サンフレア

Ⅱ サンフレア



「後、数億年もすれば太陽が死んでしまう。そうすれば共にこの星も滅びるだろう」

そう提唱をした科学者がいた。当時でも52年前の古臭い提唱だった。

流れ星がある様に、いつかは太陽も消滅するのだろうと予測をするのは合理的に思えた。

ただ、数億年という時間予測が途方も無く果てしなく、危機感の希薄を大きく超え絵空事に思えるのは仕方なかった。


それでもその提唱を信じたというグループがいた。

グループは、古代の言葉と知恵を信仰し他を寄せ付けない自給自足の暮らしを営んでいた小さなコミュニティを襲った。そこに太陽の代わりが誕生したのだと時間と距離を超えて知ったと主張した。

コミュニティは人口300人に満たない小さな村だった。村は自然の明かりと絶え間ない火の明かりと共に生きていた。

村は機械や人工エネルギーを嫌った。自然に反逆しているという理念からだった。機械や人工エネルギーなどより自然の方を村は畏(おそ)れ敬った。

村には名前があった。コスモフレアという名前だった。村の人間はフレアの民と呼ばれた。

コスモフレアには種火があった。人工エネルギーを拒否したフレアの民は暗い夜には種火から移した火を焚(た)いた。種火はいつでも星にまで届きそうに明るく村を守護していた。

種火は寝ずの番で守られた。8時間交代で16歳以上の男の村人が守(も)りを行った。村の立派な仕事の一つだった。

嘘かまことか、種火は2000年近く消えることなく燃え続けているという言い伝えだった。実際に現在のフレアの民も、誰一人種火が消えたのを見た者はいなかった。

イーシャの火、古い言葉で、(すべてを統治するもの)、を意味する名で呼ばれた種火はもうすぐ2000歳を迎えようとしていた。種火の誕生日には村をあげた盛大な祝祭が行われる予定で、種火の誕生日の正確な日付も古文書、ただの村の記録簿だが、そこに記述されてあった。


村から少し離れた森に湖があった。

水の澄明(ちょうめい)な美しい湖だった。湖の水は、木々の緑と空の青さと月(つき)陽(ひ)の光を絶え間なく映し出していた。

湖の中央には膨らみがあって、膨らみは小さな島になっていた。古い昔にフレアの民はそこに一つの墓を築いた。小島と墓は瑞々しい苔(こけ)で覆われていった。

フレアの民は誰が死んでも、イーシャの火で火葬にしてその一つの墓に合同で埋葬された。墓は古い言葉で、(家族)、を意味するシゾクの墓と呼ばれた。


シゾクの墓では年に一度、イーシャの火の誕生月の一月前の満月に合わせて、祈(いの)り子(こ)による鎮魂が行われた。シゾクの墓の前の水中に櫓(やぐら)を組んで、祈り子がその舞台で鎮魂歌を唱え舞を舞った。

祈り子は村の16歳から19歳の間になる娘がイーシャの火の誕生日にイーシャの火によって選別され、選ばれた娘はその後十一ヶ月間、祈り子としての修験(しゅげん)を積んだ。

火が選ぶ、とは権威と不可避を満たすためで、実際には長(おさ)と称付けされた者を中心にした村の合議会が祈り子を選定した。

合議会の決定は絶対で娘に拒否権は無く、何より祈り子に選ばれる事はコスモフレアに生まれた娘にとって至上の誉れだった。ただなぜか、祈り子に選ばれた娘はみな短命だった。

祈り子の訓練は特別だが、辛く苦しいものではなかったから修験を積むという言い方には語弊(ごへい)があるかもしれないが、結果を見ると修験としか言いようがなかった。祈り子の訓練を終えた娘は、すべからく魔法とも呼べる超常的な力と現象を操る事ができた。

それは、湖の底に眠る「クリスタル」という物質が可能にする魔法だった。

クリスタルとは遥か昔にフレアの民が名付けた名称で、理屈は解明できていないが、特殊なエネルギーを蓄える石だった。


クリスタルに蓄えられたエネルギーは、「ビルシャナの杖」という祈り子用に設(しつら)えられた杖にセットすることで発動された。

ビルシャナとは古い言葉で、(全宇宙を遍(あまね)く照らす)、という意味で、杖は湖を守る様に植生するブナと樫(かし)の混合樹から作られていた。

祈り子の訓練とはそのビルシャナの杖を自由自在に扱えるようになることだった。

湖の底には色々な色のクリスタルがあった。けれど、クリスタルの放つ色は湖の水が吸収してしまうから、引き揚げないと何色のクリスタルかは分からなかった。

引き揚げられたクリスタルは、カジヤと呼ばれる村の職人によって杖にセットできるよう加工された。カジヤとは古い言葉で、(金属を治めるもの)、を意味した。カジヤ達もまたなぜか、みな短命だった。

ビルシャナの杖にはクリスタルをセットするための孔(あな)が3つ空けられていた。

3つの孔にクリスタルを嵌(は)め込むと、クリスタルの色の組み合わせで様々な超常現象を発現できた。祈り子の訓練とは、この組み合わせと発動する現象を覚えること、そしてその制御を習得し支配することだった。


