第68話 流れ星は駆け上がる

 その光景を南の若き領主ツァニス・ダイクリアが偶然目にしていた。


「あれは……!」


 光の矢のように軌道エレベーターへと向かっていく。

 軌道エレベーターは東に先んじてどうしてもおさえておきたい拠点。それに一直線に向かっていく美しい光の矢は彼にとって天啓に思えてならなかった。


「『流れ星』……!」

「『流れ星』とはなんですか?」


 傍らにいる側近が訊く。


「遥か昔、地球には夜空の星が燃えて光り輝く現象があったそうだ」

「はあ……」


 常に地球をも飲み込む雲海に覆われている木星では、星が大気圏へと突入し燃えて輝く様を地上から見ることはできない。ゆえに流れ星は伝え聞くだけの現象でしかなかった。

 しかし、ツァニスはその伝え聞く流れ星が今地上で起こったことを信じて疑わなかった。


「その光る星に願いを叫ぶことでその願いは叶うという。あの光る星は今の我々にとってその願いを叶えてくれる『流れ星』に違いない!」

「なるほど! ツァニス様がいうのであればそうに違いない!」


 賛同する側近達にツァニスはニィと笑い、槍を掲げる。


「全軍、あの光に続くのだ! 東軍に先んじて軌道エレベーターを占拠するのだ!!」


 その決断はあまりに早くツァニス率いる南軍は一丸となって進軍していく。




 南軍に動きがあったことはレジスタンスや東軍の方にも報告が入ってきていた。


「何があった?」


 この変化にギルキス団長は首を傾げる。


「さあ、何か作戦があってのことでしょうかね」


 カラハは南軍の戦い方を良く知らなかった。とはいっても作戦も何もあったものではなく、ダイチ達の行動にインスピレーションを得ただけのことだということなど知る由もなかった。


