アマノガワ銀河軍VSノバラ冥王星軍

Ⅸ アマノガワ銀河軍VSノバラ冥王星軍



ノバラ市庁舎前の駐車場は野営地になっていた。

元々生活していた都市を拠点に決起したのだから、寝食は各兵士とも自宅で賄っていたが、夜襲に備えて夜営をする必要があったからマックアルインの指揮の下設営された。

冥王星の兵士達は揃いの制服を着用していた。全体主義はフラガラッハの好むところで、制服はその分かりやすい象徴だった。

レグルスは市庁舎を中心に円周上に戦線を敷くノバラの奥深く、つまり市庁舎近辺まで侵入していた。祈り子の湖を見つけた時もそうだが、隠密探索は彼の得意とするところだった。

すっかり日が沈んで、戦線と化した街は常より賑やかだったが、点在する暗闇が姿を目隠ししてくれた。

野営地の窺(うかが)える物陰に潜んで兵士の孤立をレグルスはじっと待った。見物してみると、冥王星の軍隊は士気と統制の面ではアマノガワ銀河軍と比べても遜色ない組織を形成できていた。

夜の野営地には篝(かがり)火(び)が絶えず点されていた。機会はすぐに訪れた。

一人の兵士がレグルスの潜む物陰の方に歩いて来た。他の兵士は気にも留めていないようだった。小便か、気晴らしに近い目的のない行動だろうとレグルスは判断した。自分の潜伏が露見しているならば単独での接近はないはずだと考え、この兵士に狙いをつけた。兵士は手に大きな鉾(ほこ)を持っていた。

兵士の姿が野営地から見えなくなるすぐの所でレグルスは兵士を急襲した。

瞬きの間に身動きを奪い、喉を鳴らす前に動作も発声もできないように縛り上げ、地団駄を踏むのも許さず身ぐるみを剥いで粗末な密室に遺棄した。

兵士から奪った制服に着替えたレグルスは、大鉾を掴んで野営地の人群れの大きな場所に堂々と入って行った。

大鉾は手に良く馴染んだが、

(こんなもんで俺らに勝てると思ってんなら、クリスタルってのはよっぽどだな)

古式の武器を手入れする素振りで周囲の会話を盗み聞きながら、レグルスは冥王星軍の自信を訝(いぶか)った。

「フラガラッハ様から演説があるんだと」

「何時から?」

「20時だってよ」

「好きだな、市長」

「ベヒモス隊が銀河軍と一悶着した件だろ」

「なんでも相手は敵さんの大将だったらしい」

「嘘だろ。大将がいきなり出てくるかよ」

「しかもたった二人だってよ」

「それこそ嘘だよ」

「だよな」

「今、何時?」

「19時54分」

「あ、出て来た」

兵士達の会話を盗み聞きながら、レグルスは笑いを堪える事に必死になった。

(あいつならやりかねねえ)

冥王星人が噂している「敵さんの大将」はシリウスを指した言葉に間違いは無かった。彼の性格と能力を良く知るレグルスは、総大将単騎での奇襲も有り得ない事態ではないと思った。


「諸君!夜営、ご苦労である!」

市庁舎の屋上から拡声器を通したフラガラッハの声が響いた。市庁舎の屋上はまるで祭壇の様に舞台が設(しつら)えられ電光照明がそれを絢爛に照らしていた。

「聞き及びか。本日、最前線が奇襲攻撃に遭った。襲撃手はわずか、2名。内、1名は敵軍の総大将、シリウス・ゲインズブールだ・・・巫山戯(ふざけ)ていると思わんかね」

整列して市庁舎屋上を見上げる軍列に加わったレグルスは、

(あれが御大将か。良い面構えだ)

照明のおかげで良く確認できる、初めて目の当たりにするノバラ市長の覚悟と自信が顕相した顔つきを見てそう評した。

「総大将がわずか1名の伴連れで奇襲!舐められたものだよ。だが、現実は不憫(ふびん)だ。かすり傷一つ与えられずまんまと逃げられた。クリスタルの力を使ったのに、だ。私は情けない!」

