第100話 今後のこと


 ほどなくしてズクミーゴさんが呼び出した魔物は全て討伐されたが、魔法でしか有効なダメージが与えられなかったこともあり、騎士の半分以上が重症を負っているという凄惨な光景が広がっている。


 一方、僕たちはシオンの行動が未だに信じられず、誰一人として言葉を発することもできないまま、現実を受け入れられず立ち尽くしていた。


 セツカは怒りの形相を浮かべながらシオンの痕跡を辿って追いかけていってしまったため、この場にはいない。


「おいっ! あいつがどこに行ったのか、心当たりはないのか?! あと、あいつの身に何が起きたのか知っている風だったな?! 知っていることを全部教えろ!!」


 僕の胸倉をつかみ、強く揺らしながら必死に叫ぶイスラさん。


「イスラ、やめろ! お前だって見てただろ?! こいつらは今それどころじゃないんだ、大人気ないことするんじゃねぇよ!!」


「うるさいな! やっと……やっとあいつを見つけたんだ!! ここでまた見失う訳にはいかないんだよ!!」


 肩を抑えて止めに入ったブジーン大統領の手を強く弾き、僅かの殺気すら放ちながら睨みつけるイスラさん。


 声は聞こえているし、頭では理解もできているのに、それでも僕は返事をすることすらできない。


 不安。焦燥感。疑問。シオンを信じたい気持ち。シオンの行動が信じられない気持ち。


 なぜ。どうして。どうしてこんなことに。


 幾度となく先ほどの光景がフラッシュバックし、頭の中がぐちゃぐちゃになりそうになる。


「バカ野郎! 今のこいつらは、お前と同じ道を辿りかけてるんだぞ?! ちったぁ冷静になりやがれ!!」


 怒気を多分に含んだ力強い声音でブジーン大統領が一喝すると、ハッとした様子を浮かべたイスラさんはゆっくりと僕の服から手を離した。


「そう……だね。少し頭を冷やしてくる……」


 トボトボとゆっくりとした足取りで離れていくイスラさん。


「すまねぇな。あいつも長年足取りを探していたもんだから、余計に諦めきれねぇんだろう。……お前たちはこれからどうすんだ? あの嬢ちゃんの足取りを追うなら、部下に情報を集めさせるが」


「僕……たちは……」


 僕はブジーン大統領の質問に、どう答えて良いのかわからなかった。


 ティアとネイアを連れ去ったのがシオン本人だったのは、揺らぎようのない事実で。


 誰かと入れ替わったり、魔法で操られたりしてればすぐにセツカが気づくはず。


 それになにより、シオンは龍なのでどうこうできる人がそうそういる訳もない。


 でもそうなると、シオンは自らの意志で二人を攫い、どこかへ連れていったことになってしまう。


 もしそうだった場合、ティアたちを追いかけていけばきっと、シオンと……戦うことになるだろう。


 だからといって、ティアたちを放っておける訳もなくて。


 どうすれば良いのか頭ではわかりきっているのに、心が決断を下すことを拒否していた。


「主殿! どうやらやつは、あちらの方角へ向かったようです!」


 戻って来たセツカが指さした方向、あっちには確か……。


「ネーブ王国、か……? どっちに行ったのかわかってるなら、話は早いな。すぐに情報を集めさせよう。坊主――いや、シズク。このパーティーのリーダーはお前で、男だろ? こんくらいのことで、取り乱すんじゃねぇ。あの嬢ちゃんにも止むに止まれぬ事情があったのかもしれねぇし、何か大切なものを人質に取られているのかもしれねぇ。今はまだ何もわからねぇんだ、ならまずは動け!! お前がしっかりしねぇと、本当に大切なもんを失うことになるんだぞ?」