「ともかく戦況は動きました。どうします?」

「うむ……」


 ギルキス団長はしばし黙考した後、即座に決断する。


「南軍に続く!軌道エレベーターをおとす!」


 カラハは敬礼し、各地に散った隊員達への通信回線を開き号令をかける。


「承知しました。各員に通達! 我々は南軍の進軍に乗じて軌道エレベーターを占拠する」




 その通達は最前線を行くユリーシャ達、一番隊にも伝わっていた。


「南の軍が!」


 ユリーシャは空を見上げる。

 それにはダイチとフルートが放つ光が矢となって軌道エレベーターへ向かっていく光景が見えた。さらにそれに続かんばかりの南軍のマシンノイド達の進軍も。


「なるほど、あれに続けってわけか!」


 デランは不敵に笑って見せる。もっともあの光の正体がダイチ達だとは想像すらできていないが。


「そうね。各員、私に続いて。レジスタンス一番隊として意地を見せるわよ!!」

「「「おお!」」」


 ユリーシャの号令に隊員達は気合の声を張り上げて応じる。

 そんな彼らの前にソルダやシュヴァリエを始めとして武装兵がクリュメゾン軍が包囲する。


「東軍、補足しました」

「いや、彼等はレジスタンスだ」

「構うものか。敵なら殲滅しろとのお達しだ」

「殲滅! 殲滅!」


 武装兵は武器を構える。


「とりあえず、こいつら蹴散らすか!」

「ええ!」


 デランとユリーシャは剣を抜く。

 レジスタンス一番隊とクリュメゾン軍が正面衝突する。




 光の矢となったダイチは奇妙な感覚に囚われた。

 さっきまでエアバイクから振り落としていたすさまじい風や振動が消え、恐ろしいほどに穏やかであった。

 景色ばかりが置き去りになっていく。

 ただ感覚で伝わってくる。自分達は音よりも速く飛んでいることが。


「フルート、何が!?」


 ただ乗り捨てられていたエアバイクにここまでの性能は無いはず。だとすると、フルートの不思議なチカラによるものとしか考えられない。


「妾のチカラでブーストをかけたのじゃ」

「ぶーすと?」

「何倍もの力を引き出すということじゃ」

「それはわかってるけど、これ大丈夫なのか!?」

「それがのう~」


 フルートは「うん」とは言わない。何やら言いづらそうにしている。その仕草が何かやばいことになっているのだとわかってしまう。


「これ、制御がきかんのじゃ」

「きかんのじゃって……つまり、どういうことだ?」


 フルートは観念して答える。


「妾では止められん」

「じゃ、どうやって止めるんだぁぁぁッ!?」

「すまん、軌道エレベーターにこのまま突っ込む」

「なあぁぁぁぁぁッ!?」


 前を見ると、雲を突き抜けてそびえたつ軌道エレベーターがどんどん大きくなっていく。つまり、近づいているとうことだ。

 このまま止められないとなると軌道エレベーターに激突して……そこから先は見るも無残なことになるだろうことが容易に想像がつく。


「と、とと、止めるしかねえッ!」

「その止める方法がわからんのじゃ!」

「止めるっていったら、ブレーキだ!」


 ダイチはブレーキのペダルを踏みしめる。


「おぉッ!?」

「止まったか?」

「――少しだけじゃが」


 ダイチには少しも止まったように感じなかった。だが、フルートの感知能力を持っているからその言葉を信じることができる。


「よっしゃ、止まれぇぇぇぇぇッ!!」


 より一層強くペダルを踏む。

 やがて、スピードはどんどん落ちていき、エアバイクがまとっていた光が一緒に消えていく。

 その一部始終を傍から見ていたヒト達からすると、突如として現れた光の矢が軌道エレベーターに吸い寄せられていき、流れ星のように燃え尽きたと解釈するだろう。


「いいぞ、ダイチ! 確実にスピードが落ちておるぞ!」

「だ、だけど、激突までに止まるかこれ!?」

「ここまできたら止めてみせよ!」


 そういわれて、誰のせいで、とダイチは思わずにはいられなかった。

 しかし、今はそんなこと言っている余裕すらない。言いたいことを言うのはこの危機を無事に切り抜けてからなのだ。


「「止まれぇぇぇぇぇぇぇぇぇッ!!」」


 二人は叫びとともにエンジンはうなりを上げる。

 それは無理矢理動かした力と無理矢理止める力がぶつかりあって、エアバイクの悲鳴。


「――!」


 ダイチは直感する。


――このエアバイクはもう限界なんだ、と。


 フルートを抱えて飛ぶ。


パァァァァァァァン!


 その直後に、エアバイクはバラバラになって飛び散る。


「おおぉぉぉぉぉぉッ!!」


 ダイチは足に力を込め、腰に踏ん張りをきかせる。

 そして、着地。奇跡的にも怪我一つ無い。


(に、二度とこんな真似できねえぞ……!)


 もし同じ場面に遭遇したら、次こそ本当にバラバラになるだろうとダイチは確信する。

 だが、ひとまず正門が開き続けている軌道エレベーターの中にまで無事突入できた。

 軌道エレベーターの周囲には防衛網が敷かれている、とレジスタンスから聞いていたが、エアバイクが光のようなスピードで飛んだおかげで結果的に突破できたのだろう。


「さあ行くぞ!」

「あ、こら!」


 フルートはダイチの手元から飛び降りて、さっそく走り出す。

 建物の構造は昨日来たから大体わかっている。どうやって雲の上の屋上へ行けばいいのかも。


バタバタバタバタバタバタ!!


 こちらへ近づいてくる足音が聞こえる。

 侵入者を捕らえる為の防衛隊がやってきているのだろう。

(ここまで来て、捕まってたまるか!)

 ダイチはフルートを追いかけた。その先に屋上への直通エレベーターがある。


バァン! バァン! バァン! バァン! バァン!


 こちらへ目掛けて銃弾やレーザーが飛んでくる。


(問答無用に殺す気か!)


 ダイチとフルートは一目散にエレベーターへ向かう。

 屋上へのエレベーターがいくつも並ぶ回廊に辿り着き、二人はその中から扉が開いているもの、つまりすぐに上がれそうなものを瞬時に見極めて、滑り込む。

 直後に、即座に起動ボタンを押した。

 それで扉が閉まり、屋上へと上がっていくはずだ。――が、扉が閉まる前に追いかけてきた防衛隊員に追いつかれた。


ガシャン!


 そのまま、エレベーターは起動し、屋上へ向かってものすごい勢いで上がっていく。


(五人か……!)


 エレベーターに乗り込んできた防衛隊員の数だ。五人だったらなんとかなるかもしれない。ダイチは懐のレザーブレードに手を置く。


「大人しくしろ!」


 防衛隊のリーダー格と思われる男が高圧的な警告を発する。


「大人しくしたらどうしてくれるんだ?」

「処刑だ!」

「冗談じゃねえ!」


 ダイチは即答し、レーザーブレードを引き抜く。


バァン!


 抵抗の意志をみせるやいなや、防衛隊員は発砲してくる。


(――来た!)


 ダイチはそれを切り払う。

 銃弾はわずかに見えただけなものの、身体が反応してくれた。


「なッ!?」

「おおぉぉぉぉぉぉッ!!」


 それで隊員は驚き、その隙にダイチは一気に斬り込む。


カキィィィィィィン!!


