第97話 個人の部・本選5
準決勝が終わり、明日の決勝――シズクVSイスラのアナウンスが流れると、再び会場は大盛り上がりになった。
宿へ戻る途中もいろんな人が声をかけてくれて、宿の店主さんも応援してるからなって笑顔でサムズアップしてくれる。
これが全部、僕個人へ向けられている期待かと思うと、ちょっと緊張しちゃうけど。
部屋で明日のことについて考えていると、ティアが心配そうに顔を覗き込んで来た。
「……シズクや。なんだか険しい顔をしておるぞ? 緊張しておるのか?」
「……うん、少しね」
「そうじゃよなぁ……明日はなんといっても決勝、あのイスラ殿とじゃもんな」
「うん……」
「ねぇ、シズクくん。シズクくんが緊張してるのは、本当にイスラさんとの戦いのせい??」
真剣な表情で問いかけてくるラナに、僕は何も答えることができない。
「やっぱり……違うんだね」
「……む。直球でいくのはやめようと話しておったではないか?!」
あわわわと慌てるティア。
様子を見ていたネイアは、困り顔を浮かべると頭を下げた。
「すみません、シズク様……。実は――」
ネイアは申し訳なさそうにしつつ、事情を説明してくれる。
マクシミリアンさんとの試合のときの様子から、僕の心で起こっていたであろう葛藤や苦悩をみんなで話し合い、なんとか助けになれないかと考えていたこと。
その過程で、僕の過去の事情などをみんなで共有しあったことなど。
「そっか……。ごめんね、心配かけちゃって」
「ねぇ……。ご主人様はどうして、さっきの試合で魔法主体の戦い方をしなかったの? 魔法を使っていれば、もっと楽に勝てたでしょう? それも、
「うーん、それもあるかもしれないね……。でも、一番の理由は僕が魔法だけで戦うのが得意じゃないからかもしれない」
「魔法だけの戦闘が……得意じゃない……?」
シオンが不思議そうに首を傾げ、みんなもそろって困惑した表情を浮かべている。
「ラナは知っているよね? ズクミーゴ先生のこと」
「ああ……うん、もちろん。口を開けば嫌味しか言わないし、あたし達メイドをまるでゴミでも見るかのような視線を向けてくるから、凄く嫌いだったけど」
「以前話に聞いたやつじゃな……。確か、魔法至上主義者だったかの?」
「うんうん。人間のメイドは、よっぽどの理由がない限りは魔法の才がそこまでない子ばかりだからね。きっと、それが原因だったんだと思う」
「……旧時代の害悪ですわね」
為政者として、思うところがあるのだろう。
リルノード公の顔は険しく、それでいてどこか悲し気な雰囲気を纏う。
「僕はズクミーゴ先生に、ずっと魔法のみで戦う方法を教わって来たからね。特に属性の縛りがなかったこともあって、あらゆる状況でのシミュレーションも数えきれないくらいしたよ。ただ、大前提が中級以上の魔法を行使したものだったから、結果的に初級しか使えない僕には到底実現不可能な戦い方しか教わってこなかったんだ」
僕の言葉に、みんなが何かを言いたそうな顔をしている。
慰めようとしてくれているのかな?
「……ありがとう。僕は大丈夫だから、そんな顔しないで? 確かに中級以上の魔報は使えないけど、僕には人より多い魔力があったからね。魔力の細かい操作もずっと練習してきたから、身体強化には少しだけ自信があるんだ。今日はその集大成をぶつけることができて、あのカナミさんに勝つこともできた……。こんなに嬉しいのは初めてだよ」
少し気恥ずかしかったこともあり、頬をかきながら素直な気持ちを伝えた。
少し安堵したような、それでいて複雑そうな表情をしたティアたちは、ちょっとだけすまぬと言うと円陣を組んでヒソヒソ話を始める。
「さて、どうしたもんかの? 勘違いを無理にでも正すべきか、今の喜びを尊重すべきか」
「シズク様の初級魔法は、現時点でもすでに中級魔法となんら遜色ない規模で発動できてますからね……」
「うーむ……。我は早いうちに正すべきだと思うが、個人の部が終わってからでも良いのかもしれん」
「あら、どうしてかしら? どうせ正すなら、今でも良いんじゃない?」
「あの嬉しそうな顔を見てるとね……。なんだか水を差すようで、気が引けちゃうのもわかるよ」
「初めて自分で望み、苦労して掴んだ勝利ですものね……」
「難しいわね……。うちにはわからないから、みんなに任せるわよ」
「むぅ……。だが、明日のイスラ殿との試合もあるからの。魔法も使わねば、少々厳しいのではないか??」
……何を話しているんだろう?
声が小さくて良く聞き取れないや。
それからほどなくして会議を終えたみんなは、なぜか一人ずつ僕を抱きしめたり撫でたりと、思い思いの方法で励ましてくれた。
最後にやって来たシオンは少し遠慮がちに僕を抱き寄せると、僕の頭に顔をうずめる。
「シオン……?」
「あらあら、ごめんなさいね。なんだか良い匂いがしたものだから、つい」
そう言って名残惜しそうに僕を離したシオンは、フフッと笑って見せた。
いつもと変りないはずの姿なんだけど、どこか影があるような気がして話を聞こうかと思った時。
部屋の扉がノックされ、ネイアが対応してくれるとなんとあのイスラさんが尋ねてきたそうだ。
「やあ、こんばんは。ちょっと君に聞きたいことがあってね。すぐに済むから、少しだけ時間をもらえないかな?」
案内されて中へと入って来たイスラさんは、開口一番僕に向かってそう告げた。
真剣な雰囲気を漂わせた姿に、大切なことなんだろうと悟り静かに頷く。
「……『ズクミーゴ』、この名に聞き覚えはあるかい?」
「はい、ありますよ。僕の家庭教師をしてくれていた人です。それがどうかしたんですか??」
「言わば弟子のようなものか……。なるほど、合点がいったよ。それなら確かに、つじつまが合うね。やはり誤報ではなさそうだ。急に押し掛けて来て悪かったね、ありがとう。ちょっと時間が惜しいんだ、詳しいことはまた今度説明させてもらうよ。それじゃ」
そう言うや否や、踵を返したイスラさんはすぐに部屋を出ていってしまった。
僕たちは首を傾げながらも説明を待つことにし、翌日。
決勝の舞台で待てども待てどもイスラさんは現れず、僕の不戦勝のアナウンスが会場に響き渡るのだった―――。
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