イーシャの火の1999回目の誕生日の日に選ばれた祈り子は、名をウサギと言った。古い言葉で、(白く長い耳を持つもの)、という意味だった。

ウサギは生まれつき身体の色の薄い娘だった。

肌の色はほとんど真っ白で、髪だけでなく睫毛(まつげ)や眉毛まで色が薄く、その色は真珠に近い白色だった。それなのに瞳の色だけが内燃するかに輝く赤色だった。

ウサギは村に生まれた瞬間から、祈り子になる事が合議会の全会一致で決まり、ウサギを産んだ母親は神秘の子を生んだと称賛された。機械と人工エネルギーから隔絶した村に、アルビニズムに関する科学知識は無かった。

ウサギの肌は太陽の光を浴びるとすぐに赤く色づいた。原因はメラニンの欠乏が引き起こす急速な日焼けだったが、フレアの民はそれを霊異(れいい)と捉え崇(あが)めた。ウサギが16歳になる時にイーシャの火が節目となる2000歳を迎える偶然が、天意によるものである事を疑う者は誰一人としていなかった。


アルビノ特有の弱視と虹彩機能の低劣による羞(しゅう)明(めい)からウサギは光を嫌った。

入り込む光量を調節できないアルビノの眼には強い光は害だった。光は眼に刺さり痛みには敵意を感じた。

必然的に、光を遮るものの多い森をウサギは好んだ。森は彼女に優しかった。

ビルシャナの杖の原料となったブナと樫の混合樹は彼女の安息地だった。

根元はヒト一人をちょうど受け入れる様に根が異形を成していて、そこでは大きな葉の群れに紫外線をカットされた陽の光がウサギにも優しく降り注いだ。彼女に許された唯一の陽だまりだった。

ブナと樫の混合樹にビルシャナの杖を削り取った傷跡はもうすっかりが見当たらず、傷は癒えるものだということをウサギは混合樹から教わった。


16歳から19歳になる娘はウサギの世代には彼女の他に5人いた。

総人口300人規模の村にはその年代の娘は常に5人から6人があった。この内訳率は奥地でも都市でもあまり変わりがなかった。

祈り子に選ばれる事は村に生まれた娘にとって大きな誉れだったが、短命であるリスクを進んで取る者はいなかった。

そのためかウサギが生まれた時、生まれながらに祈り子となる運命が具現化したかの様な彼女の姿に、同年代の赤子の娘を持つ親たちは誰にも気取られないよう心の奥の奥底で安堵をした。


ウサギは伏し目がちだった。アルビノ特有の眼球振盪(しんとう)のため視界が細かく左右に振れるから、人とちゃんと眼を合わせる事ができなかった。目玉が左右に細かく振れているのを見られることが恥ずかしかった。

それでも笑顔は立派だった。笑うと瞼(まぶた)が目玉を覆い隠してくれるのが自分でも分かったし、ウサギの父親も母親も彼女に大きな笑顔を絶え間なく与えてくれた。

伏し目がちで笑顔の立派な祈りの化身の様な娘を、村は大切に育てた。


1999歳になったイーシャの火がウサギを祈り子に形式的に選んだ次の日から彼女の正式な修験が始まった。

ビルシャナの杖へのクリスタルのセット方法、クリスタルの色に対応する力の組み合わせとその危険性、クリスタルの保管と携帯方法、鎮魂歌の暗誦(あんしょう)、舞いの習得、祈り子の意味、祈り子の意義、祈り子の価値、祈り子の必要性を知ること。

生まれながらの祈り子であったウサギはすでに舞いも歌も習得済みで、祈り子への啓蒙(けいもう)は誰よりも自分が自身に出来ていたから、学ぶことはクリスタルの扱い方だけだった。


ビルシャナの杖を受け取ったウサギは森で実験に明け暮れた。

緑色のクリスタルは風のエネルギーを発生させた。赤色のクリスタルは熱のエネルギーを発生させた。緑色と赤色を組み合わせると熱風が森を駆け抜け、不意の襲撃に驚いた動物たちが一斉に逃げ惑った。

動物たちにごめんねと舌を出して謝りながら、使い方は案外単純なんだなとウサギは思った。

ビルシャナの杖に嵌めるためのクリスタルはすべて球状に加工されていて、見た目にはどれも同じ大きさに見えた。カジヤ達の加工技術の高さが窺(うかが)えるものだった。

クリスタルはとても硬い物質だった。鉄で叩きつけたくらいではこけらひとつも零れない硬度を持っていた。だからクリスタルの加工には同じクリスタルの核(コア)の部分が用いられ、クリスタルの核でできた加工具は村の宝物として代々大切に継承された。


(加工されていない天然のクリスタルを嵌め込んだら、どうなるのかしら)

ウサギは疑問に思った。湖の底には天然のクリスタルがエネルギーを蓄えているなんて嘘みたいに静かに眠っていた。

祈り子は湖に入ってはいけないという決まりは無かったから、周囲に誰もいない事をきょろきょろと確認してウサギは服と下着を脱いだ。真っ白な裸身が湖の水の色に反発して一際美しく映えた。

