第94話 個人の部・本選2


 時は少し戻り、シズクが虚ろな瞳で舞台に上がった頃。


 観戦席にいたティアたちは、その様子を心配そうに見守っていた。


「ねぇ、ご主人様の様子が変じゃないかしら? あんな姿は見たことがないわよ」


「うむ……。だいぶパニックになっておるようじゃの」


「やはり、イスラさんの試合を見たからでしょうか……」


 ネイアの言葉に、黙り込む一同。


 シオンだけが、状況を飲み込めていないようだった。


「どういうことかしら? 確かにさっきの人間はかなり強いようだったけれど、それでもご主人様なら勝てる相手よね?」


「シオンの言っていることも、間違いではない。上辺だけを見れば、だが。主殿はとても素晴らしい能力を持ってはいるが、今戦っているあの男や先ほどの天道の女のように、自分の力に対して自信を持ってはいないのだ」


「ますます意味がわからないわ。龍にも勝る力を持ちながら、その強さに自覚がないなんてありえないでしょう? 現に、あのアッシュヴァイオレンスに自らたち向かって行っていたじゃない」


 自分の力を十分に自覚していなきゃ、人間が龍に喧嘩を売るなんて愚かな真似はできないでしょう?


 とでも言いたげに、眉を顰めるシオン。


「それは……セツカ様を助けるためだったからだと思います。シズク様には、ご自身の強さを認め、自信を持てるだけの"経験"がないんです」


「前にも話したでしょ? シズクくんは小さい頃からずっと努力し続けてきたけど、結局認められることはなかったって。ティアたちに出会って少しずつ前に進めてはいるけど、まだ……自分は弱いって考えは払拭できてないんだと思う」


「ラナの言う通りなんじゃろうな。シズクは何かを成し遂げても、運が良かったとか周りのお陰じゃと思っとる。サンダーバードの討伐も、誰かと戦った後で満身創痍だったのかもしれないと言っておったし、セツカ殿と戦った際も魔力枯渇で弱っていたからだと思いこんでおるからの。おそらく、件の灰龍との一件も、セツカ殿の戦闘があったからこそだと考えておるじゃろう」


 ティアの悲しそうな声音に、表情を曇らせる一同。


 誰一人として否定しないことが、シオンを除く全員が同じ考えに至っていることの証でもあった。


「……そうなのね。うちはなんにもご主人様のことがわかってなかったみたい」


 その事実をすぐに悟ったシオンは、フフと乾いた笑いを浮かべながら、舞台上で必死に戦うシズクへと視線を落とす。


「我らのような常に死と隣り合わせの野生で生きて来た者にとって、自らの実力を正確に判断できないことは死に直結するからな。魔物などの脅威があるとはいえ、比較的平和な人間界だからこそ起こりうる問題なのだろう。シオンが理解できずとも、致し方ないことだと思うぞ。我とてそう思えるようになったのは、つい最近のことだからな」


「フフ……ありがとう、と言えばいいのかしら。まさか貴女に慰められる日が来るなんて、思ってもみなかったわ。最近の貴女を見ていると、それも頷けるけど」


「フン、今は同じ主に仕える者同士なのだ。それに、お前の表情が暗いと主殿が心配してしまうだろうからな」


「あらあら、貴方は本当に変わったわねぇ……。フフ、お姉さんはとても嬉しいわ」


「ええい、茶化すなっ! む、主殿の試合が始まるぞ」


 選手紹介などが終わり、立ち尽くすだけのシズクに関係なく試合開始の合図が鳴り響く。


 当然と言うべきか、試合にまったく身が入っていないシズクは押される一方であり、ティアたちも必死に応援するが耳に届いていないことは一目瞭然だった。


 それでも、彼女たちの声は止まない。


「シズク、落ち着くのじゃ!」


「冷静に対処すれば、シズク様なら勝てますよー!」


「シズクくん、一回退いて体勢を立て直そー!」


「シズク様、焦ってはダメです!」


「いつものご主人様なら余裕で相手できるはずよ! 頑張りなさい!!」


 各々が必死に声援を送る中、シズクの持つ氷剣が宙を舞う。


 シズクを斬るべく細剣を振り上げたマクシミリアンに思わずティアたちが目をそらす中、シオンはシズクを信じ行く末を見守っていた。


 そこへ――。


「主殿っ!! 我はたとえ主殿が弱かろうと、そんなことは気にしません!! 我も主殿と同じく、主殿――シズクだから良いのですっっ!!!」


 セツカの叫びに、ピクリと反応したシズク。


 シズクが振り下ろされた細剣を新たに作り出した氷剣で受け止めると、様子の変化を察知し強く警戒したマクシミリアンは後方へと大きく飛びずさった。


「……あの状況下で、目に生気が戻った?」


 マクシミリアンはシズクを警戒したまま、ちらりとセツカへ視線を移す。


「彼女の言葉が……彼の心境を変化させたということか」


 視線を戻せば、先ほどまでとは違い真っすぐに自分を見つめ返すシズクと目があった。


「良い勝負をしようと約束していたのに……失礼しました。改めて、宜しくお願いします」


 ぺこりとお辞儀をするシズクに、得体のしれない寒気を感じたマクシミリアン。


 彼は内心で、自分の甘さを後悔していた。

 様子見をせずに、さっさと勝負を決めなかったことを。


「ああ……。どうやら、目が覚めたらしいな。んじゃ、俺も本気でやらせてもらうぜ」


 今度こそ、全力をもって勝負を終わらせよう。


 そう決めたマクシミリアンは前傾姿勢を取ると、勢いよく地面を蹴りだし渾身の一撃を叩き込むべく集中。


 回避できないほど速く、それでいてガードされようとも氷剣ごと貫けるだけの一撃。


 腕を突き出した瞬間、今自分に出来うる最高の一撃だと確信したマクシミリアンは、勝利を疑わない。

 だが――。


 シズクは回避不可だと思われた高速の一撃をいなし、懐へと潜り込みつつ背後へと抜け、同時に腹部へとカウンターを叩き込んだ。


 その動きはイスラそのものであり、一瞬の出来事だったが観客にはまるでイスラが戦っているように見えたという。


「チッ……。俺の負けだ……」


 マクシミリアンはそう言い残すと、ゆっくりと床へ倒れた。


 大歓声が沸き起こる中、シズクはセツカへ視線を送ると拳を突き出す。


「ありがとう……。でも、僕は弱いままではいられない。ううん、いたくないんだ。だから……強くなるよ」


「承知しました。では、我も……さらに強くなるとしましょう」


 セツカも拳を突き出すと、二人はニッと笑い合う。


 その姿を見ていたシオンは、揺れる瞳でじっと二人を見つめ続けるのだった―――。


 

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