第4話 アステロイドベルトの宇宙海賊

「なるほど、旅行者のフリをするんだな」


 警備員が見えなくなったのを見計らってダイチは言う。


「まあ、そうしておけば可愛くは見えるわよね。そ・と・づ・らだけはね」


 エリスの挑発じみた口調がミリアの癇癪に触ったのか、笑顔のまま首をかしげる。


「あら、見た目も中身もずぼらで救いようのないあなたよりは良いかと思いますが」


 またもや二人の間に険悪で火花が散りそうな視線をぶつかり合う。


「二人とも落ち着け」

 たまらずダイチが仲裁に入った。この役回りは胃に悪いのではと、胸をさすりながら本気で思い始めてきた。

 警護員に言われたとおりの道を通って、部屋の個室にまで来る。


「この部屋、開いていますわね」

 扉の無い個室は、廊下からでも乗客の様子がわかるようになっている。


「使っていいのかよ?」

「大丈夫よ、誰か来たらまた迷子のフリでもすればいいから」


 エリスは臆面もなく、部屋に入る。


「それもそうか」

 納得してエリスに続く。部屋にはソファーが二つあるだけで他には物はない。


「なんか宇宙船ってより鉄道列車みたいだな」

「なにそれ?」

「いや、こっちの話だ」


 ダイチはそう言いながら席に着く。

 対面にエリスとミリアが座る。


「お腹、空きましたね」

「能力を使ったからね……休んだら?」

「そうですわね……いっぱい使いましたから、お腹もすいてきましたし、この後が楽しみですわ……」

 ニコリとダイチに視線をやってから、ソファーに横になる。その傍らに座ったエリスは覚悟しておきなさいよと言わんばかりの視線を送られて、ダイチは対面のソファーから目をそらす。だが、いつまでもそうしているわけにはいかず話題を切り出す。


「んで、目的の物って何なんだよ? これからどうするんだ?」

「待ちなさい。順を追って説明するから」


 エリスは一息ついてから答える。


「まずはこれからのことね。正直言ってこれは想定外のことだったわ。イクミの掴んだ情報だから手違いは無いと思っていたんだけど」

「まあ、自信満々だったしな。それで外れをつかまされたんだから世話ないけどな」

「でも、イクミが外れを引くなんて、普通じゃ考えられないわ」


 エリスは神妙な顔つきで顎に手を当てて続ける。


「何かあるわね、この船……できれば隔壁ぶち破ってでも調べてやりたいところだけど!」


 エリスは腕を握りしめて悔しそうに言う。放っておくと本当にぶち破りそうだ。


「やめろよ、ぶち破ったらもう客のフリなんてできねえんだから」

「わかってるわよ」


 エリスは煩わしそうに頭を掻く。

 それにしてもカッカしやすい娘(こ)だ。放っておいたら暴れだしそうで放っておけない。


「まあ、今はとにかくおとしなくするわ。それで、話の続きだけど目的の物ね、これを話す前にまず私達のこと、話す必要があるわね」


 エリスはもう寝息を立てているミリアの方に一瞬目をみやってから、ダイチを見て、神妙な顔つきで話し始める。


「私達ってね、普通の火星人じゃないのよ。子供の頃、もう十年以上も前になるわね……」

 エリスは一呼吸間を置いてから意味深に言った。

「実験体、だったのよ」


 ダイチにはその意味がよくわからなかった。

 

「昔戦争があったって、イクミから聞いたわよね? その戦争に勝つために、私達は人体兵器として収集されたのよ」

「人体、兵器……?」

「まあ、戦争ってのも長続きしなかったわ。太陽系の惑星全部巻き込んだ戦争だったんだけど、水星ってのはいつもすぐに負けちゃうのよ、それで情勢が木星側に有利に働く。そのままなし崩し的に金星も火星も負けるってのが顛末だったらしいの。んで、実験の計画も戦争が終わると同時に消滅して、私達は自由の身になった。でも……」