幼い頃からこうして夏季の暑い日にはよくウサギは湖に潜った。誰も咎(とが)める人はいなかったし、湖の水は脆弱(ぜいじゃく)な肌にも優しく纏(まと)わりついて気持ちよかった。

短命を招くクリスタルの眠る湖に潜る事は、貴重なクリスタルの窃盗を防ぐ意味でもカジヤ以外には禁止されていたけれど、生まれながらの祈り子であったウサギにはその禁則は伝えられておらず、知ってはいたが村は黙認した。

何よりも快く水浴びをするウサギの姿は殊(こと)の外(ほか)に美しかった。

適当な大きさのクリスタルを掴みウサギは水からあがり、裸のままビルシャナの杖に嵌めて鎮魂歌の一節を唱えた。

クリスタルの力を発動させるために鎮魂歌を唱える必要は無かったけれど、そうした方が上手く発動できる気がした。

ビルシャナの杖にはからくりがあって、柄に搭載された3つの、「ヒウチ」、と呼ばれるトリガーを握ると孔に圧力がかかった。トリガーには掛かり代(しろ)に幅があり、強く圧力をかける程クリスタルは多量のエネルギーを放出した。

ウサギが掴んだクリスタルは青色のクリスタルだった。青色のクリスタルは圧縮のエネルギーを発生させたが、エネルギーの放射域に欠損部分が多かった。天然のクリスタルはでこぼこが多く、ビルシャナの杖の孔との接地面積が少なからだとウサギは思った。改めて、カジヤ達の加工技術を尊敬した。


祖霊の鎮魂は夕暮れに行われる慣わしだった。

森の所々がオレンジ色に満たされ暑さもなく寒さもない、鳴き虫の音色が涼やかな季節だった。土地のそういう時期を民は選んだ。

シゾクの墓の前の湖の水の中に設営された祭壇に、ウサギが立ち音楽隊が腰を据えた。音楽隊は笛の二重奏で二人演者はどちらも木の洞(うろ)の様な仮面を被(かぶ)っていた。

鎮魂歌は、永遠と感謝とコスモフレアの誇りを謳(うた)うものだった。

笛の二重奏に乗るウサギの歌声がオレンジ色の光へ鮮烈に透き通った。

湖の周りはイーシャの火の番役を抜かした303人の村人全員が取り囲み、鎮魂の儀式に祈りを捧げた。

ウサギはビルシャナの杖に緑色と赤色と青色のクリスタルをセットしていた。

クリスタルはエネルギーを放出すると発光した。ウサギがトリガーを握り杖を振ると、クリスタルの光が尾を引いて湖を幻想に真染めた。

ウサギがタイミング良く発動する風と圧縮のエネルギーがブナと樫の混合樹に当たって打撃音を鳴らし、その音が笛の二重奏の心拍になった。鎮魂祭の1ヶ月前から楽器隊とこのアンサンブルの練習ばかりを繰り返した。

(とても上出来)

舞いながらウサギは思った。

赤と青と緑の光は長く尾を引いた。

これはウサギの扱いの上手さが際立つもので、湖を囲む村人はそこかしこに感嘆を漏らした。

「理想の祈り子様じゃ」

そう呟き深く頭(こうべ)を垂れる老人もいた。

光はウサギを包み込んだ。

赤と青と緑とそれらの混合色の中心に舞う真っ白い女体は、異界の存在を村人に想念させた。この世のものとは思えない異常な美しさがあった。

落ちかけた夕暮れが森の木々の隙間を縫って、歌舞に耽(ふけ)るウサギを後光さすかに差し込んだ。

光灼(こうしゃく)された湖の景色が光にまるでを呑み込まれる中、真っ白なウサギの姿だけが確固と世界に君臨した。

湖を囲むフレアの民は、もはや祖霊にではなく、二千年に相応しい祈り子に向けて祈りを捧げていた。


鎮魂祭の後、ウサギの発案で音楽の心拍となったために落としたブナと樫の混合樹の葉をイーシャの火の前まで集め運んだ。落ち葉への弔(とむら)いのつもりだった。落葉(らくよう)の滓(かす)にまで心を繋げる祈り子に、村人は愛らしさを覚え従った。

イーシャの火の前に集められた落ち葉に向け、ウサギはビルシャナの杖を振るった。嵌め込んだクリスタルは鎮魂舞の時と同じ3色だった。

熱エネルギーで火勢を増やし、圧縮のエネルギーで留め、風のエネルギーで葬(お)送(く)ろうと、ウサギは3つのトリガーを同時に握った。3色が一斉に発色し、夕暮れを終えた宵闇の中に発光した。

その時だった。

3色は混ざり合い白色になった。その白は完全なる白色だった。3色が混ざり合った空間には白色以外の何物も映らなかった。

赤青緑の3色の混合、例えば黄白色や紫白色は長年祈り子を見つめてきた村人には馴染みがあった。けれど、ここまで完全な白色は長(おさ)にすら目にするのは初めてだった。村の記録簿にも一切の記述も無かった。

愛らしい弔いを見物する村人から驚嘆が挙がった。白色は山羊の乳よりも深く濃い白色をしていた。イーシャの火の番のため鎮魂舞を見られなかった若者がひときわ驚きの歓声を挙げていた。

