第103話 再会
あれからセツカにはシオンの痕跡を探してもらいつつ、僕とラナはバロックさんと共に移住希望の人たちの家を回っていった。
生活必需品や仕事道具など、持っていくべき荷物が多くて時間がかかると思われた引っ越し準備だけど、そこはほら。アイテムボックスに放り込んで持っていけば荷馬車もいらないし楽だったよ。
バロックさんには呆れられたし、移住希望の人たちは総じて顔を引きつらせたり人形のように固まったりしてたけど。
そんなこんなで1時間たらずで引っ越し準備を終えたのち、展開したゲートを使ってウェルカ帝国帝都イシラバスへと移動。
これまたゲートをくぐった人たちがピシリと石のように固まっていたけど、きっとイシラバスのあまりの美しさに見とれてたんだろうね。
点呼をとって全員が移動できたことを確認し、僕はバロックさんに声をかけた。
「しばらくすればベルモンズ宰相が手配してくれた方が来てくれると思いますので、その方と今後のことを話し合ってくださいね」
「あ、あぁ……。まだ現実を受け止め切れていねぇが、これだけはわかるぜ。本当にありがとう、シズク坊。いや、シズク様と呼んだほうが良いのか?」
「今まで通りシズク坊で良いですよ。僕はみなさんの意思を尊重してできることをしただけで、大変なのはこれからですからね。慣れるまで時間はかかるでしょうが、とても良いところなのできっと気に入ってくれると思いますよ!」
「ハハッ、できることをしただけ、ね……。それがどれだけとんでもねぇことで、どれだけの人間を救ってるんだろうなぁ。俺に何ができるんだって話だが、次は俺の番だぜ? どんな無茶でも絶対に断らねぇから、何かあれば声かけてくれよ!!」
「はい、そのときはぜひ! では、僕たちはこれで」
ザイケノンに戻るべくゲートを展開すると、移動してきた人たちが一斉にお礼を口にし頭を下げてくれる。
僕に迷惑をかけないよう、イシラバスにいち早く馴染み国のために貢献すると強く宣言してくれた。
そんな人たちに手を振り、ザイケノンへと戻った僕たち。
さぁ調査の再開だと思ったのもつかの間、セツカが血相を変えて突然勢いよく走り出してしまう。
ただならぬ雰囲気に僕とラナは目を見合わせると、慌ててその背中を追いかけた。
ほどなくしてセツカが立ち止まったのは、路地裏の奥にひっそりと佇む古びた酒場の前。
「セツカ、ここがどうかしたの……?」
「……おそらく、中にシオンがいる」
ラナの言葉に、鋭い目つきで酒場を見つめたまま答えたセツカ。
思いがけない返事に、思わず僕とラナは固まってしまった。
「な、なんでこんなところに……」
「さぁ、なぜなんでしょうか。ただ一つわかることは、今のやつは敵かもしれないということだけです」
僕の不意に出た言葉に、険しい顔つきで答えてくれるセツカ。
その雰囲気はすでに臨戦態勢のそれであり、何が起きても対処できるよう備えていることが窺える。
それもそのはずで、意識を集中して確認すれば店内からは僅かに敵意と警戒心が漏れでていた。
再び僕の心の中がぐちゃぐちゃになって負の思考に溺れそうになったところで、いつの間にか僕の目の前に移動してきていたラナがそっと僕の頬を両手で包み込む。
「シズクくん、気をしっかりもって。もう悩まない、シオンを信じる。そう決めたでしょ?」
「……うん。ありがとう、ラナ」
「ふふっ、どういたしまして。シズクくんはまだまだあたしがいないとダメだね~?」
僕の気を紛らわせようとしてくれているのだろう。
悪戯っぽく笑いながら、ほっぺをムニムニしてくるラナ。
「本当にその通りだね……。僕はいつもラナに助けられてばっかりだ。こんな頼りない僕だけど、これからもよろしくね?」
そっと頬を包むラナの手に自分の手を重ね、もう大丈夫と伝えるように笑顔を見せる。
「…………」
「ラナ?」
無言のまま固まってしまったラナに呼びかけると、慌てて手を引っ込めて距離を取った。
