第1話 火星の空は赤く
行くあてのない地球人ダイチはエリス達の家に居座ることになった。それから六日ほどたった。
特にすることはないので家の周りを散歩したりして時間をつぶして、朝昼晩の三食を食べる。火星の食べ物は口に合った。特に火星ダコの味は、ミリアがウェイトレスをやっている店で食べさせてもらったが格別だった。
しかし、今日は何もすることもないので家でゴロゴロしている。
「ただいま」
「おかえり」
イクミが学校から帰ってくるとダイチが出迎える。こういった当たり前のやり取りにもすっかり慣れた。あまりにも早く順応したため、逆にイクミの方が驚くばかりであった。
三人の中でイクミだけは学校に通っていて帰りも早い。もっとも帰った後は地下室にこもりっきりで会話は少ない。
(何をしてるんだろう……?)
ダイチは帰ってそうそう地下室へ入るイクミを見て気になった。
あそこには、自分がここにやってきたポッドがあるし、何を調べているのだろうか。それに三人、特にエリスは妙にそわそわしていて、落ち着きがない。問いただしてみたところ、「なんでもない」の一点張りだった。
火星人の習性……というわけでもなさそうだ。
三人は自分に対して何か隠している。その答えがこの地下室のあるような気がしてならなかった。
気になる、入ってみたい。入ってもいいよな? ふと心の声がそう囁き、誘惑に負けてとうとう地下室を覗き込んだ。
「お、いらっしゃい」
イクミは驚きもせず、笑顔で出迎えた。怒ったり、騒がれたり、するものだと予想していたため、この陽気な反応は逆に何か恐ろしいことの前触れかと危惧した。
「俺、入ってきてよかったのか?」
「別にここはうち専用なだけで、秘密とかあらへんで」
それならもっと早く来るべきだったとダイチは少々後悔する。
「んで、何をやってるわけ?」
「それはやな、これやこれ」
イクミは机の上に浮かび上がっている立体映像を指差した。見た限り、黒鉄の腕のようだった。
「これ、なんだ?」
「あん、ダイチはん、男の子だってのにわからんのかい? ロボットやロボット」
「ロボット?」
「それも、超弩級のスーパーロボット! そいつのアームなんや」
「スーパーロボット? アーム?」
「せや! 鋼の巨体が宇宙をかけ! 黒鉄の剛腕で敵を砕く! 考えただけでロマンがあるやろ!?」
「おお!」
拳を固く握り締めて、熱弁するイクミ。その迸る熱意は少年であるダイチの心を揺さぶった。
「そいつはかっこいいな!」
「そうか、ダイチはんならわかってくれると思ったで!」
「それでこれが腕なんだな!」
「そうや! あとはこいつをつければ完成や!」
「おお、すげえ! どんなロボットになるんだ!」
イクミは人差し指を立てて、チッチッと舌を打ち、告げる。
「そいつは見てのお楽しみや。近日完成やからな」
「楽しみにしてるぜ!」
そこでイクミは上がりきった熱気を冷却させるように一息ついてから言った。
「そいで、今並行してダイチはんが乗ってきたポッドを調べてる最中なんや」
「ああ、あれな」
台座に乗っているポッドを見た。
「にしても、たったこれだけで地球から火星にまで来れるなんてトンデモ技術やな」
「そんなにすごいのか?」
「エネルギータンクも積んでへんし、ブースターもない。メインエンジンと最低限のエネルギータンクだけで惑星間を移動するなんて夢物語もええとこやで。ロストテクノロジーっちゅうやつやな」
「俺、そういうやつの専門じゃないからよくわからんけど」
「そいで疑問なのは、どうやって地球から出たかや」
「はあ、そんなもん普通に出たに決まってるだろ」
「普通にって……」
イクミは呆れる。
「あのな……地球は大昔偉いさんが不可侵惑星にしたんや。せやから近づくモノを許さない絶対防衛システム【テルス】、通信ラインを断絶し、情報を完全に遮断する【ニュクス】の二つを突破せんとあかんやろ」
「ああ、聞いたことがある……でも、俺が地球出たときは作動しなかったぜ」
「作動しなかった、どういうことや?」
「作動していたらポッドは撃墜されて、今こうしてここにいないってことだ」
「ううむ、どうなってるんや?」
イクミは頭を抱えながら、大きく揺らして悩み込む。
「そんなに深く考えてもしょうがないんじゃないか?」
「そりゃ無理ってもんや。ダイチはん、事の重大性理解してへんやろ」
「ああ」とダイチはあっさり返答した。この瞬間に眼鏡を両手でフチフチと上下させて、直している。
(な、なんだ……?)
