第93話 個人の部・本選1


 翌日。


 ティアたちのお陰もあって夜緊張して眠れないなんてこともなく、スッキリとした気持ちで目覚めることができた。


 十分に英気を養うこともできたし、体調も万全だ。


 今日はもし僕が勝ち続けることが出来れば、5回戦――準決勝まで進むことになっている。そして明日、決勝が行われるという日程だ。


 試合と試合の間に時間があるとはいえ、真剣勝負を最大で5回もしなきゃいけないからね。


 万全の状態で挑めることに感謝しないと。


「シズクや、今日も応援してるからの! 頑張るんじゃぞ!」


「うん、ありがとう。ベストを尽くして、最後まで諦めずに戦ってくるよ!」


「その意気じゃ!」


 グッと親指を立てて笑うティア。


 ネイアたちからも激励をもらい、気合も入れなおすことができた。


「それじゃ、行ってくるね。セツカ、シオン。みんなをお願い」


「心得ております! こちらのことは、我らにお任せください!」


「大丈夫よぉ。うちらがいれば、大抵のやつらならなんとかできるから。相変わらず心配性ねぇ」


 シオンがフフッと笑い、それにつられてみんなもクスクスと笑う。

 

 その様子に安心感を覚えた僕は、みんなと別れて控え室へと向かった。


 本当はセツカやシオンも参加するはずだったんだけど、万が一を考えて今回はティアたちの護衛に回ってもらったんだ。


 以前プーテル第一ダンジョンで起こったようなことが絶対にないとは言い切れないし、備えあれば憂いなしってね。


 僕があれだけ噂されていた以上、ティアたちのことも当然知っている人が多いだろうし。

 本当に護衛に回ってもらっていて大正解だったよ。


 控え室に入ると、まるで僕を待っていたかのように一人の女性が近づいてきた。


「へぇ……。きみがシズク君……だよね?」


「はい、そうですが……」


「あぁ、自己紹介をしてなかったね。あたしはイスラ……"氷のイスラ"と言えばわかりやすいかな?」


「イスラさん?!」


 驚きのあまり、目を見開いてじっと顔を見てしまった。


 氷を連想させる薄青色の長いストレートヘア、整った顔立ち。


 常に目を瞑っているため瞳の色はわからないけど、もしかして目が見えないんだろうか……?


「あぁ、ごめんね。目は見えてるんだけど、修行の一環で基本的には使ってないんだ。……見たくないものまで見えてしまうしさ」


 僕の心を見透かしたかのように、苦笑いしながら答えてくれたイスラさん。

 

 ただ、その表情はどこか寂し気に見えた。


「そうだったんですね……。ご挨拶が遅れました。改めて、僕はシズクです」


「ああ、よろしくね。順当に行けば、君とは決勝で当たることになるのかな? なんでも、黒龍の素材を集めているんだろう? 聞いているとは思うけど、あたしに勝てればすぐにでも譲るよ。龍は強さの象徴……強者が持つべきものだ」


 ニッと好戦的な笑みを見せたイスラさんは、それじゃあねと言い残すと去っていく。


「おっと……言い忘れてた。君には少しだけ期待しているんだ。頼むから、あたしとの勝負を前に負けたりなんてしてくれるなよ?」


 立ち止まって振り返ったイスラさんは、控え室にいる選手たちが思わず臨戦態勢を取ってしまうほどの圧倒的なプレッシャーを放つと、何事もなかったかのように再び歩き出した。


 イスラさんが舞台へと上がっていくと、途端に観戦席から大歓声が沸き起こる。


 対照的に控え室内はシンと静まり返っており、温度差が激しい。


 ほどなくしてイスラさんの試合が始まると、本当に目を瞑ったまま一方的に勝ってしまった。


 あっという間の出来事ではあったが、流れるような無駄のない動きから繰り出された一撃はとても鋭く重い。

 敵の攻撃をいなし、懐から背後へと抜けつつ、同時に腹部へ一撃を与える。

 言葉にすれば非常に単純なたった3つの動作が、美しいと感じるほど洗練された武芸へと昇華されていた。


 イスラさんが氷剣の刃を潰していたから対戦相手の人は意識を刈り取られるだけで済んでいるけど、刃があれば今頃は上半身と下半身の真っ二つに別れていただろう。


 初めて見るイスラさんの実力の片鱗。

 それをまじまじと見せつけられたことで、気づけば身体が身震いを起こしていた。


 僕は本当に、あのイスラさんに勝てるんだろうか……?


 心で必死に勝てる、勝つんだと意気込んでみても、頭が――過去の記憶がそれを否定する。


 ――無能なお前が、天道に勝てる訳ないだろう。

 そうだ。初級魔法しか使えない僕なんかに、勝てる訳がないじゃないか――と。


 イスラさんの気迫に完全に呑まれたまま、ついに僕の出番が回って来てしまった。


 走った訳でもないのに呼吸がしづらくて、すぐ近くにあるはずのものが凄く遠くにあるように見える。

 どうやって舞台上まで移動したのかも、観戦席から応援してくれているであろうティアたちの声も、何もわからない。


 気づけば目前に細剣を構えたマクシミリアンさんが迫っていて、咄嗟に氷剣を作り出してガードしたものの、足の踏ん張りも効かずに吹き飛ばされてしまった。


 かろうじて舞台からは落ちずに済んだものの、もう一撃もらえば次は場外アウトだ。


「あぁあああああああアアッッ!!」


 僕は夢中で前に出ると、力任せに氷剣を振るい続ける。


 だけど、まるで子供が木の棒でちゃんばらごっこをしているかのような、児戯に等しい今の僕の攻撃なんてマクシミリアンさんに通用するはずもなかった。


「……ふぅ。お前にはまだ、この舞台は早かったみたいだな。残念だ」


 呆れたような表情でため息をつき、そう吐き捨てたマクシミリアンさんが氷剣をあっさりとはじき上げると同時、腹部へと鈍痛が走り僕の身体は後方へと吹っ飛ばされていた。


 慌てて氷剣を床に突き刺して勢いを殺すも、それを見越していたマクシミリアンさんは追撃をかけてくる。


 一撃、二撃……。

 激しい猛攻をなんとか防いでいたものの、視界が狭まり目先の剣しか見えていない僕はあっさりと足元をすくわれ、体勢が崩れたところを狙われれば一たまりもなかった。


 強く握りしめていたはずの氷剣は簡単に弾き飛ばされ、宙を舞って床へと突き刺さると水へと戻る。


「終わりだな」


 床に尻もちをついて固まる僕を前に、目の前でゆっくりと細剣を振り上げるマクシミリアンさん。


 負けを確信し、僕の目の前は真っ暗になった―――。

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