フラガラッハは緩急と強弱を織り交ぜた演説をした。地球にちょくちょく現れたという独裁者の演説方法だとレグルスは感じた。

「だが、諸君!自尊も、ちっぽけなプライドも、かなぐり捨てようじゃないか。我らの目的はそこには無い。星を想おう。母なる冥王星を。我らの、真正なる故郷を」

間隙を置いたフラガラッハの言葉に、整列した兵士達から一斉に歓声が起こった。

フラガラッハの言葉と物言いは、上手く聴衆の心とリンクしていた。

「第15梯団を相手取った初戦は、我らが圧倒的に勝利した。次戦は敵にあしらわれたな。だが、我らの優位は変わらない。誇りを持て!同士よ!我らにはクリスタルがある!星と父母より受け継いだ力がある!アーメン!」

「アーメン!!」

フラガラッハの掛け声に、全兵士が同じ言葉を復唱した。

「然(しか)りのままに」。地球のヘブライ語でそういう意味の言葉だとレグルスは理解し、ノバラでは最初の非アトランティス人、イエス・キリストの広めた教義が盛んなことを思い出した。

フラガラッハはそのまま祭壇を下り、姿を消した。

整列した兵士達はフラガラッハが降壇しても市庁舎の屋上を見続けていて、先ほど、「好きだな、市長」、とやや揶揄気味な文句を吐いていた兵士も顔を紅潮させ見るからに興奮していた。フラガラッハの良く通り腑臓に響く声が演説を最大限に演出していた。

(なかなかのタマだな)

見事に兵隊を鼓舞した敵大将にレグルスは警戒を強めた。


市庁舎への出入りは制限されていた。1階の窓と裏口は封鎖され、入り口は正面玄関のみに限定され二人組の守衛が一日中門番をしていた。

野営地には市庁舎の防衛のため、常に100人編成の一部隊が交代で陣取っていた。

その100人は先程のフラガラッハの演説に闘志を滾(たぎ)らせていた。各々が大袈裟な強い言葉を吐き、大ぶりなボディランゲージを示し、肩を抱き合い互いを鼓舞し合っていた。それは門番も例外ではなかった。

レグルスは市庁舎入り口近くの一塊りの兵士の輪に加わり、隙を窺った。

兵士の一人が門番に声を掛け、手を鳴らし合い胸を突き合っていて、窮屈な門番係を慮(おもんぱか)ってか、多くの兵士がそれに続いた。

その鼓舞合戦と篝(かがり)火(び)の死角をついて、レグルスは正面玄関を突破した。入ってしまえばこっちのものだと考えていたから、レグルスは大胆に正面玄関から市庁舎へと侵入したが、興奮熱気の目眩ましの中、それに気づく者はいなかった。

市庁舎のロビーは吹き抜けで、各フロアは不要なデスクセットや記録簿を保管するロッカーなどが取り除かれ、代わりに衛生ベッドがずらりと並んでいるのが眼に入った。所々に衛生兵らしき兵士の姿が点在していた。

市庁舎内部の構造は軍のデータに貯蔵があったので、レグルスは市長室のある4階へと最短距離を進んだ。出会い頭に敵兵と遭遇する可能性も考え、いつでも戦闘行為に移れるようレグルスは身体を緊張させていたが、不自然なほどに誰とも出くわさなかった。

2階までは兵士の気配がむんむんと感じ取れたが、3階以降ぴたりと静まり返った。

(歓迎されてるな)