そんな中の突然だった。あまりに突然、完全な白色がイーシャの火を呑み込んだ。

完全な白色の動きは自律した運動だった。ウサギも、取り囲んでいた村人も火の番の若者もみな、呆気にとられ言葉を失った。コスモフレアに沈黙が静寂(しじま)広がった。

ブナと樫の混合樹の落ち葉が風に吹かれ、もうすぐに二千年を迎える予定だった村の神火は、1999歳と11ヶ月で突然消滅した。

事実を理解したウサギは膝から崩れ落ち悲鳴を上げ、それからめそめそと涙と嗚咽(おえつ)を零した。

自分のせいだと思った。自分が、村がずっと大切にしてきた神火を失わせたのだと自責した。

「ごめんなさい、ごめんなさい」

泣きながらウサギは謝罪の言葉を絶え絶えに発した。謝る以外に贖罪(しょくざい)の方法が見当たらなかった。謝罪の言葉を連ねながら涙を流す真っ白な祈り子は、今にも消え去りそうに儚(はかな)かった。

沈黙を繋げる村人の合間をぬって長(おさ)が歩み出た。

長は火が消えたイーシャの火の燠(おき)の前に立ち、ワードローブの袖にしまい込んでいたマッチで燠に火を点けた。

死んでしまったイーシャの火が甦った。そして言った。

「泣くな嘆くな祈り子よ。終わったのなら、また始めればいいだけのこと。それよりも見よ、火を呑み込んだクリスタルの、何と美しいこと」

いとも簡単に、マッチ一本でなんて冗談の様に大切な火を甦らせた長は、火を呑み込んだクリスタルを手に取り掲(かか)げた。

白色は色を失って、手のひら大の透明な結晶の中に、圧縮されたイーシャの火が消えることなくめらめらと燃えていた。

それは二千年の時も一緒に圧縮した煌めきだった。

「我らの新たな宝ができた。何と記念すべき日よ。この宝を、何と名付けようか」

長が言うとフレアの民はもう沈黙から回復し、新たな火と新たな宝物の誕生を祝福して、あれだこれだと思い思いに名付けを挙げた。

「サンフレア」

涙をそのまま残したままに、膝立ちの姿で長の掲げたクリスタルを見上げたウサギが言った。

夜と涙に輝く白いその姿は、神託を受けたかに神々しかった。

「サン。ふむ。古い言葉で、太陽、その意味か。なるほどぴったりよ。さあ、祈り子よ立て。立ってこれを持て。サンフレア、そなたが名付けのそなたが親よ」

長はそう言うとウサギの手を取りクリスタルを渡し、村人に掲げ示す様に促した。

新たな時を刻み始めたイーシャの火の前で、ウサギはサンフレアを掲げた。フレアの民は大歓声を上げた。

真っ白い祈り子が溜め零す涙とクリスタルの透明の内奥で、火の光が宇宙を彩る太陽のように氾濫していた。


             §


「クリスタルってのは、要は原子力の電池だな」

アマノガワ銀河軍中央基地内の会議室で、合成皮革を張った椅子に座り、透明な箱に防護された燃えるようなクリスタルを眺めてレグルスが言った。

「核崩壊が起こすエネルギーが彼女の魔法ってわけか」

シリウスが見つめる大型の液晶モニターには、隔絶された小部屋のベッドに腰かけたまま動かない、一人の少女の姿が映し出されていた。

「やり方によっちゃあ分裂させる事もできるそうだ。そうなったら脅威だぜ」

「ウランかプルトニウムか」

「いや、どちらでもないそうだ。この星にも元来存在しない原子だってよ」

そう言ったレグルスは合成皮革の椅子を軋(きし)ませて、なあ、と大型の液晶モニターを熱心に監視する者の方に仰(の)け反った。

「ええ。飛来物質です。現在調査中ですが、おそらく冥王星(めいおうせい)からかと」

モニターから視線を外さずにフォーマルハウトは答えた。視線を知覚できるわけも無いのに、モニターの中の少女はピクリとも動かなかった。

「冥王星か。じゃあ探査機の死骸が漂流して流れ着いたもんじゃなく、我々にも未知のものかも知れないってことか」

「今のところ」

「で、こいつが太陽の代わりになるから狙われたって言っているのか」

楕円形の会議テーブルの上に置かれた透明な箱に納められたクリスタルを見てシリウスは確認した。

クリスタルは透明な箱に入れられて、箱には丁寧に真鍮の錠前が付けられていた。透明な箱とクリスタルの中でイーシャの火が夕焼け落ちる太陽のように真っ赤に燃えていた。

「主張はあくまで保護ですが、趣旨はそうです」

「小さな太陽だな。血潮まで見えそうだ」

シリウスが地球の歌に準(なぞら)えて冗談めかして言うと、レグルスが同調して手のひらを上向きにして腕を水平に広げた。

「この物質が冥王星由来ならば可能性はあるんじゃないでしょうか。あの星は、太陽に愛されたいと願っているはずですからね」

モニターから目を逸らさずに真面目な顔でフォーマルハウトは言った。

随分前に冥王星が太陽系第9惑星の座から陥落した事を指しての事だと理解したレグルスとシリウスは眼を見合わせて、こいつでも冗談を言うんだ、という表情をお互いに作った。

