第99話 混乱
ズクミーゴさんの放った言葉に、ギリッと音が聞こえそうなほど強く歯をかみしめたイスラさん。
「お前だけは……お前だけは、絶対にあたしが殺す!!」
「やれやーれ……。ワタクーシとしたことが、生きてーいる価値もない生ごーみのせいで、つい口をすべらーせてしまいましたーね。まぁ良いでーしょう。ワタクーシとて、貴女を殺したかーったところですかーらねぇ」
ニィーっと笑ったズクミーゴさんに向かって飛び上がったイスラさんは、氷剣を勢いよく振り下ろす。
カナミさんよりも遥かに鋭い一撃は、まったく反応できていないズクミーゴさんに当たるかと思われた。
でも――。
「滑稽でーすねぇ。その程度の剣技で、ワタクーシを殺そーうだなどーと」
人差し指と中指だけで氷剣を挟み込みあっさりと白羽取りすると、クイッと手首をひねって刀身を砕いて見せる。
「なんだとっ?!」
「身の程を知ーりなさーい」
ズクミーゴさんが指先でトンッとイスラさんの身体を押すと、物凄い勢いで後方へと飛ばされ、床をえぐりながらようやく停止。
あんな簡単な動作で、どうしてあんな威力が……?!
「……ガハッ! お前、どこでそんな力を……」
瓦礫をどけて起き上ったイスラさんは、口から吐血しながらズクミーゴさんを睨みつける。
「やれやーれ、これだーから武だなーどと抜かすゴミと話したーくないのでーす」
フゥーと深いため息をつきながら、心底うんざりした様子で見下ろす姿に、かつての姿がダブッた。
あの人は何も変わっていない……。
今も昔も魔法が全てで、大好きなんだ。
イスラさんは血を吐き出すと、再びズクミーゴさん目掛けて駆けだす。
なんだか手を出しちゃいけない気がして見守ることしかできない僕に、心配そうにティアが声をかけて来た。
「のう、シズクや。あの者は間違いなく、家庭教師だったズクミーゴという者で間違いないのかの……?」
「……うん。どうやら、そうみたいだね……。見た目も全然違うし、今でも信じられないけど……。面影があるから、間違いないと思う」
「でも、それならおかしいわね。あの魔力は、どう考えても人間のものじゃないわ。むしろ、魔族に近いものよ」
「……うむ。我もそう感じている。あやつは人間ではないぞ」
「私のように魔族の血を継いでいて、何らかの理由でその血が覚醒した……なんてことはありえませんか?」
「ううん、それはないと思うよ。ラインツ家にいたとき、尋ねて来た貴族が奴隷として連れて来たハーフの女の子を見て、ひどく嫌悪感を示してたもん。もし自分もそうなら、そんなことしないと思わない?」
「むぅ……。おかしな話じゃの……」
「……まさか」
何かに思い至ったのか、ネイアがとても信じられないといった様子でズクミーゴさんを見上げる。
「何か心当たりがあるの?」
「おそらくありえないと思いますが……。魔界の一部の家には、人間を魔族へと変える特殊な儀式が伝わっていると耳にしたことがあります。もしその噂が本当だったなら、あの人ももしかしたら……と思いまして」
「そ、そんなことが……?」
夢物語だと思ってしまうけど、現にズクミーゴさんは人ではない何かに変貌しているのも確かで。
まさか、本当にそんなことが可能なの……?
「フホホホッ! なかなーか博識な方ーがいるよーうですねーえ? ご名答、そーの噂は事実でーすよ」
上空でイスラさんの攻撃を楽々と捌きながら、まるですぐ近くで会話を聞いていたかのようにネイアを見ながら笑うズクミーゴさん。
まさか戦闘中、しかも距離がかなり離れているにも関わらず、僕たちの会話が聞こえていた……?