不気味な静けさと敵兵の不自然な配置にレグルスは理解を示して、隠密行動を止めて3階以降大胆に進路を進んだ。

市長室は開放されていた。廊下は薄暗く、おかげで部屋から篭れ出る明かりが歓待を謳っているように見えた。

「やあ、待っていたよ。レグルス君だね。初めまして。市長のフラガラッハだ」

開放された市長室の入り口にレグルスが姿を現すと同時に、部屋の中から声が聞こえた。先ほど聞いたばかりの、良く通る声だった。

「初めまして、だ。友達が多いな、市長殿」

市長室にずらりと居並んだ純血の13人を揶揄してレグルスは言った。

「星の大切な家族だ。揶揄うのはよしてくれよな」

重厚な革張りの両肘掛の付いた市長席に足組みをしたフラガラッハが座ったままの姿勢でそう言った。かたや軍隊の長、かたや一地方都市の長と、ルナベーヌスの社会で言えば同じ役人同士ではあるゆえに、着席のままの無礼なフラガラッハの振る舞いが敵意を存分に発揮していた。

「よく見りゃ、この街の行政のお偉いさんばかりじゃねえか。上手い事やったな、市長。一体いつからだい?」

「なに、ほんの200年前さ。君たちの歴史に比べたら赤子同然だよ」

フラガラッハがそう言って肘掛に肘を付いた際、背もたれの起き上がりで椅子のスプリングが金切り声で鳴いた。市長室に敷き詰められた金糸の刺繍を施された赤いカーペットが、居並ぶ13人の闘気を吸い込んだかに赤く燃えていた。

「長い事気付かなかったもんだな。反省するよ。それで、目的はなんだい?わざわざ招いてくれたのは宣戦布告のためだろ?教えてくれよ、ちゃんと持ち帰るからさ。知ってるかい?銀河軍(ウチ)の外套(コート)のポケットは、けっこう深くて大きいんだ」

そう言ってレグルスは突っ込んでいた両手を外套のポケットから取り出し、その裏地を引っ張り出して見せた。どんな大きな問題だろうと収めてみせる、そういうアピールだった。

「招いた訳じゃないさ。勝手に来たのは君だろ?第21梯団は有名な隠密隊だ、内偵をするなら君が来る事は分かっていた。だからいつ来てもいいように、毎夜準備していただけさ」

「隠密が有名じゃ、世話ねえわな。今夜は反省する事だらけだ、勉強になるよ。後学ついでだ、教えてくれるかい?あんたらは何者だ?」

「予想通り、宇宙人、冥王星人だ。君たちは本当に優秀だな。クリスタルを逃がしたのは我らの油断だが、たったあれだけで星まで特定されるとは思ってもみなかったよ」

「待ってくれ、市長。あんたらはまだ出自は宣言してなかったよな?」

フラガラッハの言葉にレグルスは嫌な予感を感じて遮った。

「密偵が君の部隊だけのものだと?」

「・・だよな。話の腰を折ってすまない。続けてくれ」

星の老人に教え込まれた、相手の文化や風俗を模倣する俳優業は脈々と受け継がれ、ノバラを征服するずっと以前から冥王星人たちはアマノガワ銀河軍にスパイを送り込んでいた。レグルスが動揺するほどに、その可能性を微塵も疑わせなかったほどの見事な密偵だった。

「もう引き上げさせたよ。情報は十分だし、後は殺し合うだけだからな。俺たちの星がね、死にかけなんだ。この星は見事だ。争いがない。地球でも争いばかりだろ?俺たちの星もそうなんだ。しかも、こんな強力な兵器を使ってのね」

そう言ってフラガラッハは、13人の一人に手で合図を送った。

合図を受けたエッケザックスが青色のクリスタルのセットされた杖状の道具を振るうと、その空間が歪んで氷晶が出現し氷の塊が赤いカーペットに落ちた。

「これがクリスタルだ。ご存じだろ?これは圧縮に作用するクリスタルでね、ご覧の通り作用範囲の分子を圧縮する。今は大気中の水分子が圧縮されて氷結したんだな。これに別のクリスタルを組み合わせると氷の衝撃波になる。別のクリスタルが何かは企業秘密だ。じゃあレグルス君、これを人間に向けたらどうなると思う?」