「僕がしっかりしなきゃ……。大切なものを失う……。そんなことは――絶対にさせません! ティアも、ネイアも……シオンも、必ず連れ戻します!!」


 ブジーン大統領の言葉で、目が覚めた。


 そうだ、悩む必要なんてないじゃないか。


 僕は最後までシオンを信じ続ければいいだけだ。


「主殿……。シオンのやつは、おそらく――」


「ううん、そんなことないよ。そんなことないって、僕は信じる。だから、シオンも連れ帰ろう」


「……わかりました」


 僕の言葉にしばらく悩んだ様子のセツカは、覚悟を決めた顔で頷いた。


 いざとなれば自分で――なんて考えていそうだけど、絶対にそんなことはさせない。


「話はまとまったみたいだな。ちったぁ良い顔つきになってきたじゃねーか。今のお前なら、あいつの言葉にも耳を傾けてやれるだろ? 部下から情報が届くまでで良い、すまねぇが話を聞いてやってくれ」


 そう言ってちらりと視線を向けた先では、申し訳なさそうにじっとこちらを見つめるイスラさんの姿があった。


 視線に気づいたイスラさんは小走りで戻ってくると、深く頭を下げる。


「さっきはその、自分のことでいっぱいいっぱいになっちゃって、すまなかった……。君たちも大変な状況だと言うのに、ひどい態度をとってしまった」


「いえ、気になさらないでください。僕たちとて、イスラさんと同じ立場なら冷静ではいられないでしょうし……。それで、ズクミーゴさんのことですよね? 申し訳ないですが、行先などの心当たりはないです。ただ、身体に起きていた異変については、おそらく――」


 ネイアが教えてくれた儀式について説明し、本人もそれを肯定していたことから、ほぼ間違いないであろうこと。


 また、彼が何をしようとしているのか、その予想も伝えた。


「……ありがとう。道理で、昔では考えられないほどの力を得ている訳だ……。シズク君の予想については、あたしも同意見だよ。急いで止めないと、大変なことになるだろうね」


「僕もそう思います……」


 二人で深刻な顔をしていると、不思議そうに首を傾げるセツカ。


「む? もしや主殿は、あの空に浮いていた魔族を探しておられるのですか? さすがに今どこにいるのかはわかりませんが、やつが移動したのはあっちの方角です」


 事も無げにセツカが指さしたのは、商業都市ゼニーのある方角だった。


「なっ?! ど、どうしてわかったんだい?!」


「どうもこうも、やつが使ったのは『テレポート』だろう? すぐに霧散して消えてしまうが、テレポートを発動した瞬間に僅かに目的地と魔力の繋がりができるではないか。その繋がりが伸びた方向を覚えていただけのこと」


「テレポートだって……? あいつの適正は『火』と『闇』だったはず……」


「よくわからんが、魔族化した際に変質したとかではないのか? 見た目が変わっていたのだろう? ならば、適正が変わっていた所でなんら不思議ではないと思うが」


「確かに言われてみれば……」


 セツカの言葉に納得した様子のイスラさんは、ぶつぶつと自問自答し始める。


「おう、連絡が入ったぞ。どうやら、ネーブから来ていた使節団が昨日のうちに帰国したようだな。なんでも、王からの緊急の呼び出しがあったと言っていたらしいが。ネーブで何かが起きたなんて情報は入って来てねぇし、ちーとばかしおかしな話だな」


 戻って来たブジーン大統領の言葉に、リルノード公が眉を顰めた。


「これは本格的に、ネーブ王国のことを調べた方が良いかもしれませんね。外交問題に発展するでしょうが、あまりにも不審な点が多すぎます」


「どういうことだ?」


 リルノード公の決断に、ブジーン大統領が真剣な表情で問いかける。


 リルノード公はリーゼルンに設置されていた魔界とを繋いでいたゲートのことや、合同演習時の不可解な行動など、ネーブ王国について疑惑を抱いていることを伝えた。


「なるほどな……。そう言われてみれば、確かにサンダーバード討伐軍の一件についても、聊か怪しい部分があることは否めない。今回の一件と良い、ネーブはとんでもねぇことに一枚噛んでるのか……?」


「証拠がない以上、確証はないですが……。状況だけで見るなら、そう考えたほうが自然でしょう。我が国を襲ったヒドラや、ウェルカに向けて飛んでいったとされたサンダーバードには、精神支配の痕跡もあったようですから」


「きな臭くなってきたな……。荒れなきゃいいが……」


 ネーブがある方角を見つめながら、緊張感を漂わせたブジーン大統領。


 その予想が現実のものとなるまで、そう時間はかからなかった―――。

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