「良いでしょーう。まだ少ーし早いでーすが、気分も良いのーで遊んであーげますよ。そーこのレディに感謝すーるのですね?」
上空にとどまったまま、両小指でクイッと眼鏡を直して微笑んだかと思うと、呪文の詠唱を開始。
ズクミーゴさんが真下に向けて手のひらをかざすと、地面に大きな魔法陣が生成され、そこから見たこともない数多の魔物が這い出て来た。
亀のような姿をしたものや、重厚な鎧を身に纏った騎士のような姿をしたもの、見るからに堅そうな鱗に覆われた蜥蜴のようなものなど。
ただ、そのどれもが薄みがかっていて、まるで実体のないゴーストのようだ。
「チィッ!! やつの狙いは、ザオルクスへの侵攻か?! この場から一体も逃がすんじゃねぇぞ!!」
近隣住民の避難に当たっていたブジーン大統領がそう叫び、周囲の騎士たちが次から次へと湧き出る魔物と交戦し始めると、一気に戦場の様相を呈した。
僕たちもこちらに向かってくる魔物の相手をし始めたんだけど、イスラさんは元凶であるズクミーゴさんを叩くべきか、魔物の相手を優先するべきかで悩んでいるようだ。
「フホホホホホッ! 貴方ではワタクーシの相手は務まーりませーん。せめーて、そこの二人くーらい強ーくないとーねえ?」
イスラさんを見下ろしたまま小馬鹿にした笑い方をしたズクミーゴさんは、興味深げといった様子でセツカとシオンに視線を向ける。
もしかしたら、二人の正体にも気づいているのかもしれない。
「大統領! こいつら、まったく剣が効きません!!」
「みたいだなっ! だが、魔剣士たちの攻撃は通っている! 使えるものは、魔法で応戦しろっ!! 使えないものはサポートに回れっ!!」
そんなやり取りが聞こえてくると、ほぉーと感心した様子で拍手し始めたズクミーゴさん。
「フホホホッ! 見かーけによらーず、中々聡明な方ーのよーうですねーえ? ご名答、このー子たちはワタクーシが創ーり出した、物理攻撃にとてーも高ーい耐性を持つ魔物たちでーす」
得意気に語って見せる姿に、強烈な寒気を覚えた。
まさか……?
「……そういうことかっ! お前ってやつは、本当にどうしようもないクソ野郎だな……!!」
イスラさんも同じ考えに至ったのか、憎々し気にズクミーゴさんを睨みつける。
「今日のとーころは、こーれで失礼さーせて貰いまーすよ。またいずーれ、お会いしまーしょう」
「行かせる訳ないだろっ!!」
ダンッと勢いよく地面を蹴り、鬼気迫る表情で斬りかかるイスラさん。
でも、ズクミーゴさんは大仰な素振りで右腕を腹部へと回しつつお辞儀して見せると、最初からそこにいなかったかのように、スッと消えてしまった。
「クソォオオオオオオオオッッッ!!」
着地したイスラさんは、とても悔しそうに雄たけびを上げる。
「今はそれどころじゃねぇだろ! 目の前の敵に集中しろ!!」
見かねたブジーン大統領が叱咤すると、イスラさんはフゥーと大きく息を吐きだして気持ちを整え、瞬く間に敵の数を減らし始めた。
そして、残り十数体となった頃――。
突然シオンが動きを止めた。
「シオン、どうしたの?! 何かあった?!」
不自然な様子に声をかけるけど、まったく反応が返ってこない。
そして――。
突然ティアとネイアの元に駆けだしたシオンは、二人の顔の前に手のひらを突き出した。
「な、なにを――」 「シオンさ――」
二人が驚いた表情をしたのもつかの間、二人の身体が糸が切れた操り人形のようにカクンと崩れ落ちる。
「ティア?! ネイア?! シオン、一体何を!!?」
二人の元に駆けだしながら問いかけるけど、二人を受け止めたシオンは一切反応しない。
そのまま二人を両脇にかかえると、チラリとこちらを一瞥。
「シオン、何をしているっ!! お前、まさか……?!」
大きな声で叫んだセツカは、何かに気づいたのか焦った様子で駆けだした。
でも、突如としてシオンの周りに発生した濃い紫色の煙がその姿を覆い隠し、手を伸ばしたセツカの手は空を切る。
すぐに風魔法で煙を上空へと吹き飛ばしたけど、そこにはすでにシオンたちの姿はなかった―――。
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