第95話 個人の部・本選3
控え室へと戻った僕は、椅子に腰かけると天井を見上げた。
『弱くても良い』か……。
以前似たようなことをセツカに伝えたことがあったけど、いざ自分で言われてみるとこれほど心が軽くなるとは思ってなかったなぁ。
初級魔法しか使えない、つまり弱かったから捨てられた僕。
『神が与えた叡智の結晶である魔法、その魔法を使えるにも関わらず弱い者には存在価値がないのと同義である』
そう教えられ続け、結果を残せなかった僕が家族――ラインツ家に、先生に捨てられたのは仕方がないと思っていた。
でも、だからといって悲しくなかった訳でも、辛くなかった訳でもない。
13歳~14歳くらいの頃は毎晩のように、周囲から『ゴミ』『クズ』『無価値』『生きていて恥ずかしくないのか』などとひたすら罵られる夢を見ては、泣きながら目を覚ましていたからね。
そんな思いを誰かにしてほしくなくて、1つの観点だけで人を判断しないように心がけていたし、似た悩みを持っていたセツカに手を差し伸べることができたんだけど。
「セツカにかけた言葉は、本当は心の奥底で僕自身が言われたかった言葉だったんだなぁ……」
情けない話だけど、そう言うことらしい。
セツカにすぐにでもお礼を言いたいところだけど、今は勝ち続けることが先決だ。
どこまで進めるかはわからないけど、セツカに……セツカたちに心配をかけてしまった分、さらに気合を入れていかないと。
そこからはきちんと試合に集中することができて、2回戦、3回戦、4回戦となんとか勝つことができた。
この調子で準決勝も……と思っていたんだけど、そう上手くはいかないね。
準決勝の相手はカナミさんという女性で、なんとイスラさんに唯一出場を認めてもらえた一番弟子だそうだ。
『続きましては、今大会注目の好カード! 片やあのイスラも認める屈指の剣豪、二代目氷の天道に最も近いと噂されるカナミッ!! 片や、有力候補だったマクシミリアンを見事打ち破り、その時の姿がイスラと重なったと評判のダークホース、S級冒険者シズクッッ!! 当のイスラは一足先に決勝進出を決めており、この試合に勝った方が天道への挑戦権を得ることになりますッッ! 果たして決勝へと駒を進めるのはどちらなのかッッッ!!!』
熱の入った実況者のアナウンスに観戦席も大いに盛り上がり、控え室にも聞こえるほどの大歓声で、会場内が沸き立つ。
『カ・ナ・ミ! カ・ナ・ミ!!』 『シ・ズ・ク! シ・ズ・ク!!』
僕とカナミさんを呼ぶ観客からのコールが会場を包み込み、今か今かと試合の開始を待ちやむ中、ついに僕が入場する時間になった。
舞台ではすでにカナミさんが待っていて、僕をじっと見据えている。
ほんのりと白みがかった青い髪を高い位置でポニーテールにし、切れ長の鋭い瞳は綺麗な水色をしていて、全てを見透かされているようだ。
東洋の袴という和装によく似た服を着こなし、腰の帯には刀を差している。
本でしか読んだことがないけど、これがサムライスタイルというやつなんだろうか。
僕が舞台に上がりカナミさんの前に立つと、澄んだ声音が耳に届く。
「貴方がシズク殿か……。お師匠様から事情は伺っているが、某にも負けられぬ
「ええ、もちろんです。僕も、僕の勝利を信じてくれる仲間がいますから負けられません。お互い、良い勝負をしましょう」
「うむ。貴方のような清廉な御仁と戦えること、とても嬉しく思う。宜しく頼む」
握手を交わした僕たちは間隔をあけて武器を構えると、精神を集中しながら開始の合図を待つ。
『……はじめッッ!!』
合図と同時に僕もカナミさんも駆け出し、舞台の中央で氷剣と刀がぶつかり合う。
二度、三度と幾度となく打ち合いながら、互いに一撃を入れるための隙を作るべく駆け引きをする。
武器の扱いに関してはカナミさんに分があるけど、身体能力は僕のほうが高い。
僕はカナミさんの攻撃を防ぎつつ当身や足払いといった体勢を崩すための搦め手を狙い、カナミさんはフェイントを織り交ぜての緩急をつけた鋭い刀捌き。
互いに譲らず一進一退の攻防を繰り広げ、観戦席の盛り上がりはますますヒートアップしていった。
「なかなかやるなっ! だが、これならばどうか?! 『氷槍・地走り』!!」
大きく後ろに飛びのき距離を取ったカナミさんが刀を両手で逆手に持って床に突き刺すと、刀を起点に僕へと向かって無数の氷柱が生成されていき、まるで雪崩のように押し寄せる。
「『円環氷剣』!」
手元の氷剣1本では防ぎきれず、かといって上空へと飛んで良ければ狙い撃ちにされると考えた結果、真正面から迎え撃つことにした。
6本の氷剣を周囲に循環させることで、迫る氷柱を片っ端から砕いていく。
「なんという……! 見事、実に見事だっ!」
再び刀を床へと突き刺し、第二派を発生させたカナミさん。
先ほどよりもさらに大きく、僕の身長をゆうに超える氷柱が押し寄せる。
でも、あれほどの人が通用しないとわかっている魔法を、ただ規模を大きくするだけで何度も使うだろうか……?
嫌な予感がし、カナミさんの動向に細心の注意を払いつつ、『円環氷剣』で氷柱を砕く。
不意に強烈な悪寒を感じ、カナミさんを凝視するも変化はない。
床に刀を突き刺したまま、仁王立ちしている。
いや、まさか……?!
僕は視覚で見るのをやめ、気配で探ると頭上にわずかに異変を察知。
咄嗟に氷剣を頭上に構えるとほぼ同時、上空から僕目掛けて落下してきたカナミさんの刀が氷剣を砕き、切っ先がやや深く僕の腕を切り裂いた。
腕を抑えながら距離を取ると、カナミさんは感心したように何度も頷きながら、僕を見つめたまま目を細める。
「某の身代わりの術に気づくとは……圧巻の一言に尽きる。これでも仕留めきれぬとは思わなかった。なれば、最高の技を持って終わらせようぞ! 『
カナミさんが膨大な魔力を刀に集中し、床へと突き刺すと舞台上が瞬く間に凍り付いていく。
全てが凍てつき冷気が漂うと、先ほど僕が砕いた氷柱がひとりでに集まり、カナミさんと瓜二つの姿を形どる。
仁王立ちしたままだった人形も動き出し、舞台上には本人も含めた合計4人のカナミさんが並んだ―――。
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