原子には原子核がありその周囲を電子が雲状に包み囲んでいる。原子核は陽子と中性子から構成されその数で特徴と性格が変わる。原子核に別の中性子をぶつけると原子核が崩壊や分裂あるいは融合されその際にはエネルギーが生じる。ウランやプルトニウムとは、分裂し易く生じるエネルギーが莫大な原子の2種で、それらを利用したエネルギーは原子力と呼ばれ、莫大なエネルギーを生む為にそれらの原子には惑星の名が付けられた。

「プルトニウムは名称を変える必要があるかもしれませんね」

フォーマルハウトはそう付け加えた。

「愛されるのは結構だけどよ、サイズが理屈に合わないだろ」

透明なクリスタルの中で煌々と燃え続ける炎を見ながらレグルスが言った。

「半分冗談ですよ」

フォーマルハウトは変わらずモニターに視線を向けたまま真面目な顔で続けた。

「半分と言うのは実際に発現させてみないとエネルギーの多寡がわからないからです。リチウム、ルビジウム、ストロンチウム、ラジウム、カリウム、炎色反応で赤色を呈す元素は多々ありますがそのどれとも照合しない。確証の無いものを否定するのは性に合いませんからね」

「祈り子の魔法ねえ。本物だったら最高だな」

レグルスが、なあ、と同意を求める様にモニターの中の少女に向けて言った。モニターの中の少女は俯いて動かないままだった。


透明なクリスタルはこの俯いた少女が持ち込んで来た。目的は保護の要請だった。

透明なクリスタルを腹に大事そうに抱え、基地前門にふらふらと現れその場で倒れ込んだ。雨が降ったばかりの地面がびしゃりと音を立てた。

雨上がりの地面に汚される前から少女は衣服も肌もどろどろに汚れていた。泥と血のこびり付いた衣服は衛生兵が着替えさせた。

「村を助けて」

少女はそう言った。

珍客に対応した基地施設の幹部連は、初めは目新しいタイプの間諜(スパイ)を疑った。

軍の基地施設を攻撃してくる星は太陽系には無いはずだったが、職業軍人の性(さが)がそうさせた。ただ、見るからに薄弱な少女だった。

少女は辺境奥地の特殊な村から逃げて来たと言った。村が攻撃に遭い壊滅したと震えた。自分を生かすために自分以外は皆死んだかもしれないと涙を流した。

涙と薄弱な態度に動揺したシリウスとレグルスには少女が嘘を付いている様には思えなかった。フォーマルハウトだけが涙に動じず尋問を続けた。

「君だけが生かされたのはなぜ?」

「私が祈り子だから」

「祈り子とは?」

「魂を繋げるもの」

「何をする存在だ?」

「お墓の前で踊るの。クリスタルと一緒に」

「クリスタルとはこれのこと?」

フォーマルハウトが透明なクリスタルを取り出すと、少女ははっとしてそれから慈(じ)眼(げん)で呟いた。

「触れないほうがいいわ。死んじゃうから」

「死んじゃう?」

「祈り子は短命なの。クリスタルを加工する職人達もそう。クリスタルに触れるからだって、皆分かってたけど誰も言わなかった」

フォーマルハウトはしばらく黙り込み、すぐにどこかへ連絡を取った。アマノガワ銀河軍第18梯団の隊員が、ちょうどクリスタルが納まるくらいの箱を抱えて会議室に入ってきた。

フォーマルハウトがクリスタルを箱に納めるよう隊員に指示をした。

放射能か、シリウスの問いに、可能性があります、と頷きながらフォーマルハウトは答えた。

「なぜ攻撃された?」

「私達が太陽を独り占めしているからって」

「誰が言った?」

「分からない。ただ、相手は機械を持っていた。機械があんなに強いだなんて知らなかった」

「太陽を独り占めっていうのはどういう意味?」

「それも分からない。だけどあいつらが言う太陽は、イーシャの火のことだってみんな分かってた」

「イーシャの火?」

フォーマルハウトが尋ねると、少女は無言で箱に入れられたクリスタルを指差した。透明な中身は確かに炎の様に揺らめいてた。

「これがそう?」

「そう。私の前の前のちょっと前に真っ白な祈り子がいたの。肌も髪も真っ白。眼だけが赤かった。その人が創り出した特別な魔法」

「これがなぜ太陽なんだ?」

「一度その祈り子が発動させたの。その時、真っ暗な夜が見渡す限り明るくなったって。空気も冷たい真夜中だったのにとても暖かくて、地平も空もうっとりとしていたって」

「発動?」

「クリスタルは力を発動できるの。祈り子の魔法。でも、もうできない」

「それを狙われた?」

「多分、そう。その一度きりでイーシャの火の発動は禁止されたんだけど、たった一度の輝きが忘れられなかったのかな」

「なぜそんな力があると思う?」

「二千年間燃え続けた火だから」

「もう発動ができないのはなんで?」

「ビルシャナの杖が無くなったから」


「ビルシャナの杖ってのはなんだろうな」

モニターの少女からクリスタルに視線を移し、レグルスが言った。

「毘盧(びる)遮那(しゃな)仏、華厳経(けごんきょう)の仏の名ですよ。この星の人類には古代の智慧で伝わっています。しかし名に実効は無いでしょう。イラストを描かせました」