「スイッチが入りましたわね」
「ミリア、お前いつのまに!?」
「それは、お二人で禁断の密会ですもの」
ミリアは微笑んで、途中から妙に高いアクセントで答えた。
「質問の答えになってない! というか、なんだその妖しい響きは!?」
「こりゃスイッチが入ったわね」
「エリス、お前もか!?」
背後から不意にした声で、エリスも入室していることに気づいた。
「どうして二人揃って……スイッチが入ったってなんだよ?」
「イクミのスイッチ、通称シリアスイッチ。ま、見てればわかるわ」
エリスがそう言うやいなや、眼鏡をかけなおしたイクミは鋭い視線をダイチに向けた。
「ええか、ダイチはん! よお聞きなはれ!」
「お、おう」
「我々ヒトは、太陽系の惑星に暮らしておる。水・金・地・火・木・土・天・海ってな! 第3惑星の地球はそれらヒトの起源。ヒトは地球より生まれ、その卓越した頭脳を持って、母なる星を飛び出して、他の太陽系惑星へと進出し、移住しはじめた。ここまでわかるか?」
「ああ、聞いたことある」
拳を振りかざしながら熱弁するイクミに圧され、ダイチも真面目に答える。
「よろしい。では他の惑星に進出し続けたヒトはその後、戦争をしはじめてしまった」
「なんで戦争なんかしたんだ?」
「住む場所が変われば考え方も変わってくる。ましてやその星の環境に順応したヒトはもう同じ地球人ではなくなってしまった。うちらが火星人、ダイチはんが地球人でOK?」
「OKだけど」
「つまりそういうことや。まあ、それとは別にその星の膨大な資源や独自に発達した技術も大きな要因やったな、そんなこったで戦争何百何千年と続いた。んで、母なる星・地球にすら悪影響が及ぶになったんで、封印することになったんで当時というか、今でも最新鋭の防衛システムを導入し、不可侵惑星として幾千年、うちらは地球を見ることさえ叶わず、地球人なんてもはや神やで神! そんくらい神格化したのは地球が出ることも入ることもかなわない聖域となったからや! それをお前が地球から出てきたちゅうことは! 神話が崩れ、太陽系の歴史に新しい一ページに刻まれかねない大事件なんやで!」
「……そ、そうなのか?」
ダイチはエリスに意見を求めた。イクミがノリに任せて大げさに言っている可能性もあったからだ。
「そうよ。本当にそれだけのことなんだから、ありえないと思うのよ。ペテンにかけられてるんじゃないかって思うぐらいよ」
「はあ……実感できんな……」
腑に落ちない態度のダイチを見てエリスはため息をつく。
「当の本人がこの調子じゃねえ、信じてもらえないでしょうね……」
「悪かったな」
ダイチはふてくされる。
「そりゃ私達だって信じたわけじゃないし」
「せや。だからこそ、食ってるときも、寝ているときも、四六時中観察し、」
「ちょっと待て! 四六時中観察ってなんだよ!?」
ダイチはツッコミを入れる。
「ああ、そういえばこの家、カメラがそこら中にあって死角が無いから、観察日記をつけるにはもってこいなんですって」
代わりにミリアが答えてくれた。
「か、観察日記……?」
嫌な響きだった。まるで自分が人間として扱われていないような、そんな響きだ。この三人なら本当にヒトとして扱いそうにないから、なおのこと怖かった。
「……ま、まさかとは思うが、俺の行動を分刻みでつけているって、そんな殺生なことしていませんよね?」
イクミは眩いばかりの笑顔を向けて答える。
「秒刻みや。なんなら今日これまでの行動全部言おうか」
「すいませんでした……」
ダイチは自然と正座して平手をついていた。
「というか、俺にプライベートはないのかよ!?」
「ないやろ」「ありませんわ」「あるわけないじゃない」
三人揃って即答する。普段は全然ウマの合わないようなやり取りしているのに妙なときに意見が一致する。これが火星人特有の能力なのかとダイチは割と本気で思い始めてきた。
「理不尽だ……」
「冗談や、冗談やで。いくらなんでもそこまでせんて」
「冗談に聞こえないんだが」
「むぅ……なんや、疑り深いな……」
「そりゃ、こっちはプライバシーがかかってるからな。詫びるならそっちの秘密を一つ教えてくれよ」
