第98話 失踪した天道


『え~……ご来場のお客様にお知らせします。決勝進出を決めていたイスラ選手ですが、規定により試合に一時間現れなかったため、失格となります。これにより、個人の部優勝はシズク選手! 初参加のシズク選手が優勝となります!!』


 アナウンスが流れると拍手こそあったものの、決勝戦を楽しみにしていただけに盛り上がりはまったくなかった。


 貴賓席に座るブジーン大統領も、腕を組んだまま目を閉じて微動だにしていない。

 僕自身、こんな形で優勝が決まっても全然喜べないよ。


 イスラさんは昨日ズクミーゴ先生のことを聞きに来たけど、もしかしてそれと何か関係があるんだろうか……?

 カナミさんの姿も見えないし。


 その後はシンと静まり返る会場で淡々とした表彰式が行われ、全員がモヤモヤとした気持ちを抱えたまま個人の部は幕を閉じた。


 なんとも言えない表情を浮かべたティアたちと合流し、宿への帰路についている途中。


「シズク様、ブジーン大統領の使いの者です。『至急話がしたい、大統領府へと足を運んでもらえないだろうか?』とのことです!」


 すぐにイスラさんのことだろうと察しがついた僕たちは、騎士の人と共に大統領府へ向かうことに。


 応接室へと通されると、すでにブジーン大統領が座って待っていた。


「おう、急に悪いな。ちっと聞きたいことがあってよ。なんでも、昨日イスラがお前たちのとこに寄ったそうじゃねぇか。その後の足取りがまったくつかめねぇんだが、あいつは何の用で来たんだ?」


 真剣な表情のブジーン大統領。


 僕は包み隠さずに昨夜のやり取りを伝えると、その表情はどんどんと険しくなっていく。


「ズクミーゴ……だと? なんで今さらあいつの名前が……」


「ズクミーゴさんは天道のお弟子さんということでしたし、イスラさんとも交流があったとかではないんですか?」


「お前……知らねぇのか? チッ、グラーヴァのヤローは話してねぇのかよ……。確かにズクミーゴは天道の一人、火のイレムの弟子だった。だが、あの男は師であるイレムを裏切りやがったんだ」


「え……?」


 衝撃の事実に驚きを隠せず、僕はぽかんと口を開けたまま固まってしまった。


「この事実を知るのはイレムと交流のあった一部の者だけだからな、知らなくても無理はねぇが……。イスラにとっちゃ、ズクミーゴはいわばイレムの仇みてぇな存在だ。お前がズクミーゴの弟子だと聞いて、いてもたってもいられずにネーブへ向かったのか……?」


「か、仇……ですか? では、イレムさんは……?」


「……死んじゃいねぇ。だが、生きてるともいえねぇな、あれじゃ……」


 神妙な面持ちで、ブジーン大統領とは思えないほど弱々しく言葉を吐き出す。


「そうだな……。イスラに試合をすっぽかされ、ズクミーゴの教え子だったお前には、聞く権利があるか……。面白い話じゃねぇが――」


 どこか諦観した様子すら感じるブジーン大統領は、ゆっくりと話し始めた。


 ズクミーゴさんの師であったイレムさんは、イスラさんの旦那さんであり、二人の間には子供がいたこと。


 ズクミーゴさんは魔法至上主義の風潮を廃れさせた張本人であるイスラさんを、とても嫌悪していたこと。


 そんな彼に、イレムさんはいずれ目を覚ましてくれると期待し、破門することなく目をかけていたこと。


 だが、ズクミーゴさんはあろうことか優しいイレムさんを裏切り、イスラさんと子供を亡き者にしようと刺客を呼び込んだこと。


 イレムさんは二人を守るために刺客と戦い、相手に深手を負わせて退けることこそできたものの、最後に『永氷結界』という一度閉じ込められたが最後の牢獄へと封印されてしまい、今も尚眠り続けていること――。


「――つーわけだ。『永氷結界』は禁呪に指定される魔法なんだが、残りの天道が9人がかりで解呪を試しても解けねぇ代物だった。それこそ、かけた術者にすら解けねぇほどにな」


 力なく首を振ったブジーン大統領。


 きっと、考えうる限りのあらゆる手段を試してみたんだろう。


 それでも、ダメだった……。


「『永氷結界』……じゃと? まさか、その刺客というのは……」


「ああ。御察しの通り、魔導の一角だった『氷将・アイギス』の仕業だ」


「なんと……」


 顔をしかめたティアは、ギュッとスカートのすそを握りしめる。


「……嬢ちゃん、魔族だろ? だが、別に気にすることはねぇぞ。人間にも悪人がいるように、魔族にも悪人がいた。ただそれだけのことなんだからな」


 一瞬否定しようかと思ったものの、ブジーン大統領の目はティアたちが魔族であると確信していることを物語っていて、すぐに意味のないことだと理解できた。


「……ありがとうなのじゃ」


「どうして……どうして、ティアが魔族だとわかったんですか?」


「あぁ? 信じてもらえねぇかもしれねぇが、ただの勘だ。なんつーか、気配が違うっていうか……うまく説明できねぇが、違和感を覚えたんだよ」


 嘘を言っているようには見えず、改めて武に全てを捧げて来たブジーン大統領の凄さを思い知らされた。


 そこへ、突如として勢いよく扉を開いて駆けこんできた騎士。


「大統領、大変です! 街でイスラ殿が戦闘を始め、負傷者が多数出ております!!」


「なにっ?! すぐに向かう!!」


 ブジーン大統領は急用ができたと、騎士と共に部屋を飛び出していった。 


 イスラさんが戦闘……? 誰と……まさか?!


「僕たちも行こう!!」


 すぐに後を追って大統領府を出た僕たちの目に飛び込んできたのは、あちらこちらで次々に上がる火の手。


 その原因であろう戦闘の場所は、今もなお響いて来る激しい戦闘音からすぐに判明。


 急ぎ駆け付ければ、イスラさんと謎の人物――背中から黒い鳥のような羽を生やした、眼鏡をかけた男が対峙していた。


「やれやれ……ワタクーシは大会を観戦に来ただーけなんですけどねーえ。何度人違いだと言えーば、信じてもらえーるんでしょうーか?」


「お前こそ、いつまでつまらない嘘をつき続けるんだ?! そのふざけた喋り方、人を見下した目つき、両手の小指で眼鏡を直す仕草!! なにより、手首にある十字の痣……!! 忘れるわけがないだろ?! 見た目は変わっちゃいるが、お前は絶対にズクミーゴだ!!」


 怒りの形相で宙に浮かぶ男性に向けて叫ぶイスラさん。


「え……? ズクミーゴ……??」


 僕は改めてその男性を見るけど、まったくの別人に見えた。


 ズクミーゴさんは人間だったし、何より


 あの人はどう見たって20代後半といったところだけど、ズクミーゴさんはもう50を超えるはずだ。


 でも――。


「おーやー? これはこれは、出来損ないのシズク君じゃあーりませんかー。とうに捨てーた名とはいーえ、お前のようーなカスに呼び捨てされーるのは、さすがに許せませーんねーえ?」


 眼鏡の位置を両手の小指でクイッと直した男性――ズクミーゴさんは、冷たい目で僕を睨みながら、そう言い放った―――。

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