フォーマルハウトはそう答えると、モニターの一つに少女が描いたというビルシャナの杖のイラストを映した。

「ラクロスのラケットみたいだな」

「はは、言えてるな。あの孔にセットすんのか?」

シリウスとレグルスの感想にフォーマルハウトはくすりともせずに続けた。

「その通りです。柄の所に細工があります。彼女はヒウチと呼んでいました。火打、トリガーの意味でしょう。そのトリガーを握ると孔に嵌めたクリスタルがエネルギーを放出するそうです。ここからは仮説ですが、おそらくトリガーを握る事により何らかの方法で特別な粒子線が発射され、クリスタルを構成する原子核を励起し原子力が発動される仕組みかと思われます」

「何らか?」

「彼女も原理は分からないそうです。ただ、杖は木製でブナと樫の混合樹から作られたものだったそうで、孔とトリガー以外に特殊な加工は無かったと証言しています」

「特別な粒子線?」

「それが不明なのです。試しにフューザーに入れてみましたがクリスタルは反応しませんでした」

「ちょっと待て、フューザーって何だ?」

大方は理解して疑問点のみを尋ねるシリウスとそれに恙無(つつがな)く答えるフォーマルハウトを遮って、レグルスが片手を前に突き出して尋ねた。

「核融合反応を利用した中性子発生装置です。電子レンジみたいなものですよ」

フューザーという装置をイメージは出来たレグルスは、つまりどういう事だ、と尋ねるシリウスの言葉に、突き出した片手でフォーマルハウトに説明の続きを促した。

「つまり、科学的に論解できないものを魔法と言うのなら、この場合それは杖の素材もという事になります。圧力を契機になぜか冥王星の物質の原子核を励起する特殊な粒子線を発射するブナと樫の混合樹、そんなものは太陽系ではまだ見つかっていません。まさに言うなれば魔法のステッキです」

「じゃあこの子は魔法少女か。すげえやそりゃあ、なあ?」

魔法のステッキというフォーマルハウトの呼び方に、シリウスの方を向いてレグルスが楽し気に応えた。嫌味の無い快活な物言いにシリウスも笑って相槌を打った。

「ですから目下の採択は二択です。性質の悪い冗談だと彼女を追い返すか、ブナと樫の混合樹を探しに行くか。クリスタルに関しては引き続き調査はしますが、混合樹が無ければ目まぐるしい進展はないとお考えください」

フォーマルハウトはクリスタルの納められた透明な箱をくるくると回転させながらシリウスを見て言った。この基地の意志を決める最終決定権はシリウスにあった。

「それよりも解決するべき問題がある。彼女の村を襲った者共、その特定と逮捕が先だ。この星で争いは許されない。レグルス、先行調査を頼めるか?」

「了解だ、元帥」

そう言ったレグルスはすぐにどこかに連絡を取り慌ただしく動き出した。この星では、軍隊は警察権も併せ有していた。

「並行して進めよう。混合樹の方はミアに行かせる。女性同士の方がなにかと利便も多いだろうしな」

シリウスはそう言って、ミアを呼んでくれ、ああレグルスのとこの会議室だ、と通信機で指示を送った。モニターの中の少女は俯いたままで、シリウスはなぜか心に痛みを覚えた。



「ミアプラキドス、入ります」

5分もしない内に、扉の閉まった会議室前の廊下をバタバタと走る足音が聞こえ、健康的に溌溂(はつらつ)とした声が会議室内に響いた。軍服ジャケットを腰に巻いて、緑色の袖の無い綿織物から伸びた白い左腕が敬礼をしていた。

「ああ、ミア。ちょっとおつかいを頼みたいんだが」

合成皮革の椅子に腰かけたままシリウスがそう言うと、はい、なんでしょうか、と言いながら早足でミアプラキドスはシリウスの前に歩み出た。

「近い近い、気前の良い猫かお前は」

通信機で指示を出しながらレグルスがそれを笑って茶化した。レグルスの方をむうっと向いてミアプラキドスは少し離れた。

「この子がな、魔法のステッキを失くしたって言うんだ。一緒に探してやってくれないか?」

モニターに映る少女に背を向けて親指で示して、迷子の子供を宥(なだ)める様な言い方でシリウスが言った。

「魔法のステッキってなんすか?シリウス様」

少女の尋問には加わっていなかったミアプラキドスは、それでもシリウスの言う事なので疑念はかけらも抱かず素直に聞いた。

その純真にシリウスは、祈り子とビルシャナの杖とクリスタルについて簡潔だが丁寧に説明をした。通信を終えていたレグルスが、ミアプラキドスよりもその説明に大きく感心していた。