「霜だらけになって死ぬな。銀河軍(ウチ)に一人いたよ、立派な軍人だった」

アンタレスの死に様を暗喩するフラガラッハの言葉に、努めて冷静にレグルスは答えた。

「おや?一人だけじゃないはずだが?君らはあれかい?同じ職位の人間以外は眼中に入らないのかな?」

「言葉の綾だ、市長。揚げ足なんて取るなよ、みっともないぜ」

氷結するクリスタルの攻撃を受けて死んだ者は、アンタレスの他に364人あった。

フラガラッハの挑発的な言葉を受けて明らかに変化したレグルスの雰囲気に、フラガラッハ以外の12人が体躯に力を込めいつでも戦闘に入れる態勢をとった。

「そうか、すまない、そう怒るなよ第21梯団長。軍人だろ?短気はいかんよ。話を戻そう」

フラガラッハはそう上辺だが謝罪をして、片手を挙げて12人に自制を促した。その手合図に純血の12人は込めた力を少し緩めた。

「もう一度言うよ。われらが星、冥王星がもうすぐ死ぬんだ。だけど俺たちは、生きたい。当然の欲望だろ?じゃあ、どうする?星を変えるしかないじゃないか。どこの星に?ここに、こんなに良い星があるじゃないか。けれど、先住民がいた。幸いな事に、俺たちには先住民の知らない強力な武器があるぞ。じゃあ、どうする?植民戦争しかないじゃないか」

「200年待ったのは?」

「コスモフレアだ。恥ずかしいことにね、俺たちも一枚岩じゃなかったんだ。大切な武器を失くしてしまった。見つけ出せた時は嬉しかったよ。それが、まあ最近なもんで、こんなに時間が掛かってしまった」

「共生は考えないのか?」

「冗談を言うなよ、レグルス君。君らだって非アトランティス人を差別しているじゃないか。星を同じにしてもそうなんだ。星が違ってみろよ、差別じゃすまない、自明だろ?」

星の人口増加は資源の枯渇を促進する。本当に運よく見つけてここまで成育させた星をよその奴らに分け与えることを王政府は選ばないだろうという見解と同時に、ルナベーヌスと地球の関係性まで知っている相手の諜報力にレグルスは軽い戦慄を覚えた。

「なるほど。大体理解したよ、市長。どこの星も悩みは同じだな」

「分かってもらえて何よりだ。星のお仲間に伝えてくれたまえ、我々は負けないぞ、と」

そう言うとフラガラッハは立ち上がり、

「お客様のお帰りだ」

そう手を叩いて号令をかけた。市長室の入り口から二人の女性兵が姿を現し、レグルスの両脇に立ってエスコートの素振りを見せた。

「偉く紳士的じゃないか。お言葉に甘えるよ、市長」

レグルスはそう言って、女性兵の誘導に従って市長室を後にした。

市庁舎正面玄関にも、100人隊の兵士がずらりと勢ぞろいしてレグルスを待ち構えていた。

(バレバレだったってかい)

正面玄関口から市長室を見上げたレグルスは、窓ガラス越しに見下ろすフラガラッハと眼が合った。

(かかってこい)

(上等だよ)

レグルスとフラガラッハは、黙示の眼でそう火花を散らして言い合った。


「聞いての通り、奴らの最終目的はこの星だ。渡すわけにはいかないよな。俺たちの故郷だからだ。故郷を失くした者をずいぶんと見て来た。奪わせないために俺たちがいる。さあ、気合いを入れよう」

レグルスの報告の後に、東方基地演習室に勢ぞろいした18人の梯団長と18人の副梯団長、それから彼らの円卓を取り囲む銀河軍梯団員に向けてシリウスは音頭を取った。星の血祭りでも士気高揚のために謳われる口上だった。

