第67話 追走劇

 雲海を貫く軌道エレベータの山脈の周囲でマシンノイドの爆発の光が見えてくる。


「この距離まで来れば、映像が映せます!」

「映しなさい!」


 ユリーシャの命令で、スクリーンに戦いの模様が次々と映し出される。

 スクリーンに映し出された地図上に凄まじい数のマーカーが点滅している。あれは、マシンノイドが発する信号でありレーダーの有効範囲まで接近しないと表示されないらしい。このデータもレジスタンス本隊に送信しているとユリーシャは教えてくれた。


「さて、これで私達は本隊から命令が来るまで待機だけど」


 ユリーシャはそう言いながらダイチ達に視線を移す。


「行ってきます」

「そう、しっかりね」

「いや、俺は残るよ」


 デランが不意に言ってくる。


「あの団長のおっさんにサポートを頼むって言われたからな」

「……デラン」


 デランの言うことはもっともだが、一緒についてきてくれた方が心強いのは確かだ。ましてや、このまま生死を分ける戦地に行くのだ。


「人数が少ない方が動きやすいだろ。お前なら一人ででもやれるはずだ」

「あ、ああ……」


 デランはダイチの胸に拳を押し付ける。


「あのおっさんに向けた啖呵があれば大丈夫だろう。弱気になるなよ、お前が助けるんだろ」

「ああ!」


 そこまで言われて、ダイチは強く返す。

 そして、ダイチ、フルート、マイナの三人は輸送機を降りる。


「さて、行くか」

「うむ!」

「こんなんで大丈夫かしらね」


 マイナは心配を口にする。


「なあに、いざとなったら逃げればよかろう。妾達、逃げ足には自信があるじゃろ」

「自慢できるもんでもないけどな」


 以前テロリストの基地を脱出したときのことを思い出す。無我夢中で逃げていたけど、あの時の逃げ足があれば確かに何とかなる気がしてくる。




 クリュメゾン軍の総指揮をとる司令部のビルの最上階のオペレーションルームでファウナとアルシャールは通信で連絡を取っていた。


「現在、東と南が軌道エレベーター上で交戦を行っています。港で交戦を行っていた北と西は西の領主アルマンの勝利をもって終了いたしました。その後、西は潜航して沈黙を保っています」


『それでは目下の問題は東と南ですね。一軍を率いてすぐに殲滅してください』


「――御意に!」


『西に関してはもう少し動向を探ってください。北に勝利した分だけ勢いはあるでしょうからね』


「はい。情報部に通達しておきます」


『それでは、私はこれで』


 ファウナは通信を切る。


「……なんと気丈な」


 領主である兄の死、領地を狙って四国が押し寄せてくる戦争、立て続けにこれだけのことが起こっているというのに、動揺を見せることなく指示を出し続けている。


「この戦いを乗り切れば、素晴らしい領主になるであろうな」


 アルシャールはそんな希望を今のファウナの姿から見ていた。


「そのためにも乗り切らねばな」


 司令としてこの戦いを乗り切る使命を抱いて、アルシャールは各部へ伝達する。

 そうして、四国の総戦力にも比肩しうるクリュメゾンの一軍が東と南がせめぎ合う戦地へと出撃する。




 レジスタンスの輸送機の格納庫に配備されているマシンノイド・ソルダがガシャガシャと駆動を始めている。

 いよいよ出撃といったところで、整備班が最終調整したり、操者が乗り込んで肩慣らしをしているといったところだ。


「せわしないな」


 身一つで戦うと決め込んでいるデランは、剣を構えてドンと佇んでいた。


「決死の覚悟ですからね。金星の騎士様は落ち着いてますねえ」


 のほほんとした口調でリッセルは言ってくる。


「俺は騎士候補生だ。ジタバタしてても仕方ねえからな。機体があればなんとかなったかもしれねえが」

「ないんですか?」

「木星の機体はどうにも合わなくてな」


 レジスタンスの拠点にいる間、暇つぶしに木星の機体、ソルダやシュヴァリエをいじってみたがまったくもって動かせなかった。技師が言うにはシステム内で遺伝子情報の食い違いが発生しているせいらしい。

 デランとしても木星の機体で戦おう気にはなれなかったので気にすることではなかった。


(身一つでマシンノイドと戦う訓練もしてきたしな)


 エインヘリアルではそういうカリキュラムもある。問題は実戦での経験がないということだ。

 深呼吸一つしてみる。大丈夫だ、やれるはずだ。


(ああ、いかんな。ダイチの不安がうつっちまったか?)

