第66話 レジスタンス団長ギルキスの提案
「各隊の状況は?」
ギルキスは副長のカラハに問う。
「二番隊、三番隊は予定通り進軍しています。四番隊はいささか前に出すぎています」
「ああ、エルボアか。血気にはやっているな」
会議室にいた橙髪の小柄な男――四番隊隊長エルボアは皇族の支配体制に人一倍強い反抗心を持っていた。今回の領主アランツィードの死をきっかけにして始まった戦争は、その支配を打倒するための絶好の好機だ。
それだけにみな血気盛んであった。
二番隊のコンサキス、三番隊のタノスもよく足並みをそろえてついてきてくれている。
「私の判断は、間違っていると思うか?」
ギルキスはもう一度カラハに問う。
ギルキスとカラハは百年以上にも及ぶレジスタンスの戦いを共に歩んできた戦友であった。先代の団長が戦いに敗れた時、今わの際にギルキスは次の団長に指名され、自分が団長ならばとカラハを副長に推した。
以来互いに支え合ってきた。だからこそ弱音や躊躇いをもらせた。
「いいえ」
そして、カラハは後押ししてくれる。
「我々レジスタンスの目的は皇族による理不尽な支配から解放する事。その対象は火星人であっても関係ありません」
「そうであるな。
罪のない火星人四百名の処刑。そんなことをこのクリュメゾンの地で許すわけにはいかない」
「それが今回の作戦目的。みなが賛同しています」
しかし、半分近くの団員はその先の延長線上にあるはずの領主打倒に目が向いている。
「特にユリーシャとコンサキスだな。彼等は民間人の出だ。火星人とはいえ、民間人が処刑されることは許せないのだろう」
「それは私達も一緒だ」
「ああ……」
カラハにギルキスは同意する。
スクリーンにクリュメゾンの地図を映し出される。
「我々の目的はブランフェール収容所。だが、その前に超えなければならないポイントがある」
レジスタンスの進路先に黒と緑の二色のマーカーが一度に点滅している地点がある。
「南と東がさっそく戦いを始めましたな」
南部都市メランノトスは黒、東部都市クローアナは緑を指し示している。
「ここを突破するのが収容所への最短ルートだが、迂回するのも一手と思うが」
「だが、それでは処刑に間に合わない!」
ギルキスは強い眼差しを持って、スクリーンを、そしてその先の眼下に広がる戦場を見つめる。
ピピピ
二つの軍が接近しているところに、さらに金色のマーカーが迫っている。
「そこに、クリュメゾン軍が加わるか」
「――アルシャール率いる大軍か!」
カラハを厳めしい顔つきで言う。
レジスタンスは今までそのクリュメゾン軍と戦ってきた。そして、東西南北の四国を相手取っても一歩も退かないほどの大軍。だが、それはアランツィードの統率によるものであった。
果たして、妹のファウナはどれほどのものか。
「この混乱で総崩れになってくれれば目的は達成できるのですが」
「楽観はできんな。総軍事長官アルシャール、防衛長官ギムエル、それに近衛騎士団長ディバルドが控えている」
「では、この緒戦。どうしても落とせませんな」
「ああ! エルボアに気を引き締めるよう、言っておくか」
カラハはフフッと笑う。
三軍が今にも衝突しそうな地点に、白のマーカーが接近する。レジスタンスの軍色を示す白であった。
「先行しているユリーシャも順調に接近しているようだな」
「彼女を中心に民間出身の者が多い一番隊。今回の戦いでもっとも士気が高く、実直な彼女が適任でしたからね。一番危険な役割を押し付けてしまったがやり遂げてくれるでしょう」
「例の火星人や金星人達も貸してくれている。それが良い方向に作用してくれればよいのだが」
ギルキスは出撃前のやり取りを思い出す。
――どうしても助けたい人達がいるんです
ダイチという少年のまっすぐな眼差しを。
「まもなく着艦地点です」
一番隊の輸送艦の操舵主が告げる。
「ええ、着艦後は指示があるまで待機をお願いね」
ユリーシャはそれに答える。
「いよいよか……」
ダイチは戦場を前にしてそわそわする。
「なんだ、武者震いってやつか?」
デランが茶化す。
「そういうお前こそさっきから剣に手をかけっぱなしじゃねえか?」
「ああ!? いつでも戦える心構えってもんだ!」
声が露骨に上ずっている。
ガタガタガタガタガタガタ
二人を尻目にマイナは緊張でそんな音が聞こえてきそうなほどに震えていた。
「まったくみな浮ついておるな。少しはドッシリと構えておれんのか?」
フルートは普段通りでたくましい。そのあたりは、まさに冥皇だけあって大物といっていい。
「戦場だからな、向かうってなると緊張するし、気が抜けないんだ」
「なあに! そなたの力ならば大丈夫じゃて、自信を持て!」
フルートは何の疑いも無く、そう言ってくれる。
「フルート、ありがとな」
少しだけ落ち着いた。
「軌道、エレベーター……!」
マイナが震える声で言う。
硬質ガラスの窓の先にそれは見えた。
地上から大樹のようにそびえたち、雲海を貫いている。
(俺達の目的地……!)
