクリスタルは粉々に砕け散りその破片を風が攫(さら)った。


「すっげえぞこいつは。たった一滴の血で10人を焼き殺した」

市庁舎の円卓に並べられたクリスタルを指してゲイボルグが興奮を抑えきれない口調で言った。

「現場は見ていないが遺体は黒炭だ。とんでもねえ火力だな」

エクスカリバーがそう付け加えた。

「合成(キメ)獣(ラ)も大量にいるしな」

混血の同士をそう呼ぶレーヴァテインを、

「人と獣は区別されるものです。母が言っていました」

リアンノンが母親の言いつけとして戒めた。20年の間に母親となったリアンノンは、自分の母親の事をもう「ママ」とは呼ばなくなっていた。

アマノガワ銀河軍は間髪入れずにコスモフレアにやって来た。素早い行動に、自分の判断の正しさをフラガラッハは心中で誇った。

「始めるぞ。待たせたな。この星を故郷に」

クリスタルを前にして、純血の13人は18000の同士と共に見たことのない冥王星を胸に抱いて、フラガラッハの号令に勝機ばかりを確信した。

アマノガワ銀河軍がコスモフレアにやって来たという事は、逃げた生き残りが彼らに縋(すが)り出来事をすべて伝えたという事実の証左だと、純血の13人は皆そう理解した。

まず、18000人の混血の同士達を市庁舎前の広場に集めた。

広場には収まり切れなくて、道路や歩道や店舗前やビルディングの、市庁舎屋上が見える場所の至る所に18000人の同士が詰め寄った。思いがけないイベントと封鎖に事情を知らないはずの純粋なルナベーヌス人8000人は不自然なほど大袈裟にたじろぐばかりだった。

「諸君!遂に機が満ちた!星をこの手に!」

マイクを通したフラガラッハの導入宣言に、18000人が一斉に喚起され雄たけびを挙げた。残りの8000人も、信用している市長の力強さと大多数の昂奮にあてられて、訳も分からず歓声を挙げた。

「武器はここにある!手に取れ!戦え!」

王である純血の12人を脇に並べたフラガラッハには夕暮れの後光が差し、18000人の混血達には王達の居並ぶ市庁舎の屋上がイエス・キリストが望んだ楽園の在り処に映った。

演説の後、医師でもあるエッケザックスの指揮の下、混血の同士達の採血が行われた。

「順番が逆じゃないか?」

決起を表明してからの採血、つまり兵器としてのクリスタルの力を発動させる燃料の調達にレーヴァテインが疑問を呈した。アマノガワ銀河軍の間諜(スパイ)がいたとして、燃料調達前に攻め込まれたらひとたまりもないと思っての発言だった。

「この数の血を抜くなど、大義が無ければ不可能だ。恐れるなよ、レーヴァテイン。運機と力は我らだ」

フラガラッハがそう言って豪快に笑った。

血は20cc容積の薬莢(やっきょう)型のカプセルに保管され、一人につき3カプセル分を採血しそれをリアンノン率いる救護班が管理した。

クリスタルを搭載する装置、つまり武器は随分前から用意が済んでおり、要はクリスタルを嵌め込んで血を垂らし発動したエネルギーを狙った方向に射出できればなんでも良かったのだが、有り余る準備期間の長さと戦争に必要な物語性の要請が、その形を剣、槍、杖、斧、槌、弓といった定番的な武具形態に整えさせ、柄やグリップには動機付けを煽るのに十分な意匠(デザイン)が飾られた。

かと言って、18000人の混血の同士に行き渡せるほどのクリスタルは無く、フラガラッハは100人隊に兵士を編成し、そのリーダー達に威厳も併せて付加するため、重々しい授与式まで執り行ってクリスタルを授けた。クリスタルを授けられたリーダー達の眼には、意志と誇りが燦燦(さんさん)と燃え広がっていた。