「も、もちろんそのつもりだよっ! あたしはこれから先も、ずーっとシズクくんとい、一緒なんだからさっ!!」
こちらに背中を向けたまま、どこか不機嫌そうに声をあげるラナ。
そんなやり取りを見て気が抜けたのか、セツカがわざとらしく咳払いをした。
「……ごほんっ。主殿、ラナ、そろそろ行きましょうか」
「「……はい」」
改めて意識を切り替えた僕たちは、そっと酒場の入口に手をかけて中へ入っていく。
見た目通り中は埃っぽく、長らく使われてないことが容易にわかる。
「シオン、いるのだろう! さっさと出てきたらどうだッ!!」
シンと静まり返っていて人の気配は感じられないが、確かな違和感がありセツカが声をあげた。
すると、室内の景色がぐにゃりと歪み、次の瞬間には先ほどまでと打って変わって非常に品のある一室へと姿を変える。
どうやら魔法か魔道具かはわからないけど、何らかの力を用いて室内にボロボロの寂れた酒場を投影していたようだ。
「あら~、やっぱり気づかれてたのねぇ。それで、ここには何の御用かしらぁ?」
「つまらぬ問答をする気はない! すぐに貴様を――」
「待って、セツカ」
セツカの言葉を遮ると、一歩間に踏み出した僕はシオンと真っすぐ目を合わせた。
「外では随分と取り乱していたようだけれど、もう大丈夫なのかしらぁ?」
「うん、ラナたちがいてくれたからね。シオンこそ大丈夫なの? ひどいこととかされてない?」
「あたりまえでしょう? 龍であるうちに何かできるようなやつが、人間界にいる訳ないじゃない?」
「そっか、なら良かったよ。シオンが無事ということは、ティアとネイアも無事なんだね」
「……どうしてそうなるのかしらぁ?」
ひどく怪訝そうに僕を睨みつけるシオン。
この言葉にはさすがのセツカも当惑したようで、不安そうに僕を見つめている。
「シオンが二人をどうにかするはずがないし、二人に危険が及ぶようならシオンがこんなところにいる訳がないからだよ」
「……寝ぼけてるのかしらぁ? あの二人はうちの目的に利用するための贄よ。目的さえ達成できれば、どうなろうが知ったこっちゃないわ」
「それならどうして僕たちを待ってたの?」
僕の質問に、ひどく呆れたように大きなため息をつくシオン。
「勘違いしないでほしいわねぇ? うちはここで待つよう言われたから、のんびりしてただけよぉ。そこへ勝手にやってきたのはそっちでしょう? 自惚れも大概になさいな、ぼ・う・や?」
こちらを小ばかにするように見下しながら、小さく肩を揺らしクスクスと嘲笑する姿にセツカが怒り飛び出しそうになるのを手で制す。
「……その目的ってのは何なのか、教えてくれる?」
僕の質問に、『はぁ?』とでも言いたげに呆れた表情を浮かべるシオン。
「どうしてそんなことを教えなきゃいけないのかしらぁ? うちになんのメリットもないじゃない」
「メリットがあれば教えてくれるの?」
「そうねぇ、考えてあげてもいいわよ? 何ならいいかしら。んー……」
左腕で胸を持ち上げるようにしながら、右手を頬に沿えて悩む素振りを見せる。
やたら胸が強調されるそのポーズを、じっと見てはいけない気がしてそっと顔を反らすとフフッと笑い声が聞こえて来た。
「相も変わらず初心な反応ねぇ? メリットも思いつかないけれど、まぁいいわ。ここまで来た手土産に、お別れの前にちょっとだけ教えてあげる。うちの目的、それは……絶対に忘れることができないほど、強く記憶に根付く物語を描くことよ」
真面目な顔でそう告げたシオンは、また会えるといいわね? と言い残して踵を返すと、部屋の奥へと歩みを進めていく。
咄嗟にその背を追おうと動き出した僕たちだったけど、どこからともなく発生した白い煙が一瞬で室内を覆い尽くして視界がなくなってしまう。
風魔法で煙を外へと吹き飛ばしたときには、シオンの気配は完全に消えていた―――。
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