「了解しました。そのブナと樫の混合樹を一部、持ち帰ればいいわけっすね」

言葉端を省略したミアプラキドスの丁寧語は不躾だったけれど、嫌な下品さが無かった。

「同時にその混合樹のそばに湖があるはずです。その水中も探索してみてください。これに似た結晶があるとの事です。ただし放射能の危険性があります。防護を忘れずに」

フォーマルハウトが防護されたクリスタルを片手にそう加えると、

「了解しましたぁ」

白く健康的な右手でミアプラキドスは再度敬礼をした。

合成皮革の椅子から立ち上がり、頼むなミア、彼女とも仲良くしてやってくれ、とシリウスがミアプラキドスのショートカットの頭に手を置いて少し揺すると、ミアプラキドスはまだ何も達成していないのに何かを成し遂げて褒められた気分になって、子供の笑顔で眼を瞑(つむ)って笑った。

モニターの中で俯く少女に、年の近い友達でもできれば沈痛な表情も少しは和らぐかとシリウスは期待した。


次の日に、ミアプラキドス率いるアマノガワ銀河軍第30梯団の選抜隊は祈り子の少女を連れ、コスモフレアへと出発しようとした。

主に探索と衛生を担当する第30梯団の旅装準備は異常に早く、慌ててレグルスがそれを引き留めた。少女は俯いたまま、すでに輸送機に乗せられていた。

「待て待てミア。お前シリウスの話ちゃんと聞いてたか?村は襲われたんだぞ。俺たちが先遣(せんけん)するからよ、お前らはその後からだ、弱っちいんだからよ」

「弱っちくなんかないすよ、レグルスさんを待っていたら日が暮れるっす」

ミアプラキドスがむうっとして反論すると、わかったわかった、とレグルスは案を示した。

「じゃあ一緒に行こうぜ。ただこっちは戦闘準備が要るからな、二日待ってくれ。その間、そのしな垂れ人形みたいなお嬢さんを元気にしろ。でないと見つかるもんも見つかんねえ」

レグルスはそう言うと、わかったな?わかんなきゃシリウスに言いつけるぞクソガキ、と言い残して輸送機ステーションから基地内へと戻った。

クソガキじゃないっすよーミアはもう22っすよー、と22歳の若さで一団の長を務める英才は、自分を名前で呼ぶ行為がまだまだ子供である証である事には気付かずに、もう見えない姿に不満の声を送った。


「さて、突然ですが暇になったっす。えーと、君、名前は?」

少女を収容した衛生室に戻り二人きりになったミアプラキドスは、レグルスの言いつけ通り少女を元気づけようと、そう言えば名前はなんだっけなと思い会話を始めた。

「ナナユウ。一年に一回巡り合う星、っていう意味の古い言葉」

「あー・・なーる。素敵な名前っすねー・・」

七夕(たなばた)の変則読みだなとミアプラキドスは思った。社会人類学の博士号も持っている彼女は、母星の行事儀礼習慣にも大陸を隔てず詳しかった。

そう言えば東洋島国の民族の、悪く言えばおどおどとした特徴をナナユウは備えているように見えた。

「年は何歳っすか?ミアは22っす。もう子供じゃないっす」

「17。変なしゃべり方ね、ミア」

あら?意外と気丈じゃん、と思ったミアプラキドスは衛生室のベッドに並んで腰を掛けた。

「だいぶ年下じゃないっすか。じゃあ丁寧語はいいね。ミアは丁寧語が苦手だから使うと変になるんだ」

「丁寧語じゃなくても変よ」

「え?ほんと?どのへんが?」

「変と言うかね、バカっぽいわ。そのへんが」

そう言うとナナユウは不敵に笑った。基地に来て初めての表情の変化だった。

「あ、笑ったっすねー、かわいい」

バカ呼ばわりには動じる事なく、笑顔を見せたナナユウに率直な感想をミアプラキドスは漏らした。

「な、何言ってんのよ、ばっかじゃないの」

照れ隠しにナナユウはベッドの枕をぼふりと抱いて、ばっかじゃないの、なんて自分でもバカみたいだと思う返応しかできなかった自分に照れた。

「照れんなよー」

そう言うとミアプラキドスはナナユウの身体をうりうりと突いて、あーおっぱいも大きいっすねー、と枕に潰されたナナユウの胸を横からいきなり揉んだ。

「ちょ、ぎゃー!」

言葉にならずにナナユウはベッドに倒れ込み、うぶな反応に面白がったミアプラキドスはそれに覆いかぶさった。

それをモニター越しに見ていたフォーマルハウトは呆れた表情を作り、レグルスが腹を抱え、

「ミアに任せて正解だな、楽しそうじゃないか」

塞ぎ込んでいた少女の表情がまるで一変したのを見てシリウスは少し安心をした。


「ナナユウはなんでここに来たの?」

一頻(ひとしき)り戯(じゃ)れた後に元の位置に戻りミアプラキドスが尋ねた。

「前にも言った」

「いーじゃん、教えろよー」

フォーマルハウトの尋問にもナナユウは同じ事を聞かれた。

「長(おさ)に言われたの。私たちの村は閉鎖的だったけれど、長は外の世界の事に詳しかった」

「長って爺ちゃん?」

長と言えば長老をイメージしてミアプラキドスは言った。

「お爺ちゃん?私のお爺ちゃんじゃないわ。老人でもない」

いつの間にか取り出したおかきを手渡しながら、ミアプラキドスは眼でおやつと続きを催促した。なにかあるなと思った。ぼりぼりと乾いた小気味良い音が衛生室に響き渡った。

「次代の長は彼が18歳の時に選ばれるの。私たちと一緒。イーシャの火が選ぶわ。何も無ければ48年に一度。私たちの長はまだ若かった。ミアと同じくらいよ」

そう言うとナナユウは、おかきを食べる手を下ろし、また表情を塞ぎ込んだ。

(なるほど、恋仲か。そりゃ辛いわ)