「ノバラは完全に包囲した。君達には反逆罪の適用が議論されている。犯罪者となる前の投降を勧める」

アマノガワ銀河軍第15梯団長からのアナウンスに、

「犯罪?もはやそのレベルの物議ではないよ、アンタレス君。勘違いしないでくれ。これは星の奪い合いだ」

市庁舎を本丸に防衛線を6重に陣列したノバラには十分な食料の備蓄と衛生用品の用意が周到に整えられていて、来るであろうと予測していた東方基地軍の出兵にフラガラッハは余裕を持ってそう返答した。市長として、アマノガワ銀河軍の将官連中とはすでに面識を持っていた。

わずか20000人規模の、それも民間人を中心にした兵力で星を奪うなどの戯言をのたまうノバラ市長の、しかし神妙ともとれる落ち着きに不気味と本気を覚えたアンタレスは、東方基地長アルデバランに中央基地への応援要請を打診した。

アルデバランが中央基地長シリウスに直通の連絡を入れたのは、ちょうどギルガメシュ長官がシリウスに地球で起こった問題を相談している最中だった。時機を同じくした2つの大問題の勃発に、シリウスは微かな因縁を感じた。

アルデバランはシリウスが派遣したレグルス隊とプロキオン隊の到着を待って、自身もノバラへと出陣する気合でいた。それまでの間をアンタレス隊がノバラを抑制する事に微塵も疑いはなかった。だが、それが悪手だった。

中央基地に各基地長が集結し、議論の後、方向性が定められ解散して7時間後にアンタレス隊が壊滅した。

「アンタレス梯団長、討死、第15梯団壊滅必至」

前線からそう緊急連絡を受けたアルデバランは、到着したレグルスとプロキオンの歓迎もそのままにノバラへと出撃した。

1500人規模あった第15梯団が戦列を敷いていた陣には、焼け焦げたもの、引き裂かれたもの、内臓を破壊されたであろうものらの遺体がごろごろと転がっていて、生き残った100人にも満たない兵士たちは錯乱したまま遺体の処理に奔走していた。敵への恐怖と仲間への愛着が血塗れの彼らを動かしていた。

アンタレスの死体には霜がびっしりと生えていて、肌はほとんどの面積が紫色に変色していた。

「凍らされたんだ」

アルデバラン隊の兵士の一人がそう呟いて、

「でもどうやって」

「そんな兵器聞いた事ねえぞ」

「俺たちは何と戦うんだ」

無惨な仲間の死体の山を前に、兵士たちは口々に戦(おのの)き合った。

アルデバランはすぐにこちらに向かっているはずのシリウスに連絡を取り事態の火急を伝え、アンタレスを始めとする遺体を丁重に埋葬すること、ノバラにはまだ手を出さないことを第14梯団員の幹部に指示し、遥か先に見える市庁舎を睨みつけ東方基地に戻りシリウスとベガの到着を待った。


「ひどいもんだ。仲間のあんな死に方を見るとはな」

東方基地内会議室に集まった梯団長に向けて、アルデバランは涙を堪えようともせず言った。

会議室には、シリウス、ベガ、レグルス、プロキオン、スピカの5梯団長が集結していて、ミアプラキドスとベクルックスはトラブルで遅れるとシリウスから説明があった。

「アンタレスのことは残念だ。警戒レベルを引き上げよう。民間人のクーデターレベルから、他国軍の侵略レベルへだ。ベガ、デネブに戦闘ドローンの送付を要請してくれ、30機だ。アルデバラン、アルタイルに防衛シールドの追加を請え、泣いてる場合じゃない。レグルス、相手の目的を正しく把握したい、頼めるか?」