「緊張してる?」


 ユリーシャがやってくる。


「ユリーシャちゃん、お疲れ様」

「本当に大変なのはこれからよ」

「相変わらず真面目ですね~」


 ユリーシャとリッセルは笑いながらやり取りをする。戦う前だというのに気兼ねない。


「私達、幼馴染なんですよ」

「ああ、それでか」


 リッセルがそう言ってくれたことで納得する。


「戦争で二人とも家族亡くしちゃいましてね」

「……は?」


 呑気に世間話をするかのような調子で、とてつもなく重いことを切り出されてデランは面を食らう。


「戦争というのは今回みたいな領地争いでね。とはいっても、今回に比べたらほんの小競り合いみたいなものよ」

「……ああ、そんなことばっか繰り返してるのか、この星は」

「そうよ」


 ユリーシャは悔しさ、やるせなさが織り交ざった複雑な表情で答える。


「そういう戦争ばかりして、たくさんのヒトを巻き込れて死んでいく。そんなことを終わらせるために戦っている」

「それがお前の戦う理由か?」

「私達の、ですよ」


 リッセルが代弁する。


「レジスタンスは、特にこの一番隊はそういうヒト達ばかりで構成されているんですよ」

「ギルキス団長はそんな私達に先兵を任せてくれた。その恩義には報いらなければならないわ」


 ユリーシャは拳を握りしめる。


「そうか」


 デランは、剣を抜き振るう。

 力みはなく、自然体の動きで、風を巻き起こして見せる。


「力を貸すぜ。俺も騎士候補生だ……っていってもあんたらと同じだ」


 木星人に虐げられる金星人。だけど、そんな木星の体制に反旗を翻して戦うレジスタンスなら木星人といえども協力できる。それがデランの想いであった。


「ありがとう。だけど、どうして?」

「力を貸したくなっただけだ。――ただ、あんたが似ているんだ」


 脳裏に金星で最強といわれているワルキューレの騎士の姿を浮かべる。なんとなくだが、それが今目の前にいるユリーシャと重なって見える。

 木星人で、生まれた星や顔、姿、戦い方はまるで違うのに。その考え方、戦う理由がどことなく似ていると思えてならない。


「俺の憧れているヒトにな」


 意外な一言に今度はユリーシャが面を食らう。


「それは光栄なことね」


 が、嬉しかったらしく素直に返す。


「ありゃりゃ、これはこれは!」


 リッセルは愉快気に笑う。


「デランさん、注意してくださいねえ」

「はあ?」

「ユリーシャちゃんを狙ってる隊員は多いですからねえ」

「何のことだ?」

「リッセル、余計なこと言わないで」


 ユリーシャは半目になって睨む。


「はいはい」


 デランには何のことだか本当にわからなかった。


「そろそろ出撃よ。その力、頼りにさせてもらうわ」

「ああ、任せろ!」


 輸送機は着陸し、ユリーシャとデランは先頭に立って前進する。




 一方、ダイチとマイナは小型のエアカーで先行し、軌道エレベータに接近している。


ドガン! バァン!


 戦闘の爆音が間近に聞こえてくる。時折、巨大なるマシンノイドが目視できるほどに迫ってくる。その度にダイチの心臓が飛び出しそうなほど脈打つ。

 マイナの運転のおかげでなんとかやり過ごせているといっていい。


「大したものじゃな、マイナ」

「これくらい当然よ!」


 しかし、そう答えるマイナの声は震えている。

 いつ敵と遭遇して戦争に巻き込まれるかもわからない緊張感の中、必死でど真ん中を突っ切っているのだから当たり前だ。

 軌道エレベーターに着くまでの辛抱だ、頑張ってくれ、と、ダイチは言おうとした。

 が、本当の戦いは軌道エレベーターに着いてからなのだ。

 あそこは戦略拠点の一つだけあって、警備も戦力もそれなりに敷かれている。港である屋上に上がるまでまず戦いは避けられないと考えてもいい、とユリーシャやギルキス団長に釘を刺された。

 ダイチも大丈夫だろうと楽観できるほど呑気でもない。

 まだ戦いはこれからなんだ。

 エリスやミリアを助けるための戦い、なんとしてでも助けなくちゃならない。


(――あの時とは、逆なんだよな)


 つくづく以前木星に来た時の出来事を思い出される。

 あの時は爆破テロによって、エリス達と離れ離れなってしまい、フルートを助けようとしたが、テロリスト達に捕まってしまった。そこからエリスとミリアに助けられてなんとか脱出出来た。

 その引き換えにエリスは作り物だが、義手を失ってしまった。

 あの痛々しい光景を二度と目にしたくない。エリスの力になりたい。そう思って特訓してきた。


(今度は俺が助ける!)