「秘密、なんのことや?」
イクミはわざとらしく首をかしげる。
「とぼけるなよ、そっちがなんか企んでいるのはなんとなくわかってるんだ」
「む、意外に鋭いな……」
イクミは観念したかのように、あっさりと手元のディスプレイを拡大する。それは壁にも映し出されて大スクリーンとなった。
「別に秘密していたわけじゃないわよ、教える必要がなかっただけで」
エリスの言葉とともに、スクリーンにはある場所が映し出される。長い滑走路とその先にせり上がった打ち上げ台に、それらを見守る管理塔が立っている。
「これはリビュア唯一の宇宙港や。いちおー金星と木星にはここでいけるんや」
「金星と木星以外の惑星にはいけないのか?」
「それはちょっと無理や。今の火星の技術じゃ、燃料はもたんし、時間がかかるからな。当然のことながら、地球行きもないで」
「わかってるよ」
悪戯っ子のような笑みを浮かべて言うイクミにダイチはぞんざいに答える。
「――別に、地球に帰りたいわけじゃないし」
「ん、なんか言ったか?」
「なんでもねえよ」
「それより、これがどうかしたのか?」
「ダイチはん、宇宙港にはダイヤがあるのは知ってるか?」
「ダイヤってあの炭素から出来てる硬い宝石……」
「そやそや、あの眩しさと力強さを併せ持つ最高の……って、ダイヤモンドちゃうわ! 運行表のことや、運行表!」
ああ、とダイチは相槌を打った。
「ええか、基本宇宙港はダイヤに従って旅客機や輸送船を出航させているんや、厳守が基本や。例外や非常事態があったとしてもすぐに修正されるもんや」
「それぐらい知っている。地球でもそうだったからな」
「へえ、そうなんか。ええこと聞いた」
「それで、そのダイヤがどうかしたのか?」
イクミがここでポンとディスプレイを叩く。
「さて、ダイヤはん。ここで質問や。ではダイヤの流れに無い旅客機が七日前から用意されているとしたらどう思う?」
「そりゃ……変、だよな」
「うむ、変やな」
「俺はダイチだぞ」
「せやな、ダイヤはん」
ダイチは不満の視線をイクミに向ける。
「俺はダイチだ」
「気づかれてたか」
イクミは感心感心と言わんばかりに上機嫌に答えた。
「そりゃ自分の名前だしな」
「ま、そうやな。さて話に戻るとダイヤにはない旅客機が七日前から準備されとるちゅうおかしな状況なんや」
「ダイヤには無いってそりゃ急遽変更されたってことはないのか?」
「七日も前からってなるとそれはちょっと不自然やな。急遽なら一日・二日前から、それより前なら告知するはずや。なのにこの中途半端な時間はなんなのか……」
「なんなの……?」
間抜けな声でイクミは含みを込めた笑みで得意げに答える。
「ズバリ、なんらかのブツが積み込まれとるからとうちは推理してるんや! それもなんかヤバイもの積んでいるからかもしれん」
「ブツね……それがここと何か関係あるのか?」
「いいや、わかったことは関係があるかもしれないちゅうだけや。それをこれから調べるから、ダイチはんにも手伝ってほしいんや」
ここまで黙っていたエリスとミリアが口を挟んだ。
「どういうつもり、イクミ?」
「ダイチさんに手伝わせるって?」
「まあまあ、ここはうちに任せてもらえない?」
不満と疑問を混ぜた表情で二人は黙った。それでもイクミに任せるべきかと二人は判断したのだろう。
「手伝ってほしいって俺に何かできることがあるのか? 世話になってるし、手伝えることがあったら何でもするけどよ」
「ええこというな。なあに簡単なことや、エリスとイクミと一緒に宇宙港まで行くだけや」
「そんなことか、それならいいけど」
ダイチはあっさりと承知する。
――イクミはニヤリとした。
「そいじゃあ、決行は明日やから今日はグッスリ眠ってくれ」
「明日って急だな」
「ギリギリになって問いただした間の悪さを呪うべきやな」
「……それもそうだな。まあ、引き受けちまったしな」
急遽決まったことに戸惑いつつも、それはそれで仕方ないとダイチは割り切った。その姿勢は言動にも現れていてイクミはその思い切りの良さを感心した。