シリウスの命令に各梯団長は頷いてすぐに行動を開始した。胸ポケットから取り出したハンカチでアルデバランは大袈裟に涙を拭った。

「シリウスさん、俺は?」

名指しで指示の無かったプロキオンが自身の顔を指差して尋ねた。

「魔法の力、見てみたいと思わないか?」

シリウスは不敵に言い、意図を理解したプロキオンは「アイッサー!」と掛け声をして戦闘準備に取り掛かった。


6重に敷いたノバラの戦線の最前線に二人の軍人が突如として姿を現した。

最前線の兵士はあまりの突然と少人数にまさか敵方とは思わず、ノバラのルナベーヌス人だと思い違いをした。

「君達、ここは危ない。公的施設が避難所になっている、そこに行きなさい。小学校がお勧めだ、トイレは綺麗だしキッチンだってある」

兵士の勧めに、

「これが宇宙人か?まったく変わりないじゃないか」

「ほんとすね」

背の高い二人はそう言い合い、内一人が兵士に不用意に近付き、搦手(からめて)で相手を拘束した。

「諸君、俺たちはアマノガワ銀河軍だ。人質を取った。今から交換条件を提示する。否応か2分以内に答えをくれ。2分以内に返答が無ければ人質は殺害する。条件はこうだ。君達の目的と、蜂起するに至った根拠を教えてくれないか」

プロキオンが拘束する兵士の喉元に短刀を突きつけ、シリウスはよく通る声で陣営の奥に向かって宣言をした。思いがけない奇襲に混血の兵士達はどよめき合い、どう対応すれば良いのか分からなかった。

「おいおい、聞こえたぞ。舐めてやがるな、銀河軍」

陣営の奥からシリウスとプロキオンよりも大柄な男が斧を抱えて現れ、シリウスとプロキオンを睨みつけて言った。大柄な男は、頭から全身をミリタリーグリーンの防護服で覆っていた。

周囲から、「ベヒモスさん」「ベヒモス隊長」という声が大柄な男に掛かり、シリウスとプロキオンはこの男がこの戦線のリーダーだと鑑定した。斧にはオレンジ色のクリスタルがひとつセットされていた。

「1分経ったぞ。返答をくれ」

プロキオンが拘束した兵士の喉元に当てた短刀で薄く皮膚を突き刺し、シリウスはベヒモスに返答を求めた。搦められた手が鉄鎖にでも縊(くび)られたかに動かなく、短刀を突きつけられた兵士は身動きの一つもできなかった。

「俺達とお前らとは元来、言語が違うんだ。行動で見せてやるよ。さあ危険だぜ、目に焼き付けろ!そして、くたばれ!」

ベヒモスがそう声を挙げクリスタルに血を振りかけると、斧が光で見えなくなるほど輝きを始めた。

「ほお」

「やばくないすか?あれ」

感嘆するシリウスにプロキオンはそう問いかけた。見るからに破壊的なエネルギーが斧の周囲に満ちていた。

ベヒモスがクリスタルの発動を始めると、兵士達は一斉に距離を空けた。ベヒモスは斧を振りかぶり、エネルギーに指向性を加えた。人質もろとも攻撃する気が明らかで、輝くエネルギーは高熱を持ってシリウスとプロキオン目がけて飛翔してきた。

「あっぶねー!」

「猪突猛進だな、やるなあ、あいつ。あの衣装はなんだ?」

人質を放り投げ、熱線を躱(かわ)したプロキオンは地面に付いた手の土埃を払い、シリウスは人質に配慮しない攻撃を評価して思った疑問を口にした。

「言ってる場合じゃないって!シリウスさん!」

血液で化学変化したクリスタルの威力にプロキオンはそう警戒の言葉をかけたが、破壊的な威力を目の当たりにしても余裕と不敵を崩さないシリウスに軍人としての羨望を覚えた。

「人質も無意味だな。撤収しようプロキオン。魔法の威力はだいたい分かった。素手ごろじゃ勝てそうにないな」

「あれ(、、)もないのに、当たり前じゃん!」

シリウスもプロキオンも装備は何もして来なかった。

偵察が主目的で、装備をしていれば不意の拘束が気取られる懸念があったし、何より戦闘行為の無い偵察での失態は絶対に起こさない自信がシリウスにもプロキオンにもあった。

それに加えてシリウスは、可能ならば非武装で一戦線を制圧しようと考えていた。しかしそれはさすがに叶わなかった。

ベヒモスの繰り出すクリスタルの追撃を回避しながら素早く撤収したプロキオンは、追撃をぎりぎりまで見極めて躱すシリウスの、魔法を見る楽しそうな顔に、

(敵わないな)