 隊員は咄嗟を剣を引き抜いて防御する。驚いても即座に対応するのは訓練の賜物だろうか。

 しかし、ダイチには感心している余裕は無い。斬りつけたその勢いのままに蹴る。それをまともに受けた隊員は吹き飛ばされ、転がる。

 この軌道エレベーター、一度に大勢の人間を上げる為なのか、大きめの荷物を運び出すためなのか。かなり広く、ダイチとフルート、防衛隊員五人が大立ち回りしても十分余裕がある。


「よくも!」

「おのれぇぇぇッ!」


 仲間がやられて、残りの四人が一斉に襲い掛かってくる。


バァン! キィィィン! バァン! キィィィン!


 銃撃のあとに斬撃! 斬撃のあとに銃撃!

 息の合った連携攻撃がダイチを襲う。

 銃弾はかわして剣は弾く! その後に、また銃弾をかわす!

 最初の一人は勢いで倒したものの、それがかえって敵として認識されてしまい、全力をもって襲い掛かってきているようだ。


バァン! キィィィン! バァン! キィィィン!


 銃撃と斬撃が絶え間なくやってくる。

 エインヘリアルで騎士としての訓練を受けているのなら、向こうは防衛隊としての訓練を積んだ精鋭だ。


(す、隙が見当たらねえ……!)


 四人による連携攻撃で徐々に後退していく。


バァン! キィィィン! バァン! キィィィン!


 一歩、また一歩で押され始める。

 広いといっても四人に囲まれて、連携攻撃で押されていくうちに窓際に追い込まれる。


「く……ッ!」


 透明の窓にどんどん雲に近づいて上がっていく光景が映る。まるで崖っぷちに追い詰められているかのようだ。もしこの一枚の強化ガラスが破られたら、地上へと真っ逆さま。間違いなく即死だろう。

 これ以上下がれない。しかし、これ以上前に出たらやられる。


(待つんだ……! チャンスを!)


 訓練で最も培ったのは忍耐力だとダイチは思っている。

 女性騎士から繰り出される強力な攻撃の数々を受けては耐えて、チャンスをうかがい続けた。残念ながら学園では功を奏し勝利につながったことは無いが。

 今は訓練ではなく実戦。

 失敗も敗北も許されない。そのプレッシャーが逆にダイチに集中力をもたらした。


「ええい!」

「チィッ!」


 逆に敵の方が焦り始めてきた。

 これだけの連携で、攻撃を叩き込んでも敵に一切ダメージが通っていない。

 このまま攻めてもいいのか。このままだとせっかく追い込んだのに屋上へ逃げられる。


「こうなったらッ!」


 防衛隊の一人が突出する。


「おい!」

「バカッ!」


 他の隊員達が止めるのもきかず、ダイチへ襲い掛かる。


(――隙が出来たッ!)


 四人による連携攻撃だからこそ反撃に移れず、ただ耐えてチャンスをうかがっていた。

 それが一人で闇雲にやってきてくれた今、そのチャンスが来たのだと悟った。


「せいッ!」


 ダイチは剣をレーザーブレードで受け止めると同時に、光線銃で腹を撃ち抜く。


「があああああッ!」


 隊員はたまらず、腹を抱えて倒れ込む。


「バカがッ!」


 隊員は吐き捨て、一人前に出る。


「三人用のフォーメーション。フォワードはこの俺・アウレスがやってやる!」

「了解!」


 アウレスと言った隊員は剣を構える。


「ぬううううッ!」


 気合の雄たけびを上げると、腕が肥大する。


「マッスルブラキオン!!」


 大きくなった腕は能力によって肥大化した筋肉だろう。


「俺の奥の手だ!」


 ダイチは身構える。あれだけの筋肉なら今までの攻撃より威力は数段上がっているはずだ。


「いくぞおおおおおおッ!!」


 渾身の力を込めて、一撃を叩き込む。


ズドォォォォォン!!


 雷撃のような一撃をダイチは光線銃を捨て、両手で受け止める。


「ぐ、があああッ!!」


 全身が打ち震えるが、必死に足に踏ん張りをきかせて耐えてみせる。


「ほおッ!」


 アウレスは感心し、さらに追撃をかける。

 ダイチはただそれに耐えるだけで精一杯だ。


「くッ!」

「ダイチ!」


 フルートの心配する声が聞こえる。


(心配するな!)


 声に出す余裕はないため、心でそう伝える。

 それがテレパシ―か何かで伝わったのか、フルートはコクンと頷く。


バチィィィィィン!!