「過去は捨てられ!未来はまだだ!いまを生きる、覚悟はいいか!我を忘れろ!」

シリウスの口上に合わせて18人の梯団長が同時に発声し、18人の副梯団長が少し遅れて輪唱し、残りの梯団員が思い思いに合いの手を打った。

息の揃った口上に、演習室内は異様な熱気に包まれた。19梯団が揃って口上を唱えるのはアマノガワ銀河軍創立以来初めての事だった。

「正面となる南からベガ、ミモザ、ミア、レグルス、プロキオン、東からリゲル、リギル、ツィー、エルナト、西からカペラ、ベテルギウス、アダラ、ドゥーベ、裏手となる北から、アルデバラン、スピカ、アケルナー、アークツルスで一斉攻撃だ。中錐はベガ。基地の防衛はアルスハイル。防衛シールドが1万7000枚、大判振る舞いだな、爆撃ドローンが要求の倍だ、60機届いている。目標はノバラの陥落、クリスタルの奪取もしくは破壊、敵総大将、ノバラ市長以下幹部13名の捕縛。総合力はこちらが圧倒している。が、クリスタルはいまだ未知の兵器だ、十分気を付けてくれ。殺すなとは言わない、業は皆で背負おう。死ぬな」

シリウスの言葉を18人の梯団長はもちろん、演習室にいた全軍団員が腑に落とした。敵大将にも劣らない、相変わらず良く通り身に沁み込む声だとレグルスは思った。

「お前は?シリウス」

「臨機に応じて変化する。邪魔はしないさ」

アルデバランの問い掛けにそう不敵に笑うシリウスに、ベガが頬を赤らめミアプラキドスが悲鳴をあげた。


「殺した方が良かったんじゃねえか?死体にメッセージでのし付けてよ」

レグルスを見送った後のエクスカリバーの発言にゲイボルグが腕組みで頷いた。

「いつでも殺せるさ。思いを語る方が重要だ」

「野蛮は止しましょう。それは進歩の否定だって、母が言っていました」

アパラージタの意見に、リアンノンが同調した。

「思ったより手強そうだぞ」

「そうですか?簡単そうだけど」

レーヴァテインの感想に、フラガラッハとアリアンロッドの息子が反駁(はんばく)し、

「まあ、頼もしいわね、ザイテングラート」

母親が息子の強気を嬉しがった。

「さあ、戦争だ。武器を取れ、隠匿よさらばだ。銀河軍は19の梯団が揃い踏みだそうだ。数にしておおよそ25000。どう見る?エッケザックス」

「少ないな。アマノガワ銀河軍は1梯団当りおよそ5000人が所属している。19梯団が集結したなら最大で95000、半分でも40000。明らかに局地戦を誘っている」

フラガラッハの問い掛けにエッケザックスは明確に答えた。

「照準はクリスタルか。望むところだ。銀河軍と言えど頭さえ落とせば烏合の衆だ。梯団長と副梯団長、合わせて36人。賭けようじゃないか。梯団長が3点、副梯団長が1点だ。戦闘力で差を付けよう。第1梯団長と第5梯団長が9点、第3、第4、第6、第14、第21梯団長が6点だ。そして得点の高い者が、新しい星の王だ」

フラガラッハの言葉に純血の12人は鬨(とき)の声を挙げた。中でも、若く血筋も上等で野心の旺盛なザイテングラートは、我こそはと心を堅にした。

「基本戦術は作戦通り、専守防衛だ。混血の盾の陰からクリスタルで殺戮しろ。血液はたんまりある。補充は3階の旧書庫室でトリシューラとルーンが管理している。兵糧も3階だ。シャムシールとマルミヤドワーズが美味しく作ってくれてるぞ。得点は申告制だ。犯すような卑怯者はいないと思うが、インチキはすぐにバレるぞ」

にやりとして冗談めいたフラガラッハの口調に、12人全員が笑って応えた。

「配置の確認をするぞ。俺とエッケザックス、アリアンロッドが市庁舎、東砦にマックアルインとデュランダル、西砦にリアンノンとマサムネ、北砦にアパラージタ、ザイテングラート、ワルキューレ。激戦地になるな、市庁舎正面南砦にエクスカリバー、ゲイボルグ、レーヴァテイン。北と南、特に南は一点突破が予想される、戦闘力上位の3人だ、任せたぞ」