そう推察したミアプラキドスはその事は口にせずに、

「長はなんでここを指示したんだろ」

と半分自問の言い方で尋ねた。祈り子のこともイーシャの火のこともすでにシリウスから聞いていた。

「それは分からない。長は外の世界の事を私たちに教えてはいけない決まりだったから。それに・・・もう二度と会えないだろうから」

ナナユウの声が、がくんと涙声に変わった。

必死に涙を我慢して言葉を繋げるナナユウの肩を抱いて、お墓作ってあげようね、とミアプラキドスは励ました。

村は全滅だった。ナナユウが基地に現れて、村の存在を語ってすぐにシリウスがコスモフレアに偵察隊を派遣し、村の壊滅と生存者の不在を確認していたから、きっと生きてるよ、などと軽はずみな事は言えなかった。

レグルスが、先遣するから待て、とミアプラキドスに命令したのは用心からで、襲撃犯の痕跡もすでに村には無かった。

「うん、ありが、とう」

会ったばかりなのに居心地の良い軍人の優しさに、ナナユウはせっかく堪えた涙をまた零した。

何度も泣いて情けないけれど、死んでゆく村の人々の叫びが、自分を逃がす長の眼の炎が脳裏からとても消えなかった。

「かまわないっすよー」

そう言うとミアプラキドスは沈黙して、ただ揺りかごのようにナナユウの華奢な体を揺さぶった。


「しかし、あの魔法少女はどうやってここまで来たんだ?ここからコスモフレアって村までゆうに400㎞はあるぜ」

「ビルシャナの魔法ステッキで飛んで来たらしいっすよ。オートパイロットだったって」

コスモフレアへの出発準備を一通り監督し終えてトレーニングルームに入ってきたレグルスに、ストレッチマットで柔軟体操をしながらミアプラキドスが答えた。

「オートパイロット?まじか。ほんとに魔法のステッキだな。で、それがなんで無くなったんだ?」

「基地が見えた瞬間ステッキが急停止したんで、あの子、失神(ブラックアウト)したんすよ。脳みそが揺れたんすね。で、気が付いたらステッキは無くなってたらしいっす」

ナナユウは涙を尽くした後も、村や杖やクリスタルの事を色々と話してくれた。

中には、フォーマルハウトの尋問では聞き出せなかった内容もあったから、先ほどまでその事についてフォーマルハウトに様々詰問され、げんなりした気持ちを発散しようとミアプラキドスはトレーニングルームで汗を流していた。

有事(ゆうじ)の無い軍人にとって肉体を鍛錬する事は重要視されている職務だったので、基地内には広大なルームと多様な器具が揃えられていた。

「おいおい、持って行ったヤツがいるかもしれねえって事じゃねえか。大変だぞおい、魔法少女がお前、二人になっちゃうぞ」

「ナナユウはもう魔法を使えないっす」

チェストプレスを押し上げながらミアプラキドスがそう応えると、お前それ以上乳でかくしてどうすんだ?と真面目な顔でレグルスが完全にハラスメントな事を言うので、ナナユウの方が大きいっすよ、と負荷のかかった筋肉に集中した真剣な顔でミアプラキドスは返した。

「まじか。おそるべしだな、魔法少女」

険しい表情でトレーニングルームを出ていくレグルスを、舌を出してミアプラキドスは見送った。


モニターに映し出される少女を見つめながら、シリウスはもう随分昔に別れた実娘の姿を想い出していた。

(いまちょうど同じくらいの歳だな)

どのように成長しているかも分からない娘の姿を重ねて心で呟いた。だから、そんなに沈鬱としていて欲しくはなかった。

(軍の利にならない手助けは、身代わりの贖罪(しょくざい)に過ぎないよな)

そう知りながらシリウスは、モニターの中の少女を勇気づける方法を思案していた。

ミアプラキドスから歳の近い長の話を聞いた。彼女の推測だが、その関係性も聞いた。自分やフォーマルハウトの様な武骨者では知り得ない情報だなとシリウスは思った。

(星が変われば悲しみも忘れられるか)

一つの方法だなとシリウスは思った。

ミアプラキドスが多少は励ましてくれたものの、モニターの中の少女は絶えず沈鬱としていた。見ているだけで、秘書官の淹れてくれたコーヒーがやたらと苦く感じられた。

(太陽がなくなるよりも、子供から笑顔がなくなる方が問題だな)

太陽の代替を持っていたから狙われたというナナユウの言葉に、古い学説を思い出してシリウスは、コーヒーだけの理由でなく、その表情を苦くした。

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