第102話 王都ザイケノン
ネーブ王国王都であるザイケノンは、端的に表すなら『荒んでいる』だった。
冒険者が昼間から飲んだくれている光景はままあることだけど、ザイケノンではお店を営業しているはずの店員さんまでもが一緒になって酒瓶片手にくだを巻いている。
当然住民の人たちは怖がって近づけないまま、諦めて帰る姿が悲し気だ。
そんなお店がいくつもあり、しっかりと営業しているお店も酔っ払いにからまれたりと営業妨害をされているにも関わらず、警備を担当しているはずの騎士が駆けつける様子は一切ない。
「なにこれ……。ザイケノンは一体どうしちゃったの……?」
「これが王都とは……。イシラバスとは比べるべくもないな」
ラナは活気に溢れていたころのザイケノンを知っていることもあってか、しきりに周囲を見渡しては悲しそうな顔を浮かべる。
対照的に、初めて来たセツカは呆れた様子で首を振ると目を瞑ってしまった。
おそらくザイケノンへの興味を失い、魔力の痕跡を探すことに集中しだしたのだろう。
「少し街の人に話を聞いてみたいんだけど、良いかな?」
僕の言葉に二人が頷いてくれたので、道行く人へ声をかけてみる。
すると、最初は嫌そうにしていたのに僕の顔を見たら素直に応じてくれた。
「この街が荒んでるように見えるって? そりゃ当り前よ、なんせ騎士団が仕事を放棄してるからな。なんか近々大規模な行軍があるらしくて、そっちにかかりっきりって訳さ。税は上がるし、腕さえ立ちゃ良いって感じでごろつき連中まで集めまくるしで、本当にこの街……いや、この国はどうなっちまうんだろうなぁ」
暗い表情でそう語ってくれたおじさん――バロックさんは、大きなため息をつく。
「そうだったんですね……。そういえば、どうして僕のことを見たら急に話を聞いてくれる感じになったんですか?」
興味本位だったんだけど、つい思わず聞いてしまった。
僕のことを知ってる人なら、悪態をつくなり嫌悪感を示すなりしそうなものだからね。
「ん? そりゃおめー、決まってるじゃねぇか。こんなじじいに言われても嬉しくもなんともねーかもしれねぇが、俺は昔っからシズク坊のファンなんだよ。一時期は急に悪い噂が流れたり指名手配されてたが、んなもんぜーんぶ嘘だって信じてたぜ」
少し照れ笑いを浮かべながら、本当に心の底から嬉しそうに僕の頭をくしゃくしゃと撫でてくれるバロックさん。
「どうしてそこまで……」
「シズク坊は覚えてねーだろうが、俺は昔一度だけシズク坊の姿を見たことがあるんだ。一目見た瞬間、雷が落ちたような衝撃を受けたよ。あぁ、この子は必ず天道を超える存在になるって理屈抜きに感じたね。あの時のことは今でも忘れられん、最高の思い出さ」
今じゃあっという間にS級冒険者だ、俺の目に狂いはなかったろ? と朗らかに笑って見せる姿に、僕は言いようのない嬉しさを覚えた。
思わず涙ぐみそうになったところを必死に耐えていると、僕よりも先にラナが笑顔で涙を流している。
良く見ればシオンも目を真っ赤にしていて、今にも泣きそうな顔をしていた。
「……僕を信じてくれて、本当にありがとうございます。その期待に応えられるよう、これからも精一杯精進します!」
「ああ、だが無理はするんじゃねぇぞ? 人間、命あってなんぼだからな」
僕とラナは『はいっ!』と元気に答え、セツカも『うむ』と頷いている。
そこで別れる雰囲気になったんだけど、僕はどうしても1つ聞いておきたいことがあったので失礼を承知で訪ねてみることにした。
「……つかぬことをお伺いしますが、バロックさんはどうしてザイケノンから出ていったりしないんですか?」
今は鎧こそ着けていないけど、背にバックラーを担ぎ腰に片手剣を帯剣しているということは冒険者かなにかだろうと思うんだ。
ザイケノンに並々ならぬ思い入れでもない限り、拠点を変えてしまう方が早い気がするんだよね。
「まぁその疑問はもっともだな。答えは単純明快、移動が困難だからだ。俺だけならなんとでもなるんだが、この街には弟分やその家族、馴染みのある顔見知りなんかもそこそこいるからなぁ。そいつらも連れて移動ってなると、リスクが高すぎるって訳さ」
少し困り顔でそう告げたバロックさんは、何度か計画は立てたが頓挫しちまったよと頬を書きながら教えてくれる。