「いいのかよ、得点しまくりだぜ」

「構わんよ。賭けようとは言ったが、この13人の誰が王になっても文句のあるヤツはいないさ」

フラガラッハとエクスカリバーのやり取りに、全員が眼で然りの疎通をし小さく頷いた。

             

             § 


東方基地内の第30梯団宿営場に仮設された梯団長室、つまりミアプラキドスの部屋でナナユウはコスモフレアを蹂躙する仇の姿を思い出していた。金星のない夜にクリスタルの業火が赫灼(かくしゃく)と燃える中で、仇の姿はシルエットばかりが眼に付いて顔はほとんど思い出せなかった。

(宇宙人、って言ってたな)

ミアプラキドスの説明に、ナナユウは宇宙という概念にすら思い至らなかった。

「空の奥っす。黒透明な海って感じ。ナナユウもミア達も、祖先は宇宙にある地球って星から来たんすよ」

(宇宙、地球、海)

コスモフレア近辺に海はなかった。

閉ざされた世界がすべてだった。閉ざされていたことにすら、外の世界を知って初めて気づいた。

(カイ)

閉ざされた世界にも、外の世界にももういない長の名前を呼んでみた。死んだのに、もうどこにもいないのに、名を呼ぶだけで少しだけ心が嬉しがった。

心地良かった閉ざされた世界をナナユウは改めて噛み締め、失われたことを理解しようと努めた。

(星も、人も、決して過去には戻れない。だから・・)

「なーに、考えてるんすか?ナナユウ」

梯団長室の簡易ベッドに膝を抱えて座り込み宙を見つめるナナユウの顔を覗き込んでミアプラキドスが言った。急に目の前に現れた小作りな顔に、ナナユウはビクッと身体を電感させた。

「あっはっは、ビクッてしたっすー!おもろいー」

そう言って揶揄うミアプラキドスの近い肩をナナユウは平手で強く叩いた。

「痛ったー!」

ミアプラキドスが大袈裟に反応して、簡易ベッドの雑なスプリングの上で跳ね回った。


「ねえ、ミア。私、何をしたらいいのかな?」

「この戦争で?」

「うん」

「うーん・・」

人差し指を顎先に当てて、ミアプラキドスはしばらく考え込んだ。

「結末を見届けるしかないっすよ。ナナユウは戦場に出られないっす、軍人じゃないから。シリウス様が絶対許さないっす。とても優しいから、あの人は。仇討ちなら銀河軍(ウチ)らに任せて、あなたはコスモフレアの血を繋げなきゃ」

「でも、私も戦いたい」

「ナナユウには別の戦いがあるっす。いい?ナナユウ。生命(いのち)にとって一番怖れなきゃいけないのは滅亡っす。ナナユウ達は、地球の東洋にある島国、日本って国の民族がベースになってるの。地球に日本人は1億人以上いるっすけど、ルナベーヌス生まれの日本民族はもうナナユウだけ。加えて、民族性っすかね、ナナユウ達は外界から遮断された独自の文化、祈り子の文化っすね、それを育んで来た民族っす。他に代えがいない。宇宙ってね、めちゃくちゃ広大なんす。果てしなく、終わりがなくて、ある意味、とても寂しい」