ダイチは気を引き締める。
さっきまでのガチガチに固まった緊張ではなく、適度に力の入った程良いものであった。
そこにはイクミがこんな時の為に用意していた『力』があるという。それが具体的に何なのかは秘密とはぐらかされたが、イクミがこんなときにふざけたり、いい加減なことを言ってくるヒトではないことは知っている。
必ず何かあるはずだ。
向かえと言われたからには向かってみようかと思い立った。
それをユリーシャを相談してみた。
「……なんですって、あなた達はそちらに向かうというの!?」
第一声は驚愕であった。
「そこに何か?」
「東と南の軍勢が衝突する地点です」
「えぇ!?」
ダイチはたじろぐ。
「あいつ、よりによってなんてところを……?」
イクミへ悪態をつく。
「港は戦力拠点としておさえておきたいから、そこを責めるのが定石だからよ」
「なるほど……北と西があの宇宙港で激突したのはそういうわけだったということですね」
「そういうことよ。ただそこは私達レジスタンスとしてもおさえておきたい地点よ」
「え……?」
「だったら、都合がいいじゃねえか」
「うむ! 妾達はレジスタンスに協力すると決めたからな。先程のように輸送機に乗せてもらえばよかろう!」
「お、おい、いくらなんでもそれは……」
厚かましい、とダイチは遠慮する。
「いや、良い提案だ」
「団長!?」
ギルキス団長はやってくる。
「団長、何故ここに?」
「出撃前に、君に話しておきたいことがあってね。グッドタイミングだった」
「はあ……次の作戦の一番隊の配置はもううかがっていますが……」
「だからこそだ。激戦区への先行。一番隊が最も危険な役目を果たす。私としては心苦しい限りだ」
「いいえ、構いません。誰かがこの役目を果たさなければならないのです。私は喜んでお受けしました。私を始めとする一番隊は必ず役目を全うし、レジスタンスの道を切り開いて見せます」
「頼もしい限りだよ。だが、君達は必ず生き残ってくれ、レジスタンスには無くてはならない」
「はい!」
ユリーシャは凛々しく敬礼する。
「………………」
「どうしたの、デラン」
その様子を見て呆けているデランにマイナは問いかける。
「い、いや、なんでもない……」
そのやり取りのせいか、ギルキス団長の意識はダイチ達へ向ける。
「軌道エレベーター上の港はレジスタンスにとっても、クリュメゾンにとっても、南東にとっても、重要な戦略拠点。そこへ向かいたいというのだね?」
「は、はい!」
「ならば、頼みたいことがある」
「頼みたいこと、ですか?」
なんだろう、とダイチは思った。
「一番隊のユリーシャのサポートをお願いしたい」
「え……?」
思いもよらないものであった。
「サポート、と言われてましても……」
何をしたらいいのか、わからなかった。そもそもこの戦争という混乱の真っ只中で何ができるのかすらわからない。
「つまり、同行して敵を蹴散らせということじゃな?」
フルートが勝手なことを言う。
「む、ああ、可能であればな」
「であれば、余裕じゃ!」
さらに自信満々に言ってのける。
「お、おい!」
ダイチは制止させる。
「フフ、頼もしいな」
「こいつは大げさすぎるんです。とても俺達にはそんな……」
「なんだ、できないつうのか?」
デランが遮る。
「デラン……」
「お前はもっと自分を信じろ。ちゃんと戦場でも生き抜いただろうが」
デランが言われて、港での嵐のような戦争を思い出す。
あの過酷な戦場から今でも生き残れたのは信じられない。
「お前と……俺達ならやれるぜ」
デランはそう言ってくれることで、少しだけ自信が持てた。
「ああ……」
ダイチはそれだけ答える。
「ダイチ君」
「はい」
「一つ試させてもらっていいかな?」
「え……?」
「私と一勝負してもらえないか?」
「え、ええ!? 一勝負!?」
今度こそ本当に思ってもみなかった申し出だ。
「ど、どうして?」
「ま、君達の実力を確認したいということでね」
「だったら、俺が!」
デランが申し出る。
「いや、すまないが、私はダイチ君と戦ってみたいんだ」
「……なんだよ」
デランは不満を漏らす。
「私から一本取れれば輸送機と一番隊という足を貸そう、どうかな?」
「え……?」
それはありがたい話だ。軌道エレベーターまで徒歩ではあまりにも遠すぎる。エアカーでも借りられたら、と思っていたが、あの高速で飛行できる輸送機で運んでもらえるのであれば願ったりかなったりだ。
「ダイチよ」
フルートは呼びかける。
「これほどの好条件を叩きつけられて退くのであれば男がすたるぞ」
「――!」
ダイチの目に闘志が満ちる。
「ギルキス団長、一勝負お願いします!」
「――よかろう!」
ギルキスは鋼の剣を引き抜き、ダイチはレーザーブレードで応じる。
キィィィン!