実際には知り合いの協力などですでに出ていった人たちも多くいて、今でもザイケノンに残っている人たちはやむにやまれぬ事情のある人たちばかりなんだとか。
現在街に残っている移住希望の職人や商人、その家族などの非戦闘員が100名ほどに対し、戦闘員兼護衛ができる人は30名ほどしかいないため、何度考慮しても護衛の頭数が足りないそうだ。
街には冒険者があふれかえっているのに、護衛を任せられるような人たちはいないっていうんだから悲しいね。
「ということは、どうしてもここに留まりたいって訳じゃないんですね??」
「あぁ、まぁそうだなぁ。長らく拠点にしてきた場所だから愛着こそあるが、それは今の現状と天秤にかけて勝るほどじゃねぇ。この街に留まってる一般市民のほとんどが、そんな感じじゃねぇか??」
「……わかりました。一時間後、改めてまたここに来ていただけませんか? 少しお話したいことがあるので」
首を傾げながらも、わかったぜと頷いてくれたバロックさん。
一度別れた僕たちは、すぐに人目のつかない場所でゲートを展開してイシラバスへと戻った。
改めてエンペラート陛下へ謁見を申し出て、事情を説明。
陛下は無条件でという訳にはいかないが、と前置きした上で僕の願いを聞き入れてくれた。
ベルモンズ宰相も交えて迅速的かつ穴がないよう議論を交わし、火急の調整を行っていく。
時間にして30分ほどではあったものの、ものすごく濃密な時間だったことは言うまでもないよね。
矢継ぎ早に意見が出され、どんどんと内容が精査され洗練されたものになっていく様子は圧巻の一言だったよ。
一通りの取り決めが終わり僕がぐったりしていると、エンペラート陛下やベルモンズ宰相は慣れも必要だと笑っていた。
これほど大変な仕事を毎日のように繰り返しているのかと本当の意味で初めて理解し、より良い国を作ろうと日々努力している陛下をはじめとした重鎮の方々には頭が上がらないなぁと再認識させられる。
と同時、こんな人たちが治める国にS級冒険者として認められていることを強く誇りに感じた。
そんな僕の心のうちを見透かしたのか、ラナとシオンがにんまりしていて少し気恥ずかしい。
「ほ、ほらっ! 早くバロックさんのところに戻るよっ!?」
逃げるように歩き出した僕を追う二人は、笑いそうになるのを必死にこらえているようだ。
『シズクくんってほんと照れ屋さんだよね』『あぁ。頼もしいハズの主殿が、とても可愛く見えるから不思議だ』
二人はこっそりと話しているつもりみたいだけど、ちゃんと聞こえてるからね?!
もちろん聞こえないふりをするけどさ。
再びザイケノンに戻ってきた僕たちは、予定時刻よりも早い時間だったにも関わらずすでに待ってくれていたバロックさんと合流した。
「お待たせしました!」
「あぁいや、することもなくて時間を持て余してたからよ。それで、話ってのはなんだ??」
「単刀直入にお聞きします。今僕がいる国――ウェルカへと移住しませんか?」
僕の質問をすぐに飲み込めず、呆然としたまま固まるバロックさん。
ほどなくして再起動すると、首をぶんぶんと横に振った。
「ふぅ――。気持ちはありがてぇし、むろんできるならそうしたい。だが、現実はそれを許しちゃくれねぇだろう。近隣の町ならともかく、ウェルカまで移動となると体力的に厳しいやつが多いんだ。せっかく誘ってくれたのに、すまねぇな」
申し訳なさそうに表情を落とすバロックさんに、僕は言葉を続ける。
「それがまったく問題にならないとしたら、どうですか? 移動する体力も方法も、道中の護衛も一切考慮しなくて大丈夫です。僕が確認したいのは、あくまで意思の部分だけなので」
「そりゃおめー、そうなれば全員が頷くと思うが……。いやいや、まてまてまてまて。ほんとにそんなことが可能なのか?! 冗談とかじゃないんだな?!?!」
僕の表情から何かを感じたのか、バロックさんはものすごい勢いで僕の肩を掴んで前後に揺すった。
まって、答えるからちょっとだけまってぇ……。
興奮した様子のバロックさんは、僕が泣きそうになってることに気づいたラナとセツカが止めに入るまでひたすら僕を揺らし続けたのだった―――。
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