ミアプラキドスはそう言って少し儚げな表情をした。いつもうるさいくらいに元気な彼女の珍しい表情に、ナナユウは身を寄り添えて相槌をした。

「その中で生命の存在って奇跡だって、ミアは思うんす。あなたと出逢えたのも、奇跡。だから途絶えさせちゃダメっすナナユウ、分かった?」

「うん・・すこし分かった」

ミアプラキドスの優しく柔らかな命令に、ナナユウは素直に返答をした。失われたものばかりの宇宙で、自分の役割がおぼろげに見えた気がした。

「じゃあ私、シリウスさんの子供を生もっかな」

「はあ!?ダメっスよ!!シリウス様はミアのっす!なに?なになに!?本当の敵はナナユウ!?」

「冗談よ」

これ以上ないくらいにむうっとしたミアプラキドスは、

「ほんとっすかー、ほんとに冗談っすかー」

と訝りながらぶつぶつと文句を吐いていた。

(過去には決して戻れない。だから、達者に生きなきゃ)

仮設室の粗末な照明が、希望の光のように眩かった。


             §


演習室に残ったシリウスは大きなくしゃみをした。

「おいおい、風邪とか勘弁しろよ」

「まったくよ。しょうがないから、もらってあげようか?」

同じく演習室に残ったレグルスとベガに、「いや、大丈夫だ」と答えてシリウスはフォーマルハウトに連絡を取った。さらりと流されたベガの言葉に、レグルスが驚愕と変態を見る表情を作った。

「シャウラ隊が地球に向けて出発したそうだ。差し当たり、俺達は冥王星に集中しよう」

「ああ、そう言えば地球の問題もあったな」

「シャウラが行ったなら問題ないでしょ。変態だけど優秀よ、あの子」

ベガの言葉に、「お前が言うか」という表情を作るレグルスにシリウスは改めて尋ねた。

「ノバラ市長はどんなだ?レグルス」

「銀河軍(ウチ)の大将に良く似ているよ。いや、上位互換だな、実直で剛毅なお前って感じだ。手強いぞありゃ」

「顔も?」

「いや、それは全然違うな」

「じゃあ上位じゃないじゃない」

半分冗談なレグルスの意見にも、ベガの的外れな言葉にも反応を示さないシリウスに、疑問を呈する風合いでレグルスは言葉を続けた。

「200年か。調達しようと思えばできたはずだよな、銃器くらい」

「アルデバランはああ言ってたけど、短期間での大量移動なら把握できるでしょうけれど、長期の小出しな流通は厳密には管理できていないと思う」

「よく分かってるって事さ。きっと、銀河軍(ウチ)もそうだけど、いくら敵兵相手でも一般兵は人間に向かって引き金を引けないだろう。同じ命を的にはできないさ。高価な銃器なんて金を食うだけの無用の長物だ。地球の歴史も証明している。躊躇(ためら)いなく殺人ができるのは、その13人の幹部連中や俺たちみたいな、戦争と自己を同一化してる気が狂った連中だけさ」

シリウスの言葉に、南北アメリカ戦争ゲティスバーグの戦いで回収された27000挺のライフル銃の内、90%以上に弾が残った状態だったという統計をレグルスは思い起こした。

「だよな。いよいよ局地戦って事か。相手はクリスタルを持った部隊長180に幹部連13、合わせて193。対してこっちは梯団長が19か。ベガ、お前ほんとに90も撃破するつもりなの?」

「当たり前じゃない。当座の血祭りの覇者は誰?」

自信満々なベガの返答に、

「誰?ってお前、いい歳こいて、どやっとするなあ」

と苦い顔でレグルスは返した。

「祈りのあの子は?」

「ミアのとこだ」

「あの子にとっちゃ仇討ちだが、戦線に出すわけにはいかない。カイという名の長はローラン長官の従弟筋にあたるそうだ。ベガ、お前の親族だな。守ってやってくれ」

「ミアのとこの副長にお守りを頼んであるわ。代わりに第5(ウ)梯団(チ)が30梯団のサポートに回る手筈」

「よし。さあ、戦争だ。アンタレスは立派な軍人だった。それでも、嘆いても戻らない。南戦線は主戦場になる。繰り返すがお前ら、死ぬなよ」

シリウスの呼びかけに、今年度の星の血祭りの覇者と第3位が力強く頷いた。

3人の梯団長の眼には、人殺しを厭わない非情の炎がきちんと宿っていた。

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