二つの剣が激突する。
「ぐッ!」
さすがにレジスタンスを束ねる団長だけあって、力強い一撃であった。ダイチは力負けして、後退する。
「あいつ、かなり強いわ!」
マイナは驚嘆する。
「大丈夫だ。ダイチは自分よりも遥かに強い奴だろうが、なんとかくらいつける奴だ!」
デランとダイチは、エインヘリアルで何十何百と戦い合っているからよく知っている。必ず負けるとわかっている敵との戦いでも、なんとかくらいつき活路を切り開こうとしているダイチの姿を。――そして、一合打ち合う度に驚異的な速度で成長する適応力を。
「てぃぃぃぃりゃぁぁぁぁぁッ!!」
ダイチは力は負けても気合だけは負けまいと声を張り上げ突撃する。
「さあ来なさい!」
ギルキス団長はそれを真正面から受けて立つ。
バチィィィィィン!!
剣と激突し、レーザーブレードの火花が飛び散る。
クイッ!
そこから体勢を崩さず、踏みとどまる。
一撃で決められないのなら、攻撃を絶やすことなく撃ち込み続ける。
「おおぉぉぉぉぉぉッ!!」
一気に畳みかける。
キィィィン! キィィィン! キィィィン!
ギルキス団長はその悉くを受け止める。
「ダイチのやつ、でたらめだが様になってるっていうのに」
「あれがギルキス団長よ」
ユリーシャは尊敬の念を込めて言う。
「ああ、強い!」
デランはその強さを肯定し、戦ってみたかったと思う。
「――じゃが、ダイチはまだ負けておらんぞ!」
しかし、フルートはダイチの勝利を信じて疑わなかった。
バチィィィィィン!!
剣とレーザーブレードの火花が散る。
ダイチは絶え間なく連続攻撃を続けていたが、いつまでも続けていられるほど甘くはない。攻撃から次の攻撃に入る動作をギルキス団長に見切られ、打ち込まれる。
「くッ!」
これをなんとか受けるものの、無理な体勢で受けたせいで攻撃が止まる。
キィィィン! キィィィン! キィィィン!
そこからさらにギルキス団長が畳みかけてくる。
ダイチは一撃を受ける度に倒れかける程身体をよろめかされるが、それでもなんとか踏みとどまる。
「ほう!」
ギルキス団長は感心する。
「ここまで粘るか。隊長と遜色の無い実力だ」
「だったら! 力を貸してください!」
「いや、まだ食らいついてこなければ!」
ギルキスはより一層力強い斬撃を放ち続ける。
(右!? 左!? いや、正面か!?)
キィィィン! キィィィン! キィィィン!
三方向からほぼ同時に放たれた斬撃を全て受けきってみせる。
(教官並みに速くて重い攻撃だ! しかもまだ本気じゃない!!)
ならば少しでも本気を出させるために戦わなければ、とダイチはレーザーブレードを投げる。
「――!」
ギルキスは一瞬面を食らったが、すぐにレーザーブレードを弾き返す。
バァン!
すかさず、ダイチは手元に忍ばせていた光線銃で放つ。
「ぬぅッ!?」
ギルキスは咄嗟に手を前に出す。
「ロンフェール!」
手甲に仕込まれた鉄が伸びて盾のように銃弾を弾く。
「く!」
「私のこの能力を使わせたか!」
ギルキスは驚嘆すると同時にダイチへ一撃見舞う。
「があッ!?」
ダイチは床へ叩きつけられる。
「勝負あったわね」
ユリーシャは止めに入る。
「ま、よくやったよ」
デランはダイチを評価する。
「相手が悪すぎたっていうか……」
「この次は絶対勝つのじゃぞ」
フルートはダイチへ向かって手厳しく言う。
「くそ、負けちまったか……」
床に足をつけたダイチは悔しさを口にする。
「さすがはレジスタンスの団長というべきか」
「ああ、強かった。能力を使われただけであっさり負けちまった」
「使われたのではない、使わされたのだ」
ギルキス団長が称賛を口にする。
「がむしゃらだが、どこまでもまっすぐだった」
「あ……」
差し出された手をダイチは思わず握り返す。
「一瞬とはいえ隊長達でも私にこの能力を使わせるほど追い込むことはたやすいことじゃない。――想いが成せる業か?」
ギルキス団長に問いかけられて、ダイチは答える。
「……どうしても助けたい人がいるんです」
どこまでもまっすぐで純真な想い。その意志は眩いばかりの輝きを放っているように感じた。
「よかろう。君に一番隊の輸送機を預けよう」
「……え?」
ダイチは面を食らう。
「君はその為に、私に食らいついてきたのではないのか?」
「ですが、それは勝った時ではないのですか?」
「確かに私は勝った時に君達に輸送機と一番隊という足を貸すと言ったが、――負けた時に貸さないと言ってない」
ダイチはその器の大きさに息を呑む。
「ありがとうございます」
「その代わりに、ユリーシャをサポートして欲しい。出来る範囲で構わないが」
「もちろんです」
デランとユリーシャは顔を見合わせる。
「改めてよろしくね」
「ああ」
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