 ダイチは気合を入れて、軌道エレベーターを見上げる。


――その時だった。


 ダイチ達にとっては最悪の遭遇となった。

 それは偶然戦列からやや外れたところにいた一介のマシンノイドの操者の目に留まったに過ぎなかった。しかし、裏道を不審にひた走るエアカーの姿を確かに捉えていた。


「あれは……!」


 操者はどうみても怪しいと感じてしまった。

 その操者が特別だったわけではない。ただ住民は悉く避難した今この街にエアカーなど走っているはずがない。いるとしたら、味方かあるいは敵軍の斥候かもしれない、と警戒した。


「そこのエアカー、止まれ!」


 スピーカーから警告を発した。

 しかし、エアカーは止まらなかった。

 聞こえていないはずがない。むしろ、警告を聞いてスピードを上げたように見える。


「怪しい!」


 さらにソルダの操者は追いかけた。

 それがまた他の隊列の目に留まり、二体、三体と増えていく。


「やばい! 見つかった!」

「ああああああッ!!」


 マイナは悲鳴を上げるようにスピードを上げる。

 アクセル全開、エアカーが出せる最高速度であった。


「これで振り切れれば良いのじゃが……」


 フルートは追いつかれるだろうということはわかっていた。

 以前あの機体に追いかけまわされた嫌な想い出があるからだろうか。木星の機体にしては小さい分だけ小回りが利いて瞬間速度はそれなりにある。

 マイナは巧みにハンドルを回し、アクセルをふかして小道へ回り込んでやりすごそうとするが一向に差が縮まらない。


ズドン!


「しまった!? 前に!!」


 前方にソルダの一際大きなシュヴァリエが立ち塞がる。


「くぅぅぅぅぅッ!!」


 マイナは精一杯ハンドルを切るが、曲がり切れない。


「飛んで!」


 エアカーはこれまでとマイナは号令をかける。


「行くぞフルート!」

「うむ!」


 ダイチの掛け声とともにフルートは一緒にエアカーから飛び降りる。一瞬遅れてマイナが飛ぶ。

 着地と同時に走り出す。

 先頭をマイナ、次にフルート、殿にダイチの順番で街を駆け抜ける。

 エアカーである程度高く飛んでいたからわからなかったが、この超高層ビルの街並みはヒトが走る分には見通しが悪すぎる。


(あいつ、大丈夫か?)


 マイナは方向オンチで迷子になるのが怖くて家に引きこもっていた。それなのにこんなにも迷いやすい街で先頭を走っていたら軌道エレベーターに辿り着けるのか。

 幸いなことにマシンノイドが通りにくい小道ばかり選んで走ってくれるおかげで追いつかれずにはすんでいる。

 さらにこの道の先にあるビルとビルの間にある小道ならばマシンノイドは追いかけられない。


(やり過ごせる!)


 ダイチ達は小道をすり抜け、そう安堵しかけた瞬間だった。


ゴォォォォォン!!


 シュヴァリエのサーベルが二棟のビルを両断する。

 どこまででも追いかけて捕まえてやる、そんな執念が成せる業に思えた。


「そこまでするかぁぁぁッ!!」


 ただ、追いかけられる側からしてみればたまったものではない。

 なんとしてでも逃げ切らないと殺される。警告や尋問の猶予さえなく殺される。ビルをも両断して追いかけてくるシュヴァリエの怪物を彷彿させる姿がダイチをそんな気にさせた。


「――!」


 ふと乗り捨てられたエアバイクが目に入る。


「フルート!」


 ダイチの呼びかけにすぐ答え、一緒にそのエアバイクに乗り移る。


「運転はできるのか?」

「やるしかねえだろ?」


 即答するやいなや、エンジンを点火させる。


「よし、いけぇぇぇッ!!」


 ダイチの叫びとと共にエアバイクは飛び上がる。

 アクセルを一気に踏み込み、スピードメーターがあっという間に振り切れる。


「おおぉぉぉぉぉぉぉッ!!」


 とてつもない加速力によって、スピードに置き去りにされそうになるが、それでもここで離したら終わりだと決死の覚悟でハンドルを握りしめる。


「もっとスピードは出ぬのか!?」


 腰にしがみつくフルートは訴えかけてくる。


 無理だ! これ以上出せねえ! と言おうとした時、シュヴァリエの巨大な手が見える。

「――!」


 マイナが運転するエアカーでもこいつらには追いつかれたのだから、エアバイクでも追いつかれるのは当たり前だ。


「捕まってたまるかぁぁぁッ!」


 ダイチはアクセルを踏みこんで、さらにスピードを上げる。

 だが、それでも手から逃げきれた気がしない。シュヴァリエもまた猛スピードで追跡してくる。


(巨人に追いかけられてるみたいだ! それともネズミか! ちくしょう、もっとスピードだぁぁぁッ!!)


 心の中で叫ぶ。


「ええい、仕方ない!」

「は?」


 フルートが何を言ったか聞き取れなかったが、腰にしがみついていた腕がとれる。


「おい!」


 フルートは後部のエンジン部分に手をかざす。


ブオオオオオオオオン!!


 エンジンがさらにうなりを上げて、光まで放ちはじめる。

 一条の光となって軌道エレベーターに矢のように飛び立つ。

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