 エリスはおもむろに黒いグローブを外して、血の気の引いた手をダイチに見せる。


「――手を持ってかれたわ、両方ともね」


 ため息を混じりにそう告げる。


「じゃあ、その手は……?」

「義手よ、時々イクミにメンテを頼んでる」


 エリスはそう言ってすでに眠りについているミリアを見下ろす。


「ミリアは、右足……イクミは、何を失ったのか話してくれなかったけど、三人とも身体のどこかを実験の関係者に持ってかれて、今も行方知れずなのよ」

「ちょっと待て。実験は終わったんだろ? だったらどうしてそんなものをそいつらが持ってるんだよ。そんな手とか足とかどうするつもりなんだ?」

「多分連中はまだ実験を続けているわ……イクミの話だと戦時中、連中は政府の機密情報に精通してるらしいから、実験資金はそこから巻き上げれば活動には困らないらしいのよ」

「なるほどな……」


 ダイチは事情はわかったと言わんばかりに相槌を打つ。


「そいつらがこの旅客機に積み込まれている怪しいモノってまさか、お前らの……」

「そういうこと。やっと掴んだ手がかりだったわけ。だからすぐにでも行きたいんだけど……」

「そうか、そりゃすぐ確かめに行きたいよな」

「よくわかってるじゃない」


 エリスは微笑む。


「だからって、隔壁ぶっ壊すのはやめろよ」

「わ、わかってるわよ!」


 こうして釘を刺しておかないと本当にやってしまいかねないのがエリスの危なかっしいところだとダイチは思った。


「それでこれからどうするかだな。ひとまず休憩して、そのあとどうするんだ?」

「そうね、行き先の宇宙港に着陸したときが狙い目かしら。運び出すために隔壁は開けるらしいから」

「この旅客機の行き先ってどこなんだ?」

 ダイチが聞くとエリスは窓に映る星の海を見る。遠いその星に想いを馳せるように星の名を告げる。

「――木星よ」




 火星と木星の間にある小惑星群――アステロイドベルト。

 果てのない星々の海の中にある海岸の小石のように埋もれた暗闇の中、目を凝らす鮫のような船が一隻あった。

「報告! キャプテン・ザイアス、KQの11番に旅客機侵入!」

 がたいのいい男が指令席に堂々と立つ男キャプテン・ザイアスに威勢のいい報告をする。

「匂うぜ、こいつは」

 キャプテンは無精髭を触りながら言った。

「へい、キャプテン。3日も洗濯してねえですからそりゃ臭いますぜ!」

「バカ野郎ぉ! その臭うじゃねえ! きな臭い、ドンパチの香りに決まってるだろが!」

「といいやすと?」

「リピート! 他の船の巡航路はどうなってる!?」

 大画面モニターに直結するコンソールをタッチする若者リピートはキャプテンへ振り向くことなく、報告する。

「異常なし、平常通りのダイヤで運行している模様です」

「となると、あいつは予定外の船ということになるか、何か積んでやがるかもしれねえ!」

 ザイアスは目を輝かせ、金色に赤の縦のラインが入ったマントをなびかせて豪快に告げる。

「野郎ども、出航だぁ! 標的、KQ11番の船に向かって一直線で行くぞお!」




「じ、地震!?」

 振動でダイチの身体が飛び跳ねて、夢見心地だった意識が飛び起きた。

「宇宙空間で地震なんてあるわけないでしょ」

 エリスはあくまで落ち着いてなだめるように言う。


「じゃあ、ついたのか?」

「いいえ、まだアステロイドベルトに入ったばかりですわ」

「じゃあ、隕石にでもぶつかったのか?」

「それも違うみたいよ」