「それでは夕食にしましょうか。ダイチさん、下ごしらえの手伝い、頼めますか?」
ミリアが地下室を出るのに、ダイチを誘う。
「ああ、いいぜ」
二人は揃って地下室を出て、エリスとイクミの二人が残った。
「今日仕入れてきた、魚(オリンピ・アジ)の活きがすごくいいですよ」
「そいつは楽しみだな。ボシニンジンの下ごしらえは任せとけよ」
「フフ、頼もしいですね。私が下ごしらえなんかしちゃいましたら終わる頃には日が暮れてしまいますからね」
微笑ましいやり取りが聞こえなかったところを見計らって、エリスはイクミへ詰め寄る。
「どういうつもりイクミ?」
「どういうつもりと言われても……」
「一緒に行かせるって、私とミリアだけでいいんだし、ダイチは邪魔でしかないのよ。なのにどうして一緒に行かせるかって訊いてるのよ?」
「まあ、不測の事態ってこともありうるんや。何しろ今回は、アレの目的も、行き先も、資金も、積まれてる物も、わからないことづくめやからな」
「それでも、ダイチは足手纏いよ。何かの役に立つとは思えないわ」
「それはわからんで。ああ見えてあの男、底知れんもんもっとるで」
「何を根拠にそんなこと言ってるの?」
馬鹿らしい、もしくはまたいつもの冗談かとエリスは呆れながらも一応訊いた。
「エリス、あんた気づいてへんのか?」
「気づいてないかって何が?」
イクミはメガネをクイッとかけ直す。エリスは、スイッチ入れやがった、と思った。
「ダイチはん、ここにきて何日になると思う?」
「えぇっと……六日よね」
「そう、六日や……初日はこの家に男がいるというだけで違和感があったが、次の日からはそれがなくなった……」
そう言われてエリスはその時の光景を思い出して気がつく。
ダイチがやってきた日、彼はせわしなく家の中を歩いて、この家を歩き回る少年という強烈な違和感を振りまいていた。食事にしたって、その日の当番だったエリスは四人分用意した。彼の口に合うかどうか、調理中とか食事中はそんな気までまわしたというのに、一晩たってからだと家にダイチがいるのが普通の光景になっていた。
どうしてそうなったのか、今言われるまで気がつかなかった。ただそこにダイチがいるというのが数年来の事実のような錯覚に陥っていたのだ。
「それは、彼がすぐになじんだっていうか……」
「にしても、なじみすぎやでこの短期間で。
……それには理由があるんじゃないかってうちは思うんや」
「理由って?」
「それがわかってればすぐにでも説明するんやけどな」
イクミはため息をつく。もったいぶった言い回しではなく本当にまだわかっていないようである。
「せやから、今回のことで、何かわかるかもしれへんと思ってな」
「無茶苦茶ね、そんな検証のために彼がブタ箱に連れていかれるかもしれないのよ」
「ブタ箱で、済めばええんやけどな……」
線のような細い目から悪戯を考えているような愉快げな表情を覗かせる。こういった時のイクミが何を考えているのか、長年の付き合いだというのに未だにわからない。それだけに得体の知れない不安があった。それでも信頼しているのは、まあイクミの考えならと納得できる部分があるからだ。
「大丈夫やって、ちゃんとうちがフォローしておくから」
イクミは自信をもって断言する。
「フォローね……そこまで言うからには、しょうがないわね。ミリアには私が言っておくから」
「よろしくな」
エリスは微笑んで「ええ」と答えてから、一転して真剣な表情で答える。
「今度のはどうだと思う?」
「ダイヤの流れには無いとはいっても、旅客機の体裁をとるためか、何人か旅行者が乗り込んどる、どうやって手配したのやら激しく疑問や。それもなんか怪しいモン積んどるらしいし、うちの個人的見解だとかなりの確率で当たりや」
「……旅行者、怪しいモノ……」
エリスはその言葉を噛み締めるように言う。
「ねえ、イクミ。その怪しいモノって、もしかして私の……」
「ありうるで」
イクミが即答すると、強く拳を黒いグローブごと握り締めた。
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