 しかし、そこから数度撃ち合うことでレーザーブレードの火花が飛び散る。

 強い衝撃を受け続けたことで、刃を形成するだけのパワーが維持できなくなってしまったのだ。


「無茶させすぎたか!」

「もらった!」


 アウレスは勝負あったと斬りかかる。


「おりゃッ!」


 咄嗟に光線銃を撃つ。

 アウレスはそれを弾いてるうちに距離をとる。


「悪あがきをしやがって、だがこれでもうおしまいだ!」

「く……ッ!」


 いよいよ追い詰められた。手に持った武器が光線銃だけでは三人を相手取るには心ともない。


「ダイチ、これを!」


 そこへフルートが何やら投げ込んできた。

 ダイチはそれを受け取る。


「これはどうしたんだ?」


 新しいレーザーブレードであった。


「イクミからくすねてきたんじゃ!」

「ああ……」


 そう言われて納得すると同時に苦い顔になる。


「――だけど、助かった! ありがたくつかわせてもらうぜ!!」


 ダイチはレーザーブレードの起動スイッチを押す。


「おおッ!?」


 いきなりパワーが予想以上に上がって、反動で仰け反りそうになる。


「な、なんてパワーだ!?」


 さっきまで使っていたレーザーブレードの数倍以上もあり、大きさはもはや大剣であった。


「おお、なんてもの出してくるんだ!?」


 アウレスも驚く。


「だが、所詮見掛け倒しだろ! うおおおお、マッスルブラキオン!!」


 気合の一声を上げて、腕が肥大し剣を振るう。


「うおうッ!?」


 ダイチは思わずブレードを盾代わりに出す。


バチィィィィィン!!


「くぅぅぅぅぅッ!!」


 ダイチは歯を食い縛って、なんとかもたせる。


「ぬおッ!?」


 この粘りにはアウレスも驚嘆する。


「こいつならいけそうだな!」


 これだけのパワーならまともに打ち合える。その手ごたえは感じた。


「うおりゃぁぁぁぁッ!!」


 ダイチはレーザーブレードの出力をさらに上げて、振り下ろす。


バチィィィィィン!!


 エレベーターが揺れる。


「やるじゃねえか!」


 アウレスはニヤリと笑う。ただ、ダイチにはそれを返している余裕は無い。

 ただ全力でこのレーザーブレードのパワーに振り回されないよう、存分に振るうだけだ。


「おおぉぉぉぉぉぉぉぉッ!!」


バチィィィィィン!!


 一撃振るう度に、力と速さが増してくる。

 最初は互角であったが、そこからアウレスは徐々に後退していく。


「押されてる!? 押されてるのか、この俺がぁぁぁッ!!」


 ダイチにはその台詞は聞こえてはきたものの、自分が優位に立った感覚は無い。

 ただ、この勢いのままに全力で押し切る。それしか無かった。


バチィィィィィン!!


 とうとうアウレスの剣を弾き飛ばした。


(――今だッ!)


 その隙を逃さず、ダイチは全力で打ち込む。


「ガハッ!?」


 まともに受けたアウレスは盛大に床に叩きつけられる。


「ハァハァ、やったぜ……」


 レーザーブレードを地面にさして杖代わりにして、体勢を整える。


「アウレスがやられた……!」

「いや、もう敵はヘトヘトだ。今なら!」


 残った二人はダイチの底力を恐れつつも、防衛隊としての使命感を燃やして武器を構える。


(あと二人か……だが、なんとか!)


ゴォォォォォォン!


 その瞬間、エレベーターが轟音を立てて止まる。


「ついたぞ、ダイチ!」


 フルートは飛び上がる。


「グズグズしておれんぞ、ゆくぞ!!」

「あ、ああ!」


 フルートに急かされて、ダイチは出口へ駆け出す。


「待て!」


 防衛隊の二人が銃を撃ってくる。


バァン! バァン! バァン!


 ダイチとフルートは構わず走り続ける。むしろ止まったらやられるのだ。

 走り続けると屋上での、文字通り雲の上の光景が広がる。




「かかれッ!」


 ツァニス率いる南軍はダイチとフルートが起こした流れ星に導かれるかのように進軍し、軌道エレベーターへ攻め込んだ。

 ジェアン・リトスを師団長機として、シュヴァリエを中心に屋上へと攻め込んでいた。

 迎え撃つクリュメゾン軍も先日配備したばかりのジェアン・リトスを投入し、航空戦力をも使って軌道エレベーターの空から守るべく展開される。

 その激しい戦力のぶつかり合いが雲海を突き抜けた空の上で今まさに繰り広げられていた。

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