 エリスはそう言って廊下を覗き見て様子を確認する。

『船内の乗客の皆様。落ち着いてください。ただいま本船は非常レベル3体制に入ります』

 機械のような口調の女性アナウンスが流れる。


「レベル3っていうと非常停止させるくらいのものね、何事かしら?」

「そういえば……聞いたことがありますわ。アステロイドベルトを根城として、そこを往来する船に略奪行為をする……宇宙海賊がいる、と」

「でも、それって噂でしょ?」

「だったら、小惑星にでも衝突したのでしょう」

 否定されるやいなやミリアは即座に提案を変える。


「それはそれで問題だ」


 ダイチは眠気眼をこすりながら呟く。

 さらに、振動は続く。何度もせわしなく。


「これは小惑星程度のものではないわね!?」

「やはり宇宙海賊ですわね」


 今度は確信をもって言うミリア。


「そこまで言うからには何か根拠があるの?」

「だってそうだったら素敵じゃないですか」

「訊いた私が馬鹿だった」


 エリスは呆れつつも、廊下をもう一度覗き込む。


「これはチャンスかもしれないわね」

 ダイチはエリスが妙なことを口走ったように聞こえた。


「そう思う根拠は?」

「今、警備が手薄になってるかもしれないし、乗客の命が最優先がモットーなんだから、積荷にまで手がまわらないかもしれないわ。――それに、今の混乱なら多少暴れても大丈夫なはずよ!」

「訊いた俺が馬鹿だった。最後のが本音だろ」


 ダイチは呆れの言葉を返した。それは同時に同意の意思でもあった。

 廊下を走ると他の部屋の客が慌てふためていて、自分達と同様、何が起きているのかわからないことが伝わってくる。

 部屋を出てから揺れはすぐにおさまった。


『こちら、宇宙海賊ポスランボ! 故あって諸君らの船を占拠させてもらった!』


 先程の甲高い女性アナウンスの声とはうってかわって野太い男の声が響きわたった。


「宇宙海賊って……まさか本当にそんな連中が来てるわけ!?」


 エリスがそう言うと、ダイチは「面倒なことになった」と言いたくなった。

「これはレベル4もの非常事態ね!」

 エリスはニヤリと笑う。

「つまり、隔壁がぶち破れたとしても……」

 ダイチはそこから先、エリスがどんなことを言うのか予想できた。


「「海賊のせいにすればいい!」」


 声が重なる。交わす微笑みも苦笑いさえも。

「じゃあ、行きましょう!」

 ミリアはコクンと頷く。混乱している乗客達を尻目に三人は走り出す。

 しばらく走るとすぐに隔壁にうちあたった。


「さすがにレベル3だと普段閉じないところも閉じるか……」


 エリスはため息一つついて、黒いグローブに手をかける。

「仕方無い、出し惜しみしてる場合じゃないしね」

 自分に言い聞かせるように言うと、突然扉を開いた。エリスはえっと驚き、唖然とする。


「管制室に何かあったのでしょうね。占拠すればやりたい放題になりますから」

「そんな簡単に占拠できるものなのか? セキュリティだってあるのに?」

「海賊と豪語するぐらいですからね。それぐらいはお手の物のなのでしょうね」

「ま、なんにしても好都合よ」


 このとき、ダイチは一抹の不安を抱いた。先程ミリアは宇宙海賊について「略奪行為をする」と言っていた。略奪をするならば、まず彼らはどこに行くか。管制室で機体の制御を奪って、獲物の船が逃げられることがなくなったのなら、彼らは目的の物を盗りに行くだろう。その目的の物は今自分達が向かっている場所にある物ではないのだろうか。