と心で呟いた。

「ちくしょう!逃がしたか!」

二人を見失ったベヒモスは斧を握り締めそう悔しがり、同士であるはずの人質兵への無配慮に対して沸いた兵士達の疑念にはまったく気付かなかった。むしろ、クリスタルに選ばれた自分の為に命を投げ出すことは当然とまで考えていた。

不意の奇襲に、混血の一般兵達はほとんど飾り物の剣や槍を握り締めるばかりで、加えて沸いた疑念はクリスタル以外の脅威の無さをシリウスに見透かされるに十分だった。


「数は問題にならない。やはり大量の銃器までは調達できなかったみたいだな。お飾りの武器を振り回していたよ。問題はクリスタルだ。あれは脅威だな、なあ、プロキオン」

「ヤバいっす。死にかけました」

東方基地に戻りシリウスは第一声、アルデバランにそう報告をした。

「銃器の流通は我らが管理しているから当然だな。もし奴らが大量に有していれば俺の首が飛ぶところだ。それよりもシリウス、お前が出てどうする」

「宇宙人を見たかったんだ」

アルタイル、デネブと同年代の年上の基地長の小言にもシリウスは平然と答えた。

「何か、液体を振りかけていたな。血かなあれは、どう思う?プロキオン」

「血・・・そう言われればそうっすね。スピッツみたいなのに入ってましたしね」

「血だとすると、奴らの血だろう。ふむ、特性(、、)が(、)混じり合った(、、、、、、)ブナと樫の樹、なんて聞いた事あるか?ベガ」

唐突にシリウスは話題を転じた。

「言ってた魔法のステッキのこと?密接な混生は多分にあるでしょ。けど、特性の融合なんてあまり聞いた事ないわ」

「だよな。ああ、そうか、遺伝子だ。勢力からいって、やつらは冥王星人とこの星の人類の混血だろう、混じり合いだ。ブナと樫の混じり合い、ルナベーヌスと冥王星の混じり合い、その血、樹液か、ならば体液だな、それと触れる事でクリスタルの核が励起される。ふむ、こんなとこだろうな、どう思う?ミア」

わずかな偵察で、ほとんど完璧にクリスタルの発動条件を推理し当てたシリウスは、居並ぶ梯団長の中では最も知識の豊富なミアプラキドスに尋ねた。シリウスとプロキオンが前線に出ていた間に、継ぎ接ぎのカトブレパス号は4時間遅れで東方基地に到着していた。

「血という前提が確かなら、ミアも賛成っす!プロさんどうなんすか?ちゃんと見てないんすか?」

「プロさん」と愛称付けされたプロキオンは、

「だって、おれ人質捕獲係だったもんよ」

と曖昧な回答で言い訳をした。

「血だよ、ミア。間違いない。だとして、今の仮説の成否をフォーマルハウトに確認してくれないか?」

自らで断言し直して言うシリウスに、

「了解しました!」

と白い腕を緑色の綿織物から伸ばしてミアプラキドスが元気良く返事をし、

「痛いってのよ、ばかミア!」

伸ばした手に顎をはつられたべクルックスがそれに一刺しを入れた。アンタレスの死で澱(よど)んでいた東方基地が、ミアプラキドスとベクルックスの若い二人の到着で少し明るくなった。

「どれくらい振りかけてたの?」

「10ccぐらいだな」

「それで死ぬ目に会ったの?」

「そうなるな」

「じゃあ、ほとんどクリスタルのエネルギー源は枯渇しないって考えていい?」

「それがいいな」

「奪っちゃうのが一番?」

「ベストだな」

「やっぱり!じゃあ、もう第5(ウ)梯団(チ)は出るわよ」

シリウスとプロキオンが素手で敵前線に偵察に出るくらいマーシャルアーツに絶対の自信があるのは、星の血祭りという軍人同士の過激な演習を乗り越えてきたからだった。その覇者であるベガのやる気は、宇宙人を配下に収めたいという欲求からくるものであり、シリウスの言うベストであるクリスタルとその触媒である冥王星人とルナベーヌス人との混血人の奪取は、その欲求に正当性を与えた。