 ようするに連中の目当ては積荷で、このまま行くとかち合ってしまいのではないか。


「――ッ!」


 先を行く不意にエリスが止まる。そのとき、ダイチの不安は的中してしまったと悟る。


「迷子かな、お嬢ちゃん?」

 がたいのいい男と身体が細長い男の二人組がそこにいた。どちらも乗客といった風貌ではなく、無法者という言葉がしっくりくる印象だった。

「いいえ、そっちに行くつもりよ」

 エリスは臆することなく堂々と答える。その様子に男達もおや?っと眉をひそめる。


「もしかして嬢ちゃん方、同業者?」

「そんなとこ」


 細長い男がエリスは即答する。


「なるほど、そいつは災難でやんしたね」

 がたいのいい男が哀れむような視線を向けてくる。


「あっしらが全部かっさらっていきやすから」

「勝手言ってくれるじゃないの……!」


 エリスは頭を掻き上げる。


「さすがに全部はいらないけど、持っていかれたら困る物もあるんだからね!」

 拳を構える。それはお前達と戦うという意志表示。

「嬢ちゃんと殴り合う趣味なんざねえんだがな」

 細長い男が出る。


「手加減してやるのが紳士だぞ、ターン」

「俺は男だ」


 そう言って、ターンと呼ばれた男は一歩踏み出す。足も長いその男の一歩で距離は一気に詰められる。


「ッ!?」


 一歩と思われたその踏み込みは、およそ一歩では届かないはずのエリスの顔にまで拳を届かせる。

 双方驚愕する。思ってもいなかった瞬間に一撃が来たエリスとかわされるはずのない一撃をかわされたターン。先に思考が平常に戻ったのはエリスだった。


「女の子の顔を狙うのは紳士的じゃないわね」

 お返しと言わんばかりに、拳を繰り出す。ターンは片方の腕で防御する。


「中々の一撃であるな」

「それはどうも!」


 エリスは止まることなく拳を突き出し続けた。ターンはそれを防御する。初めは涼しい顔で受けていたが、やがて歯を食いしばるようになった。

 とうとうそれに耐えきれなくなり、ターンは舌打ちして後退する。


「遊んでるとキャプテンにどやされるぞ」

「誰が遊んでいるって? トップ、貴様の目は節穴か」

「だったら、早くしろ。キャプテンはせっかちなもんでな」

「わかってる」


 ターンは舌打ちする。そして、エリスを見据える。

「能力を使うと疲れるからな。かといってキャプテンにどやされるのはもっと疲れる」

 ターンは肩をパキパキ鳴らせる。


「スリーウォーク!」


 魔法を唱えるような、そんな呟きとともにターンはその場から消える。

 消えたと認識した次の瞬間に、彼はエリスの目の前に現れた。そこから繰り出された拳はよけようがなく、腹に直撃する。

 エリスの身体がくの字に曲がり、下がりかけた頭に蹴りを入れられる。エリスの身体は浮き上がり、後ろのダイチに受け止められる。


「いったあ……」

 打たれた頭を抱えながらエリスは立ち上がった。


「クリーンヒットして、仕留めたはずなんだが……」

「ちょっと面を食らっただけよ。そんじゃあ、お返しに私の能力を見せてあげる!」


 エリスは再び拳を構える。


「ヒートアップ!」


 その言葉を口にして、髪が巻き上がる。


「むぅ!?」

 ターンが驚いたその隙をつく。エリスの身体が火花のような踏み込みを見せる。その火花が消える次の瞬間には、一気に間合いを詰めて懐にはいっていた。

 その勢いのままに繰り出される攻撃はさながら爆発のようで、思わず目を覆うほどだ。

 エリスはその一撃の後に畳み込んで、顔と額にそれぞれ拳を入れる。


「えげつない嬢ちゃんだ……」


 ターンは膝をついた。


「打ち負けるかよ、ターン!? キャプテンにどやされちまうぞ!」

「こいつはつええぜ、キャプテンに報告すべきだ」


 ターンは腹を抱えたまま立ち上がり後退する。そんな様子にトップは困惑しているようだ。


「そろそろ目的のもん、見つけてる時間だしな」

 と腕の時計を見ながら言い訳をするように言い、背中を向ける。


「おぼえてやがれよ!」

 捨て台詞を残して二人は鮮やかに去っていった。


「……逃げられましたわね」

「別に、倒すのが目的じゃないからね」

 負け惜しみともとれる台詞を言いつつ、エリスは二人が消えた方向を見る。

「それよりも、貨物室の方よ! あいつらのキャプテンがもう持ち去っているかもしれないわ!」

 エリス達は慌てて後を追った。

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