「まあ、待てよベガ。今、レグルスが市庁舎に行ってる。報告を待とう」

「しかし、シリウスよ。こっちはもうアンタレスを含め1500から殺されているんだ。話し合いもクソもなかろう」

逸(はや)り気立つベガを抑えるシリウスに、アルデバランが反論し同じ東方基地所属のスピカが同意して頷いた。

「復讐は連鎖するだけだよ、アルデバラン。俺たちは軍人なんだ、だから尚更に復讐者であってはならない。わかるだろ、スピカ」

軍人学校時代からの盟友の死を最も悼んでいるはずのシリウスの、一息間を置いた自私を律した言葉に、アルデバランもスピカも沈黙した。シリウスとアンタレスは、同じ年齢の同期で共に梯団長に上り詰めた僚友でもあった。

「エネルギー源が無尽蔵だとしても、おそらくクリスタルはそう多くない。100人規模の戦線に持っているヤツは一人だけだった。敵方が18000として、1%、200にも満たないだろう。残りの17800は多分、盾だ。クリスタルを守る肉の壁だな」

「つまり、総力戦じゃなくて局地戦?」

「そうだ。宇宙人と言っても銃器も持たない民間人だ。俺達の敵じゃない。ただ、数で立ち塞がられると厄介だ。だから基本陣形は偃(えん)月(げつ)でいこう。大将格が先陣に立って敵のクリスタル持ちを誘き出すんだ。クリスタルは広範囲への攻撃が得意だが貫通力はそうでもなさそうだ。包囲陣形は格好の的だな。要するに、原則は大将格同士のタイマンだ」

大将が先頭となって両翼を下げた陣形「偃月」を用いるというシリウスの作戦に、ベガ、アルデバラン、ベクルックスが余裕を持って頷いて、プロキオンがたったあれだけの邂逅で細部まで分析したシリウスの能力に改めて感心し、生物学者でもあり生態系の調査と保全を得意とするスピカ率いる第16梯団が眼を輝かせた。

「一般兵の捕縛も可能でしょうか?」

「能(あた)うなら可だ。むしろ積極的にいけ」

シリウスの返答に上がった第16梯団の歓声が、

「だが解剖は不可だぞ」

次の言葉で落胆に変わった。

「敵大将格が180と仮定して、梯団長、副梯団長合わせてこちらは16人。一人で10人以上相手か。きつくないか?シリウス」

「副長は兵団の指揮だ。戦闘は梯団長を主体とする。応援を呼ぼう。ベガ、あと何人必要だ?」

「11人。わたしが半分やるから、一人頭5人ね」

大将格90人を一人で相手取るという星の血祭りの覇者の言葉を、東方基地の誰一人大言だと思う者はいなかった。それぐらい、シリウスを別にしてベガの戦闘力は飛び抜けていた。

「半分はやりすぎだろ。11人か、ミモザ、俺の名で各基地に派遣要請を頼む。アークツルス、リギル、リゲル、カペラ、アケルナー、ベテルギウス、アダラ、ツィー、エルナト、アルスハイル、ドゥーベだ。揃い次第、鎮圧行動を開始する。それまで各自軍備と戦闘準備を整えてくれ。レグルスが戻り次第、また召集をかける。意見は?」

「フォーマルハウトさんは、“面白い仮説だ、検証してみよう、総大将に伝えてくれミア、ほぼ正だろう”、とのことっす!」

会議室に戻ったミアプラキドスが、フォーマルハウトの口真似をしてそう報告した。それを聞いたベガとプロキオンが、ツボにはまったらしく必死に笑いを堪えた。仲間が大勢死んだばかりの前線で、卑屈になる必要も暇も軍人には与えられなかったが、さすがに大笑いはできなかった。

けれど明るいミアプラキドスの存在は、やや張りつめた軍に程よい緩和を齎(もたら)してくれた。

「よし、解散だ。手の空いた者は送別を手伝ってくれ」

アンタレス隊の葬送を示唆するシリウスの言葉に、梯団長以下議事録係を含め東方基地会議室にいた全員が立ち上がった。

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